魔法の永続化
朝食が終わった。三人分の料金を支払い、今日の予定を考える。
まず、ディアに服を直してもらうか。どうやって焦げたところを直すのか知らないけど、自信がありそうだから任せよう。結構な値段がかかるのかな。
その後はゾルデやムクイ達に会おう。まだ一日しか経ってないけど、昨日の宴では村の皆に馴染んでいた。問題はないと思うが念のため話を聞いておくべきだろう。
他は獣人の国に関する情報でも集めようかな。連れてきた獣人達に確認するのが早いのだろうが、それはヤトに任せて、人族から見た獣人の国のことを聞こう。となると、村長がいいと思う。
うん、こんな感じだろう。あとは何か思い出したら対応すればいいや。
「さて、私は出かけるが二人はどうするんだ?」
アンリとスザンナに問いかける。二人ともリンゴジュースを飲んでまったりしていた。だが、私の言葉に二人とも顔が暗くなった。
「アンリ達は午前の勉強が始まる。忍耐力を鍛える時間」
「忍耐力じゃなく知識を得る時間だぞ。でも、頑張っているようだな。偉いぞ」
「うん、頑張って脱出経路は確保した。まだばれてないからおじいちゃんに言わないで」
「私の言っている頑張り方と方向性が違う」
二人は一度だけため息をついて宿を出て行った。哀愁を感じる背中だ。そんなに嫌なのか。まあ、私も魔王にならなければそれほど勉強なんてしなかっただろうけど。
なんとなくかわいそうだな。後で何か差し入れしてやるか。
よし、それは別としてまずは冒険者ギルドへ行こう。
「たのもー」
冒険者ギルドの扉を開けて建物に入る。珍しいことにディアが掃除をしていた。濡れたタオルのようなものでカウンターを拭いている。
「フェルちゃん、おはよう」
「ああ、おはよう。掃除をしているのか? 珍しいな」
「さすがに十日近くギルドを閉めてたからね。ほこりが結構溜まったみたいだから今日は掃除をしようと思って」
真面目に仕事をしているところで副業とも言える服飾関係の依頼をするのは気が引けるな。別の日にしようかな。
「何か用かな? お茶でも入れようか?」
まあ、今やってもらう必要はない。掃除が終わってからやって貰えばいいんだから、頼むだけ頼んでおこう。
「お茶はいい。ほら、執事服の裾部分が焦げただろう? それを直してもらおうと思ってな」
「そうだったね。あまり目立たないけど、やっておいた方がいいよね。でもすぐには無理かな。預けてくれるならやっておくよ?」
「なら頼む。料金はどれくらいだ?」
「いいよいいよ。そもそもそれの原因だって、私が本部まで連れて行ったことから始まってるからね。それに以前の生地がまだ残ってるから、無料でやるよ。というか、それくらいやらせてよ」
ここはその言葉に甘えるか。それにお金を払うよりも何か別の形でお礼をした方がいいかもしれない。また針をあげるとか――あれ?
そういえば魔界からオリハルコンとドラゴンの革を持ってくる予定なんだけど、まだ着いていないのか。ルネに話を聞いたのは結構前だったはずだ。すでに着いていてもおかしくないはずなんだけど。
ヤトなら何か聞いているかな。一度宿に戻ってヤトに聞いてみるか。
「フェルちゃん、どうかした? 考え事? どうしてもって言うなら大金貨一枚で――」
「いや、タダでやってくれ。なにか別の物でお礼をするから」
「黄金色の硬貨でもいいんだよ?」
「なにか別の物でお礼をするから」
大事だから二回言った。
「ああ、うん。じゃあ、それで」
早速古い執事服に着替えて、着ていた執事服の一式をディアに渡す。ジャケットとかもメンテナンスしてくれるらしい。
「結構酷使されてるね。でも、任せて。新品同様に綺麗にしておくよ。そうだね……明日の夜には渡せると思うよ」
「早いな。助かる。そうだ、ディアは状態保存の永続化ってできるか? これ以上服を汚したりしたくないんだが」
毎回、状態保存の魔法をかけ直すのは面倒だ。永続化しなくても効果時間が長くなるだけでもありがたい。
「そんな事できるのかな? でもそれなら私よりもヴァイアちゃんに聞いてみたら? 今はできなくてもそういう術式を作ってくれるかもしれないよ?」
それもそうだな。ヴァイアなら簡単にできるかもしれない。ヴァイアの店にも寄ってみよう。
「よし、ならヴァイアの店に行ってくる。では、すまないが服をよろしく頼むな」
「うん、ちゃんとやっておくから」
裁縫の腕だけは信頼できるからな。任せて問題ないだろう。さあ、次はヴァイアの店だ。
「たのもー」
「フェルちゃん、いらっしゃい。ごめんね、今掃除中なんだ。ちょっと埃っぽいかも」
こっちも掃除中だったか。まあ、王都まで行って帰ってくるまで結構な期間があったからな。冒険者ギルドと同じくらいほこりが溜まっていたのだろう。
そんなことを考えていたら奥の扉が開いた。確か店の裏側へ出る扉だったはずだ。そこからノストが入ってくる。
「ヴァイアさん、ゴミ出し終わりました――あ、フェルさん、いらっしゃい」
「ノストは掃除の手伝いか」
「ええ、メインは護衛ですが、村にいる間はほとんど危険がないので、色々お手伝いをさせてもらってます」
「男の人って力があって頼りになるよね!」
ヴァイアが満面の笑みだ。好きな人と一緒にいるのが嬉しくてたまらないのだろう。まあ、気持ちは分かる。私も魔王様のそばにいると嬉しい。
そんな二人を邪魔するようで悪いんだが、待ってたらいつまで経ってもいちゃつきそうだ。早めに用事を終わらせよう。
「ヴァイア、魔法の事で聞きたいんだが、ちょっと時間をくれないか」
「もちろんいいよ。掃除はひと段落したから休憩しようと思ってたんだ」
「そうか。なら聞きたいんだけど、状態保存の魔法って永続化できるか?」
「できるよ」
さも当然のように言われた。おかしいな、私の知識だとそんなことできないんだけど。
「えっと、なんでできる?」
「魔法の効果が切れそうになったら自動でかけ直すっていう術式を組み込んでおくんだよ。永続的に微量の魔力を消費する形になるけど、フェルちゃんの魔力量と魔力の自然回復量だったら全く問題ないでしょ? あ、それとも一度の魔力消費でってことだったのかな? それはさすがに無理なんだけど」
なるほど。利用する魔法の状態を調べる魔法も術式に組み込んで、さらに状態によって再度魔法が自動で発動できるようにしておくのか。
でも、ものすごく複雑な術式にならないか? そもそも魔法を発動できるかな?
「私が術式を組み立てようか? ちょっと時間が掛かるけど紙に書けば分かりやすいよ?」
「ならお願いできるか? ただ、できるだけ簡略化してほしいんだが」
「うん、いいよ。一度やってるから簡略化は簡単だしね!」
「一度やってるってなんだ?」
「言わなかったっけ? 日記魔法の術式ってさっきの永続化を組み込んでいるんだよ。本来、日記魔法は一日分の記憶を書きだすものなんだけど、フェルちゃんがリアルタイムにしてほしいって言ってたから、日記魔法の書き出しを短くして永続化させておいたんだ。印象に残った事象だけを一分単位に日記に書きだす感じかな。意図的に止めない限りはずっと続く感じになってるんだよね」
「そんなことをしてくれたのか」
ディアだって使える日記魔法なのに、やたらと複雑な術式なんだと驚いたものだが、そんなからくりがあったとは。
「教えた日記魔法は他にも色々仕込んでおいたから、術式がかなり複雑になったけど、状態保存の永続化だけならもっと簡単な術式になると思うから安心して」
「ちょっと待て。日記魔法に色々仕込んだってなんだ?」
ものすごく聞き捨てならない。
「フェルちゃんは記憶を消されるのがすごく怖そうだったからね。色んな方法でセーフティを掛けてるんだ」
「例えばどんな?」
「日記を紛失したり、日記魔法を使っている、ということ自体忘れたりしても大丈夫なようにしているっていえばいいかな? フェルちゃんが記憶を無くしたり改ざんされたりしても、日記魔法がそれをフェルちゃんに教えてあげるようにしてるんだよね」
すごいな。教わった日記魔法の術式を全部理解せずに使ったんだけど、そこまでしていたとは。確かにそういう状況にも対応が必要だった。これはヴァイアに感謝しないとな。
「改めて思った。ヴァイアはすごいな」
「もーやだなぁ、ノストさんの前でそんなに褒めないでよ、恥ずかしいなぁ」
恥ずかしいと言いながら、ノストの方をチラチラ見ている。あれはどう見ても褒めてくれというアピールだ。
「私もすごいと思いました。言っていることが半分も理解できませんでしたが……後で私にも教えてもらえますか?」
「もちろんです! 二人だけの秘密レッスンですね! もう、手取り足取り教えますよ!」
術式の説明なんだから、手も足も取らなくていいと思う。秘密にする必要もない。それに突っ込みを入れるほど野暮でもないが、ちょっとイラッとする。
おう、なんか嫌な空間が展開された。このままいると、寿命が縮む気がする。早く逃げよう。
「えーと、じゃあ、そろそろ帰る。時間を取らせて悪かったな」
「え、もう帰っちゃうの? もっとゆっくりしてっていいんだよ?」
「私を殺す気か?」
「どうして!?」
お前達がいちゃついているからだ、とはさすがに言えないな。
 




