表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様観察日記  作者: ぺんぎん
第十二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

523/717

閑話:魔神

 

 雲一つない青空。四体の巨大なカブトムシが大きなゴンドラを釣り上げ、空を飛んでいる。


 ゴンドラの四隅から伸びる太い縄をカブトムシがそれぞれ一本ずつ釣り上げて飛行しているのだ。さらに周囲には武装したハーピーも護衛として飛んでいる。


 空を飛ぶ魔物達はそのゴンドラを遠くから見る。だが、ゴンドラに描かれている青色の雷を確認しては元の場所へ戻っていった。


 このマークがついた物を襲うことは不幸な未来が待っているのを理解しているのだ。空を飛ぶ魔物は生まれてからすぐにそれを教わる。青い雷のマークには近寄るな、と。


 空の魔物にとって死の危険があると認識されているゴンドラには二人の魔族が座っていた。


 一人は魔族の王である、魔王アール。


 もう一人は先の会議にて人界に攻め込むべきだと進言した魔族であった。


 アールはゆったりとした黒いローブを身につけて楽しそうに空の景色を楽しんでいる。反面、執事服を着たもう一人の魔族は体が震えていた。


 アールは緊張している魔族を見て楽しそうに笑う。


「人界に来るのも、空を飛ぶのも初めての経験じゃろう。だが、安心せよ。儂も何度も来ているし、何度も空を飛んだ。一度として身の危険を感じたことは無い」


 アールとて何度も魔界から人界に来ているわけではない。アールは四十年近く魔王の座についており、その就任期間は最長とも言える。外交という目的で何度も人界へ訪れていた。


 それを理解した魔族は、アールも最初は緊張したのでは、と思ったが、そんなことは口にできない。言ったとたんに首と胴が離れる可能性もある、そう思いぐっとこらえた。


 魔族は人族よりもはるかに強い。一対一なら戦って負けるということも無い。緊張していた魔族もそれに関して心配はしていない。だが、空を飛んで迷宮都市へ行くとは思ってもいなかったのだ。地上で見た景色には美しさに心を打たれたが、ゴンドラから見る地上の景色は恐怖以外の何物でもない。理屈ではなく、本能で怖いのだ。


「そ、そうですか。慣れれば楽しいのでしょうね。今の私にはそれを楽しむ余裕がないのですが」


 震える声でそう言うと、魔王は頷いた。


「まあ、最初は皆そうじゃな。人界に来るときは、いつもこれに乗り、そういう者を見て楽しむのが儂のささやかな趣味なんじゃ」


 そう言ってアールは口を大きく開けて笑い出した。


 趣味が悪いな、と思いつつも、アールの機嫌が良い事に安心した。人界に攻め込む提案した時のアールは明らかに不機嫌であった。そして後日、人界に行くので魔王様の従者として同行しろ、と命令されたのだ。


 正直、生きた心地がしなかった。人界への同行とは何かの隠語であり、自分は殺されてしまうのか、と怯えていたのだ。アールがそういう事をする魔王ではないと知っている。だが、自分が従者に選ばれる理由が他に思いつかない。遺書でも用意しておこうかとずっと考えていた。


 それは杞憂だったと従者である魔族は胸をなでおろす。人界に着いてから理由を聞くと、人界に来たことがない者を優先しただけとのことだった。だが、いまは空を飛んでいる恐怖がある。ここは話をしながら気を紛らわせよう。そんな事を思いつき、アールが食いつきそうな話題を頭の中で考えた。


 ふと、ゴンドラを運ぶカブトムシが目に入る。人界にいる魔物の一種だ。魔族と懇意にしていると聞いたことはあったが、そのルーツは知らない。アールなら知っているかもしれないと尋ねた。


「アール様、このカブトムシ達は人界の魔物ですよね? 我々魔族と懇意にしていると聞いたことがあるのですが、どういった理由かご存知でしょうか?」


 特に興味があるわけではない。空を飛ぶ恐怖を紛らわせるための世間話だ。だが、思いのほかアールは食いついて来た。破顔するほどの笑顔になったのだ。


「そうか、知らんのか。このカブトムシ達の先祖が、大昔の魔王と友諠を結んだのだ。人界で魔王が移動するときには常に使っていたとも言われておる」


「大昔……百年ほど前でしょうか?」


 その言葉にアールがニヤリとする。言いたくて仕方がないような顔だ。


「千年ほど前じゃな。千年前の魔王が、人界でカブトムシと友諠を結んだ。以降、このように我々魔族の依頼を優先的に対応してくれている」


 アールの言葉を聞いた魔族は頭に疑問符が浮かぶ。


 千年前と言えば、まだ魔族と人族が戦争していた時代。勇者を殺すために魔族の精鋭を人界に送っていた頃。そんな時代に魔王が人界で呑気に魔物と友諠を結ぶなんてことがあるのだろうか。


「不思議そうじゃな?」


 表情から不思議に思っていたことが分かったのだろう。アールが魔族の顔を覗き込むようにしていた。


「はい、不思議です。当時の魔王であれば、人界に行くような真似はしません。確かに過去には魔王自らが人界に攻め込むような事もあったそうですが、千年前では――」


 従者の魔族はそこまで言って、言葉を止める。一つだけ可能性があったからだ。


「まさか、その魔王とは放浪の魔王ですか? 放浪の魔王がカブトムシと友諠を結んだ?」


「放浪の魔王の事を知っておるのか。魔族の歴史を勉強したようじゃな」


 魔族の言葉にアールは驚き、嬉しそうにしている。


 従者の魔族は会議において人界へ攻め込むのは愚かな行為だと言われた。その理由を知るために勉強をしたのだ。理由は分からなかったが、その過程で放浪の魔王に行きついた。


 魔王の中で最も不可思議な魔王。だが、その魔王によって魔族と人族の関係は改善された可能性が高いと言われている。具体的に何をしたのかは分かっていない。だが、歴代の魔王が皆、口を揃えてそう証言していたという内容が本に書かれていた。


「放浪の魔王。名前すら失われているという謎の魔王ですね。剣帝オリスア、人形遣いルネ。その後の魔王に関しては、すべて名前が残っているのですが、その魔王だけは名前がないとか」


「そうじゃな。魔王であるにも関わらず、自分は魔王ではないとおっしゃっていたそうだ。魔王の名を記す本からも自分の名前を消して、決して名を残すなと言われたらしい」


「不思議な話ですね。魔王とは誰もがなれるものではありません。魔族にとって魔王になることは大変な名誉。なのに名前を残さないとは……アール様は理由をご存知ですか?」


「分からぬ。だが、一つの仮説がある。魔界にいる歴史学者達は誰も信じてはおらんがな」


「それはどんな仮説でしょうか?」


 従者の魔族はカブトムシと同様にそこまで放浪の魔王を知りたいとは思ってはいない。だが、アールの態度、話しの仕方から考えて、この話が好きなように思えた。アールは明らかに上機嫌。話の内容を知りたいと言うよりも、アールの機嫌がそこまでよくなる理由を知りたかったので、問いかけた。


「魔神を知っておるか?」


「当然知っています。魔族で魔神を知らない者などおりません」


 魔神はおとぎ話に出てくる魔族だ。子供の頃、寝る前にはいつも魔神の話を聞かされる。到底信じられないような話を聞かされた後で、大きくなったら魔神様のように強くなれ、そして悪いことをすると魔神様がやって来るぞ、魔族の子供達は誰もがそう教わるのだ。


 だが、おとぎ話の魔神と、アールが言った魔神とは別なのかもしれないと思い直した。さすがにおとぎ話に出てくる魔神が今の話に関わってくるとは思えない。だが、それ以外の魔神を知らない従者の魔族は改めてアールに問いかけた。


「私が知っているのは、おとぎ話に出てくる魔神ですが、それとはまた別の存在なのでしょうか?」


「いや、同じじゃよ。すべての神を殺し、新たな神に至ったという魔神。そのおとぎ話に出てくる魔神の事じゃ」


「そうでしたか。ですが、おとぎ話なのですよね? それが仮説――まさか、放浪の魔王とは、その新たな神に至ったという魔神だと言うのですか? だから、魔王から名前を消したと?」


 アールはニヤリと笑う。冗談なのか本気なのか。従者の魔族はアールの真意が読めなかった。


「歴史学者は否定するがの。だが、儂はその可能性が高いと思っておる。おとぎ話に出てくる魔神の従魔達を覚えておるか?」


「魔神の従魔達ですか? 私が知っている範囲では、魔狼、魔犬、女王蜘蛛、雷光……そうそう、最も有名なのは大罪と呼ばれるスライム達ですね」


 どれか一体が暴れただけで、国が亡ぶと言われるほどの魔物達。その魔物達を魔神は従えていたと言われている。


「うむ、さきほど言った従魔達の中で雷光と呼ばれている魔物。これが巨大なカブトムシだったと言われておるのだ」


 天空の覇者、雷光。空を超スピードで動き回るのはまさに雷。そのような話が魔族には伝わっていた。だが、それがカブトムシだというのは初めて知った。


「つまり、その雷光の子孫がこのカブトムシ達だと?」


「子孫もいるかもしれんが、同種族じゃな。まあ、あくまでも可能性じゃよ。本当なのかどうかは残念ながら証明のしようがない。だがのう、このゴンドラのマークを見たか?」


「乗り込む時に見ました。確か青色の雷でしたね。しかし、なぜ青なのでしょう? 普通、雷と言えば黄色でイメージされることが多いと思うのですが」


「青い雷、それが雷光の名前だったとも言われておるんじゃ。そう考えると、辻褄が合ってくると思わんか?」


 放浪の魔王が友諠を結んだカブトムシ、そして魔神が従えていたカブトムシ。放浪の魔王が魔神だと言うには少々弱い辻褄だが、可能性はあるかもしれないと判断した。


「何とも言えませんが、ロマンがある話ではありますね」


「そうか、ロマンがあるか! 儂はこの仮説を支持したいんじゃが、儂の派閥は少ないんじゃ。お主にも仲間になってほしいのだが」


 そんな派閥があるなんて初めて知りました、従者の魔族は心の中で呟いた。しかし、カブトムシの繋がりだけで、放浪の魔王と魔神を結びつけるだろうか。


 アールの顔を見てもよく分からない。上機嫌なのは分かるが、言っていることが本気なのか冗談なのか、判断がつかないのだ。従者の魔族はこのままこの話を継続した方がいいと判断した。


 迷宮都市まではまだ時間が掛かる。その間、アールと二人旅だ。気分を害されるのは困る。ならば機嫌が良くなる話題を続けた方がいい。そう考えて、さらに話を促した。


「それだけでは判断しようがないですね。むしろアール様なら他にも情報を得ているのではないですか? もしあるならそれを教えて頂きたいのですが」


「なるほどのう。では、教える前に一つだけ答えてくれ。魔神は存在すると思うか?」


 この質問は何なのだろうか、と従者の魔族は考えた。そもそもどう答えるのが正解なのかが分からない。答えによって機嫌を悪くされるのは困るので、嘘はつかず、正直に答えるのが一番だろうと覚悟を決めた。


「正直なところ、いないと思っています。それはおとぎ話の内容があまりにも荒唐無稽で信じられないからです。子供の頃は魔神のようになりたい、魔神は怖い、そんな風に思いますが、歳を重ねるにつれて現実を見ますので」


「まあ、そうじゃろうな。なら、例えば、魔神のどんな話が信じられないのじゃ?」


 魔神の話は大人になればすべてが信じられない。


 人界にある空中都市を落としたのが魔神だとか、ルハラ帝国の帝位簒奪やトランの王位簒奪を手伝ったとか、大霊峰の火山を噴火させたとか、あり得ない内容ばかりだ。


 だが、その中でも最も信じられない内容がある。


「どんな魔王よりも強い。この内容が一番信じられません。歴代の魔王達に関しても信じられないような強さを誇ったとありますが、それは当時の魔族がしっかりと書き残した内容なので疑う余地はないでしょう。ですが、例えどの時代の魔王だったとしても、全ての魔王を凌ぐ強さをもつなんてありえない事だと思います」


「なるほどな。だが、最近、魔王が負けた話を聞いたことはないか?」


 従者の魔族は顔をしかめる。アールが何を言っているのか一瞬分からなかったのだ。魔王が負ける、そんな話は聞いたことがない。そう思った瞬間、あることを思い出した。


 恐る恐るアールを見る。正確にはアールの角を見た。アールの右角が三分の一程欠けているのだ。


「まさか、アール様が戦った魔族と言うのは――」


「確証はない。だが、確信がある。儂を倒したあの方は、魔神だったとな」


 アールはゴンドラから外を眺めた。


 その目に景色は映っていないのだろう。昔を懐かしむような遠い目だ。従者の魔族はそんな風に思った。


「薄れゆく意識の中で儂は魔族の姿を必死に頭に焼き付けた。黒い執事服を着て、燃えるような赤い髪だったことは今でも鮮明に思い出せる」


「燃えるような赤い髪……」


「そうじゃ。放浪の魔王、名もなき魔王じゃがその容姿だけは伝わっている。燃えるような赤い髪だったとな。だから儂は魔神がいると思っておるし、放浪の魔王がその魔神じゃと思っておる」


 アールはさきほどまでの笑った顔ではなく、真面目な顔つきだった。


 本気で自身を倒したのは魔神だと信じているようだ。従者の魔族は、カブトムシの辻褄よりも可能性は高いと思った直後、ふと疑問に思ったことを口にした。


「しかし、その仮説が正しいとなると、魔神は千年近く生きていることになりませんか?」


 そう言うと、アールはさも当然というように頷いた。


「当たり前じゃろう? 神なんじゃぞ? 千年くらい生きるものよ。その間、我々魔族をずっと見守ってくださっていたのじゃろう。まあ、儂は角を折られたがな。悪いことをすると魔神がくる。子供の頃に教わった内容は正しいという事じゃな!」


 アールはそう言ってから笑い出した。


 従者の魔族は笑っていいところなのか判断ができず、肯定も否定もせずに、ただ、ゴンドラに座っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ