再会
「手を離すのは構わないが、この男に私を襲わないと約束させろ。どのあたりから見ていたのか知らんが、私は被害者だぞ?」
とりあえず、無実アピール。面倒事は避けたい。ここで食事しない方が良かったな。全部、宿屋のドワーフが悪い。
「そうなんですの?」
メノウがカウンターのドワーフを見る。
「うむ、嬢ちゃんは魔族のコスプレ、つまり角のアクセサリーを着けているだけだと難癖をつけられたんじゃ」
お前、見てたんなら止めろ。いや、これはアレか。冒険者同士の揉め事にギルドは手を出せない民事不介入とかいうアレ。本で読んだことがある。
「そういう事なら私がこの男に言い聞かせますわ。襲ったりしませんわよね?」
メノウが笑顔で男に質問する。
「ああ。もちろんだ、もう襲ったりしねぇよ」
随分とあっさり承諾するな。まあ、いいけど。
「いいだろう、だが、次に襲ってきたら反撃する。殺しはしないが骨の数本は覚悟しろ」
人族と友好的な関係を築かないといけないから、こういう脅しはしたくはないのだが、変な奴らに難癖つけられても困る。「手出ししなければ襲わない」という事例を作っておかないとな。
剣から手を離すと、男はそのまま剣を腰にぶら下げた。約束通り襲ってはこないようだ。
「魔族がいると食事が不味くなるという気持ちは何となくわかる。もうここでは食事をしないから安心してくれ」
私だってあの嫌な奴が同じ部屋にいたら食事が不味くなるからな。そんなところでは絶対に食事をしたりしないが。
「あ、いや、そこまでは……すまねぇな……」
はて? どうもメノウという奴が来てから、この男は素直すぎる気がする。
男は私の方から目を逸らして、メノウの方をみた。
「メノウさんだっけ? ありがとうな。魔族に殺されるところだったぜ。アンタがいなかったらヤバかった。アイドルなんだろ? 今度、アンタのファンクラブに入らせてもらうよ」
男がそう言うと、周囲から「魔族との争いを収めたぞ!」「俺も入る!」「あれがツートップの一角……!」「応援してるぞ、頑張れよ!」という声が聞こえた。
今度はメノウが「大したことないですわ!」と言って笑い出した。
色々と突っ込みたい。そもそも殺そうとなんてしてない。ファンクラブってなんだよ。笑い方が「おほほ」ってフィクションじゃないのか。
なんだか疲れた。もう帰ろう。冒険者の一人からものすごい視線を受けてるし、厄介ごとはもう嫌だ。
盛り上がっているメノウたちを放っておいてギルドを出る。
そろそろ魔王様から連絡があるかもしれない。宿に戻って待機しておくべきだな。
ギルドから跡をつけられている。どうしたものかな。撒くか話すか。
この町は入り組んでいるから逃げることも可能だが、そんなことをしても意味がない気がするな。仕方ない、話そう。
人気のない所に移動して立ち止まる。ここなら向こうから接触してくるだろう。
しばらく待つと、相手が姿を現した。冒険者ギルドで熱い視線を送って来てた奴か。フードを深く被っているから顔はよく見えないが視線は何となくわかる。
「私に何か用か?」
特に襲ってくるということもなく、普通に近寄ってきたので話しかけてみる。
「やはり貴方を欺けませんか。久しぶりですね、フェルさん。私です、ディーンです」
フードをめくると少年と言えるような顔が現れた。
ディーン? エルフの村で騒動を起こしたウル達の主人か。確かに見た覚えがある。
でも、ルハラ帝国に向かったんじゃなかったのか?
「なんでこんなところにいる? ルハラで戦争をするんじゃないのか?」
ここは大陸でもかなり東だ。ルハラとは正反対。というか、どうやって来たんだ?
「まだ、戦争を出来るだけの戦力が整っていないのですよ。ここで魔物暴走が起きたと聞きましてね。お金を稼ぎに来たという訳です。戦争をするためにはお金はいくらあっても足りませんからね」
主人自らがお金稼ぎか。大変だな。
「お前一人か? 他の奴が許さんだろう?」
「護衛がこの後に何人か来る予定ですが、今は一人です。冒険者ギルドで待ち合わせをしていたのですが、貴方が来たので驚きましたよ」
待ち合わせをしていたのに、こっちに来たのか。これから来る奴がかわいそうだな。待ちぼうけになる。
「そうか。ところで何か用か?」
「つれないですね。貴方とはゆっくり話をしたいと思っていたので声をかけたのですよ」
ナンパか。初めてだ。別に話すことはないが、どうするかな。一応、コイツも人族だし、もしも皇帝になれたらルハラでの魔族に対する評判もちょっとは変わってくれるかもしれない。よし、先行投資だ。
「私は連絡を待っている身だ。それまででいいなら話に付き合おう。ここではなんだから、私の泊まっている宿でいいか? ドワーフが経営しているし客もいないから、魔族がいても問題ないしな」
返事を聞かずに宿に向かって歩き出した。ディーンは「わかりました」と言って付いて来た。
「そういえばギルドでの騒動、面倒な相手に捕まりましたね」
お前もその面倒な相手なんだが、自覚がないのだろうか。言わないけど。
「あれは演出ですよ。メノウとか言いましたか。男はグルなのでしょう。魔族との仲裁をしたということで人気を取ろうと考えたのではないですかね」
ああ、なるほど。あれも自作自演か。人族って大丈夫なのか。
「あれ? でも、おかしくないか? 私が暴れたらどうするつもりだったんだ?」
「多少の事でフェルさんが暴れない事は、リーンの町で情報を集められますよ。貴方に喧嘩を売っても無傷でいられる可能性は高いですね。分の悪い賭けではありません」
リーンの町ではそんな評判になっているのか。でも、さっきみたいな事をしてくる奴が増えたら嫌だな。私にちょっかいをかけるチキンレースとかされたら困る。
宿に着いたので早速建物の中に入る。
「おう、いらっしゃい……って、なんじゃ、お主か」
あからさまに残念な顔をされた。客商売に向いてないんじゃないか?
「愛想を良くしろとまでは言わんが、こっちは客だぞ。しかも五日分も払っている上客だろうが」
「いや、それはそうなんじゃが、うちの宿はピンチなんじゃ。金がないと潰れてしまうんじゃよ。だからこれ以上金を払いそうにないお主が来たから残念だったんじゃ」
「食事をなんとかしろ。無理なら料理人を雇え。そうすれば繁盛するだろ。食事以外は宿として結構良かったぞ」
と言ってもソドゴラとリーンの宿しか知らないけど。
「おお、料理人か。その発想はなかったのう」
最初に考えることだろうが。
「料理人は紹介できませんが、お金は何とか出来ますよ。私が泊まりましょう」
ディーンがそんなことを言い出した。にこやかにしているが何か裏がありそうだ。
「おお、誰かいたのか? 気付かんかった。なんじゃと? 泊まる? 一泊小銀貨二枚で朝夕飯付きじゃ」
「食事は塩辛くて食えたものじゃないぞ。正直、もっといい宿はあると思う」
「営業妨害じゃ!」
「まあまあ、ここで問題ありませんよ。今は一人ですが、もう二人増えますのでよろしくお願いしますね。とりあえず、一人で五日分、三人で大銀貨三枚渡しますね」
ディーンが大銀貨三枚をカウンターに置く。ドワーフが目を丸くしてから満面の笑みになった。
「おお、嬢ちゃんと兄ちゃんの宿泊費だけで先月の売り上げを超えたぞ。ありがたいのう」
この宿はどれだけ閑古鳥なんだ。生活できるのか? まあいいか。それはおっさんの問題であって私の問題ではない。
「そこの食堂って借りていいのか?」
「おお、構わんぞ。何か食うかね? それとも酒か?」
「よく、食事を勧められるな。食事はいらん。あと、二人とも酒は飲めん。子供に酒を勧めるな。お酒は二十歳になってから、だぞ」
「なんじゃ、そこの兄ちゃんはデカいくせに二十歳になっておらんのか。まあいい、客はおらんから食堂は好きに使ってくれて構わんぞ」
デカい? 明らかに私よりも小さいのだが。
「幻視魔法が効いているのですよ。さらに認識阻害もしています。貴方には全く効きませんでしたが」
不思議そうにディーンを見たから説明してくれた。そういう事か。他の奴らには違うように見えているのだろう。いや、そもそも認識阻害で気づかないのか。
とりあえず四人がけの四角いテーブルに座った。私の正面にディーンが座る。
「で? 話をしたいってなんだ?」
「単刀直入に言えば戦争に力を貸していただきたいのです」
「お前の下げる頭には価値はあると思う。だが、私は人族の争いに介入するつもりはない。魔王様にもしないように言われているからな」
「魔王……魔族達の王ですね?」
様をつけろと言いたいが、人族だからそれは無理かな。
「その通りだ。その魔王様から人族を殺さないように言われている。だから戦争なんかには手を貸すことはできん」
「なら、その魔王にお願いすることは可能ですか?」
「そんな下らんことを魔王様に願い出るなど不敬もいいところだ。お前がさっき言ったんじゃないか。魔王様は魔族の王だと。人族は王と呼ばれる者に簡単に謁見できるのか? 謁見できたとして戦争に手を貸してくれと言えるのか?」
「そう……ですね。しかし、下らないことですか……」
ちょっと言い過ぎたかな。だが、魔王様の手を煩わせるわけにはいかん。
「お前にとっては大事な事だろうが、大半の人族だって関係ない話だろう? 戦力を増やしたいというのは分かるが、私には何のメリットもないし、魔王様にはそれこそ関係ないからな」
ディーンは下を向いて黙ってしまった。
交渉材料もないのにお願いしに来たか。こういう時に相手の譲歩を引き出すような交渉が必要だと思うが。真摯にお願いするのはいいが、もっと考えないとな。
「人族は面倒だな。詳しくは知らないが、お前は継承権を失ったのだろう? 誰かは知らんが相手に負けたということだ。なら、皇帝にならずに別の道を模索することもできるんじゃないか? 傭兵団のリーダーとして生きるのも悪くないと思うぞ」
「相手が正式な手続きで皇帝になったのならその道もありましたね。ですが、親兄弟、それに関係者を皆殺しにした奴が皇帝をしているのが許せないんですよ」
顔は穏やかだが、かなりの怒りだな。なるほど、相当な恨みがあると見た。
「事情があるのは分かった。そこに立ち入るほど無粋ではない。さっき言ったことは忘れてくれ」
私だってそんなことをされていたら、なりふり構わずに復讐するだろう。そこまで行かなくても、世話になった奴らが襲われたら必ず報復する。
多分、魔王様の命令に背くことになってもやるだろうな。不敬だとは思うが、たとえ魔王様でも譲れないものはある。その時は命を賭けよう。殺されても文句は言わない。だけどやる。そんな未来は来てほしくないが。
「話を変えるが今はどんな感じなんだ? やれそうなのか?」
「難しいですね。根回しに関してはウル達が頑張ってくれています。ですが、陽動するだけの人手が足りません。皇都から鎮圧の軍を出せるだけの陽動をしないといけないのですが」
「アンリが言っていた作戦で行くのか」
「ええ、子供の作戦などどうかとも思いましたが、今の状況でやるならこれが一番だと思いまして」
アンリが聞いたら調子にのるかな。いや、「当然」とか言って気にしないかもしれない。
「おう、ここだ、ここ。分かりづれぇな! いきなり場所を変えないでほしいぜ!」
「ロック、うるさい。殺すよ」
入り口から男女が入ってきた。見たことがあるな。二人ともエルフの森で見た奴だ。両方とも殴ったことがある。
「もう泊まる宿を決めたのかよ、珍しいじゃ……ねぇ……か?」
「お前……!」
二人が私に気付いた。ここは挨拶をしておくべきだろうか。でも、タダの知り合いの上に友好的なわけでもないからな。言い方には注意しないと。
「久しぶりだな。殴った所は大丈夫か? 特に心配はしてないが一応聞いてやる」
大男は苦い顔になり、少女は怒り、ディーンは笑い出した。
変なこと言ったかな?
「あのー、すみません。宿泊できますか?」
今度は入り口から妙にオドオドした女が入ってきた。そして私と目が合うと「ひっ」っと言って転んでしまったようだ。
ここにいる全員がそちらを向くと、いきなり土下座した。
「ごごごご、ごめんなさい! わ、悪気があってやったわけじゃないんです! どうしてもやれって言われて! 逆らえなくて!」
何の話だ? あれ、この髪の色、こいつもしかして……?
「ちょっと顔を上げろ」
土下座していた女は顔を上げて正座のような状態になった。
服装も髪型も化粧も違うが、メノウって奴か? 何でここに、というか、なんでそんな格好に?
女に話しかけようとしたら、念話用の魔道具が鳴った。
慌てて念話を開始する。
『やあ、フェル、今、大丈夫かい?』
なんと答えたらいいだろう?




