偽装
空気が重い。私はまだ冷静な方だが、リエルとディアから殺気が出ている。ヴァイアはともかく、二人がなにかやらかしそうだから私が話を進めよう。冤罪という可能性もあるから、相手の弁明も聞かないとな。
「おい、ノスト。遠くから訪ねて来たヴァイアに対してその顔はなんだ? 理由があるならこの場で言え」
「フェ、フェルちゃん、ま、待って」
ノストを問いただそうとしたらヴァイアに遮られた。
「あ、あの、ノストさん、きゅ、急に来られても困りますよね! わ、私は大丈夫ですから! 全然気にしてないって言うか、そ、そんな顔をさせるつもりじゃなくて――ご、ごめんなさい!」
ヴァイアはそう言うと、廊下を来た方向へ走り去った。
「ヴァイアさん!」
ノストが追いかけようとしたところを止めた。こじれそうな感じがするからヴァイアを落ち着かせてから話をさせよう。
「ノスト、ここで待ってろ」
長い廊下だから転移で追いつける。ヴァイアのすぐ後ろに転移してローブの襟を掴んだ。
ヴァイアが「くえっ」と言って止まる。いかん、首を絞めた感じになってしまった。
「ゴホ、ゲホ、ひ、ひどいよ、フェルちゃん!」
涙目どころか泣いてる。ノストの事で泣いてたんだよな? 首を絞めたからじゃないと思いたい。
「まあ、落ち着け。まずは深呼吸だ」
ヴァイアは深呼吸を始めた。何度か深呼吸を繰り返すと、ようやく落ち着いたようだ。
「と、取り乱してごめんね。なんとなくいたたまれなくなっちゃって」
「まあ、気持ちは何となくわかる。だから、まずは落ち着け」
「う、うん、もう大丈夫だよ」
「もう少し気持ちを落ち着けるために話をしてやる。ヴァイアは恋愛小説を読むか?」
「なんでいきなり恋愛小説なのかな? えっと、答えはもちろん読んだ事あるよ」
「なら分かるだろう? 恋愛小説は、勘違いとすれ違い、そして思い込みだけで構成されているんだ」
「それは暴論だと思うけど?」
「暴論じゃない。本をたくさん読んだから分かる。お互いに腹を割って話せばいい結果になることが多いもんだ」
以前読んだ本はダメだ。たった一つの勘違いから、本人同士だけでなく、結局周囲のカップルさえ破局にさせて終わった。最悪だ。だが、あれで学んだことがある。「ちゃんと話せ」だ。
「えっと、つまりどういうことかな?」
「たった一つの勘違いで修復不可能なバッドエンドになるのは小説だけでいい。まず、ノストの話を聞こう。困った顔をしたのも理由があるはずだ。もしかしたら正当な理由があるかもしれん」
ヴァイアはなにか考えるように下を向いた。
「で、でも、本当に私が来るのが迷惑だったりしたら……?」
ヴァイアは自信がなさそうだ。声も小さいし、ちょっと震えている感じだ。
「その時はノストをぶん殴って全て忘れろ。お前にはもっといい男が見つかるから」
「ノ、ノストさんよりいい男はいないよ!」
下を向いていたヴァイアが顔を上げた。オドオドした感じはない。それだけは自信を持って言えるのか。
「ノストがいい男というなら信じてやれ。リエルも言ってただろ? 相手を信用できないでなにが恋愛だ、とかなんとか。私もそう思うぞ」
「う、うん、そうだね。ノストさんの話をちゃんと聞いてみるよ」
「その意気だ。ダメだった時は私が殴ってやるから」
恋愛関係は私の専門じゃないが、殴るのは専門だ。
ヴァイアを連れてノストの部屋まで戻った。
ディアもリエルもノストを睨みつけている感じで待っていた。ノストはヴァイアの方だけを見て全く気にしてないけど。
「さて、ノスト。ヴァイアを見た時の驚きといい、困ったような感じの顔をした理由を言え。ヴァイアもちゃんと聞くから」
「はい、分かりました。立ち話もなんですし、まず、部屋に入って頂けますか。廊下ではちょっと話せませんので」
ノストに促されて部屋に入った。
この部屋は私が割り当てられている部屋よりは小さいな。でも、タダの兵士に割り当てられるような部屋でもない気がする。ノストはそれなりにクロウの信用を得ているのだろうか。
おっと、そんなことはどうでもいいな。ちゃんと問いたださないと。
小さめの丸いテーブルを囲むように五人で椅子に座った。私、ヴァイア、リエル、ディア、ノストの順番だ。
「まず、謝らせてください、ヴァイアさん。驚いてしまって申し訳ありません」
ノストが頭を下げた。
「ノストさん、頭を上げてください。あの、その、それはいいんです。驚かせるつもりでしたから。聞きたいのは、その後になんで困ったような顔をしたのか、です」
ヴァイアがノストを見つめて問いただしている。今の私の右手はものすごく軽いぞ。変な事を言ったら即ノックアウトだ。
「あ、あの、皆さん、説明しますので、ここだけの話にしていただけますか?」
「聞いてみないと分からんが、他の場所で言わなければいいんだな? 分かった、約束する」
三人ともうんうん、と頷いている。
「実は今、この屋敷にクロウ様のご子息、ダイアン様がいらっしゃいます」
クロウの息子? それはヴァイアがぶちのめしたんじゃ――いや、ダイアンという名前じゃなかったな。ああ、そうか。ぶちのめしたのは次男とか言っていたから長男がいるんだな。そいつがダイアンか。
「そのダイアンがなんなんだ? 全く関係ないと思うんだが」
「ダイアン様はクロウ様のように性格は温和、魔力も高く、とても優秀なのです。ですが……」
ノストが言い淀んでいる。なにか言いにくい事があるのだろうか? ……ああ、だからここだけの話にしたいのか。
「誰にも言わないからちゃんと言ってくれ」
「はい。ダイアン様は優秀なのですが、その、魔力の高い女性がお好きでして……だれでも構わず求婚するのです。現在、ダイアン様には三人の奥様がいらっしゃいます……」
ノストはヴァイアの方を見つめた。私やディアやリエルも。
「え? あ、あの?」
「ヴァイアさん。ダイアン様に会うことになったら、かなり高い確率で求婚されます」
そういうことか。ノストが嫌がったというか困った顔をしたのは、そのダイアンという奴にヴァイアが求婚されるからか。言いづらいのは雇い主だから、かな。
それにしても求婚か。私にも経験がある。あれは面倒くさい。でも、私の時みたいに勝負をするわけじゃないんだ。なら簡単じゃないか。
「そんなのは断れば終わりだろ?」
「ダイアン様は貴族です。相当な理由がなければ断れませんし、ある程度ならゴリ押しもできます。それに失礼ですが、ヴァイアさんは平民ですよね? 貴族の求婚を平民が断るなんてことになったら、ダイアン様の貴族としての評判が落ちてしまいます」
「そんなもん、落ちたっていいじゃねぇか」
私もリエルの意見に賛成だ。そんなことこっちの知ったことじゃない。
「いえ、ですから評判が落ちないようにあらゆる手段を使って篭絡するということです。断れない状況を作るぐらいダイアン様は簡単にできるかもしれません」
貴族の意地とプライドってヤツか。何をするかは知らないが、確かそういう状況を作るのは貴族の常套手段だな。本で読んだことがある。
だが、状況が読めた。
「つまり、ヴァイアが来て困った顔をしたのは、そのダイアンがヴァイアに求婚するかもしれないと思ったからだな?」
「は、はい。その通りです。ヴァイアさん、来てくれたのは驚いたし、嬉しかったのですが、状況が状況でして、困った顔をしてしまいました。本当に申し訳ありません」
「い、いえ! し、信じてましたから!」
どの口が言ってんだ。涙目だったぞ。でも良かった。状況によってはノストを殴らないといけなかったからな。これなら殴る必要はないだろう。
ディアとリエルが急にニヤニヤしだした。
「あれー? ノストさんはヴァイアちゃんが求婚されちゃうと困るんだー?」
「そうだぜ、どうしてノストが困るんだよ? ちょっとこの聖女に理由を言ってみ? ここだけの話にしてやっから、な?」
「は、はは……い、いや、何ででしょうね?」
ノストは困った感じでディアとリエルの質問を躱している。
そしてヴァイアはディア達がノストに聞いていることの意味が分かったのだろう。顔を真っ赤にして下を向いている。泣いたり恥ずかしがったり大変だな。だが、大変なのはこれからだ。対策を考えないと。
「ディア、リエル、その辺にしておけ。ノスト、確認したいんだが、ダイアンがヴァイアに会う確率ってどれくらいなんだ? 会わないで済むように行動すればいいんだろ?」
「会う可能性は高いと思います。フェルさんが貴重な食材を提供したと聞きました。もしかしたら一緒に食事をする可能性もありますね」
そうか。サンダーバードを提供していたな。ヴァイアだけ体調が悪いとかで参加させないようにするか?
「それにヴァイアさんの魔力は相当なものですよね? もしかすると既にお気づきなのかもしれません」
その可能性もあるのか。なら下手に会わせないよりも私が一緒の方がまだなんとかなるか?
いきなりディアが右手を挙げた。
「いい案を思い付いたよ!」
「どんな案だ?」
「ヴァイアちゃんとノストさんが結婚を前提にしたお付き合いをしているってことにしちゃえばいいんじゃないかな? いくら貴族でもそんな状況の人に求婚なんかしないでしょ? 偽装結婚ならぬ、偽装お付き合い、だね!」
ヴァイアもノストも目を開きっぱなしでディアを見ている。そしてそのままヴァイアとノストがお互いを見た。
いきなりヴァイアの顔が真っ赤になった。そして呼吸が変になってる。なにか危ない病気のような感じだ。
「おい、リエル、なんかヴァイアが危ない。治癒魔法使ってくれ」
「これってなんの病気だよ! まず、落ち着いて深呼吸させろ!」
とりあえず、ヴァイアをベッドに運ぶ。そしてリエルが治癒魔法をかけ続けた。
でも、治ったヴァイアがノストを見るとまた同じ状況になる。ループって怖いな。




