宴 午後
宴もそろそろ終わりだな。日が沈みそうだ。そもそもここは森に囲まれているからな。地平線と言うよりは森に日が隠れてしまう。
村長がステージに上がった。ステージの上から全体を見渡してから笑顔になる。
「さて、今日は一日、楽しんでもらえたと思う。人界中の種族がこうやって集まり宴を開くなど、歴史的に見ても貴重な日だったはずだ」
皆が頷いている。詳しくは知らないが、多分、そうなんだろうな。歴史的な日と言うのは大げさだと思うけど。
「そして、これをしてくれたのが誰なのかは、言わなくても分かると思う」
まあ、リエルが金を払ったからな。リエルのおかげだという事だ。
「最後の締めとして、その方に言葉を貰おう。拍手で迎えてくれ」
そう言うと拍手が沸き起こった。リエルは最後の締めもやるのか。大役だな。
「では、フェルさん、ステージにどうぞ!」
「ちょっと待て。なんで私なんだ。ここはお金を払ったリエルが締めるべきだろうが」
「おいおい、俺の訳ねぇだろ? ここにいる奴らは大体フェルの縁じゃねぇか。獅子王なんて初めて会ったっての」
「いや、そうかもしれないが……そう言うのは苦手なんで誰か代わってくれ」
誰も目を合わせてくれない。ここはアウェー。仲間はいないんだ。
「フェル姉ちゃん。ビシッと決めて」
アンリにそんなことを言われてもな。仕方あるまい。やらないと終わりそうにないし、適当でいいだろ。
覚悟を決めてステージの方へ歩くと、拍手が一層大きくなった。こういうのは事前に連絡しておいてくれないかな。それなら言うセリフを決めておくのに。またアドリブで何か言わないといけない。
ニコニコしている村長にステージの中央を譲ってもらい、皆のいる方を見る。じっくり見渡すと、皆が笑顔だった。私が何か失敗するのを期待しているのだろうか。
「あー、その、なんだ。魔族の私が言うのもなんだが、過去に種族間で色々あったとしても、こうやって縁を結んで宴ができるのは嬉しく思う。こういう日があったということを、ここにいる皆が覚えていてくれれば、きっとよりよい未来になるはずだ。多分」
周囲から、なんで多分なんだよ! とか笑いながらヤジが飛んだけど気にしない。
「そういう未来が来るのをいつか目にしたい。だから、今日、この日のことをしっかり覚えておいてくれ。私も覚えておくから」
そう言うと、今日最高の歓声と拍手が沸き起こった。シーンとしなくて良かった。最後の締めぐらいは盛り上げておかないとな。
村長が拍手しながら近寄ってきた。
「フェルさん、良いお言葉でした。ありがとうございます」
「こういうのは苦手だからもう指名しないでくれ。それじゃもうステージを下りるぞ」
拍手されながらステージを下りる。そしてアンリ達がいる場所まで戻ってきた。
「フェル姉ちゃん、アンリは感動した。算術は忘れても、今日の事は絶対に忘れない」
アンリの言葉に、スザンナは「私も」と言っている。
「そうか。でも、算術も忘れるなよ。将来的に計算はできたほうがいいぞ。その方がもっといい未来になる」
アンリとスザンナは複雑そうな顔をしていたが、村長が話し始めるとそっちへ顔を向けた。
「では、二次会は森の妖精亭でやることになっているから、参加したい者はそちらへ向かってくれ。だが、リエル君の奢りはないぞ。自分で払うように」
そりゃそうだな。エルフ隊長達やムクイ達の持ち込み食材はあったけど、リエルも結構なお金を使っただろう。その上で奢るなんてことになったら孤児院の運営費が無くなってしまう。どれくらい掛かるか分からないが、お金は多い方がいいだろうからな。
なら、二次会の方は私が奢るべきかな。皆に心配をかけたし、千年樹の木材を売ったお金もたくさんあるとか言っていた。二次会で奢るくらい問題ないだろう。
「村長、それなら二次会は私が奢る。お金なんて気にせず飲み食いしてくれ」
「いや、流石にそれはどうかと。いつもフェルさんには食材を提供して貰っていますので――」
「いいんだ。心配してくれた礼だ。ヴィロー商会に預けているお金で払うから気にするな……それくらい払える金はあるよな?」
ラスナの方を見ると、笑顔で頷いた。
「余裕で支払えますな。一ヶ月ぐらい毎日支払ってもびくともしませんぞ」
「なら決まりだ。皆、お金のことは気にせず森の妖精亭へ来てくれ」
また歓声と拍手が上がった。締めの言葉の時より歓声と拍手が大きい。
村長はため息をついた後に、仕方ないな、という顔になった。
「なら、フェルさんに感謝して二次会に参加するように。でも、明日からはちゃんと仕事をしてもらうから飲み過ぎることが無いようにな。特に男達は気を付けるように」
村の男達から、へーい、という声が聞こえた。飲み過ぎるな、というのは無理かもしれないな。
「フェル姉ちゃん、なら早速行こう。いつものテーブルでジャガイモ揚げを食べるべき」
アンリとスザンナに手を引っ張られた。
「そうだな。だが、まずはリンゴジュースで乾杯だ。二次会でも作法がある」
「知ってる。それは粋ってやつ。ならその作法に従う」
粋、なのかな。まあいいか。さあ、二次会だ。
アンリ、スザンナと共にいつものテーブルに座った。
いつものメンバーが集まってくるだろう。最初はリエルが近寄ってきた。
「おい、いいのかよ。二次会がフェルの奢りって。なんなら俺が二次会も奢るぜ?」
「いや、気にするな。私が奢りたいんだ。そういう気分、分かるだろ?」
「分かる気はするけどよぉ」
「気にするな。それに孤児院の方はこれから大変だろ? お金はいくらあっても足りないはずだからな。できるだけ出費は控えた方がいい……そうそう、子供達の歌、良かったと思うぞ。魔族的にはちょっと困ったが」
「ああ、そうだな。あれはすまねぇ。あの歌にあんな効果があるなんて知らなくてよ。魔族や魔物がいるところではやらねぇようにさせっから」
子供達の歌には聖なるオーラ的な物が含まれていた。歌で物理的なダメージを受けるってどういう事なのだろう。聖歌ってやつかな。歌に魔力を乗せていた感じだったから、魔族を弱体化させる何かがあったのかもしれない。
魔族にはそれほど効かなくても魔物達にはもっと効果があった可能性はある。村にいる魔物達は参加してなくて良かったな。あれから結構経っているけど、まだ本調子じゃない魔物達もいたから、今日は自重すると言ってダンジョンにいたのは正解だったと思う。参加してたら阿鼻叫喚だった。
アビスの中でささやかに宴を開くと言っていたから、魔物達も楽しめていただろう。この後も食べ物を差し入れした方がいいかもしれないな。
「リエルちゃん、フェルちゃん、今日はありがとうね。私プロデュースのファッションショーも大成功だったよ!」
ディアが笑顔でテーブルに近寄ってきた。
「あれはあれで面白かったが、よく服を作る時間があったな?」
一ヶ月以上聖都にいたから服を作る時間なんてなかったと思うんだが。
「聖都で布を買いこんだからね。聖都を出た頃はリエルちゃん達の馬車に乗ってたから、その場で子供達を採寸して突貫工事をしたんだよ」
「おう、アイツら、ちゃんとした服を持ってねぇからディアに作って貰ったんだよ。布代だけ出して後はお任せだ。子供達、喜んでたぜ」
ファッションショーにはリエルの子供達がモデルとして出ていた。恥ずかしそうにしていたのが初々しいというか、なんというか。こっちまで恥ずかしくなる感じだが、嬉しそうだったな。
「獣人達やウェンディ、レモまでモデルをしてたが、そっちはどうなんだ?」
「あれは練習で作った服をちょっとサイズ調整しただけだよ。時間はほとんどかかってないかな。皆から売ってほしいって言われたけど、どうせならちゃんと作ってあげたいよね」
「獣人さんやウェンディ姉ちゃん達のテーマはパンクロック? ウェンディ姉ちゃんの服が一番格好良かった。背中のドクロにしびれる。アンリも将来あんな感じになりたい」
パンクロックってなんだ? 音楽のロック系の親戚? それにドクロって骨だぞ? 恰好いいか?
「背が高いと何を着ても映えるよね! ウェンディちゃんはちょっとこう世間に逆らっちゃうみたいな感じが良く出てたなー。すごく気に入ってくれてずっと着てるんだよね。仕立て屋冥利に尽きるよ!」
魔族だしな。そりゃ世間に逆らうのを種族的にやってる。
まあ、ウェンディはあのファッションでいいんじゃないかな。最初着ていた白いシャツにはデカデカと「馬耳東風」って書かれてたし。見て見ぬふりをしたけど、ちょっとどうかと思ってた。
「みんな、お疲れ様。私のイリュージョンはどうだった?」
「おつかれさまです、みなさん」
ヴァイアとノストがやって来た。仲睦まじいというか、手を繋いで来てる。リエルが石化したように動かない。
「あのイリュージョンって何なんだ? ヴァイアが二人いたよな? 幻視魔法じゃなかったし、なんだか分からなかったぞ?」
ヴァイアがやった出し物は、自分自身を魔法で作り出すような感じだった。それだけならともかく、動いていた。みんなびっくりしていたな。出し物の最中だというのに、クロウとドレアが魔道具を見せてくれってうるさかったし。
「映像を記録する魔道具を改良して、動画を記録する形にしたんだ。それを立体映像で表示させたんだよね」
「詳しくは分からないが、ヴァイアのあの姿を事前に記録していたという事か? でも、喋ってたぞ?」
「もちろん音声録音機能付きだよ。動画と音声を立体的に記録したり再生したりする魔道具なんだ。ものすごく魔力を使うから実用的じゃないけどお遊びならいいよね!」
お遊びでそういうのは作らない方がいいと思うけどな。あれと同じようなものを龍神のところで見たぞ。クロウとドレアがその魔道具を見つめて色々やってるし。
まあ、いいか。とりあえず、いつものメンバーがそろったので、ジャガイモ揚げとリンゴジュースを頼む。給仕はヤトやメノウ以外に、リエルの子供達もやっているようだ。
「リエル、いいのか? 今日くらい子供達も遊ばせた方がいいと思うが」
「俺もそう言ったんだけど、お手伝いするって言って、いうことを聞かねぇんだよ。俺みたいな奴になりたいんだと」
「得意の治癒魔法で目を治してやれ」
「そりゃどういう意味だ、あん?」
いや、だって、リエルみたいになりたいのに、こんな時もお手伝いとかちょっとおかしいよな。そもそもリエルみたいになっちゃダメだけど。
首を傾げていたら、ディアが肩に右手を乗せてきた。わかるよ、って感じの顔をしてる。
「子供達に聞いてみたらね、リエルちゃんを女神様のように思ってたよ。ヴァイアちゃんの作った魔道具で女神教の洗脳は解かれているのに、それだけはどうしても解けなかったんだよね……」
「いや、だって普段のリエルを見ていたら、どう考えても女神じゃないぞ? 百年の恋も冷めるって感じだ。冷めるどころか絶対零度?」
「それも言ったんだけどね。リエルちゃんのそういう言動は自分達との壁を取り払って、距離を縮めるためだって信じてるみたいなんだよ。あと、反面教師としてそう演じてるとも言ってたね。なんだろうね、あれ。リエル教?」
「おいおい、なんだか馬鹿にされている感じがするぞ? だが、これで証明されたな。アイツらは俺の内面を見てるんだ。かわいい奴らだぜ」
内面はもっと酷いだろうが、と言いそうだったがギリギリ耐えた。まあ、悪い奴じゃないし、いざと言う時は頼りになるからな。いざと言う時以外がちょっとあれだけど。
子供達は女の子が多い。将来、普段のリエルのような男好きにならないで貰いたいな。それ以外はぜひとも真似してほしいけど。
そんな話をしていたら、子供達がリンゴジュースとジャガイモ揚げがやって来た。少々危なっかしい感じだが、ちゃんと持ってこれたようだ。
「おう、ありがとうな。手伝い、偉いぞ。交代しながら皆も楽しめよ?」
「はい、分かりました。ありがとうございます、聖母様」
なんて?
リエルが給仕した子供を見送ったあと、こちらを見てびっくりした感じになった。
「なんだよ、お前ら。とんでもない物を見たって感じだぞ?」
「見たというか、聞いた、かな。セイボって聖なる母ってことか?」
「ああ、そうみたいだな。なんか皆してそう呼んでる。俺、結婚してねぇのにな……」
「問題はそこじゃない。あ、いや、待て、思い出した。爺さんと孫のアミィがそんなこと言ってた。リエルは聖女から聖母になったって。すでに広まってるのか」
女神教の聖女ではなく、聖人教の聖母。爺さんがアムドゥアに伝えなくては、とか言ってた。仕事が早いな。でもまあ、いいか。リエルは面倒見が良さそうだし、肝っ玉母さんみたいなポジションなのだろう。
「それじゃ、乾杯しようぜ。寝るまでにはまだまだ時間があるからな!」
リエルがコップを掲げると、皆も掲げた。そしてコップを軽く合わせる。とくにこの乾杯には理由がない。でも、そんなことはどうでもいい。これは楽しい時間を過ごすという合図だからな。




