日記
部屋に入ると自動的に明るくなった。光球の魔法が自動展開されたのだろうか。
部屋の中には横に置かれた円柱の中に人族と思われる男性が横たわっていた。
円柱は高さ二メートル、円の直径は一メートルぐらいだろうか。それが横向きになっていて、上半分はガラスで覆われている。下半分は金属のようだ。ガラスの中はベッドのようで、高級そうな布が敷かれている。それに、この円柱、ちょっと浮いてる?
横たわっている人族は目をつぶっているから寝ているのだろうか。その前に何でこんなところにいるのだろう?
「これが賢神でしょうか?」
以前見た魔神とは似ても似つかない普通の人族に見える。
「いや、違うよ。これは賢神ではないね」
なぜだろう? 魔王様の顔が悲しそうだ。もしかして知り合いなのだろうか。
「知っている方なのですか?」
「そうだね。まあ、戦友といったところかな」
魔王様の戦友。ならば私も敬意を示さないといけない。挨拶しなくて良いのだろうか。
魔王様は、両手を胸の前で合わせて、目を閉じた。なにかのおまじないだろうか。私もやった方がいいのかな?
「魔王様、何をされているのでしょうか?」
「ん? ああ、このカプセル、いや、この円柱に入っている人は亡くなっているんだ。手のひらを合わせたのは死者を弔うためのポーズだね」
なんと。見た目は生きているようだが、亡くなっていたのか。それに、死者を弔うポーズがあるのか。よし、覚えた。私もやってみよう。
「フェルはこの人のことを知らないでしょ。そんな事はしなくていいよ。むしろ、フェルは罵声を浴びせて良いぐらいだよ」
「いえ、魔王様の戦友にそういうことは出来ません。しかし、なぜ私がこの方に罵声を浴びせるのですか?」
魔王様は何も言わず私の頭に右手を乗せた。うおー、マジか。今日は頭洗わない。あと、日記に書こう。
うれしいのですが、なぜ何も言ってくれないのでしょうか、と思っていたら手をどかされてしまった。まだ、乗せていても良いのですが。あと、五分ぐらい。
「いつか、全部話すよ」
何を話してくれるのだろうか。お顔を見ていると、申し訳ない、という顔だ。あまり良い話ではなさそうだ。なら聞かなくても良い。
「わかりました。ですが、無理に聞くつもりはありません」
魔王様は頷くと左手を耳に当てて部屋を見渡し始めた。何をされているのだろうか。私も手伝った方が良いのかもしれない。
「なにか手伝うことはありますか?」
「いや、今は良いよ。その辺りでゆっくりしていて。ただし、ここにある物には触れないようにね」
「はい、触れないように気を付けます」
この部屋は普段見ないものばかりなので、触らないように注意しながら色々見てみよう。
部屋は全体が青白い感じだ。全部金属で出来ているので温かみが無いな。ソドゴラ村の家みたいに全部木で作れば良いのに。そういえば、ここは世界樹の中か。周囲が木だから中は金属っぽくしたのだろうか。
あとは部屋にはいくつか四角いガラスがあって、文字が大量に下から上に流れている。長く見ていると気持ち悪い。何が書かれているか分からないし、見ないようにしよう。
次はこの円柱だ。この円柱の中にいる人族は、亡くなっていると魔王様は言っていた。もしかすると、棺桶というものだろうか。本で読んだ気がする。普通、死体がゾンビになるのを防ぐため、火葬にするものなのだが。ゾンビになっても良いように閉じ込めているのかな。
中をよく見ると、亡くなっている人の下に本みたいなものが見える。なんだろうか。本好きとしては読んでみたい。
「フェル、どうかしたのかい?」
魔王様に声をかけられた。本のタイトルが見えないか角度を変えながら中を見ていたから、奇妙に見えたのだろうか。ちょっと恥ずかしい。
「いえ、中に本があるようなのですが、タイトルが見えないかな、と思いまして」
「本? ああ、これか」
魔王様は円柱の底面、いや、頭がある方だから上面か? そこについている小さなガラスを見た。そのガラスに一度触れると、ガラスに数字が浮かび上がった。その後、そのガラス上の数字をいくつか押すと、横になった円柱の上半分が真ん中から開いた。中からは冷たい空気が流れてくる。
魔王様は下敷きになっている本を手に取ると、また上面にあるガラス上の数字をいくつか押した。今度は円柱の開いた部分がゆっくりと閉まった。魔王様は取り出した本をパラパラとめくった。私も見たい。
「どうやら、日記のようだね」
日記。魔王様にも内緒だが私も書いている。亡くなっているとはいえ、日記だから見られるのは恥ずかしいよな。私の日記もそうならないように、いつかどこかに厳重に封印しておかねば。
魔王様が日記を読み進めると、険しい顔になってきた。どうされたのだろうか。
「どうかされましたか?」
「これは、サポートAI、いや、賢神がおかしくなっていく過程を日記に書いていたようだね」
サポー……? 賢神がおかしくなる? 神なのに? いや、偽物だったからあり得るのかな?
魔王様は本を閉じると、顎に左手を添えて考え込まれてしまった。どうしたのだろうか。
「フェル、すまないけど、この本を預かっていてくれないか」
「承りました。私が読んでも構わないでしょうか?」
「構わないけど、意味が分からないかもね。あとでゆっくり読んでみて」
「分かりました。あとで読ませて頂きます」
本を亜空間に入れておく。いつか時間が出来たら読もう。
そうこうしているうちに、魔王様は部屋の壁に向かい、何かを確認された後、箱のようなものを壁から引き抜いた。両手で持てるぐらいの箱だ。それを丁寧に床に置く。
その後、今度は別の壁から紐を取り出し、小手に繋げたようだ。
「悪いけど、しばらく待ってね」
「わかりました」
先ほどの部屋でもそうだったが、紐を小手に繋げるというのは、情報を書き換える、という技術なのだろうか。いつか知りたい。
十分ぐらいそのままだったが、魔王様が紐を小手から外した。どうやら終わったようだ。
「待たせたね」
「いえ、問題ありません」
「無事、賢神を倒したよ」
「え? 魔神の時のように地獄絵図にはならないのですか?」
「そうだね。ここの防衛システムは、天使達だけだったようだ。もう、天使達も無力化したから問題ないよ」
流石は魔王様だ。もっとこう、阿鼻叫喚的なことになるかと思っていた。
「そうそう、念のためにこれを渡しておくよ」
一冊の本だった。これは何だろう?
「それはこのシステムの操作マニュアル。フェルもこのシステムに登録しておいたから使おうと思えば使えるから。ただ、必要な時以外は読まないでね」
「はい、ありがとうございます」
よくわからないが、魔王様からの贈り物だ。大事にしよう。しかし、必要な時以外は読んではいけないとは。いつ必要になるのか分からないな。もしかして一生読めない可能性も?
「さあ、帰ろう。ここにはもう用はないからね」
「はい」
色々あったが、エクストラモードもクリアだ。早く村に帰ってうまい食事を食べたい。




