魔界の宴
セラの事を聞いた後もウロボロスと色々と話をした。今日のところはウロボロスとの話も終わりだ。
セラの事は気になるが今は何もできない。おそらくイブに騙されていたのだろう。それとも人質を盾に何もできなかったか。
イブなんかに付くからそんなことになるんだ。とりあえず、アビスに調査をお願いしたから、後で連絡を貰えるだろう。手間かけさせやがって。
会議室を出て大広間へ移動する。すでに宴が始まっていた。
大広間が広いと言ってもさすがにウロボロスの中にいる魔族や獣人が全員集まれるわけじゃないので、三百人くらいだろうか。皆が楽しそうに食べたり飲んだり騒いでいる。
私が姿を現すと皆が笑顔で頭を下げた。
そんなことしなくていいし、されるのも苦手だ。とはいえ、無下にするわけにも行かないので、「いいからいいから」と言ってやんわりと止めさせた。私に礼なんか言ってないで、楽しめばいいと思う。
周囲を見渡すと、ドレアとクロウが笑いながら話をしている。魔法談義でもしているのだろう。クロウの近くにはオルウスも傍に控えているようで、柔和な笑顔をしている。
メイドのハインとヘルメはひっきりなしに料理を作っていた。周囲には女性の魔族も多くいて、メモを取っている。なぜかルントブグもいた。どうやら料理の勉強を兼ねているようだ。二人には後でちゃんとお礼しておかないといけないな。
料理を振る舞っている場所以外にも魔族達が集まっている場所があった。どうやらウェンディが踊りながら歌っているようだ。人気はここでも健在か。ヤトも獣人達には受けがいいと思うんだけど、今日はいないからウェンディの独壇場だな。
他にも何かないか大広間を見渡す。
オリスアが豪華な椅子に座って、魔族や獣人から一人一人挨拶されていた。顔は笑顔だが何となく引きつっている気がする。オリスアは逃げ出そうとしているが、サルガナとガリプトが背後でにらみを利かしているようで、あの場から離れられないようだ。
オリスアは私の方に助けを求める目をしているが、サルガナが首を横に振る。オリスアに魔王として振る舞ってもらおうと特訓しているのだろう。済まないとは思うが、がんばって貰いたい。
挨拶を受けながら大広間を歩くと、端っこの方に奇妙な集団がいた。ルキロフ、ラボラ、フフルの三人だ。三人とも膝を抱えて座っている。一体どうした。
「えっと、お前達、大丈夫か? なんでそんなに暗い?」
比較的大丈夫そうなルキロフが顔をあげた。ぐるぐるメガネでどんな感情の目をしているのか、いまいち分からない。
「フェル様、ここにいるのはウロボロスから大罪を背負わされた被害者です」
「ああ、そうか。そうそう、さっきウロボロスと交渉してな、お前達が背負った大罪は全部解除させたぞ」
本来は魔物に背負わせる大罪だが、私をウロボロスに留めるために魔族に背負わせたとか言ってたな。ウロボロスが持っている情報では私は神殺しをしていたわけだし、普通じゃ止められない。だから事前に魔族の中でも強そうな奴らに背負わせておいたとか。
魔族達はここに残ることになった。私や魔族をここに閉じ込める必要もない。なので、ウロボロスには大罪の称号を解除させた。
「ありがとうございます。ですが、私達は結構長い時間罪を背負いましたので、色々と問題が起きているのです。ちょっと途方に暮れていました」
問題? 何だろう?
「えっと、何か問題か? なんならウロボロスへ文句を言ってやるぞ?」
「私の部屋にガラクタばかり集まってるんですけど、どうすればいいんですかね? 必要ない物を、これでもかってくらい貰ってしまったんですが。私から欲しいとは言ったんですけど、どう考えても使い道がない!」
「部屋を掃除して、要らない物を捨てたらどうだ?」
「私は掃除ができない女なんです!」
「威張っていうな。掃除する以外ないんだから諦めろ」
ルキロフは放っておこう。ちょっとは同情するが、ちょっとだけだ。
「えっと、ラボラはどうした?」
営業部のラボラ。魔物と交渉して従魔契約とかさせていたけど、こっちはどうしたんだろう。長い銀髪が垂れ下がって、顔が見えない。
「フェル様……私……もう、生きていけません……」
相変わらずゆっくりとした喋り方だな。というか、生きていけないなんてどういうことだ?
「何があった?」
「胸元ばーん、太ももどーんという服を着て、魅了スキルを振りまきながら魔物と従魔契約を結んでいたようなんです! なんか、従魔契約した魔物がいっぱい増えてるし! なんて……なんてハレンチなことを! 覚えてませんけど、うふーんとか言ったんですよ! 多分!」
「大丈夫だ。裸エプロンやスコーピオンの下着に比べたら何の問題もない。それに私の知っている聖女も似たような服装をしている。ギリギリハレンチじゃない」
「……下着はルネからお土産で貰ったバジリスクって感じの物でした……あ、違うんです。欲しかったわけじゃないんです。ちょっと攻めた感じの下着をお守り代わりに持っておこうかなって思ってただけなんです。装備しようなんてこれっぽっちも……」
「ああ、うん。そういうのは説明しなくていいから。それに大丈夫だ。さっき言った奴もバタフライとかフェニックスの下着を装備しているから。まあ、なんだ。私が言えるのはこれだけだ。強く生きろ」
正直大したことないと思う。今は露出のろの字もない服を着ているし、特に問題ない。気の迷いというか、思春期に良くある背伸びってやつだ。ラボラは三十超えてるけど。
最後は探索部のフフルか。なんとなく、これもどうでもよさげだな。でも、聞かない訳にはいかないだろう。
「えっと、フフル? お前みたいな巨体が膝抱えて座ってると、ちょっと怖いんだが?」
「……俺がいなくても探索部って回るみたいなんですよね……俺っていらない子なのかな、と」
「なにがあった? 三十代後半で自分の事をいらない子とか言うな。忌憚ない言葉で言うとちょっとキモイ」
「俺は怠惰という大罪を背負ってしまって、何もせずにダラダラしてたんです。やる気を失くしてしまって、毎日ぼーっとしてました」
ウロボロスに聞いた話では、コイツらに付与した大罪は、それぞれ、強欲、色欲、怠惰、だったらしい。なるほど、仕事もせずにだらける罪か……これでどうやって強くなるんだろう? むしろ弱体化するんじゃ?
「俺はなにもしなかったんですけど、その間は探索部の皆が色々とやってくれて、部署としてまったく問題もありませんでした」
「……いいことじゃないのか?」
「でも、それって俺っていなくてもいいって事ですよね?」
面倒くさいな。でも、こういうのはちゃんとフォローしておかないと。
「えっと、お前がいなくても部署が回ると言うのは、そうなるように部下を育ててきたお前の成果だと思う。部下を育てるのも仕事の内だからな。それが分かったんだからいいんじゃないか?」
「そうです、かね?」
「そうだから安心しろ。お前の今までの積み重ねが部下を育てたんだ。誇っていいぞ。それに私の知り合いは仕事を良くさぼっているけど、何の負い目も感じずに生きてるぞ。むしろ、部下が仕事してくれるから、サボれてうれしいって思うような奴だ。見習えとは言わないが、フフルは少しくらい不真面目になれ」
「……聞いた感じ、その知り合いはダメな奴じゃないですか?」
「……そうだな。言っててそう思った。まあ、フフルはそれくらいの気持ちを持ってもいいと言う参考例を出したまでだ。ちょっと見習うだけだからな? 真似をしろとは言ってないからな? 絶対に勘違いするなよ?」
最悪な参考例だったかもしれないけど、フフルは真面目過ぎるからな。ちょっとくらい不真面目さを出したほうがいい。
三人と話したけど、まあ、時間が経てば元通りになるだろう。それまではそっとしておいてやるか。決して面倒くさくなったわけじゃない。問題は時間が解決してくれることがある。先送りとも言うけど。
「あ! フェル様! いいところに!」
背後から声が聞こえてきたので振り返るとルネがいた。私に用事だろうか?
「どうした?」
「それが、聞いてくださいよ! レモっちが! あれを見てください!」
ルネが指す方を見る。そこにはレモと男性の魔族がかなり接近して座っている。しかも、食べ物をあーん、させた。見ているこっちが恥ずかしくなるな。
「あれがどうした?」
「こう、レモっちに不幸な事故が起きてもいいですかね? こう、メテオストライクされる感じの事故なんですが」
「それは事故じゃない。というか、お前、酒臭いな。酔ってるからそんな考えが浮かぶんだ。落ち着け」
「メテオストライクを思いついたのは酔う前です! 後は実行のために酒を飲んだんです!」
「余計悪い」
レモの隣にいる男は確か軍部の奴か?
見た感じ、お似合いな気がする。二人とも眼帯してるし。
魔族に結婚という概念はない。でも、結ばれればつがいとして暮らすことになる。いつかは子供も生まれるだろう。これからウロボロスは環境が良くなる、いや、良くする。環境が良くなれば子供が大人になるまで生き延びれる可能性も増えるからな。私としてはレモを応援したいところだ。
首だけを横に向けた。さっきから舌打ちしているルネがいる。
「ちょっとセクハラだが、ルネにはいないのか。その、気になる奴とか。他人を妬むより、自分から行動する方がいいと思うぞ?」
「フェル様、大人になって……!」
「年齢はお前と大して変わらないだろうが。なんでお姉さんっぽく振る舞おうとする? というか、お前が子供すぎる。変にこじらせると、リエルみたくなるぞ?」
「それはマジでヤバイですね……! ゴスロリ服の力を使って男を捕まえて見せます! 今の私はそう、恋の狩人……!」
恋の狩人でも恋の捕食者でもいいからがんばってくれ。
さて、私もそろそろ本気を出していくか。あっちから美味しそうな匂いがするからな。




