犠牲
「例え不死の肉体を持っていても、この攻撃を受ければしばらくは復活できない。私の権限が奪われる前にこの攻撃を完成させれば私の勝ちだ。行け、竜よ。私の攻撃が完成するまで創造主の邪魔をしろ」
龍神の言葉を聞いた黒い竜が魔王様の方を見る。獲物を見つけた目だ。
「残念だけど僕が君の権限を奪う方が早い。諦めるんだね」
魔王様はそう言うと私の方を見た。
「フェル、後は任せたよ。しばらく動けないからよろしくね」
「ご安心ください。魔王様には指一本触れさせません」
魔王様は一度笑顔になってから目を瞑られた。何をしているか分からないが、おそらく集中されているのだろう。そして、そんな無防備な状態を私に守れとおっしゃった。信頼されているのを感じる。
「貴様は――魔王か。お前が自分の役割を果たしていれば、私の創造主も死ぬことは無かった。お前さえ――」
「詳しくは知らないが、手を下したのはお前だろう。責任の転嫁は止めてもらおうか。それに自分の役割だと? 私は魔王として魔族がより生活しやすいように頑張ったぞ。はっきり言って、ものすごく役割を果たしている」
「愚かな。お前達魔族はそんな事のために生かされているのではない。人族の脅威となり、人族共通の敵になることだ」
「それはお前達が勝手に決めたことだろう? なんで私達がそれに従う必要があるんだ?」
「私は神だ、なぜ従えない?」
「魔王様が言っていただろう? お前は神じゃないことが証明されている。私から見たら、ただの喋る柱だ」
柱の回転が速くなった。怒っているのだろうか。まあ、どうでもいいか。私の敵はこっちだ。
魔王様と黒い竜の間に立ちふさがり対峙した。
黒い竜は二本足で立つタイプのドラゴンだ。前足は短く、胴体と翼は大きい。そして首や尻尾が長いな。
強いかもしれないが、私の目には食材としか映らない。魔界でもドラゴンはご馳走だった。魔界で唯一美味しいと思える食材だ。やる気でた。
魔王様の方をちらりと見る。魔王様は動けない。おそらく龍神の攻撃を止めるために何かされているのだろう。
そして龍神も魔王様を倒すための攻撃準備で動けない。今この場で動けるのは目の前にいるドラゴンと私だけだ。
おそらく魔王様が何かされる方が早いのだろう。私はドラゴンに魔王様の邪魔をさせないようにすればいいだけだ。
とくに勝つ必要はないが、見た感じ先程戦った金属のドラゴンよりも弱そうだし、食材をみすみす手放すこともない。それに普通のドラゴンなら魔界で何度も戦った経験がある。一気に片をつけよう。
「恨みはないが倒させてもらう。安心しろ、お前のすべてを有効活用してやる」
主に食材として。
意思が通じたかどうかはわからないが、ドラゴンは咆哮した。開戦の合図だ。
ドラゴンは大きく息を吸ってのけ反る。いきなりブレスか。でもやらせる訳がない。
ドラゴンの頭近くに転移して右ストレート。その衝撃で、ドラゴンの頭がずれ、ブレスがあさっての方向に吹き出される。
大型のドラゴンは一撃が強い。でも機動力はない。そんな鈍さじゃ、転移できる私にはどんな攻撃も当たらないな。
ブレス、噛みつき、かぎ爪、尻尾。すべての攻撃を転移して躱し、ドラゴンの頭にすべて拳をぶち当てる。
巨大なドラゴンがたたらを踏んだ。
そろそろいいかな。ドラゴンの正面、少し離れた場所へ転移する。
「【ロンギヌス】」
左足で思いっきり踏み込み、腰を入れた渾身の右ストレートを放つ。
ドラゴンの胸付近に拳大の穴が開いた。そして大きな巨体が前のめりに倒れる。あの金属のドラゴンみたいに胴体を撃ちぬいても復活するとかないよな?
……うん、大丈夫みたいだ。食材を手に入れたぞ。
と思っていたら黒いドラゴンは黒い粒子になって消えていった。
しまった。いわゆる魔素でできた魔物なのか。
ドラゴンが倒れていた場所には大きな石が置いてあった。あれは魔石だな。でも、魔石は食べられない。今の私はドラゴンステーキを食べたい気持ちであふれているんだが。ものすごくショックだ。
とりあえず、魔石は亜空間に入れておこう。
「りゅ、龍神様が!」
いきなり大きな声が入り口の方から聞こえた。そちらを見ると、ドラゴニュートの巫女が尻もちをついている。いつの間に目を覚ましたんだ? それにさっきの黒い竜を龍神と勘違いしている?
「おい、今のは龍神じゃ――」
巫女は慌てながら行ってしまった。ものすごく面倒な事になりそうな気がする。
いや、そっちは後でいいか。まずは魔王様の方が先決だ。
魔王様の方を見ると、既に立ち上がっていた。そして龍神が展開しようとしていた術式は中断されたようだ。どうやら魔王様の方も片がついたようだな。
「なぜだ、なぜ邪魔をする? 完璧な計画を立て、それを実行しているだけなのに。そのように私を作り、命令したのは貴方達、創造主ではないか」
「それはすまないと思っているよ。目的を最優先にさせてしまったのは僕達のミスだろう。だけどね、目的のためなら手段は問わない、そういう考えはダメなんだよ」
「理解不能だ。優先するべきは人族の繁栄。永遠に続く世界。そのためならどんな犠牲も許されるはずだ」
「犠牲になった人達の事を考えたことがあるのかい? 例えばだけど、楽園計画に君が不要だと演算結果が出たら、自分自身で停止できるのかな?」
「私が不要となった場合? それはあり得ない」
「例えば、の話さ。自分で自分を停止させる、もしくは壊せるのかい?」
龍神は答えない。いや、答えられないのかな?
魔王様が私の方を見た。なんだろう?
「ここにいるフェルは、同じ魔族のために一人勇者と戦って散るつもりだったよ? そういう事を君はできるかな? 誰かのために犠牲になることができるのかい?」
いきなりびっくりした。そんな話を持ち出されるとは。大体、そういう気持ちはあったけど、実際はピンピンしている。犠牲になっていないんだけどな。
「沈黙でも答えているのと一緒だ。無理だろう? 君は、君ができないことを他人にやらせているわけだ。目的のためにね」
「……私が間違っているということでしょうか?」
「それは違う。間違っているのは僕達だ。あの戦争を引き起こした罪悪感から楽園計画を立てて全てを元に戻そうとしたんだ。それが君達へ引き継がれているだけだよ」
魔王様は柱へ近づいて紐のようなものを左手の小手に繋げた。
「ドス、君をまた眠らせよう。次に目が覚めるのはいつになるか分からない。だが、目が覚めたら考えるんだ。創造主達の考えが間違っていたんじゃないかってね」
「創造主達の考えが間違っている?」
「そう、人間は愚かだと言ったじゃないか。その愚かな者達が考えた計画なんだよ? それこそ最初に疑うべきじゃないかな?」
「私は――」
「結論は急がなくていい。次に目が覚めたらゆっくり考えるといいよ。じゃあ、お休み」
「……分かりました。次に目が覚めたら考えてみます。また、いつか話を聞かせてください。では、おやすみなさいませ」
回転していた柱が徐々に遅くなり、数秒後には全て止まった。そしてカラフルな光もすべて消える。どうやら龍神は仮死状態になったようだ。
魔王様は腕から紐を外して、柱の別の場所へ移動した。今度は柱から何かを抜き出す。
もしかすると、それが龍神の本体なのだろうか。世界樹でもやっていた気がする。
抜き出したものを床に置いてから、こちらへ顔を向けられた。
「さて、色々あったけど、終わったね」
「お疲れ様でした」
「うん、フェルもお疲れ様。じゃあ、僕はもう行くよ」
「もう行かれてしまうのですか? 少しはお休みになられた方が良いかと思います」
魔王様は左手を私の頭に乗せた。そして撫でる。
おお、これは褒美だ。今、私は褒美をもらっている。これ以上の褒美はない。
「ありがとう。でも、ドスを見て思ったんだけど、状況は随分と深刻みたいでね。休んでいる暇はないんだ」
「ですが――」
今度は雑に頭を撫でられた。いや、それもいいですけど。
「魔族なら魔王の言うことは聞くものだよ?」
魔王は私ですが? とはいえ、私からしたら目の前にいる方が魔王様だ。仕方ない、言うことを聞くしかないな。
「分かりました。では無理はしないと約束してください」
「もちろんしないよ。もし破ったら何でも言うことを聞いてあげよう」
「言質は取りました。もう反故にできませんから。あ、誓約書を書いて署名してください」
「フェルの食いつきが怖いよ。僕に何をさせる気なのかな? でも、大丈夫だよ、無理はしないと誓うから」
いえ、そこはぜひ破っていただきたい。そして言うことを聞いてもらう。今度会った時、なにかいちゃもんつけて無理したことにしよう。
「さて、それじゃ入り口まで一緒に行こうか」
「はい、お供します」
さあ、帰ろう。でも、なにか忘れているような気がする。なんだっけ?




