本物の王
アンリ達と別れてアビスへ向かう。
私自身は直接アンリの手伝いをしない。
アンリには魔王の呪いがあるから駄目だと説明した。それに魔族である私がそばにいると、王位を簒奪してもディーンの様になってしまうとも言った。私だけじゃなく魔族は全員手伝わないようにさせないといけないな。あとで魔界へ連絡しておこう。
だが、従魔達は別だ。私がお願いしなくても、アンリのために協力したい奴はいるだろう。しばらくは遺跡の探索が滞るかもしれないが、それくらいならどうってことない。むしろ全員アンリに協力してくれてもいいくらいだ。
でも、希望を聞いた方がいいかもしれない。ちょうどいいから、隣にいるルノスに聞いてみよう。
「ルノスはアンリの手伝いをしたいか?」
ルノスはディアの店で針子として頑張っている。もしかすると、そっちを優先させるかもしれない。人型の女王蜘蛛になっても、アラクネ時代の姿には戻れるし、アラクネの糸が色々と便利だから協力してやってほしいところだが。
「もちろんクモ。アンリは私達のボスクモ。手伝うのは当然クモ」
なんだ。ずいぶんとあっさり手伝うんだな。
「むしろ、フェル様は手伝わないクモ? さっきの話を聞いていて、そのことがアンリが王族ということよりも驚いたクモ」
「そうか? でも理由を言っただろ? 私が手伝ったら王になった後、アンリが苦労する。それは避けた方がいい」
「そんなことは王位を簒奪してから考えればいいと思うクモ。帰り際、アンリは寂しそうだったクモ」
最高の王であることを見せるって言ってたんだけどな。とはいえ、アンリはまだ成人したばかりだ。まだ子供と変わらないのだろう。
「ちょっとだけ胸が痛むな。でもな、私が手伝ったら、トランなんかあっという間に落とせるぞ?」
魔王の呪いの心配はあるが、本気でやれば、一週間もかからずに落とせるはずだ。
「だが、それをやったらアンリが王として成長しないと思うんだ」
「王として成長しない……クモ?」
「アンリは大事に育てられたからな。挫折も失敗も苦労もないと思う。子供の頃に暗殺されそうになったことはあるが、それは村長達が守った。苦労したのは村長達でアンリじゃない。あのディーンだって殺されるところを自分の意思で逃げた。そして自分で傭兵団と交渉して帝位を簒奪しようとしたんだ」
ディーンは泥水をすする様な思いをしてきたはずだ。それを見ていたから傭兵団も力を貸してくれたのだろう。それが今に繋がっていると思う。
アンリにはそれがない。知識は村長から教えてもらっているだろう。強さだって勇者候補の力がある。でも、苦しい思いをして手に入れた物があるのだろうか。
私が手伝ってアンリが王になれたとしよう。でも、辛いことがあったら王位をすぐに捨てそうな気がする。自分は王に向かないとか言って。
アンリはそれでいいかもしれないが、振り回された方が困るだろう。だから、本当に王になりたいのかをよく考える時間が必要だ。そして、どんなことをしてでも王になるという気持ちを持って、多くの苦難を乗り越えて王になる。できればそうなって欲しい。
この考えをルノスに説明した。
「理由は分かったクモ。でも、なんでそれをアンリに言わないクモ? それを教えてあげれば、アンリだってあんなに寂しそうな顔はしなかったと思うクモ」
「こういうのは言葉で言っても伝わるものじゃない。それに言葉では教えてないが、行動で教えている。私がアンリの手助けしないのは、それを教えたいからだ。だからアンリには言うなよ?」
「面倒くさいクモ。ツンデレクモ?」
「絶対に違う。お前も王になれば分かる……お前、『女王』蜘蛛じゃないか。分かれ」
「ノリツッコミの上に、無茶ぶりクモ」
ルノスはそう言ってから、アビスの中へ入って行った。いつの間にかアビスの入り口まで来ていたんだな。
アビスへ入る前に、なんとなく空を見上げた。
私は魔王になったけど、それを望んでいなかった。だから魔王様やオリスアへ簡単に魔王の座を渡せたんだと思う。私が死に物狂いで魔王になったのなら、例え勇者に殺されるとしても、死ぬまで魔王の座を渡さなかったはずだ。
それに魔界で色々な事をしたが、失敗しても構わないと思っていた気もする。そんな考えの私に魔族の皆は疑いもせずについて来てくれた。皆からの期待の大きさに逃げ出したいと思ったことは何度もある。
アンリにはそんな風になって欲しくない。私は義務感だけで魔王をやっていた。でも、アンリには本物の王になって欲しい。
でも、もし……もしも、アンリが苦しくて逃げだしたいと言ったら、私が助けてやろう。全てのしがらみを捨てて二人で冒険するのもいいな。まあ、そんなことにならないことを願うけど。
そんなことを考えた後で、アビスへ足を踏み入れた。
階段を下りた先のエントランスには従魔達が勢揃いしていた。各地へ遺跡の捜索を頼んでいた奴らもすでに戻ってきている。こう見ると壮観だな。
そんな中、巨大な白い狼が前に出てきた。ナガルだ。遺跡の探索を依頼してたから、念話では話していたけど、直接会うのは久しぶりな気がする。
「村長が刺されたそうだな? アンリがやり返したとか?」
「情報が早いな。その通りだ。正確にはアンリが暗殺されそうだったのを村長が庇って刺された。刺した相手はインテリジェンスソードが人族を操ってやったことなので、アンリがその剣を破壊したんだ」
従魔達がザワッとなった。殺気を抑えろ。
「ほう? だが、仲間がいたのだろう? ソイツらは逃がしたと聞いた。我に追わせろ。数分で片を付けてやる」
「お前な。フェンリルになってからさらに好戦的になっているぞ。アイツらはメッセンジャーだ。トラン国王にアンリの言葉を伝えるために生かされている。余計な事はするな。それにこれから大事な話をするから聞け」
集まっている従魔達にアンリがトランの王位継承者であることを伝えた。そしてそれを手伝ってほしい旨も一緒に伝える。私が手伝わない理由も全て説明した。
従魔達は黙って聞いていたが、話が終わったとたん、ザワザワしだした。
今度はケルベロスのロスが前に進み出た。
「フェル様。フェル様が手伝わない理由がアンリ殿を鍛えることなら、我々も手伝わない方が良いのではないかと愚考します。正直なところ、我々が戦えば何の苦労もなく町くらい落とせます。下手したらトラン国の王都すら落とせるでしょう」
……従魔達ってそんなに強かったっけ?
それは考慮してなかったな。どうしよう? アンリには間接的にはいくらでも助けてやるって言ってしまったんだが。
『トランを相手にするなら過剰なくらいの戦力で問題ないでしょう』
アビスがいきなりそんなことを言いだした。
「それはどういう意味だ?」
『トラン国内では魔素を利用しないため、図書館を介した情報を得られません。ですが、トラン国が相当な戦力になっているのは分かっています』
「図書館に情報がないんだよな? なんで分かる?」
『フェル様が遺跡を探索している過程で分かったことですが、シシュティという組織が遺跡にある発掘品をトランへ売っています』
シシュティ? ヴィロー商会と同じくらい大きな商会だ。主にダンジョン入り口の商売を生業にしているはず……そういえば、ラスナからシシュティの事を聞かれた気がする。
『シシュティがトランに売っている発掘品はタダの骨とう品に見えますが、あれは第二世代の武器です。そういった武器をトランは集めているのです。分かっているだけでもトランはかなりの戦力になっています』
「その武器は強いのか?」
『ピンキリですね。強い物もあれば、弱い物もあります。ただ、傾向としてインテリジェンス系の武器が多いです。主に近接武器ですね』
インテリジェンス系? ジェイやレオと同じって事か? まさかとは思うが、ああいう奴らを大量に作っている? もしかして、レオの近くにいた五人はレオと同じか?
「アビス、レオといた五人の奴らは人族だったか?」
『スキャンをさせない対策がされていたので分かりません。直接触れていれば分かったかもしれませんが』
可能性は高そうだな。しかし、トランにはジェイやレオのような奴らが多いのか? 私から見たら弱い方だが、普通の人族が勝てるような相手ではないような気がする。一部の従魔達ならやれると思うが、どうだろう?
……情報が足らないか。
「アビス、引き続きトランの情報を集めてくれ。アンリはまだトランへ攻め込まないはずだ。それまでに相手の戦力を調べてアンリに渡してやれ」
『畏まりました』
「ロス、相手はかなり強いと思われる。お前達が力を貸しても問題ないだろう。お前達が力を貸してもアンリは相当苦労する可能性が高いからな」
「それはそれで悔しいものがありますが、分かり申した」
「よし、ではお前達。私の代わりにアンリを手伝ってやれ。でも甘やかすなよ?」
従魔達が頷く。これで私がやることは終わっただろう。
あとはジョゼフィーヌに任せた。従魔の管理はその方が上手くいくと思う。
従魔達はアンリの手伝いをするのだから、遺跡の捜索や探索は一時的に休むことにしよう。
いままで手に入れた情報の整理も必要だ。十年分もあるんだ。それなりの時間をかけて確認しなくてはいけない。アビスから聞くだけでなく、自分でも旧世界の事を知らないと……アンリが心配で遺跡探索してる場合じゃないって言うのが本音だけどな。




