ウェンディ
目の前にいる女が魔族。しかも人魔大戦の生き残りか。そんなレアな確率なのに、初めて会ったのが温泉。どれだけの確率なのだろう?
「で、でも、変じゃないかな?」
ヴァイアが首を傾げている。頭のタオルを落とすなよ。でも、何が変なのだろう?
「その、ウェンディさんはものすごく若いよ? 人魔大戦は五十年前の話だよね? それに頭に角がないけど、魔族なの?」
当然の疑問だな。ちょっと驚きすぎて頭が働いてなかった。よく考えなくてもヴァイアの指摘はもっともだ。色々確認しておかないと。
まずは魔眼チェック。種族の確認だ。
……間違いない。確かに魔族。そこは疑わなくていいようだ。
「魔族であることは分かった。質問に答えてもらうぞ?」
「ど、どうして魔族であることを疑わないのよ? 数年一緒にいる私だって魔族なんていうのは嘘だって疑っているのに……」
ネヴァが不思議そうにしているが、いちいち説明するのも面倒だな。
「フェルちゃんは強力な鑑定スキルをもっているんです」
ディアがネヴァ達に見えないようにこちらを向いてウィンクした。どうやら魔眼の事を鑑定スキルと言ってごまかすようだな。内緒にするようなことでもないけど、それに乗っておくか。
「まあ、そういうことだ。魔族であることは分かった。だが、先程ヴァイアが言った疑問が残るわけだ。答えてくれ」
ウェンディの話では、オリン国にあるダンジョンに封印されていたらしい。数年前に意識を取り戻したら一部の記憶と角を失っていたとのことだ。
すぐに魔界へ連絡しようと思ったが、連絡先のチャンネルを忘れていたし、かなり衰弱していた。
そんな状態でダンジョンを彷徨っていたところを冒険者に助けられて、そのまま冒険者になったらしい。魔族であることを隠して、人界のこと、魔界のこと、そして魔王のことを調べていたが、いつの間にか冒険者として有名になってしまい、拠点としていた町のギルドマスター、ネヴァに誘われて専属冒険者になったそうだ。
なお、アダマンタイトに魔族討伐の依頼が発行されたとき、すぐに行こうとしていたがアイドル冒険者の仕事が忙しくて行けなかった、とのこと。
「最初、魔界、帰ろうとした。でも、転移門、場所、忘れた。それに、こっち、生活、すごくいい」
気持ちは分かる。人界の生活を味わうと魔界に帰りたくなくなるからな。
「あと、ファン、いる。裏切れない」
そういえばアイドル冒険者をやっているんだよな。魔族なのに。
ファンを裏切れない、という気持ちはよく分からないな。私にはファンがいないし。メノウとかなら分かるのかな?
それはともかく、ダンジョンに封印されてたってなんだろう?
「その封印と言うのは分からないが、歳を取らないのか? ……ディア、封印という言葉にうずうずするな」
「分からない。記憶、曖昧。水、満たされる、筒、入ってた。最初、数日、思った。でも、五十年。ショック」
水に満たされた筒に入っていた、ということか? それが封印?
まあ、封印だとしよう。でも、魔族が人族にそんなことされるものだろうか? そもそも、人界へ攻め込んだ魔族だ。かなり優秀なはず。今の部長クラスの強さを持っている可能性が高い。
「誰に封印されたか覚えているか?」
「覚えてない。でも、人族、女、だけ、覚えてる」
魔族よりも強い人族の女か。セラか……? アイツは人魔大戦のころからいるはずだ。
「その女は黒い髪か?」
「違う。金髪」
なんとなくリエルを見てしまった。他のみんなもリエルを見つめている。
「おいおい、俺はピチピチの十八歳だぜ? 五十年前にはいねぇよ」
そりゃそうだ。それにセラじゃないことも分かった。可能性があるとしたら、当時の勇者候補だろうか。
「質問、いい?」
「ああ、構わないぞ。何が聞きたい?」
「魔王様、どうなった?」
魔王様というのは五十年前の魔王のことだろう。こういうのはちゃんと言っておかないとダメだな。
「五十年前、魔界で勇者に討たれた。立派な最後だったと聞いている」
勇者相手に一対一で戦い、他の魔族には手出しさせなかったらしい。私が勇者対策を考えたきっかけを教えてくれたと言ってもいいな。もしかしたら私の対策を既に考えていたのかも。一度、会ってみたかった。
ウェンディは少しだけ顔を下に向けた。落ち込んでいるのだろう。
そう思ったらすぐに顔を上げた。
「なんとなく、分かってた。ショック、少ない。今、魔王様、誰?」
「魔王様の名前はアダム。魔王アダム様、だな。今、人界に来ているが色々とやることがあって飛び回っている」
色々とぼかしておこう。今はまだ、余計な情報を与えないほうがいいような気がする。
「人界、何度か、魔王、覇気、感じた。でも、今、感じない。本当、人界、いる?」
「もちろんだ。もし機会があればちゃんと紹介しよう」
「分かった。楽しみ」
口元だけしか見えないが、ウェンディが笑ったような気がする。
さらに話をしようとしたら、ネヴァが立ち上がった。
「も、申し訳ないんだけど、こ、これ以上の話は次の機会でいいかしら? の、のぼせそう……」
そういえば私達よりも先に温泉に入っていたか。立ち上がった時の肌が結構赤くなってるのが見えた。かなり無理をさせたのかもしれない。
「ああ、すまない。また今度、ウェンディと話をしたいんだが構わないか?」
「ええ、構わないわ。ウェンディの同胞でしょうし、もっと話をしたいでしょうから。ウェンディ、貴方の念話チャンネルでも教えておいたらどうかしら?」
ウェンディは立ち上がったネヴァを見上げるようにしている。
「私、魔族、黙ってた。怒らない?」
「何を言っているの? 貴方とは二年近く付き合いがあるのよ? 魔族だからなんだってのよ」
私の中でネヴァの印象がかなり良くなった。いい奴だ。
ウェンディもそうなのだろう。さっきよりもくっきりと口元が笑っている。
ネヴァはディアの方を向いて、ちょっと目を吊り上げた。
「ディア。しばらくはちょっかいを出さないけど、許されたとは思わない事ね! 貴方からの謝罪がない限り、いびり倒してやるわ!」
「は、はぁ、謝罪……?」
ネヴァが脱衣場の方へ歩いて行った。ウェンディは私に念話のチャンネルを教えると、一度だけみんなに礼をしてから、ネヴァの後を追っていったようだ。
それにしても衝撃的だった。魔族の生き残りがいたんだな。念のため、魔界の方へ連絡して確認してみるか。どんな魔族だったのか知っておきたいし。
おっと、その前に謝罪しておくか。
「すまなかったな。温泉に来てゆっくりするつもりだったのに、魔族の都合で邪魔したみたいで」
「別に構わねぇよ。これからゆっくりすればいいじゃねぇか」
「そうだよ。それに魔族の生き残りの人がいたなんて嬉しいニュースじゃないかな。ネヴァさんとも仲良くやってるみたいだったし」
それだ。なんとなくネヴァのイメージが、ディアから聞いていた感じと違う気がする。もっと嫌な奴かと思ってた。
確かに初対面でいきなり煽られた感じだったけど、ディアの仲間だから、という状況だった気がする。
それに謝罪と言っていた。謝れ、ということは謝るようなことをディアがしたのか?
「なあ、ディア。ネヴァってヤツに何したんだ? かなり怒っているようだが?」
「さっきから考えているんだけどね、まったく身に覚えがないんだよ。そもそも数回しか顔を合わせたことないから、酷いことをした覚えもないよ。ちなみに飲み物を激辛にしたのは、いびられた後の話だからね」
「よく分からんが、事情を聞いて謝ればいびられる件はすぐに解決するんじゃないか?」
「何もしていないのに謝るのは違うとおもうけどなぁ」
確かに。でも、なんで怒っているのか聞いた方がいいと思う。怒らせる意図はなくても怒らせてしまうってよくあるからな。
「ディアの事だから絶対なんかしてるって。俺だってたまにイラつくぜ?」
「リエルちゃん? それはリエルちゃんに言いたいんだけど?」
「お前ら、ほっぺたが伸びるぞ?」
「あ、大丈夫だよ、フェルちゃん。あっちの湯は皮膚にいいんだって。ほっぺたが伸びても戻るんじゃないかな?」
「ヴァイア、そういうことを言ってるんじゃない。私は喧嘩するなと言ってるんだ。温泉に来てまで何やってんだ」
まあいいや。二人は放っておいて温まろう。元を取らないとな。無料だけど。




