天使
広間から開いた扉に入ると、今度は四角形の何もない部屋だった。三メートル四方といったところだろうか。
「フェルはエレベーターって分かるかな?」
エレベーター? 確か血が溢れてくる場所だった気がする。不気味な双子とか、働きすぎな男とか、本当に怖いのは奥さんじゃないかと思う登場人物が出てくるホラー系な本で読んだことがある。
説明したら、魔王様に「なにそれ、怖い」と言われた。違うのだろうか。
「部屋そのものを昇降機にしているものだよ」
「重力に逆らう感じの部屋のことでしたか。確か、魔神城で乗った記憶があります」
「そう、それ。今回は結構長いから気を付けてね」
そういえば初めて乗ったとき、かなり気持ち悪かった。ついさっきお弁当を食べたばかりだけど、大丈夫だろうか。
魔王様が部屋に付いている数字が書かれたボタンを押すと、扉が閉まり、重力に逆らっている感じがした。気持ち悪いので、魔王様と話をして気を紛らわせよう。
「ここは世界樹の中だと思いますが、魔神城に似ています。エルフ達が作ったのでしょうか」
「いや、違うよ。ここを作ったのは人間。エルフ達はここを守る様に言われているだけ」
ニンゲンとはなんだろう?
「魔王様、ニンゲンとは何でしょうか?」
「ああ、そうか。えーと、大昔の人族といえば良いかな。人に間という字を書くんだよ」
大昔の人族……いわゆる旧世界の奴らか。魔王様は何でも知っているな。だから世界樹の枯らし方も知っていたのだろうか。
「そういえば、世界樹はどうすれば元に戻るのでしょうか?」
もしかしたら先ほど元に戻された可能性もあるが一応聞いておこう。
「もう元に戻したから大丈夫だよ」
やはり。魔王様は仕事が早い。魔界の奴らにも見習ってほしいものだ。
そんな話をしていたら、部屋の動きが止まったような気がする。胃が下がるような感覚がなくなった。
扉が開き部屋の外に出ると、最初の広間に似た部屋だった。だが、天井が高いのかまったく見えない。壁に関しては、無規則に緑や赤の光が忙しく点滅している。目が悪くなりそう。
「魔王様、ここはなんでしょうか?」
「なんと説明したらいいかな。そもそも世界樹は『方舟』と呼ばれている建造物でね、ここはあらゆる遺伝子情報を保存している場所なんだよね。分かりやすく言うと、ジーンバンクかな」
まったく分かりやすくありません。大半の単語の意味が分からなかったが、ハコブネは分かった。多分、船のことだろう。ただ、世界樹は明らかに船ではないと思う。船を見たことはないが本で読んだことがある。あれは海や湖に浮かべるものだ。これはわざと嘘を言って笑いを取る、魔王様のジョークなのだろうか。高度過ぎて笑えなかった。勉強しなくては。
でも、私が分からないだけで、真面目に説明してくれていたのかもしれない。ここは分かったふりをして頷いておこう。
「すごいですね」
「理解できたのかい? すごいね」
しまった。しかし、もう後には引き返せない。後でちゃんと調べよう。突っ込まれたらまずいので話題を替えるべきだな。
「ここに賢神が居るのですか?」
「ここはまだ中層だから居ないね。居るのはさらに上のフロアだよ。そろそろ相手にバレる頃なんだけど……来たようだね」
魔王様が上を見たので、つられて上をみたら、羽の生えた人族みたいのが三人降りてきた。天使共だ。
「……スキャン開始……超重要個体『魔王』……対象変更……スキャン開始……正体不明……戦闘モード移行」
「来るよ。手加減とか必要ないからね」
やっぱり戦うのか。服がボロボロになるかも。制限を解除して良いし、魔力高炉を使って良いとも魔王様に言われているから早速解除しよう。
「【能力制限解除】【第一魔力高炉接続】【第二魔力高炉接続】」
筋力や魔力、反射速度や思考速度等、普段は抑えているものを解除する。あと原理は分からないが、魔力高炉という普段使っていない魔力供給源に接続しておく。なんだか魔力が流れ込んでくる気がする。これなら普段使わない魔法も使えるし、連射も可能だ。
「【全方位障壁】【全方位障壁】【全方位障壁】」
障壁を三つ作って防御しておく。私の方はこれで良いとして、魔王様の方は大丈夫だろうか。
……すでに二体倒されていた。一体は頭から左右に真っ二つだ。次元断とかいう技だった気がする。見ておきたかった。もう一体は、なんというか何もないのに押しつぶされた感じだ。重力系の魔法なのかな。あとで教えて頂きたい。
あと一体はどうしたのか、と思ったら私の方に向かってきていた。実際はかなり速いのだろうが、思考速度が速くなっているおかげで、集中さえすればスローモーションに見える。見えるだけで私が早く動けるわけではないから、自分の速度を上げておこう。
「【加速】【加速】【加速】」
天使は左の手のひらをかざしてきた。やばい、確か熱光線攻撃のモーションだ。躱そう。
手が光ったと思ったら熱光線が襲ってきた。相手の左側に飛び退きながら躱したけど、躱しきれずに魔法障壁を二枚持っていかれた。もうやだ、こいつ等。躱したのもつかの間、すでに天使の右手が私をロックオンしている。光った。
転移して相手の後ろに回り込む。気づかれる前に、右手に魔力を乗せた絶対殺すパンチをお見舞いする。天使の胴体を貫いた。
天使の顔がぐるりとこちらを向いた。怖い。口を開けると奥が光った。やばい、こいつ等は口からも光線を出せるんだった。
再度、相手の死角に転移した。視点が変わり過ぎて気持ち悪い。
改めて絶対殺すパンチを頭に当てて吹き飛ばす。吹き飛んだ頭が音を立てて床を転がった。ようやく停止したようだ。
「大丈夫かい?」
「はい、問題はないのですが、最後に油断してしまいました」
「そうだね。天使たちは胴体ではなく頭を破壊しないとね」
ゾンビと同じだな。気を付けよう。
「さあ、増援が来る前に上のフロアに行こうか」
「またエレベーターに乗るのでしょうか?」
「ここからは転移装置が使えるから。でも、ちょっと待ってね」
魔王様は左手を左耳に当てて止まってしまった。
その後キョロキョロと辺りを見渡して、壁に向かって歩いて行った。私もそれについていく。
魔王様は壁からなにか紐のようなものを取り出した。よくわからないが、魔王様の左腕に装備されている小手にその紐をつないだようだ。
「魔王様、何をされているのでしょうか?」
「なんといえば良いかな、情報を書き換えている、が妥当かな」
魔神城でも思ったが、こういう場所に来た魔王様のお言葉は良くわからない。結構、本を読んでいるのだが、魔王様の知識には遠く及ばない、ということか。
「本当ならもっと遠隔でも出来るんだけどね。防衛が厳しくて直接繋がないと書き換えられないんだよ」
「申し訳ありません、魔王様。言葉は分かるのですが、意味がわかりません。具体的に教えていただけますでしょうか?」
「理解できなくて良いよ。これは無くなった方が良い技術だからね」
そういうものなのだろうか。だが、こんなことでは魔王様の隣に立ち並ぶことができない。余裕が出来たら教えてもらおう。
そのまま少し待つと、部屋の中央が少し盛り上がった。直径三メートルぐらいの円だ。その円には、水色の光で模様が書かれている。魔法陣じゃないな。
「さあ、行こうか。その円の上に乗ってね」
魔王様の指示に従って、円の上に乗る。
一瞬、浮遊する感覚があったと思ったら視界が変わった。転移するときと同じだ。そして、気持ち悪い。すぐに転移するなら言っておいて欲しかった。
これまでの部屋と同じだが、何もない白い部屋だ。いや、扉が一つあった。
「入ろうか」
よし、気合をいれて行こう。




