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魔王様観察日記  作者: ぺんぎん
第十五章

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裏切り

 

 あれからまた何度目かの冬が訪れた。どれくらいの月日が流れたのかは分からない。


 アビスに聞けばすぐに分かるだろう。でも、年数なんて意味がない様に思える。何年経とうと私には関係ないんだ。


 だが、人界の状況だけは知っている。


 人界は平和だ。


 それぞれの国は領土を拡大しようとせず、友好的な関係を築きあげた。年に一度、迷宮都市で五国会議という会議をするようになり、国が抱える問題を協力して対応するようになった。


 それにはアンリやディーン、それにオルドが貢献したらしい。最初はルハラ、トラン、ウゲンの三国だけであったが、それにオリンやロモンが協賛することになったそうだ。


 城塞都市ズガルも国として認められているが、どちらかというと不可侵中立国としての位置付けになっている。この迷宮都市もそうだ。不可侵である一番の理由は魔族が多いからだろう。


 魔族は手を出さなければ紳士や淑女であるというイメージが根付いてくれた。まだまだ数は少ないがあの頃に比べると魔族も多くの国で見られるようになり、それなりの扱いを受けている。


 魔界の生活も随分と改善されたそうだ。ウロボロスが頑張ったのだろう。出生率や平均寿命がかなり上がったと聞く。それに送られてくる食糧に頼るだけではなく、魔界での食糧生産ができないかと、皆で改善策を考えているそうだ。


 一通り状況を思い出してから、額に入った絵を亜空間から取り出した。それほど大きくはない。縦二十、横三十センチ程度の小さい額だ。


 その額には、あの頃の皆が精巧に描かれている絵が収められている。


 知らない奴に言ったら信じてくれるだろうか。この絵に描かれている皆が今の平和な人界を作るのに多大な貢献をしたのだと。


 ヤトのアイドル活動や料理のおかげで、獣人の地位は向上した。ヴィロー商会が積極的に雇ってくれたのもあるだろう。それにニャントリオンのファッションモデルなどにも多く起用されたというのもある。今では獣人を虐げる者はいない。


 リエルの孤児院からは多くの優秀な奴を輩出した。その皆がリエルを聖母として崇め、リエルと言う偉大な聖人に泥を塗らないように規律正しく生きている。聖母リエルのように清く正しく生きる、それが聖人教での教えにもなっているそうだ。


 そしてヴァイアの作り出した魔道具は、人々の生活を一気に向上させた。調べたわけではないが、人界にいる種族の平均寿命を大きく伸ばしただろう。


 他にも色々と貢献した皆がこの絵には描かれている。名前を言えば、聞いたことがある、そんな風に言われるに違いない。そんな皆と知り合いであるのはちょっと誇らしい。


 でも……もう、皆はどこにもいない。皆が残してくれたものはある。今の平和もそうだ。でも、本人はいない。


 このところ、この絵を見ることが多くなった。ほぼ毎日と言っていいだろう。皆はこの絵の中にいる。皆、笑顔だ。でも、その笑顔をみると胸が痛くなる。


 そして魔王様もいらっしゃらない。あれから長い年月をかけて探したが、いまだに見つからない。私はこれからどれくらい探せば魔王様を見つけることができるのだろう。


『見つかるわけないだろう? 分かっているはずだ。魔王様はもう死んだよ。お前は捨てられたんだ』


 また、聞こえる。私を惑わす思考プログラム。心が弱った時に必ず聞こえる声だ。


『いつまでも存在しない希望にすがるな。それにお前が大事にしていた奴らはもういない。何を遠慮する必要がある? 好きに暴れて憂さを晴らせ』


 遠慮しているわけじゃない。そんなことするわけないだろう。皆が残してくれたものを私が壊すわけがない。


『まだ分からないのか? お前は裏切られた。魔王様だけにじゃない。皆にだ。お前を残して皆死んだ。残されるお前の事を考えもせずにな。死んでいった奴らは幸せだ。幸せな人生を生きて、後はお前に丸投げだからな。お前がこんなに苦しんでいると言うのに』


 ふざけるな。皆は裏切ってなんかいない。


『本当にそうか? 覚悟さえあれば、アイツ等だって不老不死を実現できたはずだ』


 何だと?


『アビスに体の魔素化をしてもらえばよかったんだ。定期的な魔力の供給は必要だが、半永久的に生きられる。本当にお前の事を大事だと思っていたら、それくらいやれたはずだ。そうだろう?』


 皆に私と同じ苦しみを味わえと言うのか! そんなことをさせるわけがないだろうが!


『ハハハ、本音を言え。お前から言わなかっただけだ。もし、相手からその提案をされたらお前は飛びついたはずだ。一緒に苦しみを分かち合える奴が欲しかったのだからな。ずっと思っていただろう? なぜ自分と一緒に不老不死になってくれないんだと。いつも会いに行くときは期待していたはずだ。体の魔素化をする提案をしてくれないか、とな』


 してない! そんな事を思う訳がない!


『私に隠し事をしても無駄だ。言ったろう? 私はお前だ。お前の本当の気持ちは分かってる。ああ、可哀想なフェル。ヴァイアの時は一番期待しただろう? だが、その提案は無かった。裏切られた、そう思ったよな?』


 裏切られたなんて思うわけがないだろう! 私が……私が弱いから皆に期待していただけだ! 私が期待していただけなのだから、皆は裏切ってなんかいない!


『ようやく認めたか。そうだ、お前は期待していただけ。でもそれは、皆に自分と同じ苦しみを味わってほしいと思ったのと同じことだ。確かに皆は裏切っていないな。裏切っていたのはお前さ。なんの心残りもなく、死んでいく皆を見て、嫉妬したのだろう? だから自分と同じになれと願っただろう?』


 確かにそういう事を願ったこともある! 私が皆を裏切っていたと言っても間違いじゃない! でも、私と同じように不老不死になりたいと言ったら絶対に止めたはずだ!


『強情だな。いくら隠しても私には分かるのに。だが、裏切っていたことを認めたのは、お前にとって前進だ』


 なに?


『一度裏切っているなら、二度裏切っても同じだろう? アイツらが残したものを壊したところで何の問題もないさ。それにアイツらはもういない。お前が何かを壊したところで何もできないし、何も思わない。苦しみから解放されたければ、全てを破壊しろ。お前が苦しいのはアイツらとの絆があるからだ。それが無くなれば、お前は苦しむこともなくなる』


 絆があるから苦しい……?


『お前は他人と関わりすぎた。それさえなければ、お前はもっと自由だったのに。お前は暴走や不老不死を呪いと言っているな? 違う。お前は魔王なんだ。魔王であるお前の自由を奪っているのは、アイツらとの絆だ。むしろそれが呪いだぞ?』


 絆が、呪い……?


『断ち切れ。お前にはそれができる。いまさら何を悩む? お前は既にアイツらを裏切っているだろう? あとほんの少しだけ踏み出せばいい。そうすればお前は自由だ。もうお前だけが苦しむことはない』


 自由……苦しまない……? 私は――


『フェル様! 目を覚ましてください! フェル様!』


 この声は――アビスか? 目を覚ませ?


 目を開けると、そこは「何もない部屋」だった。どうやらベッドの上でいつの間にか眠っていたようだ。


『フェル様、大丈夫ですか? うなされていましたよ?』


 うなされていた? そういえば、かなり汗もかいている。ところどころ覚えていないが、また思考プログラムに色々言われていたんだな。


「ちょっと夢見が悪かったようだ。シャワーを浴びて着替える……覗くなよ?」


『覗きませんよ。それは冗談ですか?』


 それの返事はせずに小さな浴室に入った。「何もない部屋」といいながら、今では生活するための物が色々置いてある。


 なんとなく妖精王国の私の部屋へは行かなくなった。食堂に行っても知らない奴ばかりだし、ニアの料理もない。ハクが宿を受け継いだとは聞いたが、既に引退しているはずだ。今はニアの孫、いや、ひ孫か、もしかしたらさらにその子供がやっているのだろう……つまり私とは面識がないから、なんとなく行きづらい。


 シャワーを浴びながら夢の事を思い出していた。


 アイツの言う通りだ。私は皆に期待していた。私と同じように不老不死になってくれることを望んだんだ。確かに心の奥底ではそれを願ったと思う。でも、絶対にさせなかったはずだ。こんな苦しい思いを皆にさせる訳がない……そのはずだ。


 でも、そう思うこと自体、私は皆を裏切っていたのだろう。


 ……弱すぎる。私はなんて弱いんだ。自分のために、皆が不幸になる提案してくれることを期待していたなんて……皆に合わせる顔がない。


 体を拭き、着替えてから浴室を出た。


 部屋には珍しくジョゼ達がいる。七体全員がこの部屋に来るのは珍しいな。


「ジョゼ、どうした? 覚えていないのだが、今日、何か予定があったか?」


 ジョゼは頭を下げた。それにならうように全員が頭を下げる。


「いえ、予定はございません。今日は――お別れの挨拶に参りました」


 ドクン、と一度だけ大きく心臓が鳴った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 周りと関わりが少ないから苦しいんだ 最初の世代以降に親友を作れなかったから というふうに考えていますが奥手で引っ込み思案のフェルには難しいんだろうな この苦しみを、セラは50年ばかり先行し…
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