笑顔
いや、ポジティブにいこう。これのおかげで短期間に人族に信頼されたということだ。笑顔は友好の印だ。魔王様の方針に完璧に応えているということだ。魔王様のためなら、どんな生き恥も甘んじて受けよう。
「フェルちゃんお待たせー、手続き終わったよー……どうしたの? テーブルに突っ伏して」
「どうやら私は食事中に笑顔になるらしい」
「知ってる。私が村長さんから聞いて、村中に言いふらしたから――危ない!」
またパンチを躱された。結構本気で打ったのだが。
「なにすんの!」
「いや、お前が何してんだよ。なんか前もやり取りしたな、これ」
デジャブってやつか。そんなことよりも、なんで村長が食事中に私が笑顔になることを知っているのだ? もしかして、村長の家で昼食を食べた時の話か? よりにもよってディアに話すとは。いや、こいつのことだから村長から無理に聞いたに違いない。
「私が辱めを受けたのはお前のせいだということが分かった。死をもって償え」
「待ってフェルちゃん。フェルちゃんは人族と仲良くするために来たんだよね?」
「そうだ。それは間違っていない」
魔王様がお考えになられた方針だ。ならば私はそれに従うまでだ。
「なら聞くけど、どうやって仲良くするの?」
「それは冒険者の仕事をしながら、人族の役に立ち、信頼を得るつもりだが」
「甘いね」
む? そうだろうか。結構大丈夫だと思うが。とくにこの村の奴らには。
「人族同士だってそう簡単に信頼関係は結べないよ。しかもフェルちゃんは魔族じゃない。そう簡単に信頼されるわけないよ」
そう言われるとそうかもしれない。私が知らない時代だが五十年前までは魔族と人族は殺し合いをしていた。すぐに信頼関係を結べるわけはないか。
「でも、フェルちゃん。この村の人はフェルちゃんをもう村の一員として認めているほど信頼されているよね?」
確かに。夜盗から助けたとはいえ、たった数日でこんなになるとは私も思わなかった。チョロすぎだろう。
「それはなぜかと言えば、フェルちゃんが笑顔で食事をするからだよ」
「そう……なのか?」
笑顔で食事をしているだけで信頼されるってなんだ。冒険者の仕事は関係ないのか? 正直、ウェイトレスの服はかなり葛藤して着ているのだが。
「そしてそれを言いふらしたのは、私。さあ、フェルちゃんの今は、誰のおかげかよく考えるといいよ!」
むむむ? これはディアのおかげなのか? いや、でも私も頑張ってる。とくにウェイトレスで。それに言いふらさなくてもそのうちばれていたのでは? となると、ディアのせいでもないのか? うーん?
「答えは出たようだね、フェルちゃん」
出てない。
「それを踏まえて提案があります」
踏まえるも何も答えが出ていない。百歩譲ってもディアのおかげじゃないような気がする。
「フェルちゃん、アイドル冒険者にならない? 私が全面的にプロデュースするよ!」
アイドルってなんだ? 偶像のことか?
「フェルちゃんを歌って踊って戦える、そんな冒険者にしてみせるよ!」
「断る」
「もっと考えて!」
なにを考えればいいのだろうか。バレないようにディアをその辺に埋めるのを考える方がより建設的だと思う。それに楽しそうだ。でもこの村は狭いし、全部の村人が顔見知りだ。完全犯罪は難しいだろう。なら、これは駄目だ。となるとアイドルか。ありえん。
「断る」
「やろうよ、やろうよー、お金をガンガン稼げるよー」
「うさんくさい。なんというか、内容よりもディアがうさんくさい」
ディアは椅子から滑り落ちて、両手と両膝をついて四つん這いになった。ショックでダメージを受けたようだ。
「あの、フェル様、アイドル冒険者とはなんですかニャ?」
一緒に聞いていたヤトが私に質問してきた。確かにディアがそんなことを言ったが、正直私も分からない。歌って踊るってなんだ。だが、聞かなくても、なんとなく駄目な感じがする。私の勘がそう囁いている。
「知らん。こいつに聞け」
「よくぞ聞いてくれました!」
ディアが椅子に座りなおした。回復が早い。自動回復スキルか。持ち腐れだな。
「簡単に言うと、有名な冒険者になって、ファンと交流するような冒険者だよ!」
「ファンと交流するってなんだ?」
「有名な冒険者にはそれなりのファンが付くんだよ。そういうファンと一緒に訓練したり、狩りをしたり、使った防具を買い取ってもらったりするのが交流かな」
「聞いていると、いかがわしい感じしかしないぞ」
訓練や狩りはともかく、使った防具を売るってなんだ。そもそもサイズが合うのか。
「あとはステージで歌ったり、踊ったり、握手したりするのがあるかな? もちろん有料でね!」
「ああ、そう」
もう、興味はない。今日の夕飯はなにかな?
「もっと食いついて! 私はフェルちゃんを初めて見た時、確信したの! この子はダイヤの原石だと! アイドル冒険者の頂点に立てると!」
お前が私を初めて見た時、夜盗に捕まっていただろうが。まず危機感を持て。
「アイドル冒険者として活動すれば、もっと多くの人族と信頼関係を結べる可能性が高くなるよ! 有名武具ブランドのスポンサーとかつくかもしれないし!」
「そうかもしれないが、私は嫌だ。絶対に嫌だ」
「そんなぁ。フェルちゃんがやってくれればお金ががっぽがっぽだったのに……」
知らん。地道に働け。
「あいつ等にも一泡吹かせられると思ったのに……」
私怨がからんでいるのか。そういうのに巻き込むな。聞いてほしそうだけど聞かんぞ。
「あいつ等ってなんですかニャ」
ヤト、空気読め。
「うん、冒険者ギルドは各地に支部があるんだけど、大体、支部には専属冒険者がいるんだ。その冒険者が強かったり有名だったりするとギルド会議で自慢できるんだよね」
冒険者ギルドって大丈夫なのだろうか? 違約金があるから二年は辞められないのに。
「私のところはこれまで、専属冒険者もいなくて売り上げもなかったからね、会議に出るたび馬鹿にされていたんだよ」
そんなやつらは殴れ。
「その中でも二つの支部が酷くてね、いつか見返したいと思っていた矢先に……」
言葉を溜めた。強調するとこなのか?
「フェルちゃんが専属冒険者になってくれたんだよ!」
意欲的になったわけじゃないぞ。いつの間にかなっていたんだ。
「もう、これは行くしかないと。やるしかないと思ったわけさ!」
「見返したいことと、私がアイドル冒険者になることの繋がりがさっぱりわからん」
「さっき言った二つの支部のことだよ。そこの専属冒険者が歌ったり踊ったりするアイドル冒険者なんだよね。実力はたいしたことないけど人気はすごいタイプと、人気も実力も高いタイプがそれぞれにいるんだ」
「つまり、フェル様をアイドル冒険者にすることで、そいつらを見返してやりたい、ということかニャ?」
「そういうことニャ!」
ヤトの口調がディアにうつった。お前がやるとキモイぞ。
「話は分かった」
「じゃあ……!」
「諦めろ」
「ううう、やっぱり駄目か。こうなったらあいつ等を闇討ちして……」
「やめろ」
人族は色々と面倒だというのはわかった。魔族は本人の強さだけが自慢になるが、人族は自分の配下の強さも自慢になるみたいだ。そして強いものは弱いものを馬鹿にできる、と。
魔族なら弱い者は庇護するものであり、馬鹿にすることはない。だから弱い者は強いものに従ってくれるのだと思う。魔族と人族じゃ生き方も考え方も大きく違うから仕方ないのかもしれない。
だが、知り合いを馬鹿にされて黙っている魔族はいない。ディアに関しては少々、いや、かなり駄目な奴だし、色々騙されている気がするし……あれ、よく考えたら知り合いだけど、助ける理由がないな。うん、何もしない方向で行こう。
「助けようかと思ったけどやめた。まあ、アイドルはやらんが、魔族が専属冒険者になったんだ。それだけで自慢できるんじゃないのか。初めて魔族を専属冒険者としたギルドマスターとしてな。それに人気はともかく、私の実力がそいつらに劣るとでも?」
「そう……そうだよ! アイドルなんかよりも魔族のフェルちゃんを冒険者にしたんだ! 私はすごいんだ!」
すごいのは私だぞ。勘違いするなよ。
「わかったよ、フェルちゃん! 次のギルド会議で笑顔の素敵な魔族だって自慢する――危ない!」
また躱されたが、いつか殴る。




