結婚前夜
急ピッチで結婚式の準備が始まり、あれよあれよという間に結婚式が明日に迫った。
まだ始まったわけじゃないのに村は既にお祭り気分だ。
この三日間、仕事もそこそこに皆が楽しそうにしている。昼間っから酒を飲むのはどうかと思うのだが、結婚式の前祝みたいなものだから、大目に見よう。
その代わりと言うかニアが相当頑張っている。
ヤトと獣人二人、メノウ、ハイン、ヘルメが総動員で料理の仕込みやら何やらをしているようだ。鬼気迫る感じだ。殺気にも似た雰囲気が厨房から漂ってくる。邪魔したら私でも危ないかもしれない。
楽しみではあるが、あんなに張り切っていてちょっと心配だ。ただ、ロンは「娘の結婚式で頑張らない親はいないだろう?」と言っていた。そのロンもステージの作成とかで色々頑張っていた。ヴァイアは幸せ者だな。
親と言えば、ノストの両親、妹とその家族が来ていた。元領主のクロウがいて驚いていたけど。それ以外にも、魔族である私や獣人、エルフのミトル達、ドワーフのゾルデ達等、色々な種族がいて、驚きを通り越していた感じだ。
「なんかすげぇな! 明日は派手な結婚式になりそうじゃねぇか! それに負けないくらいに、俺達もヴァイアの独身最後の晩餐を楽しくすごそうぜ!」
いつものテーブルで、リエルが嬉しそうにそんなことを言った。外は夜。夕食の時間だ。確かにヴァイアにとって独身最後の晩餐になるだろう。楽しく過ごさないとな。
ちなみにノストはリーンから来た兵士仲間と独身最後の晩餐をとるらしい。なんでも兵士達に伝わる「お祝い」があるそうだ。大量のお酒を持って行ったけど、大丈夫だろうか。ノストには一滴も飲ませないとか言ってたけど、酔っぱらいに囲まれる感じなのかな。
「うん、アンリも全力で楽しむ。でも、ヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃんはまだ? アンリのお腹は暴走寸前。全てを飲み込む感じになりそう」
「暴走は抑えろ。コツは気合だ」
アンリ、スザンナ、そしてクルの三人も一緒に最後の晩餐をとることになった。クルはスザンナと年齢が近いからなのか、皆と仲良くなったようだ。最近は三人で行動することが多いらしい。
「ヴァイア達はそろそろ来る。もう少し待とう」
ヴァイアとディアは衣装の最終チェックをしているとかでまだ来ていない。
私も手伝うか聞いてみたが、ウェディングドレスを当日までの秘密にしたいらしいので、手伝わせてはくれなかった。実際に何かを手伝えることもないんだけど。
「そういえば、アンリはまた結婚式の時に花びらを投げるのか?」
「うん、その役は譲れない。やる時はアンリの第一形態フェアリーアンリになる。全ての妖精がひれ伏す存在になると言っても過言じゃない」
「過言すぎると思うが、あの時の服装は確かに可愛らしかったな」
でも、あれって妖精だったのか。なるほど、結婚式での演出は、妖精が二人を精霊のいる場所まで連れて行くというイメージなのかな。
「スザンナたちも明日はおめかしするのか?」
「うん。私もおめかしして妖精になる。アンリと一緒に花びらを撒く役を頼まれたんだ。これはアダマンタイトのランクでも最難関の仕事。でも、確実に仕事はこなすよ。ギルドの依頼達成率百パーセントの私に任せて」
アダマンタイトって関係あるのだろうか。誰にもできるとは思わないが、アダマンタイトである必要はないと思うが。
「私もスザンナちゃんと同じで、妖精になるんだ。傭兵団『紅蓮』の幹部として確実に依頼をこなすつもり」
傭兵も関係ないよな?
二人ともやる気になっているからあえて言うこともないだろう。頑張って貰いたい。
「そうそう、私とクルはフェルちゃんみたいな恰好をするよ。妖精の執事みたいな感じ」
「そうなのか?」
アンリ達三人が頷いた。どうやら本当の事らしい。私の真似をすると言うことか。
「アンリもそれを聞いた時、執事の恰好をしたいって言ったんだけど、アンリは妖精女王だからダメだって。そこまで言われたら女王をやらざるを得ない」
なんだか面白そうだな。明日が楽しみだ。
「ごめん、お待たせ!」
ディアがそんなことを言いながら入り口から入ってきた。その後ろにはヴァイアもいる。急いで来たようだ。少し息を切らせている。
ヴァイアが入って来たのが店の皆にも分かったのだろう。かなり歓迎された感じだ。ヴァイアは照れくさそうにお辞儀をしている。一通り頭を下げてからテーブルについた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「気にするな。明日のためにも衣装チェックは重要だろう。大丈夫なんだよな?」
その言葉にディアがドヤ顔をする。自信ありとみた。
「任せて! 完璧に調整したから、明日は刮目するといいよ! あまりのすごさに目が潰れちゃうかもね!」
「そんな阿鼻叫喚になる結婚式は嫌なんだが」
「比喩だから。冗談だから。それくらいすごいって事!」
まあ、分かってて言ったんだけど、それは楽しみだな。ヴァイアの晴れ舞台だ。こう、言葉では言い表せない程のすごいことになってほしい気がする。
「よし、そろったところで夕飯にしようぜ。おーい、注文を頼む!」
今日は孤児院の子供達がウェイトレスをやっている。今日の厨房は総力戦みたいになっているからな。給仕できる人も限られているのだろう。
しばらくして料理が運ばれてきた。今日はシンプルにパンと複数のジャム、スープとサラダ、それにタマゴ焼きだ。明日の仕込みが忙しいのと、食べ過ぎは良くないと言う理由だろう。
最後の晩餐としてはちょっと寂しい気もするが、今日はこんなものでいいだろう。本気は明日出す。
「今日の飯は俺の奢りだから遠慮なく食ってくれ。この後、デザートがくることになってるからな! ペース配分に気を付けろよ!」
デザートか。何が来るのだろう。リンゴでも十分だが、なにかすごい物が来るかも知れない。楽しみにしていよう。
「それじゃ、まずはリンゴジュースで乾杯だな! えっと、それじゃヴァイアの結婚を祝って! かんぱーい!」
リエルがそう言うと、テーブルの皆どころか、店中の皆が乾杯した。
そして、コップをぶつけてから飲み干す。
「ぷはー、うめぇな! おいおい、ヴァイア、なんで泣いてんだよ、泣くのは明日だろ?」
「だ、だって……み、皆で、こ、こんなに、い、祝ってくれるなんて……嬉しくて……!」
ヴァイアは相変わらず泣き虫だな。相変わらずと言っても知り合ってから一年も経ってないけど。
……そうか、一年も経ってないんだな。それなのに色々あった。良いことも悪いことも。私の生活というか人生は大きく変わった気がする。多分だけど、いい方向に。皆もそうだといいんだけどな。
「私がいま幸せなのはね……フェルちゃんのおかげだよ」
「なんで私なんだ? ノストとのことは多少応援してやったが、決め手は裸エプロンだろ。私じゃないぞ?」
「そ、それは言わないで! アンリちゃんみたいな小さい子もいるんだから!」
「ヴァイア姉ちゃん、大丈夫、アンリは弁えてる。お色気はまだ早い。でも、後学のために何を食べればそんな胸になるのかは教えて欲しい。ここだけの話にするから。絶対に誰にも言わないと約束する。トップシークレット」
皆がテーブルに身を乗り出してヴァイアを見ている。皆、興味津々か。私は成長しないから意味ないけど。
「……ごめんね、皆、これは食べ物じゃなくて遺伝なの。お母さんもそうだったし」
「んだよ、ヴァイアは最初から勝ち組かよ。もげろ」
「まあ、そんな事だとは思ったよ。生まれ持った素質だね。もう結婚するんだからいらないよね、それ。もげて?」
「リエルちゃんもディアちゃんも酷くないかな? さっきまでの私の幸せな気分を返して?」
「なんでお前ら一触即発みたいな状態になってるんだ。独身最後の晩餐なんだろ? 楽しくしよう。胸の話は禁止だ」
「うん、アンリが抜け駆けしようとしたのがダメだった。ごめんなさい。それじゃ、フェル姉ちゃんのおかげってどういう意味なのか教えて」
ヴァイアの言ってた事か。それは私も知りたいな。
「そうだね……フェルちゃんが私に魔道具を作るスキルがあることを教えてくれたから、かな? それが起点になってノストさんと結婚できることになったと思ってるんだ」
魔眼で見た時の話か。
「私はスキルがあることを教えてやっただけだ。スキルを持っていたのも、それを使えるように頑張ったのも全部ヴァイアの努力があったからだぞ?」
「そんなことないよ。フェルちゃんに言われなければ、スキルを持っているなんて死ぬまで知らなかっただろうし、ずっと雑貨屋にいるだけだったと思うな。そうしたらノストさんに会えなかったかも」
「そういう話なら、俺がリーンで捕まっていたからノストといい仲になれたんじゃねぇのか? なら俺のおかげでもあるわけだ!」
「そうだね、リエルちゃんのおかげでもあるね」
「ヴァイア姉ちゃん、それだったら、フェル姉ちゃんが夜盗を退治してくれたことが一番の理由だと思う。あのままだったら危なかったはず」
アンリの話にスザンナとクル、それにリエルも驚いていた。そう言えばその話をしたことが無かったか。
ヴァイアが時系列に沿って色々説明を始めた。三人は面白そうに話を聞いているようだ。
話が終わると、感心したように私を見た。
「村の皆が無事なのはフェルのおかげなんだな。仕方がねぇ、ここは引きさがるぜ」
「何を引き下がったか知らないが、私がいなくても村は無事だったと思うぞ。この村には結構な手練れがいるからな。私が何もしなければ反撃しようとしていたんじゃないか? 当時は分からなかったが、今ならそう思う」
「そうかもしれねぇけど、最終的にやったのはフェルだろ? なら、ヴァイアが幸せなのはフェルのおかげじゃねぇか、なあ?」
リエルがヴァイアの方を見て、同意を求めた。ヴァイアはそれに力強く頷く。
「そうだよね。それに村が無事だったとしても、フェルちゃんがいなければ、ノストさんと接点を持てなかった気がするんだ」
なんだろう、これは。今日はヴァイアを楽しませるような感じにするべきだと思うんだが、いつの間にか私の話になってないか? しかも褒められている感じで、ちょっと居たたまれない。
「アンリもフェル姉ちゃんがいなければ、フェル姉ちゃんのボスになろうと思わなかったかも」
なんでなろうとしてる?
「私もフェルちゃんに戦いを挑まなかったら、ここに来ることはなかったかも知れない」
「えっと、えっと、エルフを騙して戦力にしても、帝国には勝てなかったと思う。フェルさんのおかげだね」
スザンナとクルも便乗と言うかなんというか、話に乗っかってきた。もうやめてくれ。
「もういいだろ。私は自分がやらなきゃいけないことをやっただけだ。たまたま、お前達にとっていい結果になっただけだぞ?」
「うん、そうだね。だからフェルちゃんのおかげなんだよ……本当にありがとう」
礼を言われるのは嫌じゃない。でも、なんかこう、背中が痒い。
「えっと、気にしなくていい。私もお前達と出会えて楽しい日々を送れている。お互い様だ……料理が冷めるぞ。早く食べよう」
そう言うと、リエルがにんまりと意地悪そうな顔になった。そして肩に手をまわしてくる。
「なんだよ、照れてんのかぁ?」
「照れてない。ちょっと居たたまれないだけだ」
なんで私がいじられているのだろうか。今日の主役はヴァイアなのに。いじるならヴァイアにしろ。
「皆、楽しんでるかい?」
いつの間にかニアがテーブルの近くにいた。
「あ、ニアさん、その、いままであり――」
「待ちなよ。そう言うのは全部明日だ。今日までは私の娘だろ? お礼は言うには早いよ」
ニアはそう言ってウィンクした。
「うん、そうだったね。今日まではニアさんとロンおじさんの娘だったよ」
「それに今日の夜はここに泊まるんだろ? なら、今は親友達と語り合いな。寝る前は私と話をしてもらうからさ」
ヴァイアが頷くと、ニアが笑う。詳しい関係は知らないけど、本当に親子みたいだな。
「さて、デザートを持ってきたよ。明日も出すけど、皆には先行公開だ」
「ニア、これはアイスクリームか?」
「そうだよ。でも味は以前と違うね。まあ、食べてみなよ」
ニアに促されて、皆でアイスクリームを食べてみる。
ひんやりとしたリンゴの味が口に広がり、そして溶ける。一言でいうと儚い。
「シャーベットとは違って、アイスクリームだから色々と配合というか配分に気を使ったよ。味はどうだい?」
「ああ、もちろん――」
「最高だった。ニア姉ちゃんは天才。お抱え料理人になってほしい」
アンリが私の言葉を遮って感想を述べた。正直、私も同じ回答だ。
「あはは、私はこの宿の料理人さ。お抱えにはならないよ。だから、食べたくなったらいつでも宿においで」
ニアはそう言って、アンリの頭を撫でた。
「私もアンリと同じ回答だ。美味しかった……頭はなでなくていいぞ?」
「味は大丈夫だったようだね。明日も出すから仲良く食べなよ? それじゃヴァイア、夜にね」
「うん」
ヴァイアが頷くのを確認してから、ニアは厨房の方へ戻って行った。
明日の準備は終わったのだろうか。厨房からの殺気が無くなっているみたいだし、もう峠は越えたのかも。
「ヴァイアちゃん、今日はこの宿に泊まるの?」
ディアがアイスクリームを食べながらヴァイアに問いかけた。ニアとの会話から考えるとそんな感じだったな。
「うん、ニアさんがね、今日の夜は親子水入らずで寝ようって」
「それはいいな」
私も小さかったころには両親と一緒に寝た。川の字ってやつだ。私の角が当たって痛かったとか聞いたことがあるけど。
「アンリは発見をした」
「アンリ? 何を発見したんだ?」
「ニア姉ちゃんがヴァイア姉ちゃんをこの村に連れてきたから、フェル姉ちゃんに会えた。ヴァイア姉ちゃんが幸せなのは、ニア姉ちゃんのおかげとも言える」
そうだな、ニアのおかげだ。いい発見だ。
「その通りだ。ヴァイアは私なんかよりもニアに感謝した方がいい」
「……うん、そうだね。ニアさんとロンおじさんには感謝しないと。今日は親孝行してくるよ!」
「まあ、頑張れ。でも、まだ時間はあるんだろ? それまでは私達に付き合えよ?」
デザートを食べながら皆で話を始める。
大半はノストとの惚気話だったけど、楽しい時間を過ごせた。明日は今日以上にいい日にしないとな。私も頑張って盛り上げていこう。




