気持ちの整理
「フェル様、起きてますかニャ? 朝食の時間ですニャ」
扉を叩く音に混じって、ヤトの声が聞こえてきた。もう朝か。
昨日、ピラミッドにある部屋を借りて、そこで寝た。いま思ったけど、ピラミッドって墓だよな。ここで寝ても良かったのだろうか。なんか呪われそう。
おっと、ヤトを待たせたままだ。まずは顔を出して挨拶しておこう。
扉を開けて顔を外に出す。ヤトは白いエプロンと白い帽子、そして包丁を装備していた。その姿でここまで来たのだろうか。包丁はしまっとけ。
「おはよう。すぐに向かうから朝食の用意をしておいてくれるか」
「おはようございますニャ。了解しましたニャ」
了解したはずなのに、ヤトは立ち去ろうとはせず、ずっと私の顔を見つめている。
「どうした? まだ何かあるのか?」
「フェル様、目が赤いニャ。それにちょっと瞼が腫れてるニャ。夜更かしでもしたのかニャ?」
「……そんなところだ。気にしなくていいぞ」
昨日は魔王様の手前、気丈に振る舞ったけど一人になったら感情が溢れた。まあ、通過儀礼みたいなものだ。そのおかげで気持ちの整理はついたと思う。もう、大丈夫……多分。
「分かったニャ。誰にも言わないから安心して欲しいニャ」
誰にも言わない? ヤトは私がこうなっている理由を知っているのだろうか。流石にそれは無いと思うのだが。
「何を分かったんだ? 誰にも言わないって、何を言わないんだ?」
「オバケが怖くて寝れなかったなんて、誰にも言わずに墓まで持ってくニャ……ピラミッドだけに! ニャ!」
「おう、待てコラ。誰が、オバケが怖くて寝れなかった、なんて言った。その『分かってるから』みたいな顔は止めろ。あと、上手いこと言ったつもりか」
ヤトの誤解を解くに結構時間かかった。本当のことなんて言いたくないし、色々誤魔化しながらだから疲れたな。
まあいい、準備をしよう。
シャワーがないので、ぬれタオルで体を拭く。あと、腫れている目を治すために、造水の魔法で冷やしたタオルを用意した。それを瞼に当てて冷やす。
こんな顔で魔王様の前に出たら、余計な気遣いをさせてしまうかもしれない。今日は管理者を仮死状態にするのだから、それに集中してもらいたいからな。
しばらくしてからタオルを取り、亜空間から手鏡を取り出す。うん、問題ないだろう。
そして両手で顔を挟むように叩いた。痛い。でも、気合が入った。今日からまた頑張らなくちゃな。
ピラミッドの外に出ると、日差しが眩しい。雲一つない快晴だ。まだ朝だというのに結構暑い。砂漠って住みにくいな。
ヤトが朝食の準備している所へ向かう途中、獣人達が近寄って来て頭を下げた。
悪い気はしないが、多すぎて困る。昨日、族長に頭を下げられたのだからもういいと言っても、止めてくれない。ヤトがいる場所まで大した距離じゃなかったのに、時間が掛かってしまった。
近くまでくると、ヤトが調理しているのが分かった。そして、エリザベートが料理を配膳しているようだ。
「朝食を貰えるか」
「はいニャ。今日の朝食はひんやりコーンスープとパンニャ」
ちょっと足りない気もするが、獣人達が沢山いるからな。皆に行き渡らせるとなるとこんなものにしかならないか。というか、食糧って残っているのかな?
「ヤト、食糧はあとどれくらいだ?」
「もうあまりないニャ。皆で食べたらあと一食か二食分だけニャ」
結構持ってきたのだが、そうなるのは当たり前か。別のオアシスへ向かったサイラス達にも食糧を持たせたし、そもそもここの獣人達って多いからな。
なんとか食糧を供給してやりたいんだけど、無料という訳にはいかない。なにか売れる物とかないかな?
「よう、おはようさん。昨日はどこ行ってたんだよ? 皆で踊って楽しかったのによ」
にこやかな笑顔でロックが近寄ってきた。
「おはよう。ちょっと用があってな。だが、楽しそうな雰囲気は味わえたから十分だぞ。お前の踊りも不本意ながらちょっと見た。いや、見てしまった。感想は、ちゃんと服を着ろ、だ」
「それ、踊りの感想じゃねぇよな? わかった、わかった。服を着るのは検討してやるって。で、なんか難しい顔をしてなかったか? というかパンを食べていたときと表情の落差が激しくて、怖かったぞ?」
ロックの言葉にヤトやエリザベートも頷いている。そんなに落差が激しかったのか。食事をしながら難しいことを考えちゃダメだな。
「ウゲンは食糧事情が厳しいからな。できれば食糧を供給してやりたいと思ってる。そうだ、ロックはこの辺りで金になりそうな物を知らないか? それと食糧を交換するのが手っ取り早い」
「俺も知らねぇよ。大体、この地方へ人族が来たのって俺が初めてじゃないのか? どんなものに価値があるかなんて分からねぇよ」
「そうか。そもそも人族はこの土地を狙って戦争していたわけじゃなかったな」
獣人達が食糧のためにルハラやトランに攻め込んでいただけだと、ズガルで聞いた気がする。
やっぱりラスナ達を呼んで、色々調べてもらった方が早い。早速連絡してみるか。
ロックが「ああ、そうだ」と声を上げた。
「一つだけ価値がありそうなものがあったぜ。あのピラミッドだよ。あれってダンジョンだろ? 未発見のダンジョンなら価値があるんじゃねぇか?」
ダンジョン? 確かにドゥアトというダンジョンコアが作った物だけど、墓だぞ?
「あれは墓だろ? ダンジョンでいいのか?」
「あれって墓なのか? でも、墓タイプのダンジョンならルハラにもあるぜ。地下墳墓って言われてて、結構な利益があるとか聞いたなぁ」
ロックの話によると、地下墳墓というダンジョンは、墓じゃないのに昔から地下墳墓と呼ばれているそうだ。おそらくアンデッド系のモンスターが多いから、そう呼ばれているのではないか、という話らしい。ロックも詳しくは知らないようだ。
アンデッドが装備している武具が結構いい物で、冒険者が結構来て繁盛しているとのことだ。ゾンビが装備していた物とか、装備したくないけどな。
それはともかく、ダンジョンなら価値がある、か。ラスナ達にピラミッドを任せたら、この辺りを繁栄させてくれないかな。
うん、いい考えかもしれない。ドゥアトとアビスに相談してからラスナ達に連絡してみよう。
そう思った直後、念話用の魔道具が鳴りだした。魔王様だろう。皆からちょっと離れてから魔道具のスイッチを押した。
『やあ、フェル、おはよう』
いつもと変わらない魔王様の声。でも、ちょっとだけその声を聞くのが辛い。いや、何を言ってる。例えつがいになれなくても私の忠誠は変わらない。いつも通り接するのだ。
「おはようございます、魔王様。どうかされましたか?」
『いま、ピラミッドの中でオルド達と作戦会議をしているんだ。フェルも来てくれないかい?』
「はい、すぐに向かいます」
『悪いね。そうそう、獣人達はオアシスの方へ帰るように伝えてもらえるかな。オルドにも頼んだけど、フェルも部下たちに伝えておいてもらいたいんだ。ここは大丈夫だと思うけど、巻き込まれたら大変だからね』
「ええと、すぐにここを離れた方がいいのでしょうか?」
『そうだね、すぐに取り掛かるから早めに離れてもらえると助かるよ』
「畏まりました」
魔王様からの念話が切れる。
普通に話せたと思う。多少ぎこちなかったかもしれないが、魔王様ってそういうのに疎そうだから気付かないだろうな。
よし、気を取り直して、早速、取り掛かるか。
「ヤト、エリザベート、獣人達を連れて、オアシスの方へ戻ってくれないか。私はここでやることがあるから、少し残る」
「ニャ? フェル様は帰らないのかニャ? なんでニャ?」
しまった。神を仮死状態にするとか言っても分からないよな。なにか適当なことをいわないと……そうだ。
「少しこの辺りを調べてから帰る。魔素暴走の奴がまだいるかもしれないからな。あと、オルドと話があるんだ。それが終わったら帰るから、先に戻っていてくれ」
「分かったニャ。なら撤収ニャ。エリザベート、手伝うニャ!」
エリザベートは私に頭を下げてから、ヤトの調理器具などを洗ったり拭いたりして片付け始めた。
よし、ピラミッドへ行こう。
ピラミッドへ足を踏み入れると、いきなり浮遊感を感じた。
すぐ目の前に、魔王様やオルド、そしてアビスとドゥアトがいた。魔王様とオルドが何かを話していて、アビスとドゥアトはちょっと離れて立っている。
ああ、転移したのか。できればやる前に言って欲しかった。
魔王様が私に気付き、微笑んだ。
「急で悪かったね」
「いえ、大丈夫です。部下達に獣人達をつれてオアシスへ戻る様に命令しました。しばらくすれば移動を開始すると思います」
「うん、ありがとう」
念話だけのときは気づかなかったが、面と向かって話すと、魔王様もぎこちなくされているような気がする。ちょっとだけ嬉しくなった。魔王様に何の変化も無かったら、それはそれで面白くないし。
オルドが魔王様と私を交互に見た。
「ふむ、儂がやったのは、余計なお世話だったか?」
そういうことを言うかな? 曲がりなりにも王と言われているんだから、空気を読んでくれ。
ただ、余計なお世話だったとしても、魔王様の事を色々と知れたのは良かった気がする。トドメを刺されたけど、少なくとも関係はいい方向へ前進した。相棒になったし。
「余計なお世話だとは思うが、多少は感謝している。これでいいな? この話はもう終わりだ」
話を長引かせると色々と余計な事を言ってしまう可能性がある。そうならないように、これでこの話は終わりだ。それに、とっとと管理者を仮死状態にして、ソドゴラ村へ帰りたい。
魔王様は頷いて、私に同意してくれた。
「そうだね。その話はそれで終わりだ。それじゃ早速、闘神ントゥとの戦いについて意識の統一を図ろう」
魔王様の言葉に全員が頷く。そして魔王様は説明を始めた。
 




