おしゃべり
「ねえ、貴方、私とおしゃべりしましょうよ」
牢の中からウルに話しかけられた。メリットもないし、特に興味もない。多分、会話をすることで私から何かしらの情報を引き出そうとしているのだろうな。
それに今、気づいた。魔力の流れから見て、念話のチャンネルが開いているようだ。誰だか知らないがチャンネル先の相手に、ここでの会話が全部筒抜けになっている。
「断る」
「あら、人族が怖いの?」
「いや、興味がないだけだ」
「私は魔族の貴方に興味があるわ。魔族とは話をすることが出来ないとか聞いていたけど、あれは嘘みたいだし。ねえ、人界で何をしているの?」
断ると言っているのに言葉が通じないのだろうか。どうしようかな。周囲を見ても、見張りやミトルは特に話をやめさせようとはしないようだ。私との会話でこいつらの情報を何か得ようとしているのだろう。それなら、エルフ達に恩を売ってリンゴを貰おうかな。
「ミトル、こいつから何か情報を引き出せたら、リンゴをくれ」
「あ? え? そういうことを、情報を引き出す相手の目の前で言うのか?」
呆れられた。でも言質は取っておかないと。タダ働きは嫌だ。
「興味がないから何か報酬がないとやる気がでない」
「分かった。俺の責任でリンゴを用意するよ」
よし、言質は取った。頑張ろう。
「先程の質問に答えてやっても良いが、まず、自分自身の事をなんでも良いから言え。情報の交換だ」
昨日、ミトルと似たようなことをやったからウルともやってみよう。だが、今回は魔眼全開。すべてをさらけ出すが良い。
「面白いわね。そうね……、私は魔法国家オリンの出身よ」
「嘘だな」
間髪入れずに嘘と言っておく。魔眼がある私にそういう嘘は通じない。でも、魔眼のあるなしに関わらず、この状況でその回答を信じる奴がいるのだろうか。
ミトルが「えっ? 嘘なのか?」って小声で言ったけどエルフって馬鹿なのかな。詐欺とかに引っかかるなよ。
「何で嘘だと言えるのかしら? それにどんなことを言っても嘘と言われるなら、私が何かを言う意味がないのだけど」
「嘘かどうかは自分自身が一番良く分かっているだろう? 本当の事だったならもっと異議を唱えてもいいぞ。それに報酬のリンゴは欲しいが、こっちは無理におしゃべりする必要は無い。お前が何かを言う意味がないと言うなら、そこでおしゃべりは終わりだ」
自信満々に嘘を見抜かれると焦るだろうな。焦らせれば口が滑るかもしれない。そこが狙い目だ。
「他に自分の事は言えないのか? なんでもいいぞ?」
ウルは悩んでいるようだ。虚言を見抜かれる理由を考えているのか、言ってもいい事を考えているのか、さてどっちだろう。
「なら本当のことを言うわ。私はルハラ帝国の出身よ」
「本当の事を言ったようだな。なら質問に答えてやる。人界でなにをしているのか、という質問だったな? 今は人族と信頼関係を結んで、魔族が人界に住めるように画策中だ。かなり頑張っている」
ウルはすこし驚いているようだ。約束を守ったからかな。それとも出身のことを本当だと見抜いたからかな。
またウルは考え込んだ。次は何を言うつもりだろう?
「私達は高貴な生まれなの。見逃してくれれば相応のお礼はするわよ」
「嘘だな。お前達の主は高貴な血の生まれだが、お前達は違う」
頭に痛みが走った。しまった。魔眼でこいつの情報を見過ぎた。スキルじゃない情報を見過ぎると脳が耐えられないと魔王様に言われていたのに。かなり痛いけど、無表情で耐える。痛みが引くまで魔眼を使わないでおこう。
「貴方……、いったいどこまで……」
ウルが怖いものを見ている顔になった。捕まっている他の二人も同様だ。ミトルは分かっていないようだが、分かる奴にはかなり突っ込んだ事を言ったからな。
「なあ、なんだかわかんねーけど、フェルはコイツ等のことを知っているのか?」
「知らん。なんとなくそう思っただけだ。さて、他に言いたいことはあるか? 本当のことを言えば、いくらでもおしゃべりしてやるぞ」
ウルに対してそう問いかけた。これ以上、魔眼は頼れないが、ハッタリをかましておこう。ブラフって大事。
「……もう、何も言わないし、聞かないわ」
情報を得ようとして、逆に情報を取られているような錯覚をしたのだろうな。焦らせる前に戦意喪失か。いや、引き際が良いのかもしれない。
「そうか。なら、おしゃべりは終わりだ。よし、ミトル、リンゴを寄越せ」
「いや、ほとんどなにも情報を聞き出せていないだろ? これじゃリンゴはやれないよ」
よく考えたら、自分だけが情報を得ても駄目だった。魔眼で得た情報を他人に話しても本当かどうか証明のしようがないし。なんという初歩的なミス。交渉スキルのLVが上がらない訳だ。
「じゃあ、一つだけ情報をやる。多分、念話のチャンネルに接続しっぱなしだ。これらの会話が誰だか知らんが、どこかに伝わっているぞ。妨害するなり対策をした方が良い」
「嘘!」
三姉妹の一番ちっこいのが、驚いた声を上げた。ばれていないとでも思っていたのだろうな。リンゴのためだ。犠牲になれ。
「本当かよ! 隊長ー!」
ミトルは隊長の方に走っていった。何かしら対策をするんだろうな。情報を渡したから夜はリンゴを貰おう。楽しみだ。でも、食べたら笑顔になるから今日は食べられないか? いや、一人でこっそり食べるなら笑顔でもいいよな。よし、なんとかして一人きりになろう。
「貴方みたいな魔族がいるなんて私達も運がないわね」
なんだかウルが独り言を言い出した。もう、何も言わないと言ったのに。
なにか反応しなければ駄目だろうか。おしゃべりは終わりだ、とドヤ顔で言ったばかりなんだが。でも、無視は良くないよな。あれは傷つく。
「お前らが世界樹を枯らしたのを私のせいにしたからだ」
こいつ等が捕まった時に私を仲間だとか言ったのが原因だと思う。自業自得だ。
「虚言を見抜くから分かっていると思うけど、私たちは世界樹を枯らしてないわよ。でも、そうね、貴方のせいにしたのは失敗だったわね。捕まったときにエルフが魔族のことを言い出したときは驚いたけど、本当にいるとは思わなかったし、いてもすぐには連れてこれないと思っていたから」
すぐには連れてこれないと思っていた、ということは、長老に化けてなにか時間稼ぎをしていたのだろうか。何をしようとしていたのかな。考えられるのは世界樹へ行く、ということか? そもそも世界樹には何があるのだろう。やはり果実か? 私も食べたい。
「貴方、私達の仲間にならない? 貴方は人族から信頼を得たいのでしょう? 知っているみたいだけど、私の主は人族の中ではかなり高貴な方よ。助けてくれれば協力するわ」
これがうわさに聞くヘッドハンティングか。魔界だと、各部門で良い人材を取り合いしているな。私には声が掛かったことがないけど。
それにしても、協力、ね。誘いに乗れば、その協力とやらで人族との信頼関係を結べるのかもしれない。でも、信用できないのに信頼関係なんて結べないな。
「残念だが信用できない。お前たちのせいで世界樹に捧げられそうだったのだ。信用しろというのが無理だろう?」
「世界樹に捧げようとしたのは、貴方を知らなかったからよ。知っていたらそんなことはしなかったわ」
「知らずに私に喧嘩を売った時点で縁がないのだ。諦めろ」
この理論で行くと、ソドゴラ村の奴らとは縁があるのだろうな。あいつらは良い奴らだから、その縁は大事にしたい。特にニアとの縁は素晴らしい。思い出したらニアの料理が食べたくなってきた。今日も夜中に弁当を食べよう。気合で太らなければ良いのだ。
そんな風に考えていたら、ミトルと隊長、あと数人のエルフ達が来た。
「念話をしていると話を聞いたが」
「多分だけどな。そのちっこいのが念話のチャンネルを開いている。相手は分からんが」
「わかった。念のため妨害用の結界を張っておこう。おい、結界の準備を」
エルフの妨害結界か。ちょっと興味あるな。でも、準備を見ている限り、結界石を置くタイプみたいだ。あれは魔界にもある。魔法陣タイプを見たかった。
「ミトル、これならリンゴに相当する情報だったろう。夕食のデザートとして出してもらおうか」
「ここにはないぞ。集落に戻ったらやるから、待ってくれ」
なんだ、今はないのか。すでにリンゴを食べる気持ちは固まっていたのだが、仕方ないな。
会話を聞いていたウルが「私たちを助けてくれたら、リンゴを百個あげるわよ」と、笑いながら言ってきた。
「よし、助けよう。なんでも言ってくれ。牢を壊せば良いか?」
即断即決が私の長所だ。履歴書に書いても良いぐらいだ。
「なんでそーいう嘘には引っかかるんだ? 盗まれたリンゴは回収したし、エルフの森以外にリンゴはないぞ」
「えっ? 嘘なのか?」
詐欺とかに引っかかるなよ、と言われた。ミトルには言われたくない。




