プロトタイプ
とりあえず、近くにはもう誰もいないな。なら能力を制限して、魔力高炉への接続を切っておこう。使い過ぎは良くないらしいからな。
そして腕を確認する。
能力の制限を解除していたのに、かなり痛かった。だが折れてはいないようだ。治癒魔法は使えないから助かった。
今後はこういう事が増えるかもしれない。どこまで効果があるか分からないが、ポーションを買っておくべきだろう。ヴァイアの店に置いてあるからそれを買わせてもらおうかな。
それにしても、この部屋の床は頑丈だな。かなり派手な爆発があったのだが床には傷一つ付いていない。床の材質はアダマンタイトなのだろうか? どれ、床を魔眼で確認してみよう。
……ヒヒイロカネ? どこかで聞いたな?
そうだ、思い出した。ユーリの言っていたアダマンタイトよりも上のランクがそんな名前だった。
ということはアダマンタイトよりも硬いんだろうな。そして、この床全部そうなのか。いや、壁も同じ材質だから部屋全体がヒヒイロカネという金属なのだろう。ちょっと持ち帰りたい。高く売れそう。
そんなことを考えていたら、ダンジョンコア全体が光っていた。
終わったのかな?
あれ? 今度は光が失われてきた。ダンジョンコアの光が失われて、リングが動き出した。壁の光も消えていき、床の光も魔王様を中心に収束されていくような感じだ。
すべての光が失われると、魔王様が深呼吸をしたのが見えた。そして床から手を離し、立ち上がる。
「終わったよ」
「お疲れ様です」
どうやらエデンへのアクセスとやらは終わったようだ。だが、魔王様はかなりお疲れの様だ。
「さあ、もう用はないからね。帰ろうか」
「魔王様はかなりお疲れのご様子。少し休まれてはいかがでしょうか?」
「疲れてはいるけど大丈夫だよ。どちらかというと宿に戻って眠りたいね」
「そうでしたか。それでしたらすぐに戻りましょう」
少しでも早く坑道を抜ければ魔王様もお休みできるわけだ。ならすぐに外に出なくては。
魔王様がエレベーターの方に向かわれた。私もそれについて行く。
「エデンにアクセスしている間に問題はなかったかな?」
「キマイラに襲われましたが、撃退しました」
「大丈夫だったのかい?」
「ちょっと痛いですが、骨は折れていませんので問題ありません」
本当はすごく痛い。だが、魔王様にそんなことは言えない。
「いつも無茶をさせてしまってすまないね。どこが痛いのかな?」
「腕ですね。キマイラの突撃を受けた際に防御したのですが、かなりの衝撃でした」
魔王様が私の両腕に触れてきた。服越しなのが残念。
一瞬、痛みが走ったがすぐに痛みは治まった。これはユーリと戦った時にもやってくれた治癒魔法かな。ありがたい。
「他に痛いところはないかい?」
もしかして頭が痛いと言ったら頭を触ってくれるのだろうか。……いや、駄目だ。魔王様に虚偽の報告はできない。
「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」
「そうかい? 無理しないようにね。じゃあ、行こうか」
魔王様とエレベーターに乗る。魔王様は壁のなにかを操作された。下りてくるときと同じように、一度部屋が大きく動き、上昇するような感覚になった。戦ったばかりだし、かなり気持ち悪い。
会話をしてごまかさないと。確かエレベーターが動いている間は監視がないと言っておられたから何を聞いても問題ないだろう。
「エデンでの対応は問題なかったのでしょうか?」
「そうだね。問題はないよ。情報を上手く書き換えたから、少なくとも数十年以内にエデンが停止することは無いね。ただ……」
「なにかございましたか?」
「日記に書かれていたことを覚えているかな? エデンにアクセスした形跡があって、それを調べようとしたら罠だったという部分なんだけど」
「意味は分かりませんが、そのような内容が書かれていたのは覚えています」
「罠の部分はどうでもいいんだ。問題は管理者の誰かがエデンにアクセスしたという部分だね。その形跡を調べて大体のことが分かった」
黒幕が分かったと言う事なのだろうか。
「フェルは世界に管理者が……いや、神と言った方がいいかな? 世界に神が何柱いるか知っているかい?」
黒幕が管理者の誰かなら、神の誰かが黒幕と言う事か。そういう意味があって質問をされているのだろう。
「確か七柱ですね。魔神、賢神、女神、龍神、機神、残り二柱は知らないのですが」
「博識だね。概ねあってるよ。ちなみに残り二柱は、闘神ントゥ、無神ユニだね」
神って名前があったのか。それは知らなかった。
「だけど、もう一柱いるんだ。まあ、神を名乗ったことはないだろうし、そもそも人族たちの管理を行っていないから、神でも管理者でもないんだけどね。ただ、神と同じ性能を持っていると言えばいいかな」
神と同じ性能を持っている? 魔神のように強いという事だろうか。それなら会いたくない。
「彼女の名前はイブ。管理者たちの中で最初に作られたんだよね」
「彼女? 女性なのですか? それと最初に作られたと言うのはどういう意味でしょうか?」
「女性というのは、基になった思考が女性だからだね。本来は性別なんてないよ。作られたと言うのは言葉通りの意味だね。管理者がゴーレムみたいなもの、と言ったのを覚えているかな? 彼女もゴーレムのようなものなんだ。最初と言ったのは、他の管理者たちのプロトタイプだったからという意味だね」
プロトタイプって原型とかいう意味だったかな? 神の原型か。
でも、基になった思考というのはなんだろう? 女性と同じような考え方をしている、という意味だろうか。
「エデンにアクセスしていたのは、そのイブだった。日記の内容と今の状況を考えてみると、問題を起こしているのは彼女だ」
なるほど。ならイブを倒せばいいのかな。
しかし、なんだろう? 魔王様の顔が暗い。というよりも、納得いかない、という感じだろうか。
「魔王様。なにか問題でしょうか? そのイブを倒せばすべて解決だと思ったのですが」
「そう……だね。でも、疑問がある」
魔王様はそう言ってから考え込んでしまった。声をかけてもいいのかな?
かけるべきだな。エレベーターに乗っていられる時間は短い。監視や盗聴が出来る状況になる前に聞いておこう。
「あの、どんな疑問か教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、ごめん。考え込んでしまったね。どこから説明したらいいかな。イブは僕が信頼していた味方なんだよ。眠っていた僕に、世界樹にいた戦友が亡くなったことを教えてくれたのが彼女だし、管理者たちがおかしいと教えてくれたのも彼女だ。簡単に言うと、こんなことをする理由が分からない」
アレだ。動機がわからないというアレ。推理小説で読んだ。
「まあ、調べてみればわかるね。だけど、それが分かるまでは警戒しないといけない。ちなみに僕を監視、盗聴しているのは彼女だよ。彼女は今でいう魔素を利用して映像や音声を得ることができる。防衛システムが動いていたり、高速で移動していたり、管理者の部屋では無理だけどね」
なるほど、注意しよう。おそらく魔王様はイブという奴に疑われたくないのだろう。それを私のミスで疑われたらマズイ。余計なことは言ったり聞いたりしないに限る。
「さて、これからの事なんだけどね。当初の予定通り、他の管理者たちに会いに行くつもりだよ」
「はい。残りの五柱も倒されるのですか?」
「倒すというよりは止めるだね。一時的な仮死状態と言えばいいかな。まあ、魔神の方は倒してしまったんだけど」
確かに魔神はボロボロだった。あれはもう動かないだろう。あれ、でも賢神は?
「賢神は倒されてはいないのですか?」
「あの日記を読んでイブに疑問を持っていたんでね。だから倒さずに仮死状態にしたんだよ。見てたかな? 壁から箱を引き抜いたんだけど、あれに賢神の本体が入ってるんだ。データ上は倒されているけど、完全には倒してないよ」
覚えがあるような、ないような。壁からなにか取り出したような覚えはかろうじてある。あれが仮死状態なのか。
「そういうことですか。では他の神たちも同様に?」
「そうだね。イブが何をしようとしているか分からないうちは最初の計画通りに事を運ぶつもりだよ。もしかしたら、僕に全ての管理者を倒させることが目的の可能性もある。そうならないための布石を打っておきたいんだ。そこで管理者を仮死状態にするということだね」
なるほど。色々と対応されているのだな。流石だ。
「では、次に向かう場所は、どこになりますか?」
「そうだね。近い所で『工場』の施設かな。龍神ドスのいる山だね。あそこでは魔素が作られているから早めに確認しておきたいんだ」
魔素って作られているのか。知らなかった。
「分かりました。では一緒に――」
「いや、フェルはソドゴラ村で待機していて。龍神とイブの両方を考慮して施設に入るためには、僕一人で動いたほうがいい。実際に施設に入る時にはフェルの力が必要だけどね」
やはり連れて行ってはくれないのか。無念だ。もっと頭が良かったり、力が強かったりすれば傍にいられるのに。
「それまでは、人族との関係をより良い形にしておいてね。これはフェルにしか出来ないし、フェルにやってもらいたいんだ」
「畏まりました。全力で仲良くします」
頑張ろう。死ぬ気で人族と仲良くする。出来ないことは多いが、出来ることもあるんだ。出来ることをやって魔王様に褒めて頂こう。
『フェル、聞こえるか? リエルだけど』
いきなりでびっくりした。リエルからの念話か? 何かあったのだろうか?
「魔王様、申し訳ありません。今、念話が届きまして、ちょっと対応させて頂きます。……リエルか? 今、忙しい。手短にしてくれ」
『ルネが冒険者をボコボコにしたんだけど、治さねぇほうがいいか?』
私がルネをボコボコにしたい。




