運命の出会い
とりえあえず、リエルは無事だ。
膝を抱えて椅子に座り、ブツブツ言ってるけど、まあ、無事だ。
皆も落ち着いたのでディアに話を聞いたら、来年には結婚するというところまで話が進んでいたらしい。二度びっくりだ。
「言うタイミングがなかなか掴めなかったんだけど、ちょうど良かったよ。まあ、あれだね、ダーリンとは前世で結ばれる約束をしてたんだよ! これは運命だね!」
「ああ、うん。そうだな。運命。良くある話だ」
適当に流そう。前世の約束があろうとなかろうと、今の世で結ばれるのが大事なんだ。そういうチューニ病設定があっても今が幸せなら何でもいいはず。
しかし、そうか、ディアはラブラブか。無性に殴りたいな。耐えるけど。
それよりも、だ。アンリとスザンナにも男の影がありそうなのが意外だった……いや、意外でもないのか?
眠っていたから状況がよく分からないけど、アンリはトラン王になったし、スザンナはそれに仕える騎士とか親衛隊とかになったのだろう。今はまだ国の立て直しとかがあるだろうから結婚とかは無理だろうが、そういう事を考えておくべき立場であることは間違いない。
「えっと、アンリ。変な男に捕まるなよ? 例えば、ミトルみたいな奴」
「その辺りは大丈夫。私に勝てなければ夫にはしない。夫になりたければ武器一つ持って私に戦いを挑む気概を見せて貰わないと」
「ハードルが高すぎる」
ドラゴンに勝つ方がまだマシだ。現時点でアンリに勝てる男っているのか? どう考えてもいないよな。
それにスザンナがうんうんと頷いているのが怖い。同じように自分より強い奴じゃないと夫にはしないとか思っているのだろうか。ちょっと二人の将来が心配になってきたけど、大丈夫かな。
「宴会の場所はここか?」
急に入り口の扉が開いたと思ったら、ドラゴニュート達が入って来た。あのトサカはムクイか? 確か族長になったとか言ってたけど、来てもいいのだろうか。
「おお、いたいた! フェルさん! 無事だったかよ!」
「ああ、この通りピンピンしてる……もしかして、それは差し入れか?」
「フェルさんの快気祝い、だっけ? それも兼ねてるんだろ? なら美味いもんを食べた方がいいと思って狩って来たんだよ。だから遅れちまった」
「なんだかすまないな。ドラゴンの肉なんて高級品を」
「いいって、いいって。俺だけじゃなくパトルやウィッシュも手伝ってくれたからさ。そうそう、親父や姉ちゃんがフェルさんにはくれぐれもよろしくって言ってたぞ」
パトル達も気にするなというジェスチャーをした。ありがたい話だ。
ムクイ達はそのまま厨房の方へ肉を持って行ったようだ。宴会に出席している皆がその肉をみて雄叫びをあげた。ドラゴンステーキは滅多に食べられるものじゃないからな。それを惜しみなく振る舞ってくれるんだから騒ぎたくなる気持ちもわかる。
「ちょっとちょっと! あれドラゴンの肉でしょ! なんであんな高級品を宴で使うのよ! ワイルドボアの肉でいいじゃない! あれは私に売りなさいよ!」
「会長。そんなアコギな事はしてはいけません。皆さんから反感を買いますからな。それにそんなことをしたらこの町に支店を置けなくなりますぞ?」
ヴィロー商会のローシャとラスナが近寄って来た。相変わらずお金になりそうなものが好きなんだな。まあ、そのおかげで魔界への食糧供給も問題なく行われているから批判はしないけど。
「ローシャは久しぶりだな。本店のあるルハラの方で頑張ってたんじゃないのか?」
「……まあ、呼ばれたし、たまには貴方の顔を見ようかと思って。ところで、貴方が発見したダンジョンは報告にあるだけじゃないわよね? もっとあるでしょ? 教えなさいよ。また、人を雇って運営するから」
「お前達の手に余りそうな危険なダンジョンは教えていないんだ。それに今だって十分な利益があるだろ? それで満足しておけ。大体、ヴィロー商会は別名ダンジョン商会って言われるほどダンジョンの運営をしているだろうが」
「そ、それはそうだけど……まあ、仕方ないわね。そうそう、魔界から魔族の人が来たから今月も食糧を渡しておいたわ」
「助かる、ありがとう。お金の方はまだ大丈夫か。最近はダンジョンに行ってなかったから減る一方だっただろ?」
この三年間は、アンリの事もあってほとんど遺跡探索はしなかった。従魔達にはアンリの手伝いをさせていたから新しい遺跡を見つけてないし、魔石や発掘品もないから収入がほとんどなかったはず。それまでに随分稼いだはずだから足りなくなることはないと思うのだが。
「ラスナから聞いてないの? ダンジョン運営に関しては貴方の功績が大きいから、ダンジョンで得た利益の一割は貴方の取り分にしてるわよ。魔界へ送る食糧を毎月買っても貴方のお金は増える一方よ?」
ラスナの方へ視線を移す。ラスナは悪びれた顔もせずに咳払いをしただけだった。そして自身のおでこをちょっと叩く。
「言うのを忘れておりましたな!」
「お前……遺跡で見つかったものを私に売らせるために言わなかったな? 自動的にお金が増えるのを知っていたら私が売らないと思って」
「心外ですな。これはうっかりですぞ?」
お前がうっかりなんかするか。すべて計算で動いているくせに。
まあいい。コイツはこういう奴だ。私のお金をくすねたとわけじゃないだろうからお咎めなしにしてやろう。でも、釘を刺しておくか。
「ローシャが商会を誰かに譲ったとしても、ダンジョンの利益による魔界への食糧供給は続く様にしろよ? もし食糧供給が止まったら、ヴィロー商会が無くなるからな?」
ローシャは青い顔をしたが、ラスナは満面の笑みだ。なんでこうも違うのだろうか。
二人は必ず約束は守ると言って、この場を離れて行った。
ラスナには困ったものだが、ヴィロー商会がある限り、食糧問題は解決していると言っていいだろう。なら、多少は許容範囲だ。さて、次はウロボロス内でもちゃんと食べ物が育つような対策が必要かな。
……いや、それは私が考える事じゃない。それは今の魔王が考える事。助けて欲しいと言われたら助けるが、それまでは自分達で考えて貰った方がいいだろう。私におんぶに抱っこじゃだめだ。
「今、大丈夫?」
声を掛けられたと思ったらウェンディだった。そばにはネヴァとユーリもいる。
「ウェンディか。それにネヴァとユーリも。冒険者ギルドの方はもういいのか?」
「今日くらい問題ありませんわ。それにしてもようやくお目覚めになったようですわね。心配しておりましたわ」
「そうか、心配してくれたか。ありがとう」
「あの七日間を見たら誰でも心配しますわよ。ギルド権限でフェルさんが暴れていた七日間はアビスへの入場規制をしていたくらいでしたから」
「それは初耳だ。迷惑を掛けてすまなかったな」
その言葉にネヴァは首を横に振った。
「迷惑なんて。冒険者の皆さんもフェルさんのためだと言ったら快諾してくれましたわ。文句を言う方にはウェンディとユーリをけしかけましたけど」
「けしかけ、違う。説得、した」
「まあ、物理的な説得ですがね」
アダマンタイト二人の物理的な説得か。相当強力な説得だったのだろう。普通の奴なら耐えられないと思う。
「色々助けてくれたんだな。改めて感謝する。ありがとう」
「お礼はこの宴会に呼んでくれただけで十分ですわ」
「そう。宴会、おかげ。今日、最後、戦い、始まる」
ウェンディがなにか不穏な事を言っているけど、どういう意味だ?
私の不思議そうな顔をしているのが分かったのだろう。ユーリが「あれですよ」と言って指さした。
その指の先にはステージがある。そこにはヤトを中心に、猫の獣人達がいた。ヤトも含めて七人か?
「今日は私のニャントリオン復帰ライブニャ! 最強のアイドルが誰なのか改めて教えてやるニャ!」
ステージ周辺は異様に盛り上がっている。猫耳コールだ。アイツら、親衛隊って嘘だと思う。
「宣戦、布告。負けられ、ない」
「お前ら、三十超えてるのにアイドルやるのか? いや、いくつになったとしても別にいいんだけど、引退ってそんな簡単に撤回できるのか?」
昔やった引退ライブとは何だったのか。
ふと、テーブルを見たらメノウがいなかった。ハインやヘルメもいないようだ。多分ステージ裏で出番待ちしてるんだろう。メノウも復帰か。
まあいいか。楽しければ何でもいいはずだ。多分。
ネヴァが「それではまた」と言って、別のテーブルの方へ移動していった。
さて、他に近寄ってくる奴はいないし、引き続き料理を楽しむことにしよう。
「フェル姉ちゃん」
「ん、どうした? このコロッケはやらんぞ? カレー風味はお気に入りだ」
「それはいくらでも食べて。そうじゃなくて、二人きりで話をしたい。フェル姉ちゃんの部屋で話をさせてもらってもいい?」
私の部屋か。確かにここじゃ二人きり話をするのは無理だろう。
「なんの話か知らないが、ここじゃダメなんだな? 分かった。なら行こう」
「うん。あ、スザンナ姉さんは――」
「私はいい。二人っきりで話をしたいんでしょ? 三年近く話をしてなかったんだから思う存分話をしてくるといい。二人の邪魔をさせないように見張っておくから」
「ありがとう。スザンナ姉さん」
アンリと一緒に部屋の方へ移動する。下の階にある食堂からは何も聞こえない。防音対策は完璧のようだ。
椅子はちょうど二つあるので、小さな丸いテーブルを挟んで座った。
「それで話ってなんだ?」
「うん、改めてお礼を言いたかった。ありがとう、フェル姉ちゃん」
アンリはそう言って頭を下げた。
「よせよせ。アンリがトラン国の王になれたのはアンリ自身の力だ。私は最後にちょっとだけ手を貸しただけなんだから礼を言われるほどじゃない。私よりもスザンナとか、ずっとアンリを支えてきた奴に礼を言うべきだ」
「もちろん、皆にはお礼をした。でも、フェル姉ちゃんは別。今回の戦いだけの礼じゃない。もっと昔からの事にお礼を言いたい」
「昔ってなんだ? 何かしたっけ?」
「フェル姉ちゃんは何でもしてくれた。夜盗から救ってくれたし、武器もくれた。ダンジョンも作ってくれたし、色々な事を教えてくれた」
言われてみると色々やった気はするな。
「私がトランの王位を取り戻せたのは、ほとんどがフェル姉ちゃんのおかげ」
「それは言い過ぎだぞ?」
「そんなことはない。フェル姉ちゃんがソドゴラ村へ来てくれたから今がある。その礼を言いたかった」
アンリが佇まいを直してから、また私に頭を下げた。
「フェル姉ちゃんとの出会いが、私の運命をいい方向へ変えたんだと確信してる。あれが私にとって運命の出会い。だから……私がいた村へ来てくれてありがとう」
村へ来たことの礼か。確かに私がソドゴラへ行かなかったら、結果は違っていたのかもしれないな。
運命というのは何かしらあるんだろう。たまたま入った本屋の主人が神眼を持っていて、その兄がアンリに敵対していたなんてこともある。
……いや、そんなことあるか? たまたま入った本屋に神眼を持っている店主がいる? ありえないだろう。
偶然じゃないのか? もしかしてアモンは最初から私に接触しようとしていた? 本屋なら私が来るだろうと予測して? でも、何のためだ? 考えられるのはアンリ、か?
よく考えるとジェイはリーンに行った理由を偵察だと言った。偵察は敵に使う言葉だ。アモンとノマは兄弟で仲間だ。よく考えたらノマの命令でアモンを偵察する訳がない。
それにアモンの部屋にあった本棚。あれは売りものじゃないのだろう。目が見えないアモンが自室に本を置くか? それにダズマはアモンに最初の読者になってもらう話をしていた。もしかしてアモンは今も目が見えている?
まだある。アビスは博士を魔素で探索した時、ノマを人族と言った。でも、拠点に残されていたノマの死体は魔素の体だったはず。それにあの拠点は城に近い場所だったと聞いた。私の暴走で巻き込まれる可能性が高いのでは……?
そんな場所へダズマを匿っておくほうが危険だろう。
それにノマが私を見ていた時の目。あれは私を知っていたような目だった気がする。もしかしてノマとアモンは――
「フェル姉ちゃん?」
……どうでもいいことか。アモンはダズマを立派に育てるとアンリに誓った。それで十分だろう。
「ああ、すまない。お礼を言われるほどじゃないが、そう言ってくれて嬉しく思う。こちらこそ、ありがとうな。そうだ、昔の事を思い出してたんだが、ピーマンを食べられるようになったか?」
「大丈夫。鼻を摘まめば味はしない」
「それは大丈夫じゃない」
まあ、それでこそアンリと言う感じだが。
「ピーマンはいいとして、話しておきたいことがもう一つある。私はトラン国の王になった。もう気軽にここへ来ることはない」
「……そうだな。アンリだけじゃなく、村長やスザンナ、それにアンリの父や母、それと親衛隊の奴らもか。ここを離れてトランに住むんだな」
「うん。今日はヴァイア姉ちゃんの転移門で皆が来てるけど、そう簡単に来れるような距離でもない。だから今日を最後にしばらくは会いにこれないと思う」
アンリが寂しそうな顔をしている。私も同じような顔をしているのだろうか。それは分からないが、年長者としてしっかり送り出してやらないとな。
「アンリ、さっき自分で王になったと言ったじゃないか。なら、そんな顔するな。会えないと言っても、こっちに来れないと言うだけの話だろ? 私が行く分には何の問題もないじゃないか。しばらくは復興で忙しそうだから邪魔しないようにするけど」
「うん、それを言いたかった。いつでも遊びに来て。国賓として迎えるから」
「そんなことされたら逆に行かないけどな。普通でいいぞ、普通で」
「そう言わないで。私が王としてどれくらいフェル姉ちゃんに近づけたかを、玉座の間で見せるつもりだから」
「アンリは私――」
私なんかよりも立派な王だ、と言おうとしてしまった。「私なんか」と言うと皆がイラッとするらしいからな。それにアンリは私に追いつこうと頑張っているらしい。なら目標のままでいてやるべきか。
「私に追いつくのは難しいと思うぞ。これでも魔族達の王をやってたからな。魔王は人族の王よりも、その、なんだ、すごいからな」
「うん。でも、絶対に追いつく」
「ああ、私に追いつく時をずっと楽しみにしてる。だから頑張れよ」
アンリは満面の笑みで頷いた。
寂しくなる。でも、ずっと一緒にいれるわけじゃない。なら、笑って送り出してやろう。それに会いたいと思えばいつだって会える。寂しく感じる必要なんてないんだ。
「それじゃ食堂へ戻ろう。私もフェル姉ちゃんくらい食べないと立派な王になれない」
「食べる量は関係ないぞ?」
アンリと一緒に食堂へ戻った。
ずいぶんと人が増えているようだ。そこに懐かしい顔を見つけた。
「ルネ、レモ、来てたのか」
「フェル様、お久しぶりです!」
「お久しぶりです。ヴァイアさんから念話の連絡を貰ったので急いでやってきました」
さすがにヴァイアでもここから魔界へは転移門を開けないからな。二人とも徒歩と、カブトムシを使って来たのだろう。
「お前達だけか? 他の奴らは?」
「連絡はしたのですが、今日中には来れないかもしれないですね。あ、でも、安心してください。その分、私が食べる……!」
「まあ、いいけどな……アンリ? どうした?」
アンリが頷いているが、何に対して頷いているのだろう?
「やっぱり王はたくさん食べないとダメな事が証明された」
「なんの話だ?」
「立派な王になるための話。立派な王はたくさん食べる。これは負けられない」
何を言っているのだろう? 話がかみ合っていないような気がする。
「アンリ、一体誰に負けないつもりなんだ? 私じゃないんだよな?」
「ルネ姉さんに負けない。そう言ってる」
「えっと、何でだ?」
「王だから」
「王? 誰が?」
「もしかしてフェル姉ちゃんは知らないの? ルネ姉さんが王。魔王ルネ。たしか五年前から魔王をやってるはず。人界に修行に来たオリスア姉さんから聞いた」
マオウルネ? 魔王ルネか?
ルネの方を見るとドヤ顔をしている。そしてマントをバサッと広げた。
「人形遣い魔王ルネとは私の事! さあ、人族よ! ひれ伏すがいい! そしてドラゴンステーキをもう一切れ持ってきてください! ワサビショーユで……!」
アンリに魔王ってすごいと言ったばかりなんだけどな。




