集中
ディアはロンに食い下がったが、私がウェイトレスの仕事に復職することはなかった。お金がないんだから諦めてほしい。
「フェルちゃんの食い意地が張ってるからこんなことになるんだよ!」
それは否定しない。いつも際限なく食事をしたいとは思っている。
「成長期って怖いな」
「成長期の人に謝って!」
ディアのテンションが高い。うざさが倍増している。もう、帰ってほしい。
「確かに私の稼ぎはなくなったが、ヤトがいるだろう? 専属冒険者になったと聞いたぞ。私が辞めても今までの売り上げはたいして変わらないだろうが」
「変わらない? 甘いね、フェルちゃん。入る予定のものが入らなかったら、それは減っているの! 商人なら常識だよ!」
いや、お前は商人じゃなくて受付嬢だろうが。一応、ギルドマスターでもあるみたいだが。
「おう、そういえば、ヤトちゃんの時給は大銅貨十五枚から、十枚に減ったからな」
ロンがそう言うと、ディアの目が見開いた。
「どうして!?」
「住み込みで働くことになったから、宿代と食事代を引いているんだよ」
ディアが血を吐いた……ような振りをした。演技派だな。
それにしても、十五枚から十枚に減ったということは、私の時給と同じか。猫耳としっぽをつけて語尾をニャにすると、宿に泊まれて飯も出るということなんだろうか。猫耳恐るべし。
さて、もういいかな。ディアはテーブルに突っ伏して動かないし。もう放っておこう。
「仕事探しに行ってくる」
「おう、頑張れよ。あと出来ればこれをギルドに持って行って欲しいんだけど」
ロンがディアを指しながら、あきれた顔で言ってきた。
「ギルドに依頼しろ。それなら引き受けよう」
大銅貨二枚ぐらいかな。
さて雑貨屋に行くか。仕事は無いかもしれないが、どうせ暇だしな。
宿から雑貨屋へ向かう。
だが、ヴァイアが店に居なかった。不用心だな。この村で盗みをする奴は居ないと思うが、店を閉めておくぐらいしておけばいいのに。
しかし、どこに行ったのだろうか? 気になるから探索魔法で確認しよう。
どうやら川の辺りにいるようだ。昨日、私に鼻水をつけたところだ。もしかして、魔法付与の練習をしているのだろうか。ちょっと行ってみよう。
畑を通り、昨日ヴァイアと別れた川辺にやってきた。
ヴァイアが鬼気迫る感じで石ころに魔法付与をしている。
「ヴァイア、出かけるなら店を閉めておいた方がいいぞ」
話しかけたのに気づいてくれない。ちょっと傷つく。
「おい、ヴァイア」
今度は肩を揺さぶって呼んだ。やっと気づいたようだ。集中するのもいいが、もうちょっと辺りに気を配れ。
「あれ、フェルちゃん。もう、着替えてきたの? 早いね」
着替え? 何を言っているんだろう、こいつは。
「鼻水つけちゃってごめんね。うれしくて、つい抱きついちゃったよ」
昨日のことか? 一日経っているんだから、着替えるのは早くないよな。
まてよ? もしかして、もしかすると、もしかするのか?
「昨日からずっとここにいるのか?」
「昨日? さっき教えてくれたんだよね? 頑張って魔道具を作る練習をしてるよ」
集中すると何も見えなくなるタイプか。夜になったら暗くて物理的に見えない気もするのだが。それに食事とか睡眠もとってないなよな。大丈夫か?
「あ、あれ? か、体が……」
ヴァイアがふらふらと体を揺らしてから倒れた。どうみても大丈夫じゃない。
これは私が運ぶしかないんだろうな。こいつは胸が重いから依頼だったら大銅貨三枚取るぞ。
ヴァイアをおんぶしてまた畑を通り、森の妖精亭までやってきた。
ヴァイアの家の場所を知らないから宿に運んだ。雑貨屋に寝床があるかもしれないけど。
「ヴァイアが倒れた。助けてくれ」
「どうしたの!?」
ディアが復活していた。良かっ……別に良くはないか。
「とりあえず、ニアを呼んでくれ」
ディアは急いで厨房に呼びに行ってくれた。たまには役に立つな。
ディアに連れられてニアとヤトが厨房からやってきた。背負っているヴァイアをみて、ちょっと驚いている。
「どうしたんだい?」
「多分、昨日のあれから魔法付与の練習をしていたと思う。私が話しかけるまでずっとやっていたようで、集中が切れたら体の限界が来たみたいだ」
「ははあ、よっぽどうれしかったんだろうね。時間を忘れるにもほどがあるけど」
ニアは笑いながら部屋のベッドを貸すからそこに運んでくれと言ってきた。仕方がない、私にも責任の一部があるので、運んでやろう。
「あの子のことはこっちに任せておきな。起きたら体を洗って、食事をさせるから。フェルちゃんは出かけててもいいよ」
「頼む。とは言え、実を言うとすることがない。仕事があるかどうか、聞き尽くした。今日はもう部屋で本でも読むつもりだ」
「仕事はなかったの?」
ディアがテーブルに身を乗り出して聞いてきた。近い近い。
「仕事はなかった。女神教の爺さんが仕事を依頼するかもしれない、とは言っていたが」
「何の仕事?」
「護衛の仕事だ。なにやらシスターがこの村に来るらしいぞ。どこから来るかは知らんが、この村までの護衛だな」
そのシスターは問題児らしいけど、よく考えたら、この村、問題児しかいないな。まともなのは、村長家族とニアぐらいか。
「依頼が発生したら、即、対応してね。ガンガン稼がなきゃ! 他に仕事は無かった?」
「仕事じゃないが、女神教の爺さんに、女神教を潰すなら大金貨百枚で受ける、と言っておいた」
「よし! すぐ潰そう!」
女神教より先に潰さないといけない奴が目の前に居る気がする。




