正体
「な、なにを言っておる! わ、儂らはエルフの長老じゃぞ! 人族のわけがなかろう!」
いや、その慌てぶりじゃなんの説得力もないな。演技を学んだ方が良い。そういえば、ディアの吐血の演技は上手かった。
「最初からなにか違和感があったが、そういうことか」
ミトルはレイピアを抜き、長老たちに向かって構えた。普段のへらへらした顔が珍しく真面目だ。頑張れ、私のために。
「ミトル! 長老たちに剣を向けるとは! 自分が何をしているのか、わかっているのか!」
隊長の奴は相変わらずだ。こういう時は真面目じゃない奴の方が受け入れは早いな。
「わかってますよ、隊長。こいつらは偽物だ」
「馬鹿な……」
もうひと押しかな。さらなる情報を与えておこう。
「ちなみに、ここでぼーっとしているやつらはエルフだぞ」
私の横に座っている三人を指してそう言った。もしかしてこいつらが長老なのだろうか。入れ替わっている気がするけど、どうなんだろう?
エルフたちが長老たちを疑いだしたようだ。隊長のやつも剣を抜いた。ようやくか。
「長老、自身の証を立ててくれ」
「どうやって証明すれば良いのじゃ?」
「……三百年前、難産だった子がいたはずだ。それを長老たちが母子共に助けた。その子の名は?」
なるほど、三百年前のことなら人族に分からないはずだ。さて、どう答えるのかな?
「儂らも歳でな。すまんが、そのような古いことは忘れてしまったようじゃ」
知らないことを忘れたことにしたか。これはどうなんだろう。明らかに嘘っぽいが。
長老の言葉を聞いた隊長は悲しそうな顔をした。どうした?
「こいつらを捕らえろ。世界樹に捧げる」
その言葉にエルフ達は従うようだ。全員が武器を構えて長老たちを取り囲んだ。
「何をするのじゃ! 儂らは長老じゃぞ!」
「自分の子供の名前を忘れたものは世界樹に捧げられる。エルフなら覚えているだろう? それともそれすら忘れたか? もはや長老であろうと人族であろうと関係ない。お前たちを世界樹に捧げる」
おお、うまい具合に罠にはめた。名前を言わなければ、長老だろうとなんだろうと世界樹に捧げるのか。隊長グッジョブ。
「あーあ、もう駄目だよ。お姉ちゃん」
長老の一人が姿に似つかない声を出した。
「残念ね。魔族の力を見誤ったわ」
長老たちはすっと立ち上がり、着ていたローブを格好良く脱ぎ去った。悪役っぽい。いつか真似しよう。
人族の女性が三人いた。まあ、美人かな。髪型は違うが顔の造形が似ている。お姉ちゃんとか言っていたし、もしかして三姉妹なのかな。
「全員殺す?」
なんか物騒なことを言ってる。もしかして私も含まれているのだろうか。
「やめておきましょう。まずは逃げることが最優先よ。でも……」
なんだ? 私を見たぞ。
「貴方だけは殺しておきましょうか!」
そういうなり、高速で距離を詰めてきた。どこに持っていたのか分からないが、剣で横薙ぎしてきたので、座ったまま上体を反らして躱したあと、そのまま後転して立ち上がり、距離を取る。
座っているのにいきなり襲うな。多分、背中が汚れたな。洗濯の代金を要求しよう。
反撃のために殴ろうと思ったが、手錠が邪魔だ。
「おい、ミトル。手錠を外せ。これじゃうまく殴れない」
「すまん! 鍵は長老が持っているからいまは外せねー!」
真面目な顔をしていても使えないな。
「ならせめて助けろ」
「動けねーんだよ!」
どうやら拘束魔法が展開されているようだ。あの三姉妹の誰かが魔法を展開しているのだろうな。しかし、人族の魔力にエルフが負けるってどういうことなんだろう? この人族達が強いのか?
そんな風に思っていたら、背中がぞくっとした。慌てて身を躱すと私の影から女が出てきて、ナイフで刺そうとした。
三姉妹の一人か。影移動が使えるとはヤトに似ているな。でも、そんなに殺気を放ってたらバレバレだけど。
「次は殺す」
それは無理だと思う。しかし、私はなんでこんなところで人族と戦っているのだろう? エルフとこいつらの問題じゃないのか。でも、本来、人族にとっての魔族はこんなものか。あの村の皆が変なんだろうな、いい奴らだけど。
さて、面倒だけど仕方がないな。
「手錠を壊すけど、弁償はしないぞ。請求するならそこの人族たちにしてくれ」
「それはミスリルで作られた手錠よ。壊せるわけがないわ」
ああ、そう。
両手を左右に広げると、鎖部分が引きちぎれた。鎖は切れても、魔力の制限は残ったままだが、これで殴りやすくなった。
右の肩、左の肩を順番にグルグル回して、最後に両手の指を交互に合わせて頭上に持っていき伸びをする。あと、膝を曲げて屈伸。どんなに強くなっても、足ってつるんだよな。不思議だ。おっと、余計なことを考えていた。集中しよう。
「待たせたな。魔力を抑えたままなのはハンデだ。それに先手はくれてやった。今度はこっちの番だ」
驚いているところ悪いが、素早く終わらせよう。もうそろそろ昼だ。
影から出てきた女の目の前に転移して、ボディブロー。別名、超痛いパンチ。絶対殺すパンチとかもあるけど穴が開くからやめておいた。暴れてはいいけど、殺しは駄目だ。
女は数メートル後方に吹っ飛んで木にぶつかった。死んではいないが、気絶はしただろう。さて、次。
「くっ! 【加速】【筋力向上】【鋭剣】」
剣を持った女が自身に強化魔法を使ってから突撃してきた。速い。躱すのがきついな。剣も魔力を帯びているし、これなら傷ぐらい付くかもしれない。だが、それ以前に服が切れる。それだけは絶対に阻止だ。
仕方ないので、両手に残っている手錠で剣の腹部分を叩き、軌道をずらす様に弾いた。手錠と剣が当たって音がうるさい。でも、さすがミスリル。硬いから傷が付かない。女の方はなんだか驚いているな。
その後、何回も切り込んできたが、躱したり弾いたりしてことなきを得た。
「私程度の剣では手錠で弾くくらい簡単ということかしら?」
「簡単ではないが、その剣をすべては躱せないから仕方なくだ」
手首の金属だけで剣を弾くなんて難しいに決まっているだろうが。
「【火球】【火球】【火球】」
剣を振るいながら攻撃魔法を使うか。魔法剣士とかいうやつかな。火球を三発連続で出せるのはなかなかだが、威力が足りない。
火球を殴って消滅させた。服が燃えたり、焦げたりしたら嫌だし。いや、殴ったら袖が焦げるかな? 焦げたら弁償してもらおう。
「嘘でしょ!」
本当だ。驚くのはいいが、隙だらけだぞ。
三つ目の火球をパンチで突き破りながら、驚いた相手との距離を詰めて、懐に踏み込む。それから左拳でボディブロー。慌てて剣の腹部分で防御したようだが、その剣程度の強度じゃ意味はない。剣を叩き折りながら腹に当てた。防御したからなのか、直前に魔法障壁を張ったからなのか、吹っ飛ばずにその場で膝をついて崩れ落ちた。
さて、次、と思ったら、ミトルと隊長のやつが拘束魔法を破り、残りのやつを地面に抑えつけたようだ。
終わった終わった。さあ、腹が減ったから、食事にしよう。




