親友達
食堂でジャガイモ揚げを食べながら、なんとなく周囲を見ていた。
どちらかと言うと知らない奴の方が多い。大半は冒険者だろう。皆、頑丈そうな装備を固めている。どれもこれもドワーフのおっさんが作った物のようだ。もしかしたら、アビスの宝箱から出た物かもしれない。
なんでアビスの中に宝箱があるんだと本人に聞いてみたら、「宝探しのアトラクションみたいなものです」という回答だった。何を言っているのか分からないが、本当のところはアビスへ誘い込むための罠だ。
アビスはダンジョン内の冒険者達から魔力を吸収しているはずだ。冒険者が多ければ多いほど、魔力の吸収量は上がる。アビスが嬉しそうに「結構溜め込みました」とか言ってた。溜め込んだところで何があるのかは分からないが、アビスにとってはお金みたいなものなのだろう。
それに溜め込んだ魔力を使って冒険者にも色々と還元しているそうだ。アビスの中では極端に死亡率が低い。それはアビスが致命傷の攻撃を受けた冒険者に対して、ギリギリ死なない治癒を施すからだ。
突発的な一撃死ではどうしても助けられないが、それ以外なら生き残りやすい。そんな状況を冒険者達は知らないが、なんとなくそう言う恩恵があるダンジョンだとはうすうす気づいているようだ。どちらかと言うと防御力重視の装備でアビスへ入る冒険者が多くなった。
それが冒険なのかと言うと首をかしげたくなるが命は大事だ。できるだけ安全にお金が稼げるならそれに越したことはないだろう。
それに稼いだお金はこの町で使う。色々と町の経済が回っているらしい。ラスナが大喜びでそんなことを言ってたな。
……噂をしたら影ってヤツか。ラスナが入り口から入って来た。きょろきょろと周囲を見渡してから私の方を見ると、満面の笑顔になる。
「おお、フェルさん! 奇遇ですな!」
「いや、明らかに私を探していただろうが。奇遇も何もあるか」
とくに勧めた訳ではないが、ラスナが私の正面に座った。
別に構わないけど、ラスナと一緒に座ると色々面倒なんだよな。
案の定、周囲からぼそぼそと声が聞こえてくる。私が何者だ、という声が多い。
私の事は知らなくても、この町でラスナを知らない奴はいない。この町で冒険者用の店と言えばヴィロー商会だ。その支店長だからな。ラスナに嫌われたりしたらこの町で買い物ができず、町で冒険者を続けられない。冒険者達から見たら、怒らせてはいけない人の五本指に入るだろう。
そんなラスナと一緒に座っている私。ここで一人いる時は、不思議そうに見られていただけだが、いまはかなり好奇の目で見られている。面倒だからとっとと追い返したい。
「私に何か用か? ラスナが来てから周りからの視線が強くなったし、会いたくないから店には行かなかったんだが」
「相変わらず正直ですな! 私はこんなにもフェルさんに会いたいと言うのに!」
「お前のそういう大げさな態度が嫌なんだよ。とっとと用件を言え。言っとくが頼み事があっても受けるわけじゃないぞ、聞くだけだ」
「まあ、そう構えないでください。聞きたいことがあるだけでして」
ラスナが私に聞きたい? ダンジョン内で見つけた物を売ってくれとかいう話かと思ったんだが、違うのかな?
ラスナの話を聞いてみると、シシュティ商会の事についてだった。
シシュティ商会と言えば、店を持たずに色々な場所で露店を出す商会だったと記憶している。村や町でも露店は出すが、最も有名なのはダンジョン入り口での露店だ。
町から離れた場所にあるダンジョンを攻略する場合、色々と準備が必要だが、どうしてもダンジョンに着いてから気付くような物もある。そういう冒険者を相手に結構割高で冒険者用の道具を売っているわけだ。
ダンジョン内で魔物に襲われて怪我をした時も、ダンジョン入り口までで戻れば、ポーションとか買える。多少割高でも買うだろう。
シシュティ商会とはそういう場所での商売で財を成していると聞いたことがある。
私もダンジョン攻略中に何度か見かけた。高すぎるので買ったことはないけど。
「それでシシュティ商会がどうした?」
「最近変な噂を聞きまして」
「変な噂?」
「ダンジョンで見つかった物を大量に買い漁っているという噂ですな。しかも利益度外視の値段を付けているとか」
「利益度外視は確かに変だが、なにか理由があるんだろう。私は知らないし、シシュティ商会と取引したこともないぞ? 取引するならヴィロー商会とする」
正直、ラスナや会長のローシャはすぐにお金の話になるからあまり会いたくないが、ラスナ達には魔界への食糧供給で世話になってる。取引するならヴィロー商会だろう。
「ありがたいお話ですな。ですが、フェルさんもご存じないのですか。ダンジョン攻略をしているフェルさんならもしかしたら何か知っているかと思ったのですが……なんとなくシシュティからお金の臭いがするのですがね」
「悪いな。そういう鼻は利かないから分からん」
「当然でしょうな。フェルさんはやるべきことがあるでしょうし、こんなことには構ってはいられないでしょう。まあ、もし何か情報を得られたら教えてください。礼は弾みますぞ?」
「まあ、なにか分かればな。言っとくが積極的に調べるつもりはないぞ」
「もちろんです――さて、それではお暇しますか。怖い方がいらっしゃいましたからな」
ラスナが私の背後へ視線を移した。どうやら私の背後に誰かいるようだ。誰だか分かるけど、完全に気配を消して私の背後に立たないで欲しい。
ゆっくりと背後を見ると、メノウが立っていた。店に入って来たのも分からなかったんだけど。だが、いつもの事だ。驚いている場合じゃない。
「ただいま。メノウ、久しぶりだな」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
メノウは優雅に礼をすると、柔らかく微笑んだ。
「何度も言ってるが、私は主人じゃない。もう十年も断っているんだぞ? 諦めてくれ」
「何度も言ってますが、諦めません。まだ十年じゃないですか。むしろ、フェル様の方が諦めてください。嫌がっているのはフェル様だけですよ?」
「その件に関しては本人の意思が一番大事だからな? 多数決じゃないぞ?」
こんなやり取りも随分と慣れた。挨拶みたいなものだ。昔みたいにだまし討ちで誓約書を書かせるような真似はなくなったから良しとしよう。
やり取りの後、メノウがラスナの方を見て微笑んだ。微笑んでいるんだけど、色々とプレッシャーを感じさせる微笑みだ。
「ラスナ様、フェル様はこれからディア様達と夕食がありますので、お話が終わりましたらお引き取りを」
「なんで私のスケジュールを知ってるんだ? 言ってないよな?」
「メイドですから」
それは答えにならない気がする。いや、断言しよう。ならない。
「いやいや、メノウ殿。このラスナ、もちろん弁えておりますぞ。話は終わりましたので退散するところです。ご友人たちとの語らいを邪魔するほど無粋ではありませんからな!」
ラスナが席を立ち、私達に頭を下げると「では、またお時間がある時に」と言って宿を出て行った。
引き際を弁えていると言うかなんというか。
「メノウ、いきなり追い返すことはなかったんじゃないか? 私も追い返そうとは思ってたけど」
「フェル様は相変わらずですね。ラスナ様なら話題くらいいくつも用意しているでしょう。無理やりにでも追い返さないと一晩中話をされますよ? ですので、強制的に介入させてもらいました。ラスナ様が一番知りたいことは、フェル様から聞いたようでしたので」
ラスナとの会話をずっと聞いていたのか。まあ、聞かれて困るようなことはないけど。
礼を言うべきなのかな。確かにラスナならずっと話をし続けて、いつの間にか私が何かをする羽目になる可能性は高い。実際何回かそういうことがあったから、ヴィロー商会の支店には近寄らないようにしていた。
まあいいや。ラスナは大人しく引き下がった。他の話題があったとしても優先度は低いのだろう。
さて、とりあえずメノウにはメイドとして傍にいるのはやめてもらうか。
「メノウ、仕事は終わったんだろ? メイドとしてのメノウじゃなくて、親友としてのメノウになってくれ」
「はい、では失礼して……フェルさん、おかえりなさい」
「さっきも言ったが、ただいま。立ってないで座ってくれ。その内ディア達も来る」
メノウが座ると、周囲がざわついた。ラスナの時と同じだ。
メノウはメイドギルド、ソドゴラ支店のギルドマスターだ。知らない奴はいないだろう。この町で怒らせてはいけない人の五本指の一人だ。今、この町では結構なメイド達が働いている。メノウの気を悪くさせてメイド達が撤収したら、間違いなく大きな損害を受けるし、町に住んでいられないはずだ。
メイド達の撤収、それは脅しじゃないことが十年前に証明されている。大商会相手にそれをやったからな。あれは伝説になっているらしい。まあ、私がやらせたんだけど。
とはいえ、よほどの事がない限りは大丈夫だと言っていた。主人が犯罪に手を染めなければ問題はないらしい。例外的に私に何かしらの被害が出ると、有無を言わさずに撤収らしいが、実際にそうなったことはないはずだ。
私も気を付けないと。どうでもいいことで怒ったりしないように気を付けよう。メノウが勝手に報復するかもしれない。
メノウは十年で結構変わった。アイドル業は卒業して今はメイド一筋だ。ハインやヘルメ達も卒業しているが、ゴスロリメイズは健在だ。いまだにヤトが残したニャントリオンと抗争が続いている。
それと詳しくは聞いていないが、メノウはファレノプシスというランクから、アスフォデルスというランクになった。不死の花、という意味があるらしく、そのランクになった時は「フェルさんと一緒ですね!」と嬉しそうに言っていた。
「フェルさん、どうかされましたか? もしかして主従契約を――」
「そうじゃない」
メノウを見つめ過ぎたか。時間を意識したら色々と考え込むようになってしまった。あっと言う間だったな。がむしゃらにダンジョンを攻略していたらいつの間にかこんなに時間が過ぎていた。頑張り過ぎたから、少しだけ休むのもいいような気がする。
あれからイブの接触はない。海底の研究所はアビスが見張っているが、動きはないらしい。セラもそこに封印されたままで反応はない。助けに行くことも考えたが、アビスから止められた。
どうやらセラは自分から封印されたのではないか、とのことだ。セラが封印されること自体、イブとの取引だった可能性があるとアビスは言っていたな。
どうしてその回答に行きついたのかは分からない。でも、なんとなくそんな気もする。
セラは平凡な人生が希望だと言った。封印されるのがその希望とは思えないが、何かしら意味があるのだろう。
「フェルさん、いらっしゃいましたよ」
メノウの言葉で我に返った。しまった。せっかくテーブルに座って貰ったのに、ほとんど何も話さなかった。悪いことしたな。食事をしながらゆっくり話そう。
入り口の方を見ると、ディアとリエルがいるのが見えた。そしてこちらに気付くとゆっくりと歩いてくる。
たったそれだけの行為なのに、また周囲がざわついた。まあ、この二人を知らない奴はいないだろう。怒らせちゃいけない奴らだからな。
「フェルちゃん、お帰りー」
「よお、昼間来てたんだって? お祈り中だったから分からなかったぜ!」
「ああ、ただいま」
二人とも見た目は大人になった。今は二十八。でも、性格はあの頃のままだ。変わらないと言うのは何となく嬉しい。このまま変わらないでいてほしいものだ。
「私もちょっと針で漆黒と言う名の布と語っていたからね。フェルちゃんの気配に気付かなかったよ……」
「今回の冒険でいい男はいたか? 結構時間が掛かったんだから、いたんだろ? 紹介してくれ!」
「お前らはもっと大人になれ」
前言撤回。変わってくれ。
とりあえず、リンゴジュースを四人分頼む。まずは乾杯だ。
「あれ? フェルちゃん、一つ足りないよ? 五人分頼まなきゃ」
ディアがウェイトレスを止めて、改めて五人分頼んだ。
「五人? メノウとディアとリエル、そして私の四人だろ?」
「ヴァイアに連絡しておいたぜ。そろそろ来るんじゃねぇか?」
「まさかここへ直接来る気か? 宿の迷惑に――」
そう言った瞬間、テーブルのすぐ隣の空間から魔力が流れてきた。そして空間が歪む。
歪んだ空間から右手が出てきた。そして次に体全体が出てくる。どう見てもヴァイアだ。
「皆、お待たせ!」
周囲が大きくざわついた。なんというか怯えている感じもする。
ここへ来てからずっと目立っていて居心地が悪い。こんな状態で食事をするのか。場所と人選を間違えたかもしれないな。




