リアリティゲーム
坑道をかなり奥まで進んだ。
すでに坑道を補強するような物もなく、光球の魔法が展開されているカンテラもない。だが、周囲は明るい。鉱石が光っているのだろうか。不思議な光景だな。
そんなことよりも魔王様が言われたことが気になる。人族の観察については別にいい。重要なのは魔王様がいなくなった時の話をしていたことだ。
魔族は確かに長生きできない。それは魔界の環境が厳しいからだ。でも今は人界から食糧を調達して、料理などの技術を学ぼうとしている。今後の魔族は平均寿命が延びるかもしれない。魔王様を殺せるような奴はいないんだから亡くなるなら寿命だ。あと、数十年は大丈夫だと思うのだが。
「魔王様、質問してもよろしいですか?」
「いいよ、なんだい?」
「先程、魔王様がいなくなる事を前提にした話をしていました。なぜそのような話をされたのですか?」
「……例えばの話だよ」
即答してくれなかった。なにか思い当たることがあるのだろうか。神殺しをしているわけだから魔王様でも命を落とす可能性はあるのかもしれないな。
いやいや、何を考えているんだ。魔王様が死ぬ事なんてない。どちらかと言えば私の方が先に死ぬ。魔王様に救われた命、私が死んででもお返ししなくてはいけないのだ。
よし、テンション上がってきた。絶対に魔王様をお守りしなくては。私もアンリのように修行しないと。
「ご安心ください、魔王様。魔王様がいなくなるなんてありえません。私が魔王様を必ずお守りしますから」
「頼もしいね。ぜひお願いするよ」
今日から腕立て伏せでもしよう。いや、腹筋か? 食べ過ぎでお腹が出たら大変だからな。
「着いたよ。ここがエデンへの扉だ」
アホなことを考えていたらいつの間にか到着したようだ。
タダの壁に見えるが、いつものようにガラスっぽいものが壁に付いている。
「いつも通り掌を当てればいいでしょうか?」
「うん、頼むよ」
毎度のようにガラスに掌を当てる。すると壁が無くなった。奥はいつもの通り人工的な通路で光が点滅している。
「さあ、行こうか」
魔王様が通路を歩き出したので、私もそれについて行った。
通路の先には何もない部屋があった。四角ではなく円型の部屋だ。
「ここは部屋自体がエレベーターになっていてね。これから地下の方に行くからね」
「分かりました」
マジか。胃が上がったり下がったりするような感じだからエレベーターは使いたくない。こういう場所には転送装置を置いてほしいのだが。
魔王様が壁に付いている何かを指でいくつか押すと、一度部屋が大きく動き、そのまま下がるような感覚になった。やはり気持ち悪い。
「時間が掛かるからちょっと話をしようか」
それはありがたい。出来るだけ気を紛らわせないと。
「ああ、それと今はかなり高速で動いているから、監視や盗聴はなくなっているよ。止まったら話せないけど、今のうちなら何でも聞いて」
「そうでしたか。それでしたらこのエデンの事を詳しく教えていただけますか?」
「長くなるけど丁度いいかな。このエレベーターはかなり時間が掛かるからね」
長くなるのか。話が長いのはいいのだが、エレベーターが長いのは嫌だ。
「この人工惑星エデンは最初ゲームの舞台だったんだよね」
ゲームってなんだろう? トランプとかの遊びの事だろうか。ディアに教わったババ抜きなら魔眼で無敵なんだが。
「魔界がああなる前に流行った遊び、リアリティゲームというジャンルだね。それをするためにこの惑星を作ったんだよ」
人間は馬鹿だったのだろうか。遊びのために人界を作るなんて。だが興味はあるな。
「リアリティゲームとはどういう物なのでしょうか?」
「人間とそっくりな人形に意識をリンクさせて、この惑星で別人として遊ぶ、という内容だよ」
人形に意識をリンク? 別人として遊ぶ?
「意識をリンクさせる、というのは精神魔法で相手を乗っ取るようなイメージでしょうか?」
「そうだね。その認識で間違いない。そうすることで別人になるということだね」
ダンゴムシが大狼やドッペルゲンガーを操っていたようなものか。
でも、そんなのが面白いのか? そもそも別人になりたい、という願望がないから分からないが。
「流行った、というからには面白かったのですか?」
「そうだね。当時の人間は色々な刺激が欲しかった。自分自身は衰退も成長もない。だから成長し、衰え、死んでいく、そういうゲームが流行ったんだね」
ますますわからない。成長し衰えて死んでいくのは生物なら当たり前だ。流行るもなにも現在進行形でやっていることだと思う。つまり人間はそうじゃなかった?
長く考え込んでしまったのだろう。いつの間にか魔王様が私を覗き込んでいた。
「不思議に思うのは当然だよ。これは前提条件を言っておかないと話が通じないね」
「前提条件ですか?」
「そう、当時の人間は不老不死だったんだ。だからリアリティゲームなんてのが流行ったんだね」
不老不死? そういえば、日記に不老不死のシステムがあるとか書いてあった気がする。嘘くさいけど魔王様が言うなら本当にあるのか。
「日記に書かれている不老不死のシステムでしょうか?」
「いや、それとはまた別なんだけど、似たようなものかな」
うーん? 不老不死だから別の人生を歩むゲームが流行った? 分かるような分からないような。最近の魔王様の話はそういうことが多いな。もっと勉強しないと。
でも、おかしい気がする。人間が不老不死なら全滅寸前になることも無かったんじゃないのだろうか? アビスの話では、もう一人しかいない、とか言っていたような? あれ? 今も一人いるならソイツは不老不死?
「魔王様、不老不死なら全滅することは――」
「話はここまでだね。到着したようだよ」
エレベーターが止まった。随分と下まで来た気がする。
ここからは日記に書かれているような話は出来ない。帰りのエレベーターの時にでも聞こう。
エレベーターから外に出ると、表現できないような広い空間に出た。そして超巨大なひし形の物体が浮いている。
この物体がダンジョンコアか。超巨大なひし形の物体がゆっくりと横に回転している。それを大きなリングが三つ、ダンジョンコアを守る様に縦、横、斜めに回転していた。
これが地下とは信じられない。エレベーターへ行ける扉と壁はあるけど、他の壁や天井がみえないし。何もかもがデカすぎる。よくこんなものを作れるな。
「これが人界を維持している疑似永久機関、エデンだよ」
魔王様がダンジョンコアを見上げながらそう説明してくれた。色々と質問したいが、どのあたりまで話をしていいのだろうか。話してはいけないことが分からない。とりあえず、当たり障りのない事を聞くか。
「なんでこんなに大きいんですか? 無駄にデカいですよね?」
言ってからその質問はちょっとどうかと思った。
「魔界に比べたら小さいとは言え、人界もそれなりに大きいからね。維持するにも性能を良くしないといけなかったんだよ。それに変なアクセスを防ぐためにもセキュリティを強化しているから想定以上の大きさになったらしいね」
大きいと性能がいいのか、よく分からないが凄いんだろうな。
「じゃあ、早速これにアクセスして情報を書き換えるよ。時間が掛かるし無防備になるから何かあったら対処してもらえるかな」
「対処とは何をすればいいでしょうか? どういう問題が起きるのか予想がつかないのですが」
「そうだね、あり得るとしたら、ここに護衛用の何かが配置されている場合だね。僕がエデンにアクセスしたら物理的な排除を試みるかもしれない。その時に守ってほしい。それ以外は何もしなくていいよ」
それなら簡単だ。分かりやすい。
「畏まりました。能力の制限を解除しても問題ないでしょうか?」
「そうだね。魔力高炉も二つまで使っていいよ」
「はい、では護衛はお任せください」
「うん、よろしく頼むよ」
魔王様はそう言うと片膝をつき、左手の掌を地面に押し付けた。何をされているのだろう? エデンにアクセスする儀式なのだろうか?
しばらくすると、魔王様を中心にして、床に幾何学的な模様が広がって行った。よく見ると元々床には幾何学的な模様が彫られていて、そこが青白く光ったようだ。溝に水が広がっていくイメージだな。ちょっと楽しい。
エレベーターの扉がある壁にも模様が彫られていたのだろう。下から上に向かって模様が光り出した。天井やほかの壁は見えないが、部屋全体が同じように光るのかもしれない。
幻想的ではあるんだが、怖い感じもする。不気味というかなんというか。
さらに待つと、ダンジョンコアを守っているっぽいリングが光り出した。同じようにリングにも幾何学的な模様があるけど赤く光っている。なんというか赤は危険、というイメージがあるのだが。
リングを眺めていると、模様が赤から青に変わった。そしてダンジョンコアを中心に回転していた三つのリングがすべて同じ位置で止まり、一つのリングになった。
それ以降何も起きないけど大丈夫かな? 魔王様は微動だにしないし、大丈夫なのかどうなのかだけでも知りたい。
さらに待つと変化があった。ダンジョンコア自体が下の方から青く光り出した。徐々に光が上に向かっている。もしかしてダンジョンコアが全部光れば終わりだろうか。
この調子なら問題なく終わりそうだ。よかった。
そう思ったら何かの咆哮が聞こえた。
これは私のせいじゃないな。昨日、帰り際に魔王様が立てたフラグだ。




