母親
アモンがダズマを改めて連れて来た。
無理もないが、なぜ呼ばれたのか分かっていないのだろう。ダズマは首を傾げている。アンリはそんなダズマを見つめた。
「忙しいのにごめんなさい。ちょっと聞きたいことがあって来てもらった」
「僕にですか? 聞きたい事ってなんでしょう?」
「貴方の両親は亡くなったと聞いた。貴方はそんな境遇をどう思ってるの?」
ものすごいストレートに聞いたな。こういうのって普通聞きづらいというかなんというか、そもそも聞くような事じゃないと思うけど。
「え、えっと……?」
ダズマも困惑気味だ。なんて答えていいのか分からない感じになっている。
アンリは椅子から立ち上がり、ダズマの視線に合わせるようにしゃがみ込んだ。そして微笑む。
「私も貴方と同じように両親を子供の頃に失った。でも、私には親代わりの人がいたし、祖父もいた。それに多くの人が私を助けてくれた。両親が亡くなったことを知ったのは大きくなってからだけど、自分は幸せだったって胸を張って言える。貴方はどう? 今、幸せ?」
「そういうことですか。はい、それなら僕も幸せだって胸を張って言えます! お父さんとお母さんの事は覚えていないけど、レオ兄ちゃんとかジェイ姉ちゃんが良く遊んでくれるし、アモンさんが父親代わりですから! それに沢山のお兄ちゃん達も増えました。そうそう、最近、犬も増えたんです」
それって狼じゃないのか。でも、そうか。ダズマは幸せか。
「そう。ならもう一つ聞かせて。貴方は将来何になりたい?」
「将来ですか? この本屋を継ぐつもりです! あと、自分でも物語を書きたいなって思ってます! これは夢ですけど……」
アンリは笑顔でダズマの頭を撫でた。
「それはいい夢。いつか貴方の書いた物語を読ませて。ずっと待ってるから」
その言葉にダズマは笑顔になる。
「はい! 一番はアモンさんに読んでもらうけど、その次で良ければ!」
「構わない。その日を楽しみにしている」
アンリは「質問は終わり、ありがとう」と言って、ダズマを下がらせた。
いつか貴方の書いた物語を読ませて、か。つまり、そう言う事に決めたんだろう。
アンリは椅子に座り、アモンを見つめる。
「ダズマを殺さない。ただ、約束は守ってもらう。ダズマが本を書いたら私にも読ませて」
アモンは目を瞑ったままだが、口が少し開きっぱなしで驚いているように見える。
「……よろしいのですか?」
「ダズマが幸せじゃない、もしくは、将来の夢もないようなら殺していたけど、そうじゃなかった。将来のことだから絶対にそうしないといけないという訳じゃないけれど、助けられた命を怠惰なく生きようとしているなら殺す必要はない」
「……ありがとうございます」
「気にしないで。そうそう、条件としていつかダズマに本当の事を話してあげること。成人する十五歳になってからがいいと思う。その時に自分で王位継承権をどうするか選ばせてあげて。そのままにするか、破棄するか」
村長とスザンナが席を立ちあがった。
「ア、アンリ陛下! それは!」
「そんなことを説明させる必要はない」
「落ち着いて二人とも。アモン、今のうちに言っておく。もし、ダズマが真実を知って私に恨みを持ち、私を殺そうとするなら返り討ちにする。次は助けない。だから貴方はダズマがそういう考えを持たないように育てなければいけない。それは本当の事を教えた後も続くと思う。ダズマが間違いを犯しそうなら貴方が諫めるべき」
「そう、ですね」
「貴方はダズマの父親代わり。ダズマの父として頑張るといい……それが貴方への罰」
アモンへの罰? ああ、確かにノマの手伝いをしていたからな。間接的に手伝っていたのだから処罰は必要だろう。でも、ダズマの父親代わりをするのが罰なのか? 罰になっていないような気がするけど。
「兄を手伝った罰ということですか? ですが、随分と罰が軽いですね?」
「そう? ダズマが生きている事を私に知られた以上、貴方はずっとダズマを守らないといけないはず。つまり、貴方は自分の望みを叶えられないということ。そういう罰だと言ってる」
ん? アモンの望みと言う事か? どういうことだ?
アモンには通じているのだろうか。目を瞑っているからよく分からないが、両手をきつく握り込んでいるのが分かる。アンリの言葉になにか思う事があるのだろうか。
「……それが、私への罰ですか。いつから知っていたのです?」
「話をしていて分かった。でも、それはもういいから、今度はラーファの事を教えて欲しい。貴方なら色々知っているだろうから」
「そう、ですね。分かりました。では何を聞きたいのです?」
「ラーファは本当に母マユラの事を嫉妬していたの? 私を暗殺しようとしたのは臓器のためだった。嫉妬していたと言うのは見つかった日記の内容と異なるから確認しておきたい」
「そういうことですか。嫉妬に関しては間違いないですね。ですが、殺したいほど嫉妬していたわけではありません。マユラ様のようになりたいと思いつつも、そうなれない自分に劣等感を感じていたようです」
いつの間にかラーファの話になってしまった。まあいいか。私としてもラーファの言動は色々と気になる。あの時の言葉はかなり重みがあった。演技ではないと思う。
「なら、マユラの子である私にも嫉妬、もしくは憎んでいた?」
アモンは首を横に振り、それを否定した。
「マユラ様とアンリ様を憎んでいたわけじゃありません。ただ、アンリ様とダズマを比較して、なぜ、と思ったはずです。同じ父を持ちながら、母が違うだけでこれほど差があるのか、と神や自分を呪ったと思います。兄は王城に呼ばれてダズマを診察しましたが、その時はラーファのそんな気持ちを知らなかったのでしょう。特に何も考えずに臓器の移植ができれば助かる、と伝えたようですね。丁寧に適合者の条件まで教えたそうです。それが、ラーファを凶行に走らせた、そう思っています」
それが色々な問題を引き起こしたわけだ。そして結果的にダズマは生き残った。これはラーファの執念かな。
「そう……もう一つ聞いておきたい。ラーファは死の間際にダズマの名を呼んで、『私もようやく』とつぶやいた。日記に書かれている内容を見た限りでは、ダズマのところに行ける、つまり死後の世界のような場所へ行ける、と続くのだと思ったけどダズマは生きている。そんな風に続くことはない。何がようやくなのか分かる?」
確かに聞いた。ラーファは私に抱き着きながらそんなことを言った。でも、おかしくないか。あれは魔法の鎖で作られた結界内の話だ。声が漏れるような場所じゃなかったと思うが。
「アンリ、何でその言葉を知ってるんだ? あれは私にくらいしか聞こえなかったはずだぞ?」
「念話用イヤリングのおかげ。フェル姉ちゃんの聞こえた声はこっちにも聞こえてた」
ああ、そうか。そんなものを付けてたな。あれ? いつの間にか耳からイヤリングが無くなってる。暴れたから失くしてしまったのだろうか。多分、アビスの中だな。
「それでどう? ラーファはどうしてそんな言葉をつぶやいたか分かる?」
「憶測ですが、いいですか?」
「構わない」
「ラーファは初めてダズマに母親らしいことをできたと思ったのではないでしょうか。つまり、『私もようやく母親らしいことができた』になると思います」
親らしいこと? 死ぬことが?
「ラーファは、ダズマに母親らしいことは何もできなかったと言っていたそうです。何をもって母親らしいことなのかは分かりませんが、ラーファは子供のために命を捨てることが母親としてできる最上のことだと思ったのでしょう。フェルさんを暴走させるためにそれをすることができたので、そんな言葉をつぶやいたと思います」
子供のために命を捨てることが母親として最上? 何を言ってんだ?
「なんでそんな風に考えていたの? その考えに至る理由が分からない」
「アンリ様の母、マユラ様ですよ。アンリ様の命を守るためにマユラ様は命を投げうった。それがラーファの心に焼き付いていたのでしょう。ラーファは、マユラ様に嫉妬していましたが、マユラ様の様になりたいとも思っていたのです。だからこそ、自らの命を投げうってフェルさんを暴走させた。暴走させるだけなら、自分以外の人族を使うことも可能だったはずですから」
そうだな。城の地下には多くの人族がいた。その人達を私にけしかけて暴走させることも可能だったはずだ。今となっては分からないが、国民の命を使おうとは考えなかったのかもしれないな。臓器の件で既に一人犠牲にしている。それ以上の犠牲を出さないようにしたのかも。
それにアモンから聞いた計画のパターンでは、私を暴走させれば、王になれるかどうかはともかく、少なくともダズマは安全になる。だから母親らしいことができた、か。
「……母には感謝しているし、ラーファの行動もなんとなく理解はできる。でも、子供のために命を捨てるなんて……残された方はこんなに辛いのに」
アンリは少しだけ眉間にシワを寄せている。悲しんでいるのだろうか。
村長がアンリの肩に手を置いた。
「アンリ、親と言うのはそういうものだよ。とくに母親はそういう傾向が強い。子供の未来は守れるならいくらでも命を差し出すだろう。命を差し出すことで自分はもうなにもできない、これから辛い事や苦しいことはあるだろう、でも、楽しいことだってきっとある。そんな風に子供の幸せを願ってマユラも、そしてラーファも自分の子を守ったんだ」
そうだな。少なくともアンリもダズマも幸せに生きている、と思う。マユラ、そしてラーファがそれぞれ命を懸けた結果が今に繋がっているはずだ。
そして、子供を守れなかった親は死ぬほど辛いはずだろうな。村長は娘であるマユラを守れなかった。今はもう乗り越えている感じだが、当時は相当辛かったと思う。
「……うん。母には感謝してる。アモン、いつかダズマもそう思うような良い子に育ててあげて」
「はい、ダズマを立派に育てると、アンリ陛下に誓います」
「期待してる」
どうやらこれで終わりのようだな。ちょっとしんみりしているし、適当に場を和ませよう。
「それじゃもう終わりでいいな? 私も起きたばかりで無理をしたからかなり疲れた。早く帰りたい。よく考えたら一ヶ月近くシャワーを浴びてないから、早く体を洗いたいんだ」
そう言うと、アンリ達が頷いた。
「謝罪の気持ちがあったから言えなかったけど、はっきり言って臭かった」
「あ、やっぱりそうだよね? フェルちゃんに抱き着いた時、ちょっとどうかと思ったんだよね」
「あれはない」
アンリ、ヴァイア、スザンナが次々にそんなことを言いだした。コイツら泣いて謝ってたのに、そんなことを考えてやがったのか。
暴走してたんだし、その後は疲れて寝てたんだから仕方ないだろうが。シャワーを浴びてから来ればよかったとは思うけど、逃げられたら面倒だなと思って急いで来たのに。
まあいいか。さっきと違って皆が笑っている。自虐ネタだったけどこれで笑顔になるなら多少の不名誉は問題ない。
「そんなわけだからとっとと帰ろう。アンリ達も今日くらいはゆっくりできるんだろ? ソドゴラ村で食事でもどうだ? トランに帰るにしても、ヴァイアに送って貰えば一瞬だし、王になってもちょっとくらい付き合うものだぞ?」
「ならトラン国へ来て。フェル姉ちゃんを国賓として城に呼ぶつもりだった。無駄遣いはできないけど、豪華な晩餐会を開こうかと計画中だったから丁度いい」
「晩餐会とかそういうのは苦手だ。それよりも妖精王国の料理の方が美味いぞ?」
「王としてそれは肯定するわけにはいかないけど、その通りと言わざるを得ない。なら、知り合いを妖精王国へ呼んで宴会にしよう。昔、ソドゴラが村だった頃よくやった」
「懐かしいな。よし、妖精王国を貸し切って宴会するか。本当は面会謝絶するくらい疲れてるけど、皆と美味しい物を食べる方が回復すると思う」
「うん、決まり。ヴァイア姉ちゃん、色々な場所に転移門を開いてもらっていい? できるだけ多くの人に来てもらいたい。お金はトラン国が出すけど、できるだけ食材を持参させる」
村長が驚いているけどいいのだろうか。トラン国のお金ってそんな風に使って大丈夫なのかな。
「もちろんだよ! よーし、知り合いをガンガン呼んじゃおう!」
まあいい。いざとなったら私がお金を出そう。それよりも久しぶりに楽しい時間が過ごせそうだ。夜が楽しみだな。




