女神教
教会に入ると、爺さんがいた。いつ来ても爺さん以外いないのだが、この村には女神教の信者はいないのだろうか。人界最大の宗教と聞いたのだが。
「村の者たちでもあまり来んのだが、フェルは熱心じゃの。もう、女神教の信者といってもいいかもしれん」
「勝手に改宗させるな。仕事がないか聞きに来ただけだ。先に言っておくがシスターはやらんぞ」
女神教は油断ならないな。気を許すと、いつの間にか改宗させられている可能性がありそうだ。なにかディアに近いものを感じる。
「仕事はないのう。そもそも出せる金がないのじゃよ。むしろ寄付していってくれんか。夜盗退治で金を持っとるじゃろ」
時間の無駄だった。しかも、私から金を奪う提案までしてきた。
「するわけないだろう。魔族を滅ぼそうとしてる宗教にどうして寄付するのだ。何かと交換ならまだしも」
「免罪符と交換ならどうじゃ?」
「女神になにかを許してもらおうとは思っていないからいらん」
「そうじゃな、魔族が女神に許しを得る必要はないのう」
なんだか、楽しそうに言った。大丈夫か、爺さん。私と違って女神教の教徒だろ。天罰的なものがあるんじゃないか。
「まあ、冗談はこの辺りにしておくかの」
本当に時間の無駄だった。
「そうそう、シスターと言えば、新しく派遣されてくることになったんじゃよ」
「ここは辺境みたいなものだろ。大丈夫なのか?」
心配しているわけではないが、社交辞令というやつだ。
「さあのう。志願してきたらしいが、聞くところによると結構な問題児らしい。たらい回しされた挙句、ここしか残っていなかったのかもしれんのう」
そうなのか。まあ、どうでもいい。
いや、まてよ。問題児だったとしても、魔族を滅ぼす方針に賛成している感じなのだろうか。
「爺さん以外の信者というのをよく知らんが、魔族を滅ぼす方針についてはどう思っている奴なんだ? 毎晩、魔族の藁人形を叩くようなタイプか?」
「そのあたりの情報が全然ないのじゃよ。まあ、問題児ということなので、あまり信仰心はないはずじゃから、問題はないと思うぞ」
問題児なのに問題がないとはこれいかに。女神教として問題だらけなのだがいいのか。ただ、爺さんも問題児だから、いまさらな感じではあるな。
そんなことを考えていたら、爺さんが思い出したように言い出した。
「そのシスターをこの村まで護衛してもらうかもしれんの。その時は受けてもらえるかの?」
「仕事なら引き受けるが、私は魔族だぞ。護衛者に敵対されたら困るし、向こうも困るんじゃないか?」
「まあ、フェルなら大丈夫じゃろ」
なぜだろう。魔族というのを気にしているのは、私だけのような気がする。もしかして自意識過剰なのだろうか。セラピーとか受けた方がいいのかな。
それは後で考えよう。それより気になるのは、爺さんがそのシスターの情報をどうやって手に入れたかだ。念話魔法が使えるのだろうか。
「ところで、シスターが来るという情報をどうやって得たんだ? 夜盗を引き取りに来た兵士達が伝えたとか?」
「いや、この女神像が念話の魔道具なんじゃよ。特定の場所に特定の時間しか使えんがな」
教会の中にあった変な像は女神像だったらしい。よく考えたら、それ以外の像を置くわけないか。ちょっとよく見てみよう。
……なるほど、念話魔法を時間と場所を制限することで、発動時の魔力を減らしているのか。うまいことを考えるものだ。
それはいいとして、この像に洗脳魔法が付与されているのは問題ないのだろうか。
「その像、洗脳魔法が付与されている上に自動展開されているがいいのか?」
「ほう、分かるかね? 儂が洗脳魔法を抑えているので効果はないから安心して良いぞ」
なるほど。自動展開の周囲に魔力でコーディングされているな。これなら像に密着しない限りは影響はなさそうだ。
いやいや、問題はそこじゃない。効果があるかないかではなく、洗脳魔法が付与されていること自体に安心できないのだが。
爺さんはじっと女神像を見た後、ため息をついた。目の前でため息をつかないでくれ。
「これが今の女神教を好きになれん理由じゃ。洗脳による布教。信者が増えればいいとしか考えておらん。邪教といわれても仕方がない行為じゃ。こんなものはすぐにでも撤去したいのじゃが、像を破壊したり、勝手に魔法を解除してしまうと、異端審問の奴らが来るので、そのままにしているがの」
女神教って駄目な宗教だな。魔王教のほうがまともだ。
「信者の中には本当に女神を信仰し、人のために役立とうとしている者もおる。それに信仰をよりどころにしている者も多いでな。なんとか自浄出来んものかと儂一人で画策しているところじゃ。結果はあまりないがのう」
そのあたりはよくわからんが、色々あるんだろうな。以前、この村の奴らはみんな訳ありだとか聞いたことがある。もしかしたら爺さんは女神教の奴らから疎まれてこんなところにいるのだろうか。
「爺さんなのに大変だな」
「魔力の高いお主をシスターにして洗脳魔法を抑えてもらおうかと思ったんじゃがな。そうすれば儂はもっと色々やれることが増えるんじゃが」
「そんな面倒な事するわけないだろう。そんなことをするぐらいなら、女神教を潰す方が楽だ」
爺さんが一瞬驚いた顔になった後、笑い出した。大笑いだ。顎がはずれるぞ。
「そうかそうか、潰す方が楽か! ちゃんとした信者たちには悪いが、自浄作用を期待せずに、一回潰した方が効果的かもしれんな。残念じゃのう、儂に金があれば、仕事として依頼したんじゃが」
「もっと長生きすれば金を溜められるかもしれんぞ。貯金するんだな。大金貨百枚で受けてやる。まあ、村人割引で九十枚でもいいけどな」
値段が安いか、高いかわからないが、そんなものだろう。
さて、今の時点では仕事はなさそうだが、もしかしたら護衛の仕事があるのかもしれない。期待せずに待ってみよう。
あと、女神教が駄目な宗教だということは分かった。そこの教徒なら、法を犯しているということで暴れても問題ないはずだ。あの嫌な奴との協定では法を犯しているような奴らは殴ってもいいはずだからな。でも、真面目な信者もいるらしいし、本当にやるなら面倒だな。
よし、ここではもう何もない。次は畑にでも行ってみよう。




