不老不死の仕組み
今日はもう疲れているだろうということで、アビス以外の皆は部屋を出て行った。
ありがたいことに皆は私が不老不死でも特に問題ないように振る舞ってくれる。
多分、気を使ってくれたのだろう。はっきり言って気味が悪いはずだ。それでも私を傷つけないようにしてくれたことが何よりも嬉しい。いつかこの恩を返さないといけないな。
よし、それはそれとして切り替えて行こう。疲れているとはいえ、これからの事を考えなくてはいけないし、確認しないといけないことが多い。
アビスに残って貰ったのはそれが理由だ。皆を巻き込むわけにはいかない。アビスも色々忘れてしまっているが、色々な事情に詳しいはずだ。早速相談しよう。
「アビス。残ってもらったのは他でもない。これからのことを相談したいんだ。アビスにはアビスのやりたいことがあると思うが、手伝ってくれるか?」
「もちろんです。そもそも、フェル様は私の創造主みたいなものですし、アンリ様からもフェル様の言うことを聞く様に言われています」
「そうなのか?」
「はい。アンリ様の命令は最優先です。なので、何でもおっしゃってください」
「……アンリが私の言うことを聞くなって言ったらどうなるんだ?」
「フェル様の言う事なんか聞きませんね――いえ、冗談です。聞きますよ。大体、アンリ様がそんな事を言うわけないじゃないですか。万が一、フェル様がアンリ様と戦うことになったらアンリ様につきますけど」
管理者達は嘘をつけないとか言ってた。多分、本気なんだろうな。アンリとは仲よくしよう。
「まあ、分かった。色々と確認したいのだが、まずは不老不死の事だ。そもそも不老不死とはどういう状態なのか詳しく教えてくれないか?」
イブは魔王様を溺れさせようとしていた。永遠に死に続けろと。不老不死なのに死ぬというのが良く分からない。それに私は今までも怪我をしていた。血も出るし、痛みも感じる。不老不死だとは思ったことがない。
不老なのは何となく分かる。だが、不死とは一体どういう状態なのだろうか。それを確認しておかないと、何となく気持ち悪い。
アビスは一度頷くと、口を開いた。
「不老不死にもいくつか種類がありますが、フェル様の場合は主要器官の状態維持ですね」
「いきなり何を言っているのか分からない。不老不死がいくつもあるってなんだ?」
「言葉通りの意味です。不老不死と言ってもその方法はいくつかあるのです。例えば創造主達は、肉体の魔素化ですね」
「肉体のまそか……? 魔素化か?」
「はい。生まれ持った肉体をとある技術で魔素と同じ構成にするタイプの不老不死です。脳以外をすべて魔素化するので、肉体的にも強固になります。ただ、その魔王様という方の不老不死はどのタイプかよく分かりません。右手が義手のままだったようですし、情報がありません」
魔王様の事は仕方ないか。ただ、他の創造主の不老不死って、人間と言えるのだろうか。創造主達の遺体を見たが、確かに綺麗な感じではあった。あれは普通の肉体ではなく、魔素化した肉体ということなのだろう。
「不老不死に種類があるのは分かった。では、私の主要器官の状態維持というのは? 私も肉体が魔素化しているのか?」
「いえ、フェル様の体は魔素化していません。肉体自体は生まれた時のままです。主要器官は脳と内臓の事を指すのですが、それらが破壊された場合、一瞬と言うほどの時間で再生されます。脳に関しては最も重要なもので傷をつけることも不可能なレベルで修復されます」
「ちょっと気持ち悪いが、そうなのか?」
「はい、不老不死とは言ってますが、脳が一度でも破壊されたら、例え脳が再生されても、生きていると言えるか分かりません。ですので、脳だけは膨大なエネルギー、つまり魔力を使って少しの傷もつかないようにしているのです」
肉体が再生されても生きているかどうか分からない、か。
魔王様のご家族のような、魂がない、という状態の事だろうか。なら、魂は脳に宿る? そんな風には思わないけど、とりあえず、脳が無事なら死なないという事なのかな。
「内臓はどうなんだ?」
「瞬間的には再生されますが、脳に比べれば遅いですね。治るまでは魔力で活動を補うことになります。ちなみに手や足の怪我はもっと遅いです」
「手や足なんかも、遅いだけで再生はするのか?」
「そうですね。常にフェル様の体には治癒魔法が掛かっていると言えばいいでしょうか。リエル様のように医療知識を増やしたり、意図的に魔力供給量を増やしたりすれば、治りも早くなると思いますよ」
そうなのか。リエルに教わろうかな。リエルを先生と仰ぐのはちょっと嫌だが。
「フェル様は肉体の魔素化はしていません。ですが、魔王の因子を埋め込まれたので、強靭な肉体になっています。フェル様に傷をつけられるのは、創造主や管理者、天使くらいなものでしょう。あとは勇者であるセラや、勇者や魔王の因子を持っている者なら可能性はありますね。とはいってもセラ以外にフェル様を殺せませんがね。今の状況で注意するのはイブという奴とセラだけで十分だと思いますよ」
なるほど。警戒するのはその二人だけか。
「セラも私と同じタイプの不老不死なのか?」
「はい。同じです。ですが、セラの場合、フェル様とは違って天敵がいません。誰にも殺せないのです。フェル様はセラの攻撃で主要器官を破壊された場合、その器官は再生されなくなります。治癒魔法を使えば再生できますが、勇者の攻撃は相手の再生能力を著しく下げますので、治りは相当悪くなります」
「そうなのか。それは注意しないとな……不死に関しては何となく分かった。不老に関しても何となくわかるが、知っておいた方がいい知識はあるか?」
歳を取らないという状態だとは思うが、どういう理屈なのだろう?
「不老のイメージとしては、不死と同じです。常に肉体を維持しているという感じでしょうか」
「肉体を維持?」
「フェル様の場合、三年前に魔王となりましたので、その時の状態を膨大な魔力を使って保っているわけですね。体に変化があれば元に戻す、と言うのを常に繰り返しているに過ぎません」
三年前の状態を保つ?
「まさかとは思うが、私って十五の時から成長していないという事か?」
「ぶっちゃけるとそうですね」
「ぶっちゃけるな。いや、不老ってそういうモノなのだろうが、かなりショックだ。十八だと思っていたら十五ということか。私の背が高くならないのもそのせいなんだな?」
「そうですね、不老でなければ伸びる可能性はあったでしょう。不老とは成長を止めるのと同じことです。肉体的な成長はほとんど見込めません。爪や髪が伸びるとか、筋肉が付くというようなことはありますが、骨格が変わる、つまり背が高くなったりはしませんね――あ、胸も大きくなりません」
「わざわざ言わなくていい。ものすごく面倒な不老だということは分かったから、それだけで十分だ」
正直諦めてた。悲しくはない。残念なだけだ。せめて二十くらいの時に魔王になれば、もっとクールビューティだったのかも知れないのに。
二十……そうかセラは確か二十くらいの時に勇者になったんだな。
「不老に関してもセラと私は同じなのか?」
「同じです。どちらのシステムにも違いはありません。セラは勇者となった時の状態をずっと維持しているわけですね」
魔王様はセラを七十歳くらいとか言っていた。二十歳の時に勇者となり、ずっとそのまま。この五十年どういう気持ちで生きていたのだろう。想像できないな。
「フェル様、一つよろしいですか?」
「なんだ? 別に胸なんて気にして――」
「そうじゃありません。イブの事です」
イブの事? なんだろう?
「イブは三年前、フェル様をついでに魔王にしたと言ってたのですよね?」
「そうだな。両親を殺した理由は分からないが、ついでに魔王の因子を入れたとか言ってたな」
「おかしいですね」
「おかしい? なにがおかしいんだ?」
「私達は効率的に行動します。ついで、と言っていますが、何のついで、なのでしょう? その、フェル様には申し訳ないのですが、フェル様のご両親を殺すこと自体、意味があったようには思えません。どちらかというと、フェル様を魔王にすることが主目的で、それを邪魔したご両親を殺した、というほうがしっくりくるのですが」
私を魔王にすることが目的? 私の両親は普通の魔族だ。それほど強いという訳でもない。特別なユニークスキルを持っていたわけでもなかった。
確かに私の両親がイブに殺される理由が分からないな。アビスの言う通り、私を狙っていたと考える方が自然のような気がする。
でも、何でだ? なんで私を魔王にする必要がある? そこに何か理由があるのか?
「それにイブはフェル様に長い生を生きて絶望しろと言ったのですよね?」
「まあ、大体そんな内容だったな。絶望したら救ってやるとも言ってたが」
「イブの狙いは魔王様ではなくフェル様なのでは?」
「私? だが、私はイブにそんなことをされる理由がないぞ?」
「フェル様に思い当たらなくても、イブには理由があったのかもしれません。私達のような思考プログラムは目的以外の余計な事をしません。なんとなく、という思考はないのです。何かをするときには必ず理由があります。フェル様を魔王にしたことも、記憶を奪ったのも理由があるはずです」
まあ、そうだろうな。理由もなく何かをするとは思えない。
そもそもイブは何をしたいのだろう? それが分かればイブの対策になるのだろうか。
考えていたら、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「おーい、夕食を持ってきたから食おうぜー」
リエルの声だ。もうそんな時間か。続きは食後だな。
扉が開き、皆が入ってくる。ヴァイア達の他にも、メノウやアンリ、スザンナも入ってきた。
「他の皆も来たがってたけど、今日は私達に譲ってくれたんだ」
ヴァイアが嬉しそうに言った。
確かにこの部屋は豪勢だけど狭い。オリスア達や村長達全員入るのには無理があるだろう。まあ、体調はもう大丈夫だ。明日は私の方から皆のところを回ろう。
シャツが引っ張られると思ったら、アンリがベッドの横に立ち、引っ張っていた。
「アンリ? どうかしたのか?」
「うん、ヴァイア姉ちゃん達に聞いた。フェル姉ちゃんは不老不死なの?」
「アンリ達にも言ったのか?」
ヴァイア達の方を見ると、何故か不思議そうな顔をした。そしてリエルが口を開く。
「あん? 隠すような事じゃねぇだろ? 村長とかには言っといたぜ。オリスア達とかジョゼフィーヌ達には言ってねぇから後で言っとけよ?」
そもそも、リエル達以外に言うつもりは無かったんだけどな。
アンリがずっとこっちを見ていた。アンリ達に気味悪がられたらショックだな。だが、知っているなら誤魔化してもダメな気がする。ちゃんと言おう。
「アンリには難しいかも知れないが、その通りだ。私は不老不死で歳も取らないし、死ぬこともない」
メノウやスザンナも事前に聞いていたのだろう。驚きはないようだ。それとも信じてないのかな?
「分かった」
アンリが私の方を見て頷いた。
「なにが?」
「フェル姉ちゃんよりもアンリが年上になったら、アンリ姉ちゃんと言う許可をあげる」
「いらん」
「遠慮しないで。アンリも遠慮しない。アンリ姉ちゃんって言う練習する? どんと来て」
「だから言うつもりはないぞ――スザンナも期待した目で見るな」
「えー? スザンナ姉ちゃんって呼んでいいよ? むしろ呼ぶべき」
二人とも期待した目で見ているが、絶対に言わない。
「はいはい、皆さん。そろそろ食事にしましょう。ささ、フェルさんもお腹がすいてますよね? もう固形食でも大丈夫でしょうから、食べ応えのあるものをヤトさんと一緒に作ってきましたよ!」
メノウがそう言うと、ベッドの上に亜空間から机を出して、その上に料理を置いた。パンが主体で、スープやサラダが色々並んでいるな。これは食べ応えがありそうだ。
だが、食べる前にメノウにも聞いておくか。
「メノウ、私は不老不死だ。その、気味悪くないか?」
「いえ、特には」
真顔で即答された。
何だろう、私って自意識過剰なのか。前もそんな風に思ったことがあるけど、普通、不老不死の奴がいたら怖くないか?
「フェルさんが何者であろうとも、私の主人であることに変わりはありませんから!」
「しれっと主人って言うなよ。まあ、感謝はしているけど」
ヴァイア達と同じように気を使ってくれているのだろう。なら私も必要以上に気にしないでおくのが正しい行動なのだろうな。よし、普通にしよう。
「それじゃ、皆で食べよう。もうお腹がペコペコだ。それじゃ、いただきます」
私がそう言うと、皆もいただきますと唱和した。
そして戦いが始まる。
「フェルちゃん、それ私が狙っていたお肉なんだけど?」
「ディア、ここは戦場だ。気を抜いたらやられるのは分かっていたはずだ。病人だからって遠慮しないでいいぞ。私もしないし」
「不老不死なのに病人ってどうなの? あれ? そういえば、フェルちゃんはいつもたくさん食べるのに体型が変わらないよね? それって不老不死の効果?」
「さあ、考えたことはないが、確かに太った記憶がないな」
アビスの方を見ると、頷かれた。
「はい、不老不死の効果です。食事をすることで得られた過剰なエネルギーは、全て魔力に変換されます。状態を維持するために、いわゆる脂肪にはなりません」
おお、ということは、私はいくら食べても太らないということか。初めて不老不死で良かったと思った。
「そういう事ならたくさん食べよう。太らない体って素晴らしいな」
ヴァイアがスッと立ち上がった。
「ヴァイア? どうした?」
「フェルちゃんは今日から私の敵だよ! ううん! すべての女性の敵! 謝って! 女の子達の努力に謝って!」
「落ち着け」
「ちなみに、脂肪がつかないので胸も大きくなりません」
アビスがそんなことを言い出した。それって今言うべきことなのだろうか。
「ごめんね、フェルちゃん。そんな代償があるなんて――私、間違ってた」
「ヴァイアに言われるとものすごく腹が立つんだが?」
その後、皆が一人一人、私の肩に手を乗せて「大丈夫」とか言い出した。何が大丈夫なのか誰も言わなかったけど、ちょっとムカッとした。やけ食いしよう。




