魔眼
「フェルさん、お待たせしました」
ディアと話していたら、ノストが笑顔で近寄ってきた。
別に待っていないけど、なにか約束してただろうか。正直なところ、食事中に笑顔だったということに精神的なダメージを受けて色々とどうでもいいのだが。
「まず、夜盗を捕らえてくれた報酬になります」
テーブルにちょっと重そうな袋が置かれた。そうだ、忘れていた。報酬だ。これはどうでもよくない。
「大銀貨四十枚あります」
私の全財産が小銀貨あるかないかぐらいだったのにいきなり金持ちになった。夜盗を捕らえるのってお金になるんだな。
「内訳の説明ですが、まず、夜盗一人大銀貨一枚です。それが十五名分で十五枚。また、こちらの不手際で夜盗を一度逃しておりますので、その謝罪や再退治の手間を含めて倍の三十枚となっています」
それでも十枚多いと思うが何だろう? 夜盗退治のMVPボーナスだろうか。
「あと、夜盗が所持していたものと、頭領が持っていた偽装の腕輪の代金が全部で大銀貨十枚となります。主に偽装の腕輪の代金ですね」
結構お高い物だったのか。あまり興味はないけど値段が高いのなら覚えておこう。その辺に落ちてないかな。
「合わせて計大銀貨四十枚ですね。小金貨四枚で渡しても良かったのですが、この村で使う場合、小金貨では使いづらいと思いましたので、大銀貨での支払いにさせてもらいました」
むしろ、大銅貨の方がありがたいのだが、それだと枚数が多すぎて駄目か。
まず、ちゃんと四十枚あるか確認しよう……大丈夫みたいだ。
「確かに。大銀貨四十枚、確認した」
「では、こちらの書類にサインを……失礼ですが人族の文字は書けますか?」
こういう時のために、日記で練習している。完璧なサインを書いてやろう。
「問題ない。練習しているからな」
サラサラとサインを書く。完璧だ。美しいと言ってもいい。
「達筆ですね。確かにサインを頂きました。これで報酬の手続き完了です」
「そういえば、この報酬、冒険者ギルドに一割納めないとダメか?」
「誰かがギルドを通して依頼していた場合はそうなりますが、今回はリーンの領主様からの依頼みたいのものになりますので、ギルドに手数料を納める必要はありませんよ。ですよね?」
ノストはディアのほうを見ながら確認すると、ディアは無念そうに頭を縦に動かして肯定した。よくわからんがそういうものなのか。
「急いで依頼票を用意しようとしたんだけど、書き終わらなかったよ。書き終わっていたらギルドからの依頼ということで手数料一割取れたのに……」
「依頼票の仕組みっておかしくないか? それともお前がおかしいのか?」
ディアに気を許したら駄目だな。こいつは敵ではないが、味方でもない。
「そういえば、ノスト達はこの後どうするんだ? 明日の朝に帰るんだろ?」
「そうですね。この時間帯からリーンに向かうと変な場所での野営になるので出発は明日の朝です。大丈夫だとは思いますが、この後は村の警備と夜盗たちの見張りを行います」
「そうか。ちなみにこの宿の飯は最高だぞ」
「ええ、私も部下たちもそれが楽しみでして。酒が飲めないのが残念ですね」
その気持ちはよくわからんが、仕事中だから仕方ないな。水を飲め。お勧めは牛乳だ。
「それでですね、フェルさん。帰り道で私のスキルの確認をしてくれたと思いますが、部下たちも見てほしいとのことでして、ぜひ見て頂けないでしょうか? もちろん謝礼は致します」
そういえば、そんなこと言っていたような気がするな。今の時点で結構な金持ちになったのだが、どうしようかな。
「フェルちゃんは鑑定スキルとか分析魔法が使えるの?」
「使えないはずなんだが、なんとなく分かる」
私自身のスキルを見ても鑑定は無いし、分析魔法はしらない。なんで出来るのだろう?
そういえば、魔王様は部屋にいらっしゃるだろうか。スキルのことを聞きたかったし、夜盗退治のことも報告しておきたい。
「わかった。スキルは確認してやる。ただ、一度部屋に戻りたい。ノスト達もこれから昼食を取るんだろ? スキルを見るならその後だ」
「部下たちも喜びます。では、食後にお願いします」
ディアやノストと別れて、部屋に戻ると魔王様がいらっしゃった。今日はエルフの森にはいかなかったのだろうか。
「魔王様、ただいま戻りました」
「やあ、お帰り。大丈夫だったかい?」
「はい、だれも殺しておりません」
うん、腕が折れて曲がってはいけない方向に曲がっていたけど、死んではいなかった。嘘じゃない。
「いやいや、フェルに怪我がなかったかい、という意味だよ」
おお、昨日は夜盗の心配をされていたが、今日は私の心配をして頂けたのか。落として上げる的なテクニックだな。そんなことせずとも魔王様への忠誠度は最大です。
「そうでしたか。とくに怪我は負っておりません。そういえば、夜盗退治の報酬を頂きました。お納めください」
大銀貨四十枚だ。短期間でこの稼ぎ、魔王様に私が出来る女だという印象を与えられたと思う。夜盗グッジョブ。
「それはフェルが持ってていいよ。僕はお金を使う機会がほとんどないから、金銭的なことは全部フェルに任せるよ」
「承りました」
魔王様からの信頼を感じる。ちょっと忠誠度が限界を超えた。
さて、スキルが見えることを聞いてみよう。
「魔王様、今、お時間はありますか?」
「なんだい? 大丈夫だよ」
「私には物や人のスキルが見えるのですが、鑑定スキルはありませんし、分析魔法も知りません。理由をご存知でしょうか?」
魔王様は博識だからな。おそらく私の疑問にも答えてくれるはずだ。
「ああ、フェルは魔眼を持っているからだね」
魔眼とはなんだろう? そんなスキルは持っていない。
「私は魔眼というスキルは持っていないのですが……」
「魔眼はスキルじゃないよ。フェルの目が魔眼ということだね。身体的な能力と言えばいいかな」
「詳しく教えていただけますでしょうか?」
魔王様から魔眼の説明を受けた。
簡単に言うと、魔眼とはあらゆる情報を見れる目、らしい。
鑑定スキルや分析魔法とは比べ物にならないほどの情報を得られるとか。鑑定、分析が対象情報の一部を読み取るだけに対して、魔眼は「すべての情報が集まる場所」を見ているらしい。言葉は分かるが、その場所、というのがうまく想像できないので、よくわからない。まあ、いいか。
注意点として、魔眼を頼り過ぎないように、とのことだ。対象のスキルを見る程度なら問題ないが、もっと詳細な情報を見過ぎると脳が耐えられないらしい。情報の見過ぎで死ぬことはないが一週間程度、昏睡状態になる可能性があるそうだ。ご利用は計画的に、というやつか。
また、魔眼を持っている者はほとんどおらず、超激レア能力らしい。私は選ばれた女、ということだな。
「魔眼について理解致しました。ありがとうございます」
「ちなみに誰それ構わず魔眼を使って相手のスキルとか見るのは良くないからね」
「そういうものですか?」
「そういうものだね。物ならともかく、人を相手に魔眼を使うなら、相手の許可を得ている場合だけにした方が良いよ。敵対している相手なら使ってもいいかな。魔眼の力というのは、悪い言い方をすれば覗き見の力だからね」
「なるほど。覗き見するのではなく、堂々と見れば良い。そういうことですね?」
「違うよ」
モラルのお話だった。
その後、魔王様はお休みになられてしまった。どうやら昨日の疲れが残っているようで早めに休まれるそうだ。まだ昼なので、夜に寝れなくなったら大変だと思うが。いや、もしかすると睡眠魔法を使えるのだろうか。いつか教えてもらおう。
さて、食堂に戻って兵士たちのスキルを見てやるか。