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魔王様観察日記  作者: ぺんぎん
第十三章

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閑話:憧れの人

 

 トラン王国の国章を付けた馬車が北上していた。


 その馬車を引く馬はスレイプニルと呼ばれる八本足の馬。これが二体、大きな体を躍動させながら、馬車を軽々と引いている。久々の長距離移動なのか、スレイプニルの顔はとても生き生きとしていた。


 そんなスレイプニルが引く馬車の中には、二人の女性が座っている。


 一人は茶色の髪をポニーテールにしており、煌びやか衣装を身に着けていた。髪や肌など、手入れが行き届いており、だれが見ても平民とは違うことが分かる。そんな彼女は馬車から見える風景を眺めていた。


 彼女の名はナキア。トラン王国の王女であり、勇者協会が認める勇者の一人でもあった。


 その対面に座る女性は銀髪をシニヨンにしているメイドだ。主人であるナキアを無視して本を読んでいる。本来なら不敬に当たる行為だが、二人の間では何の問題もない。数年前から雇われたメイドだが、ナキアとこのメイドの関係は親友と言ってもいい程で、ナキアを怒ることができる唯一の女性とも言われている。


 そんな二人がトラン王国を出発して四日目。


 ナキアは外の景色をつまらなそうに見ていた。スレイプニルという馬車に最適な馬を使っても、一週間はかかる道のりに飽き飽きしていたのだ。彼女にとって体を動かせないのは何よりも苦痛。それが四日目ともなれば、我慢の限界も近い。


 ナキアは心を落ち着けるために一度深呼吸をした。今までに何度も繰り返した行為。あと何回我慢できるか、そんなことを思いながらこれまでの事を思い出していた。


 ナキアは迷宮都市の市長、スタロの依頼で迷宮都市へ向かっている。依頼の内容は人界最大の大きさを誇るダンジョン、アビスの最下層で見つかった本の検証だ。


 本来、そんなことに興味はなかったが、検証をするメンバーを聞いて考えを改めた。そのメンバーは、人界で最強と言えるほどの者達だったからだ。


 それだけではない。魔界にいる魔族の王、しかも歴代の魔王の中でも最強と言われる魔王アールも検証メンバーに選ばれている。


 強さを求めるナキアとしては、魔王と戦い、自分の力がどれほどのものか試したかった。たったそれだけの理由で、興味のない本の検証を承諾したのだ。


 戦う目的で集められたわけではない。だが、ダンジョンという閉鎖空間での検証をお願いしたところ、スタロから許可が下りた。元々、本の情報を外に漏らさないために数日は閉じ込められる予定だったのだ。


 閉じ込められる場所がダンジョンであれば、戦うことも可能。数日は外部からの接触もない。問題になるだろうが、殺し合う訳ではないのだ。なんとかして必ず魔王と一戦交える。ナキアはそう決意していた。


 魔王に勝てるかどうかは分からない。だが、決して負けるつもりで挑むわけではない。人界だけでなく、魔界を含めても最強と名高い魔王がどれほどのものなのか知りたい、それがナキアの正直な気持ちだ。


 勝算はある。それはナキアの持つ聖剣フェル・デレだ。別名魔神殺し。そんな大層な名前が付く大剣だが、この剣を持つ者は魔神ですら従わせることができる、そんな逸話があるのだ。


 ナキアは魔族の事に詳しくはない。ただ、魔王よりも魔神の方が名前的に強いと思っている。その魔神ですら屠る剣が魔王と対峙すればどうなるか。ナキアはそれに期待していた。


 聖剣フェル・デレは、ただの大きい剣でしかないが、剣に使われている素材は相当なものだ。ミスリルをベースに、黒龍の牙、そして巨大な魔石、さらには識別不能な金属も使われていると言う。


 だが、この聖剣の凄さはそこじゃない。特定の条件を満たすと剣の性質が変わる、そんな風に言われているのだ。


 振れば炎を巻き起こす、地面に叩きつければクレーターを作る、海ですら割れる、そんな荒唐無稽な伝説がこの剣には語られている。


 その条件は現在の持ち主であるナキアにも分からない。過去にこの聖剣を所持した者達が使って見せた、そんな話が伝わっているだけで、条件までは伝わっていないのだ。


 ただ、ナキアには一つの仮説があった。聖剣は魔神を殺す剣。対峙した相手の強さに比例して強くなるのではないかと予想していた。魔王という最強とも言える相手であれば、もしかしたら聖剣も応えてくれるのではないか、ナキアはそんな風に期待しているのだ。


 ひとしきり、まだ見ぬ魔王に思いを馳せてから、ナキアは凶悪な笑みを浮かべる。はやる気持ちを抑えながら、馬車から外を眺め直した。


 だが、十分、ニ十分と時間が経つにつれ、ナキアはまたつまらなそうな顔になっていく。


「暇ね」


 ナキアは外へ視線を向けながら、今日、何度目かになる言葉を呟いた。


 その言葉を聞いたメイドは視線を本からナキアの方へ移し、ため息をつく。


「たまには休んだ方がいいんですよ。毎日剣ばっかり振って……もうちょっと女性らしくしたらどうですか? 嫁の貰い手がいなくなりますよ? あれですか? 私より強い人のお嫁さんになる、とかいうありがちな憧れがあったりするんですか?」


 王族に対してこんな口を利けば、普通なら打ち首にされても文句は言えない。だが、そんな言葉をかけられてもナキアは気にしなかった。


 ナキアは強い者が好きだ。性別、種族、生まれ、何も関係ない。強ければそれでいい。


 ナキアは目の前のメイドを見る。本気で戦っても勝てない、そんな風に思わせるメイド。実際に何度か手合わせもした。自分も、そしてメイドも本気を出すことはなかったが、それでも分かった。自分と同じだけの強さを持っている、と。


 だからこそ、このメイドをナキアに仕える筆頭メイドとして傍に置いている。それはメイドとしてではなく、対等な人物としてだった。もちろん仕事上、主従関係を結んではいるが、それ以外では親友の様に振る舞っていた。


「ずけずけと言うわね。でも、当たりよ。私よりも弱い人と結婚するつもりはないわ。お父様に言われても、その考えを変えるつもりはないわね」


「嫌な結婚をするように言われたら、亡命でもする気ですか? その時は私に相談なく実行してくださいね。亡命を手伝ったとかメイドギルドに思われたらギロチンですから」


「そこは一緒に逃げましょうよ? 親友でしょ? 追手との戦いに明け暮れる人生も悪くないわ」


「勇者が何言ってんですか。それにナキア様は王族なんだから、捕まっても命までは取られませんけどね、私はダメです。鉄の掟により、雇い主を裏切ったら物理的に首が飛びますからね」


「貴方の雇い主は私でしょ? 裏切ることにはならないわよ?」


「雇い主はナキア様のお父様ですよ。トラン国王ですね。一応、私、ランクはファレノプシスでして、ナキア様じゃ私を雇うお金は払えませんよ」


 ファレノプシス。メイドギルドの最高峰ランク。長い歴史を持つメイドギルドでも数えるほどしかいないというランクだ。現在でも数名しかおらず、王族にしか雇えないと言われているのをナキアは思い出した。


「なら、親友価格で安くしてよ。改めて雇い直すわ」


「そこはお金を稼ぐって言ってくださいよ。というか、私はナキア様にそういうことをさせないために雇われているので、本当に止めてくださいね? それにそろそろ城塞都市ズガルへ着きます。今日はそこに泊まりますから、多少は暇も解消されるでしょう。だから、危ないことは考えないでくださいね」


 城塞都市ズガル。名もなき国。そう呼ばれている都市だ。


 国と言っても城塞都市ズガルと呼ばれる都市が一つだけあるに過ぎず、それ以外の領土は持っていない。北には大国であるルハラ帝国。南には同じく大国であるトラン王国。その国境にある国という位置づけだ。


 地理的にいえば、ルハラ帝国の領土。だが、この都市は千年ほど前にルハラ帝国から独立してしまった。


 本来そんなことは許されない。そんなことをしたら、ルハラ帝国が黙っていないだろう。だが、実際には独立を認めてしまった。しかもルハラ帝国との関係は良好だ。そして何故かトラン王国とも関係は良好。歴史学者たちは皆、頭をひねっている。


 そしてもう一つ頭をひねることがある。この都市は、人族、魔族、獣人の三種族が奇跡的な釣り合いで成り立っているのだ。それは千年前の独立直後からそうであり、なぜそんなことになったのか、歴史学者達は誰も納得のいく説明ができなかった。


「城塞都市ズガルね……いつも不思議に思うのだけど、なんでその都市はルハラ帝国から独立したのかしら? そんなことしたら普通ルハラ帝国は取り返そうとするわよね?」


「一番の理由は魔族でしょう。独立には魔族が関わっていたとも言われていますしね。この都市へ攻撃なんかしたら、魔族に襲われますから、ルハラ帝国もトラン王国も手を出さなかったんでしょう」


「それはそれで面白そうね。少しだけ、ちょっかいを掛けてみようかしら? 一度でいいから魔族と戦ってみたいわ」


 魔王と戦う前の余興で魔族と戦う。ナキアは冗談でそういっただけだ。


 だが、次の瞬間、ナキアは亜空間からナイフを取り出して構えた。目の前のメイドから自分に向けて殺気を放っているのが分かったからだ。


「ナキア様、魔族に不要な戦いを仕掛けるなら、我々メイドギルドが敵に回ることをお忘れなきよう」


 冗談ではなく本気、そう思わせる冷たい目だ。


 ここで「本気よ」と言えば、命の取り合いが始まる、ナキアはそう思った。試してみたいと思う反面、こんな冗談で親友を失いたくない。天秤にかければ、どちらを優先するなんて考えなくても答えは出る。


「もちろん冗談よ。本気にしないで」


「そうですか。もちろん私も冗談ですけどね」


 メイドから殺気がなくなる。そんな殺気を放っていて冗談なわけがあるか、とナキアは思ったが口には出さなかった。


 ナキアは取り出したナイフを亜空間へしまってから、目の前のメイドを改めて見つめる。


 メイドギルドが魔族と懇意にしているのは有名な話だ。しかし、なぜ魔族へ過剰な肩入れするのかをナキアは知らない。友人とも言えるメイドが何のためらいもなく自分に殺気を放ったことに、少しだけ興味を持った。


「ねえ、ちょっと聞きたいのだけど、メイドギルドは魔族に対して何かあるのかしら? メイドギルドって魔族に対しては、その、なんて言えばいいのかしら……かなり過激よね?」


 うまい表現が見つからず、そんな言葉になってしまったが、メイドには伝わったようだ。その言葉にメイドは笑顔になる。


「メイドギルドは魔族の方に大恩を受けているのです。相当昔の話ですけどね。その恩を今の魔族の皆さんに返していると言うだけのことですよ」


「そんなことがあったなんて始めて知ったわ」


「メイドギルドに所属していない人には、ほとんど知られていないことですからね。でも、魔族の皆さんに肩入れする理由はもう一つありまして」


「もう一つ? それは教えてもらってもいいのかしら?」


「構いませんよ。簡単に言えば、メイドギルドの真なる主人が魔族なんですよね」


 ナキアはその言葉を理解できなかった。真なる主人という言葉。そもそも真があるなら偽があるのだろうか。一瞬どころか数秒、頭の中でその言葉を繰り返し考えた。だが、答えは出ない。


「意味が分からないのだけど?」


「でしょうね。メイドギルドにはお仕えするべき真の主人がいると言うことです。その方は魔族であり、メイドギルド所属の全メイドがお仕えしたいと思っているんですよ」


「言葉は分かるのだけど、全く理解できないわ。もしかして、その魔族の男性が、とても顔がいいとか言う話なのかしら?」


 ナキアとしてはあまりこだわらない価値観ではあるが、すぐに思いつくのはその程度だったので、なんとなくそう聞いてみた。


「まさか。その方は女性ですよ」


「女性の魔族なの? ますます分からないわ。強い魔族なら私も会ってみたいけど……貴方は会ったことがあるの?」


「直接会ったことがある人なんていませんよ。グランドマスターなら会ったことがあるかもしれないですけどね。まあ、伝説の魔族と言われていますから、私なんかじゃとてもとても。でも、いつかは私も……!」


 目の前のメイドは最高峰ランク、ファレノプシスであるのに「私なんか」呼ばわりしていることが、ナキアには不思議に思えた。


 不思議そうにしているナキアをよそにメイドは言葉を続ける。


「ちなみに強さで言えば、その方は最強です。私が蟻なら、その方はドラゴンですかね? いや、私だけではなく、その方から見たら、皆、蟻レベルでしょう」


 ナキアは目の前のメイドが何を言っているのか分からなかった。


「え? 何が?」


「あれ? 伝わりませんでした? その方は最強だと言ったのですよ。人界、いえ、魔界を含めても最強でしょう。何人束になっても勝てないでしょうね」


 なぜか得意気に言っている。自信をもって、何のためらいもなく、そう言い切った。なぜ会ったこともない相手に対してそんなことが言えるのだろうか。


 そもそも魔界を含むと言うことは、魔王よりも強いと言うことになる。メイドギルドが仕えているという真なる主人だとしても言い過ぎだ。しかも、冗談で言っている様には思えない。本気でそう思っている節がある。


 ナキアはさらに興味が湧いた。話半分に聞いたとしても強いのだろう。そもそも魔族なのだ。弱いわけがない。さらなる情報を得ようとナキアは身を乗り出す。


「その人はどんな方なの? なんという名前?」


「名前は言えません。それはメイドギルドでも超トップシークレットですので。なんか恥ずかしいから外でその名前を出すなと言ったとか言わないとか」


「その理屈はよく分からないわね。それじゃ特徴は?」


「私が知っている範囲では、常に執事服を着てるそうです。他には――」


 執事服。主人なのに執事。なんの冗談かと思ったが、それを聞いて、ナキアの頭の中で古い記憶が呼び起こされた。


 女性の魔族、そして執事服を着ている。それはナキアの知っている人物の特徴だ。子供の頃の記憶で、見た姿も後姿だけ。だが、忘れるわけがない。自分の憧れの人であり、いつか戦ってみたい相手。


「そうそう、その方の髪が――」


「燃えるような赤い髪……?」


 メイドの言葉を奪うようにナキアは呟く。メイドは瞬きをした。


「ナキア様? なんで知ってるんです?」


「やっぱり……! それは誰!? 誰なの!?」


 ナキアはメイドに詰め寄った。首を絞めるほどの勢い。馬車が大きく揺れた。


「ちょ、なんですか! さっき言ったじゃないですか、名前は言えませんよ! 言ったらギロチンじゃ生ぬるいほどの刑が待ってるんですから! 紐なしバンジーさせられるんですよ!」


「いいから! 私に言ったことは黙っててあげるから、ちゃんと答えなさい! ようやく、ようやくつかんだ手掛かりなの! お願いだから教えて!」


「だからダメですって! どうしても知りたいなら、メイドギルドのグランドマスターに聞いてくださいよ!」


 その言葉を聞き、ナキアはメイドから手を離した。


「絶対ね! 絶対よ! やったわ! またあの方にお会いできる可能性が出て来たわ!」


「……またお会いできる? ナキア様、もしかして会ったことがあるのですか?」


「多分だけど、貴方の言う人と同じ人なら会ったことがあるわ。まあ――」


 子供の頃の話よ、そう繋げようとしたところで、今度はメイドがナキアに詰め寄った。また馬車が大きく揺れる。


「どこ!? どこで会ったんですか!? 吐いて! 吐け!」


「ちょ、何するのよ! 危ないわね!」


「あの方に会えるのはメイドの夢なんですよ! レアなんです、超レア! どうしてメイドじゃないナキア様が会えるんですか! ずるい!」


「知らないわよ! なによ、やる気!? いえ、殺る気なの!? いいわよ! やってやろうじゃない!」


 二人せいで馬車が大きく揺れる。その馬車を引っ張るスレイプニル達は、嫌そうな顔をしながらも今日の目的地を目指して軽快に走り続けた。


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