達成不可能な条件
とりあえず会議は終わったので皆が席を立った。ルネなんかはこれから宴の料理が楽しめると思っているのか終始笑顔だ。
「あれ? フェル様、座ったままでどうされたんですか? 早く宴を始めましょう! 今日、私は修羅になりますよ……!」
皆の視線が私に集中した。
「ちょっとウロボロスと話がしたいんでな。悪いがこの部屋に一人きりにしてくれ。お前達は宴の準備を頼む。私は後から行く」
「それでしたら私達も一緒に――」
「サルガナ、いいんだ。まあ、なんだ。個人的な事を聞くつもりだから」
サルガナは少しだけ考えるそぶりをしてから頷いた。
「畏まりました。では、宴の準備を始めておきます」
「ああ、時間がかかるかもしれないから先に始めておいてくれ。もう私は魔王じゃないからな。オリスアが魔王として盛り上げてくれ」
「分かりました! このオリスア、必ず宴を盛り上げて見せます! フェル様がお風呂で歌っている鼻歌を完璧に再現して見せましょう!」
「待てコラ、それいつ聞いた? 返答によっては元魔王の力を見せつけるぞ?」
オリスアは「大丈夫ですから!」と言いながら出て行った。それにつられて皆も会議室を出て行く。
何が大丈夫なのか分からない。今度風呂に入る時は防音空間の魔法とか使おう。どこで誰が聞いているか分かったものじゃない。
まあ、それはいい。まずはこっちだ。
「ウロボロス、話がしたい」
『私に話があるというが何の話だ? 個人的な事と言っていたようだが?』
「個人的と言ったのはほとんど嘘だ。お前に言っておくことがあるから残った」
私はオリスアに魔王の座を譲った。それでも私は魔王だが、これは創造主や管理者が決めたどうでもいい肩書だ。いや、肩書ではなく、呪いだ。これからの新しい魔族に私は不要。これからやることも私のでしゃばりだとは思う。でも、やらなくてはいけない。
「魔族の皆は私のためにこのウロボロスへ残ることになった」
まだ部長クラスだけの話だ。これから皆に伝えて、了承を得るのだろう。これは自惚れだが、おそらく皆も私のために難色を示すことなく賛同するはずだ。
「皆には感謝してもしきれない。それと同時に自分が情けなくなる。私がお前を倒すことを選べば、お前は魔族や魔物達を使って私を止めるだろう。誰かを殺したりすれば、私が悲しむと思って、サルガナ達は丸く収まる方法を選んでくれた……部下に気を使われる上司の気持ちがお前に分かるか?」
『分からんな。だが、さっきから何を言っている? 早く用件を言うがいい』
「……サルガナ達の気持ちを汲んで、お前には何もしないでおいてやる」
『そんなことを言うためにここへ残ったのか?』
そんな訳はない。ここからが本番だ。
「まだある。これから百年以内に魔族や獣人達の平均寿命を三十年増やせ。平均寿命を七十以上にするんだ。できなければ、お前を破壊する」
『バカな。何を言っている? そんな達成不可能な条件を突き付けてどういうつもりだ?』
「達成不可能なんて泣き言を聞くつもりはない。どうすればいいか考えて行動しろ。まさかとは思うが、自分は何もせずに魔力を搾取するだけのつもりか? これからお前はウロボロス内を快適にして、魔族や獣人、それに従魔達を守っていくんだ」
沈黙が辺りを包む。ウロボロスからは怒りも戸惑いも感じないが、何かを考えているのだろう。
『……私を脅すというのか?』
「最初に脅したのはお前だ。お前が脅されない理由があるなら、後学のために教えてもらいたいものだな」
そんな理由はないだろうが、コイツにはムカついているからわざとらしく聞いてやる。
『お前が私を壊そうとするなら、魔族達を操り、けしかけるぞ? 犠牲者が出るが構わないのか?』
「犠牲者が出て困るのはお前だろう? それに私の意見は知っているはずだ。犠牲がでるのは嫌だが、こんなところにいるよりはマシだと思ってる。お前を壊し、生き残った者で人界に行った方が魔族の未来は明るい」
皆を連れて人界へ行けば、魔界の浄化は行われず、私は約束を守れないだろう。だが、約束を破ったとしても構わない。それで皆が安全になるなら嘘つきの汚名も喜んで被ろう。
少し待ったがウロボロスからの言葉はない。何を考えているか知らないが、そろそろ宴の方へ顔を出さないと怒られる。とっとと話を終わらせよう。
「お前の要望通り、皆は人界へ移住しないことになった。ならお前には私の要望を聞いてもらう。私の要望は皆の安全や安心だ。それが保証されるならお前を破壊しようとしたりはしない。お前が生き残るためには、ウロボロスを人界並みの快適さにするしかないぞ」
ウロボロスからの反応はない。だんまりならやらないということに取ろう。
「返答しろ、ウロボロス。返答がないなら、やらない、ということですぐにでもお前を壊しに行く」
『……分かった。お前の要望を聞こう。だが、条件、いや違うな。頼みたいことがある』
「頼み? 言ってみろ」
『ウロボロス内を快適にするなら、今まで以上のエネルギーが必要になる。今は大半のエネルギーをクロノスへ送っているので余剰分がほとんどない。つまり、今の私ではやりたくても状況を改善できないのだ』
「それは逆に、余剰エネルギーがあればウロボロス内を快適にできる、と言っているのか?」
『その通りだ。私は管理者からの命令で、クロノスへ送るエネルギー量を減らすことはできない。魔族の人数から考えて今もかなりギリギリだ。なので、余剰エネルギーを増やす手伝いをして欲しい』
それを手伝ってやれば、ウロボロス内が快適になるのだろうか。私にできることならいくらでも手伝ってやるけど。
「何を手伝えばいい?」
『魔神ロイド様がいた「城」という施設で管理者のコアとなる部品を持ってきてほしい。それを使い、エネルギー変換効率を増やす』
魔神城へ行って何かを取ってこい、ということか。
エネルギー変換効率を増やすというのはよく分からない。多分だが、同じ魔族の人数でもより多くのエネルギーを得ることができるという意味なんだろう。
手伝うのはいい。ただ、懸念すべき点がある。エネルギー変換効率を増やすと言っているが、それを信じてもいいだろうか。別の事に使うという事も考えられる。鵜呑みにするのはちょっと危険だな。
そうか、アビスにウロボロスが言っていることを確認してもらえばいい。
左手の小手からアビスへ連絡を取ろう。
『アビス、聞こえるか?』
『フェル様、どうされました? 魔界へはちゃんと着きましたか?』
『ああ、それは大丈夫だが、ちょっと問題があってな。協力を仰ぎたい』
アビスに起きたことを説明した。話を聞いたアビスは直接ウロボロスと話をしてくれるらしい。それを伝えてくれと言われた。
「ウロボロス。これからアビスというダンジョンコアがお前と話をしたいらしい。聞いてやってくれ」
『アビス? 人界にある疑似永久機関か。なるほど、私が言っていることが正しいか確認したいということだな。いいだろう、アビスとやらの接続を許可する。しばらく待ってくれ』
よく分からないが、アビスとウロボロスが話をするのだろう。少なくともアビスは信用できる。アビスが大丈夫と言えば、問題はない。
それにしても魔神城か。もともと行くつもりだったけど、あそこでは死にそうだったからあまり行きたくないんだよな。まあ、あの時点で私は死ぬことはなかったんだろうけど、魔王は死なないなんてあの時は知らなかったしな。
そういえば、私は魔界の魔素で死んでしまうのだろうか。不老不死だった人間が死ぬくらいだから私も死ぬ可能性が高いな。あとでアビスに確認してみよう。
『フェル様、よろしいですか?』
『ウロボロスと話は終わったのか? どうだった?』
『はい、ウロボロスは嘘をついていません。魔神ロイドのコアからエネルギー変換効率を増やす方法も確認しましたが間違いないです』
『そうか。助かった』
『いえ、お気になさらずに。「城」へ行ったら私にご連絡ください。私の方で該当コアを判断できますし、私も色々と確認したいことがありますので』
もともとそのつもりだったから問題はないな。
『分かった。なら着いたら連絡する。いつになるかは分からないので、少し待っててくれ。二、三日中には行く予定だ』
『畏まりました』
アビスとの念話……じゃなくて通信? が切れた。
「アビスから話を聞いた。お前の言うことが正しいと証明されたから手伝ってやる。上手くいったらここの環境をちゃんと改善させろよ? 大体、ここで育てた食べ物とか全く味がないぞ。栄養もなさそうだが、他に食べるものがないので仕方なく食べてるけど」
『これまでは余剰があるとクロノスへ送るエネルギーが増えていたのだ。だが、その設定をできる魔神ロイド様はもういない。今後は余剰分をそのまま利用できるから、第三、第四階層の状況も改善すると約束しよう』
なんだか随分と大人しくなったな。アビスが何か言ってくれたのだろうか。まあいい、環境を改善するというなら、こちらも態度を改めよう。
「お前にも優先するべき役目があるのだろうが、どうか手を貸してくれ。皆がもっと快適に暮らせるようになれば、魔族もこれまで以上に増えるだろう。そうすれば、お前ももっとエネルギーを得ることができるはずだ」
『……そうだな。今までは勇者と言う存在があったため、どうしても魔族に対する優先度が低かった。どうせ長生きはできないのだとな。だが、今はその心配もなくなった。ならばお前の言う通り、魔族に対する優先度を上げるのも悪くないだろう』
「そうか。ならよろしく頼む。でも、ちょっと聞いていいか? 勇者の心配が無くなったってなんだ? 今の勇者はセラと言う名前だがちゃんと生きてるぞ?」
これまでの状況から考えると襲ってこないとは思うけど。
『生きているのは知っている。だが、勇者は封印された。今は深い眠りについているだろう。状況から見て数百年は封印が解けることはない』
何やってんだ、アイツは。




