追及と夕食
目の前でリエルとルネが正座している。こんなんじゃ足りない。膝の上に石を乗せたい。
「お前ら、何してるんだ?」
「正座してます!」
ルネが元気にそんなことを言った。だが、そうじゃない。
「現在進行形の事を聞いているんじゃない。宿泊費は仕方がない事だが、なんで飲食代が小銀貨六枚もかかるんだ。お前ら二人の宿泊費よりも高いじゃないか。そんなに飲み食いした理由を聞いているんだ」
「待ってくれ、それなら俺は無実といっていいぜ? 飲み食いのほとんどはルネの方だぞ」
「あ、リエルっちズルい! 叱られるときは一緒だって誓ったじゃないですか!」
「だから一緒に正座してるじゃねぇか。九割はルネの責任なんだから九割は怒られてくれ。俺は残り一割だけ怒られる」
ルネの責任? よく考えたらリエルもルネもそんなに食べる方ではない。そんなに値段が高い物を食べたのか? 私だって食べてないのに。
「何を食べた?」
「食べ物じゃないです。お土産用にお酒を買いました! 魔界に帰ったらちびちび飲むつもりです。一緒に飲む相手はいませんがね……!」
ルネは亜空間から酒瓶を取り出した。ラベルには『アンタッチャブル』と書かれている。
「それはいくらなんだ?」
「『どうせ、あの嬢ちゃんが払うんじゃろ。もってけ』とドワーフさんに言われまして、値段は聞いていないですね」
逃げようとしたドワーフを転移して捕まえた。どこに逃げるつもりだ。
「座れ……ちがう、椅子じゃない。床に正座だ」
ドワーフのおっさんは何の抵抗もなく座った。どうやら悪いことをした自覚はあるらしい。
「これはいくらだ?」
「小銀貨五枚じゃな。うちの店では一番安いんじゃぞ?」
たしか『ドワーフ殺し』が大銀貨一枚だった。となるとあれの半分か。あれに比べれば安いが、他の酒を知らんから比較できないな。
だが、問題は値段じゃない。飲食代と言いつつ、酒を瓶ごと売りつけたことに問題がある。
「ルネが値段を知らないことをいいことに売りつけたな?」
「少しでも売り上げを伸ばさんと宿が危ないからな!」
コイツらは自由すぎて困る。お金はまだ大丈夫だが、節約できるところは節約しないといけないのに。
深いため息が出た。なんというか疲れた。ストレスが溜まるから暴力に訴えたいが、多分、悪気はないのだろう。……ないよな?
ここはポジティブに行くべきだろう。悪いように考えても良くはならない。
「状況は分かった。ルネ、とりあえず、それはお前に持たせるお土産ということで納得しよう。それ以外の飲食代が小銀貨一枚なら許容範囲だ。無理に呼び出したのはこっちだしな。全員、正座を解いて椅子に座っていいぞ」
三人は立ち上がると、こそこそと話しだした。私に聞こえないように言っていると思うが、耳はいい方だぞ。
「言ったろ? これぐらいでフェルは怒んねぇって」
「流石リエルっちですね! フェル様の許容範囲を見極めた完璧な値段でしたよ! 私は上限小銀貨三枚ぐらいだと思ってました!」
「もっと安い酒はあったんじゃが、これで皆、幸せになれたのう!」
見えないパンチ改を三人に放った。
「その、苦労されてますね、フェルさん」
「お前ほどじゃないがな」
ディーンに同情された。多くの部下を抱えるディーンにも似たような経験があるのだろうか。だが、部下がいつのまにか結婚の罠を張っているよりはマシなはずだ。多分。
普通に受け答えをしたので不思議に思ったが、どうやらディーンは落ち着いたようだ。まあ、あの程度で慌ててたら皇帝にはなれないだろうしな。いい訓練だと思えばいい。
それにしても精神的に疲れた。とりあえずリンゴを丸かじりしよう。リンゴを食べることで精神を落ち着かせるのだ。下手すると宿を全壊させかねん。魔王様がいるのにそんなことしたら死んで詫びるしかない。
「お食事、お待たせしました……あの、床に倒れている皆さんは一体……?」
メノウが食事を持ってきた。床にうつぶせで倒れている三人を見て唖然としている。
「制裁を加えた。しばらくすれば起き上がるから気にしなくていい」
「……わかりました。気にしません」
色々と察したのだろう。うちの部下たちもこれぐらい空気を読んでほしい。
そんな事より夕食だ。だが、これは……。
「また、カレーか? 今度はお米が見えないが?」
「カレーは二日目が美味しいんですよ。今日はカレーうどんです」
二日目が美味い。昨日よりも美味いということか。成長するカレー。すごいな。部下も見習ってもらいたい。
そしてカレーうどん。うどんってなんだろう?
「あ、食べる前にこれをつけてくださいね。カレーがはねやすいので服についちゃいます」
エプロンを渡された。これで防御力を上げろ、ということか。確かにカレーのシミがついたら落ちにくそうだ。ここはアドバイスに従っておこう。そしてゾンビマスクをつける。私の勘が言っている、これは美味いぞ、と。
よし、準備は整った。
「いただきます」
スプーンではなく箸で食べてください、といわれたので、カレーに箸を入れる。どうやら中に何かある。持ち上げると麺だった。スパゲッティとかと同じかな。あれよりも太い気がするけど。
なるほど、そういうことか。カレーという海を悠々と泳ぐ麺、つまりサーペントだな。海蛇だ。
「蛇って美味いよな」
「何の感想ですか?」
通じなかった。サーペントに見立てているのではないのか。まあいい、とりあえず食べよう。
おお、美味い。カレーは二日目が美味しいと言っていたが間違いない。これで米も食べてみたかったな。
「カレーが余ったらご飯もありますよ。おかわり自由ですからね」
「魔界で受付嬢をやってくれないか? ルネと交換で」
「お断りします」
優秀な女性をヘッドハンティングしたかったけど駄目だった。そもそも魔界に連れて行くのは難しいけど、ちょっとは考えてほしい。あ、人界窓口を作ってそこに勤めてもらうか?
「あちっ」
ロックにカレーがはねたらしい。熱がっているのだが、上半身が裸だからだな。
「エプロンをつけないのか?」
「裸エプロンになっちまうだろうが。俺は変態じゃねぇんだよ」
上半身裸でうろついているのは変態じゃないとでも思っているのだろうか。だが、裸エプロンが変態だということは何となくわかる。ヴァイアは……まあ、事故だったからセーフかな。リエルはアウト。
「そうだ、アンタのアドバイスを受けて服を買ってみたぜ。ちょっと待ってろよ」
ロックは食堂を離れて部屋の方に移動したようだ。
「アイツが服を買ったのか?」
「ええ、買っていましたね。どういう服かは知りませんが」
「最悪だった」
ベルの評価は悪いようだ。しかし、上半身裸よりもひどい服ってなんだ?
「おう、これだこれ。どうよ?」
どうやらレザーで出来たジャケットのようだ。穿いているパンツと同じ色、同じ素材っぽいのでバランスはいい。だが、見逃すことができない状態になっている。
「なんで前をはだけてる。見えないように前を閉めろ」
「サイズがちょっと小さくてな、前を閉められねぇんだよ。まあ、問題ねぇだろ」
なんでサイズを合わせてから買わないのだろうか。というか、上半身裸よりもアピールが激しい。着ていない方がマシだ。気持ち悪くなってきた。
「やばいっすよ、リエルっち。アピールされてます! こういう時、ズボンに硬貨を入れるんでしたっけ?」
「待て、慌てんな。こういう時すぐに渡すと終わっちまう。もうちょっと見てからだ」
アホが二人起きてた。しかもいきなり変なことを言っている。
「上半身裸だとあまり気にしませんがちょっと隠されるとこう、来るものがありますね! 腹筋割れてますし!」
「チラリズムだな。全部見せるよりちょっと見せた方が想像力を掻き立てんだよ。罪深いぜ」
お前らの頭の方が罪深い。もう一回眠らせよう。二度寝しとけ。




