襲撃前日
メーデイアを出て四日目。今日の夜、聖都に着く。
皆も緊張しているのか、口数が減ったようだ。草原をゴンドラが動く音や、従魔達が地面を走る音しか聞こえない。
昼食をとった頃はそうでもなかったが、それ以降、雑談が少なくなった。緊張と言うよりもアレを見たからかな。ここからでもはっきり見える。
雲一つない快晴で、空は見渡す限り青だ。だが、その青の中にポツンと物体が浮いている。はっきりいって異彩。なんであんなものがあるのだろうとツッコミたい。
あれが噂に聞く空中都市だろう。
聖都はまだまだ先。それでも空中都市が見える。ということは相当な大きさである訳だ。
都市とは言っても、ソドゴラ村くらいの大きさを想像していた。空中村じゃ格好悪いから空中都市という名前にしているのだろう、という程度の考えだったが、考えを改めないとな。
改めて空中都市を見る。あそこに管理者の女神がいるのだろう。
正直なところ、管理者達に対して感情は無かった。もちろん、調整とか言って人界の生物を殺そうとするなんて、ふざけるな、と思ってはいる。
そこに好きとか嫌いとかの感情はない。面倒くさい奴らが面倒くさい事をしているんだな、という程度だ。
だが、女神は違う。女神教が魔族撲滅を掲げている時点で、いい感情はなかった。でも、そんな事よりもリエルを操ろうとしている。それだけで完全に敵だ。
でも問題がある。完膚なきまでに破壊したいが、それができない。
女神を破壊することはイブの思惑に乗ってしまうということだ。それは魔王様がもっとも避けたいこと。女神は眠らせるしかない。
でも、オルドは女神とイブが手を組んでいると言っていた。それなら破壊しちゃってもいいと思う。魔王様に進言しよう。ダメでもうっかりを装って破壊するという手がある。うん、その手で行こうか。
「フェ、フェル様、その、殺気が漏れておりますが、どうかされましたか?」
ロスが走りながら、言いづらそうに進言してきた。いかん、殺気を出してしまった。抑えないと。
「すまない。ちょっと女神――女神教のことを考えていたら、怒りが沸いてきてな」
「フェル様はリエル様を大事に思っているのですね。某、ちょっとだけ嫉妬してしまいます」
「そういう事を口に出して言わないでくれ。だが、大事なのはその通りだ。それは村の皆もそうだし、魔族達や獣人達もそうだ。それにお前ら従魔達も同じだぞ?」
差はあるかもしれないけど、大事なのは間違いない。従魔達がさらわれたり、洗脳されたりしたらその相手に報復するつもりだ。
「ありがたき幸せ」
「なんでありがたがる。そんなのは当然だろう?」
「フェル様はご自身の事をあまり良く理解されていらっしゃらないようですね。フェル様からそう思われることがどれほどありがたいことか。他の従魔達も同様だと思いますが?」
それはどうなんだろう? 敬意を払うなと命令したというのもあるが、私の扱いって結構雑だからな。
「そんなわけないだろ。それに私の従魔なんだから大事に思うのは当然だ。ありがたがる必要はないぞ。むしろありがたがるな」
「例えフェル様の命令でもそれは承服しかねます……が、フェル様はそういうのが苦手だという事も理解しております。この話はここまでに致しましょう」
勝手に話が終わってしまったが、これ以上何かを言う必要もないか。
あと数時間もすれば目的地に着く。気合を入れて行かないとな。
聖都の近くにある森、そこに小屋というか廃屋がある。ディアが言うにはここが目的地らしい。
日が落ちて随分と時間が経つ。もう周囲は真っ暗だ。私なんかは夜目が利くから平気だけど、皆は大丈夫だろうか。
ディアが手招きをした。小屋ではなくちょっと離れた場所へ誘導しようとしているようだ。
「暗くて見えにくいけど、皆、いるよね? こっちこっち……えっと、ここだったかな?」
ディアが地面を杖のようなもので叩いている。ざくざく、という音がしていたが、なぜかカツン、と金属にぶつかった様な音がした。そこへディアがしゃがみ込み、何かを引っ張り上げようとしている。
「何をしているんだ?」
「フェルちゃん、ここに扉の取っ手があるから引っ張ってくれないかな?」
ディアの手元を見ると、扉の取っ手のようなものが地面についていた。いや、金属の扉が地面に埋まっているのか?
何かは分からないが、危ない物ではないのだろう。取っ手に手をかけて引っ張った。
軋むような音が聞こえて、地面が開く。どうやら地下があるようだ。人工的な階段が開いた地面にあった。
「ディア、ここってなんだ?」
「色んなところにある異端審問官の拠点の一つだよ」
「拠点の一つ? なら、異端審問官が中にいるんじゃ?」
「大丈夫だよ。扉を開けるのに苦労したでしょ? 扉がさび付いてることからも分かるように、ここはほとんど使われていないんだ。ちょっと離れてはいるけど、聖都がそばにあるし、わざわざここを使う必要もないからね」
そういうものなのか。まあ、安全なら何でもいいけど。
「流石に女神教も私達がこんなところにいるとは思わないよね! 灯台下暗しってヤツだよ! さあ、皆入って! 自分の家のように寛いでいいからね!」
寛いでどうする。なにしにここまで来ているのか分かっているのかな?
とはいえ、緊張しっぱなしでも良くない。今日の夜くらいはゆっくりしていいかもしれないな。
光球の魔法を使って、皆で地下へ降りる。地下ではあるが、それなりに広い。アラクネとかロスの大きさでも問題なく入れた。
でも、長い期間使われていなかったのかホコリ臭いというか、かび臭いというか。あまり長居したくないな。
「ディア、ここって換気できないのか? 一晩だけでも、ちょっと辛いぞ?」
「それは盲点だったよ……ヴァイアちゃん、空気清浄の魔道具ってある?」
「うん、あるよ。毒とか撒かれた時のために作っておいたんだ。ちょっと待ってね」
ヴァイアが亜空間から大き目の箱を取り出した。五十センチ四方と言ったところか。そしてその箱に魔力を流す。すると、周囲の空気が何となくいい感じになった。深呼吸しても平気なくらい。
「どうかな? この地下くらいならもう大丈夫だと思うけど」
「十分だ。どんな原理で空気を清浄しているのか知らんが助かる」
「それはね、空気中の不要な――」
「いや、説明は要らない。明日のために早く食事をして寝よう」
ヴァイアは残念そうだったが、優先度を弁えてくれたのだろう。すぐに諦めてくれた。
そしてディアが地上への扉を閉めて、皆を見渡した。
「それじゃ、この後は食事をしながら簡単なミーティングをするよ。まあ、おさらいみたいなものかな。その後はすぐ休んだ方がいいかも。ちなみに一人一部屋あるからね。それとシャワーを浴びる場所もあるよ。明日に備えて英気を養ってね!」
それは素晴らしい。明日のためにも今日は熱いシャワーを浴びて疲れを取ろう。
「それじゃ、ヤトちゃん、メノウちゃん、食事の準備をお願いね。今日はちょっと豪勢にしてもらえる?」
「分かったニャ。メノウには負けないニャ」
「ヤトさんにはメイドの妙技をみせましょう。それを見てのたうち回るといいのです」
物騒な話をしている。でも、放っておこう。疲れたくない。
食事ができるまで時間がある。ちょうどいいから部屋で魔王様に連絡しよう。明日、聖都へ攻め込むことを伝えておかないといけないからな。
部屋に入り扉を閉める。部屋にはベッドらしきものがあった。と言っても、石造りの段差があるだけだからベッドじゃないかもしれない。
そこにいつも使っている野営用の毛布を置いた。そして腰かける。
魔王様に連絡しよう。魔道具を取り出して念話を送った。
「魔王様、いま大丈夫でしょうか?」
『やあ、フェル。大丈夫だよ。どうやら聖都の近くにいるようだね?』
「はい、ようやく着きました。明日の朝、聖都へ攻め込みますので、その連絡をしようと思いまして」
『うん、了解したよ。明日だね』
「念のために確認したいのですが、魔王様は体を乗っ取られているリエルを元に戻せますよね?」
それができないとなるとリエルを助けても意味がない。大丈夫だとは思うが一応確認しておこう。
『もちろんできるよ。元々女神がそういう事をするのは知っていたからね。その対策は色々用意してある。完成したのは最近だけど』
「そうでしたか。それなら安心しました。魔王様はいつ頃聖都へいらっしゃいますか?」
『聖都へ攻め込む時から一緒にいるつもりだから明日の朝だね。皆には助っ人ということで紹介してもらえるかな?』
「え? 一緒に攻め込んでくれるのですか?」
『助けると言ったからね。やるのは女神の相手と、リエル君を元に戻す行為だけかな。女神教の相手は任せるよ』
「もちろんです。元々そのつもりでしたから」
なんだろう。ものすごい安心感だ。もう何も心配することはない、と言う気持ちが溢れてくる。
『それじゃ、明日の朝にでも近くに転移しておくから』
「はい、お待ちしております」
念話が切れた。
魔王様が助けてくれることは女神関係だけだが、傍にいてくれるというだけで随分と違うな。むしろ、私が張り切り過ぎないか心配だ。
もうこれはリエルを救出したも同然だと思う。でも、慢心は良くない。慎重に取り掛かろう。
「フェルちゃん、食事の準備ができたよ。早速ミーティングしよう」
扉の外からディアの声が聞こえた。
「分かった。今行く」
作戦に変更はない。ミーティングと言っても、昨日の内容を確認するだけだ。すぐに終わるだろう。
だから今日は美味しい物を食べるだけのミーティングだ。あとは、シャワーを浴び、早く寝る。それだけでいい。
明日は長い日になりそうだからな。ディアの言う通り、しっかり英気を養おう。




