進軍
丘の上から進軍するアンリ達を見ている。
目の届く範囲ならいつでも転移できるから、まずはこの丘でアビスと待機することにした。
アンリとその周囲の何人かはスレイプニルに跨っている。アンリの母や父だろう。それに村長もいるようだ。いつもの普段着ではなく、胸当てのような革製の軽装備をしている。
アンリや両親はともかく村長はあんなに前に出ていいのだろうか。軍師的な立場なのかな。
人族の大規模戦闘というのは良く知らないが、隊列を組んだまま進んでいく形のようだ。
それに呼応するようにトラン軍が王都の北門からゾロゾロと何かが出てきた。金属でできたような人型。遠すぎてよく見えないが、その人型には顔がない様に見える。
以前、リエルの孤児院で見せてもらったデッサン用の人形とかいう物に似ている。大きさは全く違うが。それが五千くらいいるだろうか。
「アビス、あれがトランのゴーレム兵なのか?」
「そうですね。劣化天使とでも言えばいいでしょうか。自律的な思考を持たない自動人形ですね」
自動人形か。もしかしてルネがいれば簡単に攻略できるのだろうか。人形だったらルネはいくらでも操れるはずだ……いや、いまさらだな。魔族は手伝わない。魔神として皆にそうお願いした。そのお願いを最初に破ってるのが私なんだけど。
「そうそう、これを耳にお付けください」
アビスからイヤリングを渡された。
「これは?」
「ヴァイア様に作っていただいた常時念話が使える通信魔道具ですね。以前、闘神ントゥとの戦いで使ったものと似たようなものです。念話のように頭で考えたことは伝わりませんので、ちゃんと言葉にしないとダメですが、それでも便利なので幹部クラスは全員付けています」
ヴァイアが相当な数の魔道具を作って渡したと聞いたが、こんなものまで作っていたのか。とりあえず、耳に付けておこう。
うん、色々な声が聞こえてくる。
イヤリングの調子を確かめていたら、アンリが魔剣を掲げた。エルフ達や一部の人族が弓を構える。
アンリが剣を勢いよく前方へ振ると、それに合わせて弓から矢が放たれた。
人族が放った矢は普通に放物線を描いてゴーレム兵に突き刺さったが、エルフ達の矢は一旦ゴーレム達の頭上をさらに上昇してから上空で破裂し、一本の矢が数十の光の矢になって降り注いだ。
エルフの弓術と言うのは凄い物だな。矢にああいう術式を乗せているのだろう。あっという間にゴーレム兵が半数近くになっている。
「よーし! 私達も行くよ! エルフ達に後れを取らないようにね!」
「儂らも行くぞ! 獣人が最強であることをこの戦いで示すのだ!」
「戦乙女部隊、突撃です!」
それぞれの部隊がゴーレム兵へ向かって行った。ゾルデ、オルド、レなんとかがそれぞれ先頭になって突撃している。
「アビス。ゴーレム兵はどれくらいの強さなんだ? 勝てるんだよな?」
「装甲はそれなりに固いのですが、大した動きはできませんので、それほど強くありません。ただ、今までは、という条件が付きます。これまでの戦いはおそらく情報収集だったと思いますね。今回は色々と違いが――」
アビスがそう言いかけたところで、大きな爆発音が何度も響いた。そちらを見ると、ちょうどゴーレム兵が戦っている場所のようだ。
一体何があった?
「おそらくゴーレム兵が爆発したのでしょう。どうやら自爆攻撃の様ですね」
「そんなに冷静に言うなよ。大丈夫なのか? 私が出るか?」
「大丈夫です。これまでも大怪我はありますが、死人は出ていません。リエル様の子供達が優秀な治癒魔法を使いますからね」
よく見ると、薔薇の模様が描かれた旗を掲げている部隊がいる。もしかしてあれがリエルの子供達か?
おお、すごい。治癒魔法の詠唱を合わせて広範囲に治癒魔法を使っている。
「人族同士の戦いでは相手まで回復させてしまいますが、今回はゴーレム兵なので相手に効果がありません。常に治癒魔法を展開しながら戦えるので、かなり重宝されていますよ」
「そうか。そういう手が使えるんだな」
どうやら、近寄るのは危ないとのことで弓や魔法などの遠距離攻撃に切り替えるようだ。突撃していった部隊の退却が済むと、ゴーレム兵に攻撃を浴びせ始めた。
「あのゴーレム兵にはこのままで十分勝てそうだな。むしろ、最初の突撃がいらなかったんじゃ?」
「弓も魔力もずっとは続かないのです。温存しないといけません。全員がフェル様のように一騎当千じゃないのですから」
「そういうことか」
五万という兵が居ても、全員がずっと戦えるわけじゃない。交代しながら疲労や魔力を回復して戦っているのだろう。なるほど、これが人族達の戦い方か。
人族は群れを成すことで強くなる。以前、そんな話を魔王様から聞いた。私はそれを覆せるほどのスキルを持っているが、それが無ければ私でも危ないだろう。一人一人の力は弱いが、お互いがそれを補う。いい戦い方だな。
数十分後、ゴーレム兵はすべて倒れたようだ。
さらにゾルデが「巨人の一撃」を使って壊れたゴーレム兵達を一掃した。近寄って爆発されたら困るからだろう。クレーターと化した場所でゴーレム兵が潰されている。
アンリ達はさらに進軍するようだ。王都の北側にある門へ向かい始めた。
「城下町での戦いはどうなるんだ? さすがにこの兵力を全部入れる訳にはいかないだろ?」
そもそも入り口が狭い。全体が中へ入るだけでも相当な時間が経つだろう。それにトランがそれを黙って見ているとも思えない。あのゴーレム兵が全てではないのだろうから、町へ入る時も邪魔をすると思う。
予想的中。どうやら城壁にゴーレム兵が配置されていたようだ。全員がクロスボウを構えている。
「魔法障壁を展開しなさい!」
アンリの母親、アーシャの声だ。すぐに軍隊の前方に障壁が作られた。直後に矢が放たれる。障壁のおかげで矢は届かないようだ。
でも、矢が止まらない。一定の間隔で何度も矢が放たれている。
どうやら、ゴーレム兵達が隊列を組んで、順番に矢を放っているようだ。
まずいな。切れ目のない攻撃に、障壁がいつか破られてしまう。
「ここは私が出るべきか?」
「フェル様、落ち着いてください。この程度でフェル様が出る必要はありません。そもそもフェル様は博士やその護衛の相手だけでいいのです」
「そうはいっても危なそうだぞ? 私なら転移で城壁に行ける。ゴーレム兵を――」
蹴散らしてやる、と言おうとしたら、城壁に猛スピードで何かがぶつかった。振動でゴーレム兵達が倒れたようだ。
城壁にぶつかったのはどうやらナガルのようだ。いや、二体だな、もう一体はロスだ。二人で城壁へ体当たりをしたらしい。
「下らぬ。我に任せればこんな城など数時間で落として見せるのに」
「ナガル殿。此度の戦いはアンリ殿の戦い。我々がでしゃばるのは場違いでござろう。それにフェル様からアンリ殿を甘やかすなとも言われておりますからな」
「フン、分かっている。おい、ルノス。とっとと城壁を壊してしまえ。それで我らの仕事は終わりだ」
「おまかせクモ。【一糸不乱】クモ」
どうやら、女王蜘蛛のルノスがナガルの背中に乗っていたようだ。何かしらのスキルを使うと、北側の城壁が細切れになった。理解が追い付かない。どういうことだ?
城壁が簡単に崩れ落ちた。ヴァイアの壁ドンを見ているようだ。当然ながら城壁の上にいたゴーレム兵は地上に落ちて動けなくなっている。
「邪魔だな。我の糧となるがいい。【神々の黄昏】」
ナガルが大きく口を開けると、上あごと下あごの間に黒い球体が現れた。そこへ細切れになった城壁やゴーレム兵が吸い込まれていく。さっきのルノスといい、ナガルもあんなことができるとは。
城壁とゴーレム兵があっという間になくなった。なんというか、酷いな。アイツらってあんなに強かったっけ?
魔族に手伝うなって言ったけど、従魔達にも手伝わせてはいけなかったのかもしれない。
「なあ、アビス。アンリってどう思われてるんだ? もしかして従魔達が活躍していて、アンリには力がないとか思われてるか?」
「いえ、そんな評価はされてませんね。従魔達が活躍したのは今回が初めてくらいです。最初から城壁を破壊することだけをアンリ様に言われていたのでしょう」
「でも、こんなことをされたら、今までの戦いに意味が無い、と思われないか? 最初からやれよって思う奴もいると思うが?」
「それも大丈夫です。この城壁破壊のために温存していたって事になってますので。魔力の消費が激しいのでそう何度もできないってことにしてます」
用意周到というかなんというか。アビスもアンリのために色々と働いてくれたのだろう。
「さて、フェル様。そろそろ出番かもしれませんよ?」
「出番? 私のか? もしかして博士が出てきたのか?」
「いえ、博士ではありませんが、機神ラリスの技術で作られた最高傑作でしょう。あの者達です」
相当遠いので目を凝らさないと良く見えない。だが、無くなった城壁のところをよく見ると分かった。
レオ、ジェイ、そして黒い狼。他にも何人かいる。
そうか、あれが私の相手か。




