出発
目が覚めた。まだ辺りは薄暗いな。誰も呼びに来ないが、早くても問題ないだろう。着替えて食堂の方に行くか。
食堂にノストと兵士達がいた。すでに準備が整っているように見える。もしかして待たせたのだろうか。
「フェルさん、おはようございます。丁度呼びに行こうかと思っていたところです」
「おはよう。早速行くのか?」
「はい、問題が無ければすぐに向かいます。フェルさんの探索魔法がありますが、逃げられると困りますからね」
「わかった、では出発しよう」
「はい、それとこの村から一人連れていくことになりました」
誰だろうか。戦闘要員か?
「俺だよ」
ロンだった。なんでだ。人選ミスではないか?
「フェルも兵士さん達もお互い信頼関係がないだろ。どっちとも縁がある奴が一人いた方がいいって話になってな、俺が付いていくことになった」
私は魔族だから信用されていないのか。これは仕方ないことかな。
「気を悪くしないでくれ。昨日会った奴を信じられるかどうかは、人族同士だって無理だ。魔族かどうかは関係ない。その点、俺はどちらとも信頼関係を結んでいるからな!」
なるほど、確かにそうだな。魔族同士でもそれは同じか。でも、ロンか。
「言っておくが、私とロンは猫耳の件で信頼関係が崩壊中だぞ」
「ヤトちゃんがいるから、もう無理強いはしない。だから安心してくれ」
ヤトがいなかったら継続的に依頼されたかもしれないな。やっぱり信頼関係はないな。
「フェルちゃん、気を付けてね」
「怪我しないように気を付けるんだよ」
「ご武運を祈りますニャ」
朝早いというのに、ディアとニアとヤトが見送りしてくれるようだ。
「心配無用だ。うまい飯を作って待っていてくれ。すぐに片づけてくる」
ふと、宿を出るときモップが目に入った。これなら使い慣れてる。これを武器にしよう。
「ちょっとこれを借りていくぞ」
「片づけるって掃除しに行くんじゃないよね?」
ディアは何を言っているんだろうか。
改めて探索魔法で印の位置を確認する。夜盗たちは昨日確認したところにまだ留まっているようだ。アジトがあるのか野営をしているのか分からんが。
「フェルさん、夜盗達はまだいますか?」
「いる。昨日と同じ位置だ。向かおう」
とりあえず、移動中にモップを強化しておこう。折れて弁償するのはいやだ。
ロンにばれないように魔力付与スキルにてモップに魔力を注入。これが結構難しい。入れ過ぎても入れなさ過ぎても壊れてしまうから微妙な魔力加減が必要だ。よく見ながらやらないと。まあ、造水の魔法と違って超微量魔力の操作じゃないから比較的楽だけど。
……よし、完成。これで多分折れない。
なぜか「索敵必滅」という名前がついてユニークアイテムになったけど気にしない。言わなければバレないはずだ。それに汚れ発見率向上と洗浄力向上のスキルが付いたから、汚れに強くなった。まだ、普通のモップで通用するはずだ。
「フェルさんは魔族なんですよね?」
急にノストから話しかけられた。一時間ぐらい黙って歩いたから気まずかったのだろうか。
「そうだ。立派な角だろ?」
「比較対象がないのでなんとも言えません。私は魔族の方とは初めて会いました。あと、宿にいた獣人の方も」
「魔族はともかく、獣人もか」
「はい、ウゲン共和国には獣人の方がいますが、東側で見ることはありませんから」
共和国は西の方だと村長に教えてもらったな。獣人が東側に行くには敵対国とか境界の森を通る必要があるから、獣人が共和国を出るということがないのかもしれない。そうだ、せっかく人界に来たのだし、いつかは行ってみたい。魔界の獣人達とはどんな文化の違いがあるのだろう。
「俺はヤトちゃん以外の獣人も見たことあるぞ」
ディアに猫耳の作成依頼をするぐらいだからな。誰かモデルがいたのだろう。はた迷惑な。思い出したらなんか疲れた。
なんだか、さっきからノストが私をじっと見ている。怖いんだが。
「……私は祖父から、魔族は話の通じぬ敵だと教わってきました」
なんだいきなり。聞かなきゃダメなのか?
「しかし、フェルさんとは会話が出来ている。いままで教わってきたことは間違いなのでしょうか?」
知らん。だが、ディアにも似たようなことを言われた。多分、五十年前の魔王と方針が違うだけだと思うが。ただ、それを説明したところで納得するか分からんな。でも、とりあえず説明はしておこうか。
「五十年前の魔王と今の魔王様では人族に対する方針が違う。だから印象が異なるのだろう」
「五十年前と現在の魔王は違う者なのですか?」
うん? 五十年前、魔王を倒したのは勇者だろう。伝わってないのか?
そうか。魔王を倒した後に勇者も人界には戻れなかったから人族に伝わってないのか。
「五十年前に当時の魔王は当時の勇者に倒された。そして勇者も魔界の地で死んだ。だから、魔王が倒されたことが人族に伝わっていないみたいだな。そういうことだから、五十年前の魔王と今の魔王様は違う」
なにかものすごいショックを受けている。兵士達も耳を傾けていたのか、ざわざわしだした。
「それはおかしいですね。人魔大戦時の勇者が魔界で死んだという話は聞いたことがありません」
「魔界で死んだから伝わっていないのは当然だろう」
「いえ、そう意味ではなく、五十年前の勇者は今も女神教の四賢の一人として生きているのですが」
それはありえない。魔界には勇者の墓もある。たとえ勇者でも強者には敬意をもって対応している。
ロンの方を見ると、うん、と頷いた。勇者が生きているというのは本当のことなんだろうな。
でも、どうでもいいか。人族が勇者をどのように扱っていても関係はない。もしかしたら勇者って複数いるかもしれないし。あの嫌な奴も勇者だしな。
なんか思い出したらむかついてきた。あの嫌な奴に隕石でも落ちればいいのに。
「そうか。まあ、信じる必要はない。これが魔族に伝わっている話というだけのことだ。人族が勇者をどう扱っているかは、魔族に関係ないからな」
「そう……ですか」
「過去のことよりも今のことだ。そろそろ着くぞ」
ノストは、はっとすると兵士たちに指示を出し始めた。こういう統率を見ると個々は弱くても集団で強くなるという魔王様の話は正しいのだろう。十人程度なら問題ないが、百人、千人なら面倒だし怪我を負うかもしれない。
「フェルさんには強いスライムの従魔がいると聞きました。可能であれば手伝ってもらいたいのですが」
「わかった。だが、そっちと連携できないと思うので勝手にやらせてもらうぞ」
「わかりました。細かい話は斥侯が戻ってからにしましょう」
しばらく待つと、斥侯が戻ってきたので状況を確認した。どうやら洞窟の入り口があるようで、見張りと思われる奴が二人いたらしい。中までは確認できなかったとのこと。周辺も確認してみたが、ほかに人や別の入り口のようなものは無かったようだ。
「入り口さえ押さえれば逃げられることはないか。あとは夜盗がどれくらいの強さかということだな」
「スライムちゃん達をアジトに突撃させるから、逃げてきた奴だけ捕らえてくれ」
「それですと、スライム達が危険なのでは?」
「村にいた夜盗程度なら問題ない。ただ、偽物の兵士だった奴とその取り巻きがどれくらいの強さか分からないのでなんとも言えないがな」
村に来ていた時もうちょっとよく見ておけばよかった。
ノストは少し考えてから頷いた。
「では、申し訳ないのですが、それでお願いします。入り口は逃げ出せないように固めておきますので」
「わかった。まずは見張りを静かに仕留めさせる」
スライムちゃん達を亜空間から呼び出して、見張りを静かに倒すように命令した。
上半身幼女のスライムちゃんが普通の平べったい液状になり、ぬるぬると見張りの背後に近づいていった。あとは背後から口を押えつつ一気に捕縛した。
「一瞬ですね」
「そういうのが得意なんだ」
教えたことはないんだけど、本能なのかな。いつか私よりも強くなったらどうしよう。