救援要請
翌日、妖精王国で朝食を取りながら考えていた。
スザンナには悪いことをした。何とか穏便に手を貸す形に持っていきたい。だが、断った翌日に手を貸しに行くのはちょっとどうかと思う。ありていにいえば恥ずかしい。
大した理由もなく、スザンナの要請を断っていたことが判明してしまったからな。「間違ってた、すまない」と言うのは簡単なんだけど、三年も断っていたんだ。いきなり態度を変えたら、それこそ信用されなくなるような気がする。
でも何もしなければ、アンリは王になってしまうだろう。結局手を貸さなかったという結果だけが残る。いまさらだが、それはそれでちょっと寂しい。
何かいい手はないかと考えていたら、スザンナが食堂へ入って来た。
どうしたのだろう? 昨日、トラン国の方へ帰ったと思ったのだが、戻って来たのか?
スザンナが私のいるテーブルに座る。怒っているようには感じないが、何かしらの気迫のような物を感じる。でも、無言だ。ここは私の方から話し掛けた方がいいような気がする。
「えっと、おはよう。その、トランへ戻ったんじゃないのか?」
「……おはよう。トランへ向かったけど、連絡があったから引き返してきた」
連絡? 何の連絡だろうか? まさかとは思うが、ヴァイア達が昨日の事を念話で言ったんじゃないだろうな? 帰り際に内緒にしてくれって言っておいたんだけど。
「アンリから正式にフェルへの救援要請を念話で貰った。いままでは私の独断だったけど、今回はアンリから直接の要望」
「アンリから直接? どういうことか説明してくれ」
スザンナの話では、トランは残すところ王都マイオスだけらしい。明日にでも総攻撃をかけることになっているそうだ。
ここまで順調に勝ち続けていたが、それはアンリ達を王都へ誘い込むための罠だと考えている。それに捕らえたゴーレム兵を調べると、機神ラリスそのものと言っていいほどの技術が使われていることが分かった。
ゴーレム兵は博士と呼ばれる奴が作ったのだろうが、神の技術を持つ相手に策もなく戦いを仕掛けるのは無謀すぎる。なのでアビスが私に救援を求める提案をしたとのことだ。
アンリはそれに同意した。近くまで来ていたスザンナに私を説得するようにお願いされたらしい。
神の技術を持つ人族か。確かに厄介そうだな。
だが、神を相手にして私は勝てるか? 機神ラリスそのものではないとしても、その技術を持っていると言うなら私ですら勝てるかどうか分からない。
……いや、問題はそこじゃないな。そんな相手ならアンリ達は絶対に勝てない。ならここは私が行くしかないだろう。それにこれならいい感じで参戦できるような気がする。皆に諭されたとかいう格好悪い理由じゃなくて、仕方なく参戦するという風に持っていけるだろう。
「話は分かった。なら――」
「私から提案がある」
「――なに?」
手伝うと言う前にスザンナに遮られた。一体なんだ?
「私と勝負して。私が勝ったらフェルは何も言わずについて来る。私が負けたらもう誘わない」
「え? あ、いや、そういうことじゃ――」
「分かってる。フェルに何のメリットもない。でも、私はアンリの姉として、アンリの望んでいることを叶えてやりたい。今の私にできるのはそれくらい」
そう言ってスザンナはテーブルにくっ付くほど頭を下げた。
話が面倒くさくなってる。そんなことしなくても手伝うつもりだったんだが。
「スザンナ、頭を上げてくれ。私は――」
「了承するまで頭を上げない。これでも足りないなら土下座する。だからお願い」
これって、私が悪いのだろうか……まあ、私のせいだよな。私のアンリに対する期待の大きさから招いたことだ。それがスザンナに頭を下げさせることにまで発展した。年下に頭を下げさせるなんてな。
「分かった。勝負を受けよう。私に勝てたらアンリを手伝う」
スザンナが勢いよく頭を上げた。久しぶりに見る笑顔だ……私は間違っていたんだろうな。もっと早く手伝ってやればよかった。
ただ、それはそれとして、これはスザンナから言ってきたことだ。私に勝つとまで言った。何かしら対策があるのかもしれない。なら本気でやらないとな。もちろん私に勝てなくても手伝ってやるつもりだけど。
「言っておくが手加減はしないぞ?」
「それは私のセリフ。こっちも手加減はしない。殺すつもりでやる」
「それって私怨は入ってないよな? 今までのことを恨んでとか……ないよな?」
「それじゃ、アビスへ行こう。あそこなら暴れても大丈夫だから」
「まず、私怨について答えろ」
アビスへ行くまで何度も聞いたけど、はぐらかされた。でも、分かった。ものすごく怒ってる。
アビスに話をして、何もない部屋へスザンナと私を転送してもらった。
スザンナは真っ白な巨大な空間にちょっと驚いている様だ。
「普段ここにいるの? 頭がおかしくなりそう」
「集中するときには便利なんだ。静かだからな」
「何の音もないと言うのは、それはそれで集中できない気もするけど……まあいい。ところで勝負のルールはどうする?」
ルールか。いくらスザンナでも私に勝つのは無理だろう。なら可能性がありそうな形にしないとな。
「私に一撃でも入れられたらスザンナの勝ちでいいぞ」
うん、この程度なら可能性はあるだろう。楽ではないだろうけど、それなりの難易度だ……何だろう? スザンナが最近の様子と同じ雰囲気になった。
「……それはあまりにも舐めすぎだと思うけど?」
いや、こんなものじゃないのか? スザンナの実力から考えたら、できるかできないかのギリギリを見極めた最高の条件だと思うが。
「なら試してみよう。いつでもいいぞ? 先手は譲ってやる。そうそう、スザンナが参ったと言わなければずっと続けてやるから頑張れよ」
「【ショットガン】」
頑張れと言った直後に、スザンナの腰に掛けている水筒から大量の水滴が一斉に向かってきた。かなり高速だ。これは躱せないな。
「【結界】」
水滴が結界に遮られる。流石にこの結界を破れるほどの威力はないようだ。
どうやらスザンナはユニークスキルの魔水操作に術式を組み合わせたオリジナルの魔法を使うようだな。以前見た時は使ってなかったけど、こんなことができるようになったのか。
スザンナはすぐさま水滴を自身の方へ戻した。いつの間にかスザンナの右手には変な物が握られている。あれ? どこかで見たことがあるな? どこだ?
スザンナの持っている変な物に水が集まっていく。そしてそれを両手で構えた……あ、ユーリの持っていた武器か! まずい!
「【フォーティフォー】」
スザンナがそう言うと爆発のような音が聞こえた。すぐさまスザンナの前から転移で逃げる。
転移後、結界にデカい穴が開いたのが見えた。おいおい、あのままだったら私にも穴が開くだろうが。
「殺す気か。いや、死なないけど」
「それくらいの気持ちでやらなきゃフェルには勝てない。それに手加減はしないって言ったでしょ?」
言ったけど、もうちょっと大人しい感じの攻撃にして欲しかった。
手伝うのは決定事項だけど、あんなのを食らったら怪我じゃ済まない。どこかのタイミングで一撃食らってやるつもりだったけど、これじゃダメだな。スザンナを倒してから、よくやったな、とか言って手伝うことにしよう。
すぐさまスザンナの近くに転移してジャブを放つ。スザンナの攻撃はある程度距離がないと使えないだろう。なら接近戦の方がいい。ユーリの時に確認済みだ。
スザンナは嫌がって距離を取ろうとした。飛び道具で水を放ちながら、後ろへ飛びのく。
私との戦いで距離はない物と思ってもらわないとな。
更に転移で追いかけた。近距離でパンチを入れようとしたが、スザンナが落ち着いている。一撃くらい貰ってもいいと思っているのか?
いや、違うな。スザンナが飛ばしている物は水だから魔水操作で動かせる。さっき飛ばした水を使って背後から攻撃するつもりか?
攻撃を止めて、視線の先へ転移した。スザンナの方を見ると、最初に飛ばした水が戻って来るのが見えた。危ない。あのままだったら、背中から水を当てられるところだった。
「なかなかやるな」
「そっちも。当てられると思ったんだけど。でも、いつまでも逃げられるとは思わない方がいい」
スザンナの背後から水の腕が出てきた。全部で六本。その手にはそれぞれ飛び道具を持っている。あれもユーリの触手みたいだな。
さらにスザンナは両手に飛び道具を構えた。全部で八本の腕があることになる。なるほど、数で攻撃するという事か。
八個の飛び道具で攻撃か。セラの攻撃に似ているな……よし、セラと戦うときのイメージトレーニングをさせてもらうか。
亜空間からグローブを取り出し、右手に装備した。左手には魔王様の小手がある。結局私の武器、左手側の「罰」は魔界では直らなかった。だが、アビスが直してくれた。いや、直したと言うよりは、それを使って魔王様の小手をバージョンアップしたとか言っていたが、詳しいことは聞いていない。
とりあえず、この小手には「罰」の力が宿っているのだろう。
拳を胸の前で突き合わせる。うん、いい感じだ。
「すこしだけ本気を出してやる。来い」
スザンナの八本の腕から水の塊が発射された。しかも連射で。
受けてたとう。おそらくセラの手数と同じくらいだ。これに対応できないでセラに勝つのは難しいだろうからな。練習させてもらう。
飛んでくる水の塊を殴った。ただ殴るだけではなく、水を蒸発させられるように発火の術式をちょっと変更して、グローブや小手に熱を持たせた。
殴る度に水の塊が蒸発する。蒸気になってしまえば、魔水操作で操ることはできない。視界が閉ざされるが、送風の魔法を使って水蒸気をどかしながら、水の塊を全て殴りつけた。
十分ほど続けただろうか。スザンナの方から水の塊が飛んでこなくなった。どうやら水が無くなったようだな。
「嘘でしょ? あれを全部捌いたの?」
「もう終わりか?」
いくつか危ない物もあったが、概ね問題ないようだな。だが、セラの剣はもっと速いはず。これが上手くいったからといってセラに通じるかどうかは分からない。まだまだ訓練は必要だな。
「まだ終わってない!」
いかん、スザンナと勝負の最中だった。また怒らせてしまった。よし、この辺でいいだろう。
「いや、言い方を間違えた。少しだけ水の塊が当たったようだ。だから終わりだ」
「え?」
スザンナが驚いた顔をしている。送風でどかしたとはいえ、水蒸気がすごかったし、嘘でも分からないだろう。
「お前の勝ちだ。よくやったな。アンリのところへ行くから準備しろ」
「ほ、本当に?」
「ああ、そういう約束だったろ? 明日、王都へ攻撃を仕掛けるのだから急がないとな。ズガルまで転移門で行ってから、その後はスザンナの水竜に乗って行こう。まさか送ってくれるんだよな?」
「もちろん! すぐに準備しよう!」
目に見えて喜んでいるな。そんな事じゃクールビューティは名乗れないぞ?




