火種
バルトス達と別れてから村長の部屋を探した。
ちょっと迷子になったが、近くにいたメイドに案内してもらい、村長のいる部屋へ到着した。
バルトスって一人暮らしだよな。無駄に広い屋敷に住むのはどうかと思う。
まあいい。まずは村長だ。
部屋をノックしてから名乗ると、すぐに村長が中へ入れてくれた。どうやら部屋にいたのは村長とアンリの乳母であるティマだけのようだ。
挨拶を交わしてから、勧められた椅子へ座る。
「昨日はすまなかったな、話の途中だったのに」
「いえいえ、フェルさんはまだ起きられたばかりでしたからな。今日は随分と顔色も良くなられたご様子。もう、大丈夫なのですか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
顔色が悪かったのは、現実と記憶との乖離で脳が混乱していただけだと思う。それに大事な事を思い出せた。魔王様がいらっしゃらない状況に不安はある。だが、やれることが色々あるならそれに注力するだけだ。
「今日来たのは昨日の続きだ。記憶の件で話を聞いたのだが、とりあえず記憶は戻っているんだな?」
ティマが頷いた。
「はい、おかげさまですべての記憶を思い出しました。アンリ様達の事を忘れて、邪神のいいように操られていたなんて恥ずかしい限りです」
ウィンは邪神扱いにされるんだな。本人が聞いたらどう思うか。
そういえば、ウィンはどうなったのだろう? アビスに聞いた話では魔王様の小手に入っているとか言っていた。となると、空中庭園にあったセントラルタワーという場所にはいないのかもしれないな。
それはいいとして、ウィンはティマの体を使ってたんだよな? 普段のティマはどこにいたんだろう?
「ティマはウィンに体を乗っ取られていたとき、どうなっていたんだ?」
「私は眠らされていました。どうやら私が眠っている状態でないと体を操れないようですね。たまに目が覚めて主導権を取れましたから。リエル様を操る前にも目を覚ましたのですが、その時はなにか変な物に座らされておりまして、そこからリエル様の体を操っていました」
「変な物に座らされていた? それは大聖堂にあるのか?」
「いえ、空中都市にあります。ウィンはやることがあるので、私にリエル様を連れて来るように、と命じたのです。記憶がなかった私はそれが正しい事だと思いまして……」
ティマが申し訳ないような顔をしている。仕方ないことなんだから、そんな顔しなくてもいいのに。
「気にしなくていいと思うぞ。多分、リエルもそう思ってる」
「はい、リエル様にも気にしないでいいと言われました。フェルさんもリエルさんも、いい人ですね」
いい人なんて言われると、体がむずがゆい。否定したいが、そうなるともっと墓穴を掘りそうな気がする。ここは話を変えよう。
「えっと、それじゃ村長の用事は終わったのか? ティマと話をしたいから付いて来たんだよな?」
「そうですな。懸念していた状況にはならなかったので安心しました。それにリエル君が作った聖人教の幹部になるようですので、私としては願ってもない展開になっています」
願ってもない展開……アンリのことかな。
もしかしたらアンリはトランの国王と戦って、王位を取り戻そうとするかもしれない。その時に助けてくれる組織、というような考えがあるかもしれない。
「そうそう、実はフェルさんに話しておかないといけない事がありました」
「何の件だ? もしかしてアンリの事か?」
「いえ、トラン国の事です。トラン国は他国との関わりを絶ったようですな。トランへの陸路、そして海路で侵入を拒んでいるようです。陸にも海にも大きな壁や船を用意して近づく者を攻撃しているそうですな」
「なんだそれ? 理由は?」
村長がニヤリと笑った。悪い笑みだ。もしかして村長が何かしたのか?
「トラン国にアンリの乳母、つまりティマの日記が見つかったと情報を流したのですよ。その日記には王位継承者が生きている、という事が書かれていたとも伝えましたな」
「ええと、いいのか、それ? アンリが十五になったら伝えるんじゃなかったか?」
「もちろんアンリに言うのは十五になってからです。ただ、アンリが十五、ちょうど十年後にそんな話が出ても信用されませんから、今のうちから火種を仕込んでおいたという事です。このまま何もしないか、それともアンリが王位を取り戻そうとするか、それは分かりませんが、やれることはやっておこうと思いました」
「そんな噂がトランで流れたから、トランは他国との関わりを絶った、と?」
「そのようですな。アンリを恐れたのでしょう」
村長は嬉しそうだ。もっと穏やかな性格の人だと思ってたのに。
いや、娘さんを暗殺されているんだ。どんなに穏やかな人でも変わるか。
それはいいとして、いきなり日記が見つかるなんてどうなんだろう? 怪しくないか?
「日記が見つかったという経緯はどうしたんだ? いきなり日記が見つかるなんておかしいよな? それに日記じゃなくてティマが普通に宣言すればいいだけの話じゃないのか? なんで日記?」
「実はティマは死んだことになっているのです」
「死んだことになっている?」
「はい。ティマが聖女になるときに要求していた事なのです。私達は逃亡者ですからね。ティマを聖都に一人残していくなら、ティマは死んだことにして欲しいと伝えました。当時の聖女はそれを了承しまして、今はティマという者はいないことになっています。鑑定や分析魔法を使われるとバレますが、ティマはほとんど大聖堂か空中都市にいたようで、バレなかったようですな」
ロモンとトランはそれなりに交流があるから、一人だけ聖都に置いていくのは危険だと思ったのかな。
「そっちは分かったが、日記の方はどうしたんだ?」
「パンドラ遺跡を覚えておりますか? あそこにダンジョンがあったようです。アビス殿が見つけて、最近まで調査していたようですな。そのダンジョンから日記が見つかったことにしています。そしてこれがその日記です」
村長がテーブルの上に日記を置いた。随分と新しい感じの日記帳だ。
「新品の日記帳に見えるが?」
「ええ、つい最近、ティマに書いてもらいましたので」
「それってねつ造じゃないのか?」
「そうとも言いますが、これくらいは何の問題もありません。状態保存の魔法が掛かっていたとか、どうとでも言えます。重要なのはティマの筆跡でアンリが生き延びたことが書いてあることなんですよ」
村長、やりたい放題だな。まあ、それくらいしないとダメなのかもしれないけど。
「トラン国の者がソドゴラ村へ襲ってこなかったことを見ると、アンリと共に逃げ出した私達は全員死んだと思っていたのでしょう。もしかしたら、当時の聖女がそのように取り計らってくれたのかもしれません。ですが、この日記でティマ以外は生き延びたことが分かった。トランの王と摂政は気が気じゃないでしょうな」
村長が嬉しそうにそんなことを言っている。
アンリが幸せなのが復讐だとか言ってたけど、さらに直接的な復讐をしたわけだな。
トランがロモンとも関係を絶ったのは正当な王位継承者のアンリに怯えているからだろうか。でも、アンリが生きているということが分かれば、トラン国内でも色々とあるような気がする。
トランにいいイメージはないけど、ちょっとだけ同情したくなるな。
でも、トラン、か。あそこには機神ラリスがいるはずだ。イブが言っていた事を本当だとすると、ラリスは人族に騙されて機能を奪われているらしい。
ちょっと不気味なんだよな。
人族が管理者の機能を使って何かしているのなら、手ごわい国になるはずだ。
トラン国に手を出すならアンリが十五になったときだろう。十年後だ。その時間だけトランも強くなりそうなんだ。大丈夫かな?
「フェルさん? どうかされましたか?」
「ああ、いや、ちょっと考え事をな……村長、いつかトランを攻めるなら、注意しろよ。あの国はウィンと同じぐらいの技術を持っていると思った方がいい」
「……それはどういう事でしょうか?」
「そうだな、まず、邪神であるウィンが存在したように、機神ラリスも存在する」
「なんと……」
「ラリスは人族に騙されて機能を奪われているそうだ。だれが奪ったかは知らない。トランにはラリスが持っている力を使える奴がいると思った方がいい」
村長が考え込んでしまった。余計な事を言ったかな。でも、言わない訳にもいかないよな。
「もし、アンリ様が王位を取り戻したいと言った時、フェルさんは手を貸してくださいますか?」
ティマがこちらを伺うように、そんなことを言ってきた。
アンリに手を貸す、か。
「残念だが、戦争に手を貸すことはできない」
「で、ですが、聞いた話では、ルハラで帝位簒奪を手伝ったとか……」
「そうだな。手伝った。だが、あれは今思うと運が良かっただけだ」
「運、ですか?」
「村長達には伝えておこう。私の弱点とも言えるが、この際だ、教えておく。言いふらすなよ?」
二人とも頷いたことを確認してから口を開いた。
「私は人族を殺すと暴走して周囲を破壊し尽くす。敵味方関係なく近くにいる奴らを全てだ。そういう呪いを持ってる」
魔王様は呪いと言ってたが、アビスが言うには魔王のシステムの一つらしい。管理者達が魔王に埋め込んだリミッター解除の仕組みだそうだ。大体七日程暴れて落ち着くそうだが、少なくとも国一つは滅ぶだろうという話だった。冗談じゃない。
「ルハラで帝位簒奪を手伝いをしたときは、たまたま人族を殺さずに済んだ。それにもし暴走してもそれなりの対処はできたが、今はダメなんだ」
今は魔王様がいない。私を止めてくれる人はいないという事だ。憎悪を持って殺さない限りは大丈夫らしいが、匙加減が分からないし、これからはもっと慎重に行動しないといけない。
「すまないな。私もアンリが頼むなら手を貸したいところだが、人族との戦争では危険すぎる」
「そんな呪いがあるとは知りませんでした。こちらこそ無理を言って申し訳ないです」
明らかに村長とティマは落胆している。でも、仕方ないよな。暴走したときに、一番危険なのは近くにいるアンリなんだ。私は戦争に手を貸さない方がいい。
とはいえ、問題なのは私が人族を殺してしまう事だけだ。それ以外は問題ない。
「戦争には手を貸せないが、他は色々と助けてやれると思う。人族と友好的な関係を結ぼうとしている以上、魔族を貸し出すのは無理なのだが、従魔達なら貸してもいい。戦力になるはずだ」
「それは本当ですか?」
村長が笑顔になった。ティマはよく分かっていないみたいだけど。
「アンリは従魔達のボスらしいからな。私が何か言わなくても、手伝ってくれると思うぞ?」
「それは心強いですな」
「とはいっても、十年先の話だから状況が色々変わる可能性がある。あまり期待はしないでくれ。それにアンリは、自分で信頼できる奴らを集める必要があると思う。強くても単なる寄せ集めじゃ意味がないだろうしな」
「そうですな。アンリに良く言って聞かせましょう」
村長はそう言うと考え込んでしまった。今後のアンリの教育方針でも考えているのだろうか。
アンリがもし戦争に手を貸してと言ってきたら私は断れるだろうか。なんとなく断り切れない感じがするんだよな……そうだ、いいことを思い付いた。
私が戦争に手を貸さなくてもいいぐらいの戦力を集められるようにすればいい。魔族程じゃないが、人界にも強い奴らは沢山いる。今度アンリに紹介してやろう。




