忠誠
「魔王様。以前、今の時点で私の記憶は変えていないとおっしゃいましたね?」
「そうだね。フェルにそんなことはしていないよ」
ならば今ある記憶はすべて本物。魔王様は魔界に来たセラを私の代わりに撃退して、私の命を救ってくださった。色々と知識を与えてくれて、人界にも連れて来てくれた。そして人界に来てからも何度か命を救ってくれた。
その記憶が消されてしまうという事は、私が魔王様に忠誠を誓っている気持ちもなくなってしまうという事だ。それだけは絶対にやらせない。
「魔王様の記憶は消させません。それだけは命令でも絶対に拒否します」
「どうしてもダメかい? 僕の事を覚えていても価値はない。もしかしたら、この先、僕の事を嫌うかもしれないよ? そんな奴の事を覚えていても辛いだけだ」
思わず魔王様から距離を取って構えてしまった。魔王様に勝てるわけがない。無理やり記憶を消すことだってできるだろう。それだけは何としても防がなくてはいけない。
「フェル、身構えなくていいよ。覚えておきたいというなら無理に記憶を消したりしないから」
魔王様のお言葉を信じたい。でも、今の私には信じることが難しい。魔王様に忠誠を誓っているはずなのに。もっと魔王様のお役に立ちたいと思っているのに。
それに私は日記魔法を使っている。私が忘れたとしても日記が覚えているはずだ。これは魔王様に対する背信行為かもしれない。でも、魔王様の事を忘れたくないんだ。
「魔王様、価値があるかないかは自分で決めます。ですので、なぜ私の記憶を消そうと思っておられたのか、教えて頂けませんか? 私には聞く権利があると思います」
少しでも多くの情報を日記に書き込むんだ。例え私が忘れてもいいように。
「じゃあ、また歩きながら話をしようか。長くなりそうだからね」
魔王様が山の方へ歩き出した。私もそれについて行く。
「僕はね、人間や管理者が人界へ介入することは良くないと考えているんだ。君達の歴史は君達が作るべきであって、創造主や管理者の思い描いた歴史をなぞるだけなんて何の意味もない、そう思っているんだよ」
魔王様は急に何を言われているのだろう?
人界へ介入しないことが私の記憶を消そうとしたことに繋がるのだろうか。いや、最後までちゃんと聞くべきか。おそらくその先に理由が出てくるのだろうから、まずは話を聞きながら質問していこう。
「えっと、歴史を作る、ですか?」
「そうだね。今までの歴史は僕達人間や管理者が思い描いた歴史だ。そこに君達の意志や自由はない」
魔王様が言っていることがよく分からない。意思や自由がないとはどういうことなのだろう?
「よく分からない顔をしているね。君達は管理されていると言えばいいかな。人口を調整され、余計な問題は起こさせず、管理者が考えた通りの歴史を歩まされている、と言えば分かるかな?」
正直なところよく分からない。ただ、ルハラにいた天使が人族の間引きをしていると言っていた気がする。本来はそれが魔族の役目だったとかも言っていたような。人口を調整というのはそのことだろうか。
「人口を調整というのは、間引きのことでしょうか?」
「……そうだね。その言い方はどうかと思うけど、その通りだよ。人族が増えすぎないように調整しているということかな。僕の仲間達はね、そんなことを平気でやれるような人間になっていたようだ」
魔王様はため息をはいた。なぜか背中が小さく見える。
「世界樹にあった日記の内容を覚えているかい?」
「はい、覚えています」
「『彼』と書かれていたのは僕の事だ。僕は生き残った人間の中では裏切者なんだよ」
「裏切者、ですか?」
「そう。僕はね、人族を管理するなんて間違っていると言って仲間と袂を分かつことになった。彼らは第一世代の人族を滅ぼそうとしたからね」
第一世代を滅す? 調整の事だろうか。
「第一世代の子達が生まれた時、表現できない程、嬉しかった。それと同時に誇らしい気持ちにもなったね。自分達は新たな種を作り出すことに成功したのだと。本物の神になったような気持ちになったよ」
魔王様の声は昔を懐かしむような優しい声だ。嬉しいという気持ちがすごく伝わってくる。
「第一世代の人族が生まれ、育ち、そして死んでいく。彼らが喜んだり悲しんだりするのを見て同じような気持ちになったものだよ。あの子達が些細な発見をするだけで同じように喜んで、家族が亡くなるのを見たら同じように悲しんだ。それを数百年近く見守ってから、これで自分のやることは終わった、そう思った。人間という種はもう終わりだ。でも、この子達が人間の代わりに新しい歴史を作っていくのだと。でも……違った」
「違った?」
「僕以外は満足していなかった。成長や進化のスピードが遅い、とね。いつまで経っても文明らしきものを築くことができない、ならば新しく作り直そう、今度は自分達がすべてを管理して導こう、そんな考えに行きついたみたいだ」
今度は怒りのような悲しみのような感情が伝わってくる。
「僕は反対した。自分達の都合で命を奪うなんて間違っていると、子供達を管理するなんて間違っていると、ね」
「それでどうなったのでしょうか?」
「僕は仲間たちに強制的にコールドスリープ……まあ、長い間、眠らされたんだ。そして目が覚めたのは一年くらい前だ」
魔王様はまたため息をついた。そして儚げな微笑みをしながら私を見た。
「なんでフェルの記憶を消すかという話だったね? 理由はいくつかあるけど、主な理由は僕が君達に干渉しない方がいいと思っているからだ。管理者達の暴走は君達ではどうしようもない。だから僕が対処する。でも、その後は僕に頼ることなく生きて欲しかった。だからすべてが終わったらフェルの記憶を消そうと思っていたんだよ」
魔王様に頼ってはいけない……歴史は私達が作るもので、魔王様は人間で創造主だから干渉しないほうがいいから、という意味なのだろうか。そのお考えはよく分からない。
でも、それなら私の前に現れる必要は無かったはずだ。魔王様なら一人で対処できるはず。
「魔王様は、なぜ私の代わりに魔王となったのですか? 干渉しない方がいいと思っていたのなら、そもそも私に会いに来る必要もなかったはずです」
「そうだね。言っていることが矛盾しているね。でも、それには事情があるんだ。さっき僕は強制的に眠らされたと言っただろう? その時に僕は仲間達に色々な権限を奪われた。簡単に言うと、僕は管理者のいる施設にはいれないんだよ。施設に入る時、フェルに手をかざしてもらったのを覚えているかな? あれは僕じゃできないからだ」
そういえば、そんな気がする。確かに魔神城でも世界樹でも、手をかざす対応を魔王様に言われてやった。でも、それならそれでまた疑問が出てくる。どうして私なら施設に入れるのだろう?
「私はどうして施設の入り口を開けられるのでしょうか?」
「それも言わないとダメだね」
魔王様の歩みが止まり、こちらを振り返った。そして私の方を見つめる。
「それはフェルが魔王だからだ」
魔王。私が魔王。でも、それは半年前までのはず……いや、ウェンディが言っていたことが正しいと言う事か。魔王は死ぬまで魔王。例え魔眼で魔王の称号が見えなくても、私は魔王のままということか。
「驚かないんだね?」
「……驚いています。ただ、なんとなく、そんな気がしていたので、ショックは少なかったかと。でも、なぜ魔王なら施設に入れるのでしょうか?」
「魔王だけじゃないよ。例えばだけど、世界樹ならエルフでも入れる。エデンならドワーフも入れるよ。ただ、魔王、そして勇者に関しては特別な権限が与えられていてね。創造主や管理者達への謁見が許されているそうだよ。誰が考えたのかは知らないけどね」
謁見と言うのがどういう意味を持つのかは分からない。ただ、一つだけ分かったことがある。
「魔王様は、魔王である私を……利用しているのですか?」
魔王様は何もおっしゃってくれない。沈黙が辛い。なんと言えばいいか迷っておられるのだろうか。私を傷つけない嘘を考えておられるのか、それとも嘘をつきたくないと思っておられるのか……なんでもいいから答えて頂きたい。
「そうだよ。僕は魔王であるフェルを利用した。そしてこれからもするだろう。そうしないと管理者達を止められないからね」
下手な嘘をつかれるよりはマシ、と思った方がいいのだろうか。でも、はっきり言われると傷つく。
多分、私ではなく勇者であるセラでも問題なかったのだろう。たまたま私を選んだだけ。例えば魔神城が近くにあったから、とか。つまり、私でなくても良かった、ということだ。
「僕の事を覚えている価値は無いと言った意味は分かったかな? 僕はね、フェルに忠誠を誓ってもらうような奴じゃないんだよ。これが僕の記憶を消すもう一つの理由だ。だからすべてが終わったら記憶を――」
「記憶は消さないでください」
「え?」
「魔王様は勘違いしています」
そう、魔王様は勘違いしている。
多分、魔王様は最初から私を利用しようと接触したのだろう。でも、それがなんだ。例え私を利用するという理由だったとしても、私をセラから助けてくれたじゃないか。
人界に連れてきたのも施設に入るために必要だったからだ。でも、そのおかげで私はヴァイア達に会えた。
魔王様が私を利用していたとしても結果的に私には色々な恩恵があった。利用されていたからと言って怒るようなことでもないし、忠誠を誓うだけの恩がある。
「確かに魔王様は私を利用しているのでしょう。でも、そのおかげで私は多くのモノを得ることができました。それは感謝するだけでは返せない恩です。魔王様に忠誠を誓うのに何の問題もありません。従って魔王様を覚えている価値はあります」
魔界で魔王様がセラを倒したときに思ったんだ。魔王様に忠誠を誓おうと。記憶に間違いがないなら、あの時感じた気持ちは嘘じゃない。
魔王様の前に跪き頭を下げた。
「魔王様。この魔王フェル。魔王様に利用されることなどなんとも思っておりません。ですから、どうか記憶だけは消さないようにお願いします」
地面を見ているので魔王様がどんな顔をされているのかは分からない。でも慌てている感じが何となくわかる。
一分ほどそのままだっただろうか。不意に魔王様がため息をついた。
「分かったよ、フェル。そこまで言ってくれるなら記憶は消さないよ」
「ありがとうございます」
「ほらほら、もう立って。僕にそんなことはしなくていいから」
立ち上がって魔王様の顔を見る。笑顔というか苦笑いだ。
「信じてもらえるかどうかは分からないけど、フェルにお願いをするたびに罪悪感があった。どんな理由であれ、フェルを利用していたからね。でも、今の言葉を聞いて少しだけ気持ちが楽になったよ」
魔王様は一度深呼吸をしてからまっすぐ見つめてきた。
「ありがとう、フェル」
魔王様に頭を下げてお礼を言われてしまった。
「頭を上げてください、魔王様。記憶を消さないと約束をして頂けるなら、どんなに利用してくれてもかまいませんから」
「もちろんだよ。記憶は消さない。僕の事をずっと覚えておいてくれ」
言質は取った。あとはもう魔王様を信じるしかない。例えいつか魔王様に裏切られてしまったとしても、それは私の見る目が無かったと諦めよう。もう余計な事を考えるのはやめだ。
よし、やる気が漲ってきた。大霊峰で何をするか知らないけどドンと来いだ。
「じゃあ、フェル、早速で悪いんだけど、お願いしていいかな?」
「はい、なんでしょう? 今、かなりやる気なので何でも言ってください」
「頼もしいね。じゃあ、お願いするけど、この先にドラゴニュートの村があるんだよ。そこで施設へ入るための鍵を借りてきてほしいんだ」
ドラゴニュートって魔族並みに強い奴らだったような?
「えっと、どうすればいいのでしょうか?」
「ドラゴニュートは魔族と同じように強い者に従う感じだからね。殺さない程度に叩きのめせば借りられると思うよ。百人近くいるとは思うけど、大丈夫、フェルならやれるよ」
なんてワイルドな作戦。久しぶりに魔王様に無茶ぶりされた。改めて忠誠を誓うのはちょっと早まったかな、と思わないでもない。




