ドワーフの村へ
シャワーを浴びたのにまだ眠い。だが、早くドワーフの村に行かなくては。魔王様をお待たせする訳にはいかない。
いつもの執事服を着て、必要な物を亜空間に放り込んで、準備完了だ。食堂に向かおう。
それにしても、二日続けて夜更かししてしまった。ヴァイアの作戦会議が長すぎるんだ。あの後、アビスには頼んだけどどうなることやら。人族っていうのは自作自演が好きなのか? すぐばれそうなものだけど。
食堂に行くとロンとヤトが忙しく準備をしていた。結構早い時間だから忙しいのかな。
簡単に挨拶をしてから朝食を貰う。たとえ眠くても食事は取らねば。
そうだ、お昼に食べるお弁当を買っておこう。多分ヤトなら作れるだろう。それと魔界に持っていく食糧を買わないと。
……しまった。ヴァイアに空間魔法を付与した魔道具を作って貰わないといけない。ルネの空間魔法では亜空間が狭いと言っていた。ヴァイアに報酬としてこのルビーを渡せば十分かな。
昨日準備をしたのに色々と抜けていることが多いな。まあいい、ヤトとルネに任せよう。
ルネはまだ起きていないようなので、ヤトに説明してからルビーと大金貨を二枚渡した。
「すまないが頼む。ヤト、お前だけが頼りだ。絶対にルネに変なことをさせるな。本当ならもっと細かく指示を出したいが眠くて頭が働かん」
なんかフラフラしてきた。短い睡眠時間なら徹夜の方がまだましだったか。
「分かりましたニャ。でも、ルネ様と戦いになったら勝てないニャ」
「それはジョゼフィーヌに任せてもいい。だが、ルネは人形を持ってないぞ」
「それなら雑魚ニャ」
言いたいことはあるが、まあいいや。食事も終わったしお弁当も受け取ったから出発だ。
「気を付けてな」
「ご武運を祈りますニャ」
「ああ、行ってくる」
宿を出ると広場には村長とアンリ、ヴァイアとディア、あとノストもいた。見送りに来てくれたのか。
「フェルちゃん、ギルドカード出して。この前と同じように依頼受注中の状態にするから」
ディアにギルドカードを渡した。前回、意外と使い勝手が良かったからな。ありがたく使わせてもらおう。
「フェル姉ちゃん、行ってらっしゃい。お土産は期待してる。今度は鎧がいい。材質はミスリルかオリハルコン、あわよくばアダマンタイト」
「アンリサイズの鎧はないと思うぞ。面白い形の石があったら拾ってくるからそれで我慢してくれ」
「フェルちゃん、頑張ってね。その、私も頑張るから!」
「ああ、うん。頑張れよ。どちらかというと頑張らない方がいいと思うが」
「気を付けて行ってくださいね。魔物暴走の時はネームドの魔物がいる場合がありますので」
「そうか。注意しよう」
「大丈夫だとは思いますが、無事を祈っていますぞ」
「ありがとう。村長、すまないがミトルたちやルネの事を頼む」
眠いから返答が素っ気なかったけど、こんなものだろう。
ディアからギルドカードを受け取り、待機していたカブトムシの荷台に乗り込んで命綱を付けた。
「じゃあ、行ってくる」
カブトムシが荷台を持ち上げて空を飛んだ。地上で皆が手を振っているのが見える。一応こちらも手を振り返す。私らしくないが別にいいか。
よし、これで三時間ぐらいは寝れる。リーンの町に向かいつつ、休憩地点に着いたら起こす様に伝えて目をつぶった。もう限界だ。
荷台が大きく揺れた気がした。もう休憩場所に着いたのだろうか。意外と良く寝れたな。
荷台から起き上がり、周囲を見る。平野だ。少なくとも森ではない。それに遠くにリーンの町が見える。
カブトムシに聞いたら休憩地点で起こしても起きなかったらしい。仕方がないのでリーンの町まで連れて来たとのことだ。
寝すぎた。昼食を取らずに眠りこけてしまうとは不覚。とりあえずお弁当を食べよう。
カブトムシにリンゴをあげようとしたが、休憩地点で樹液を吸ったからお腹はいっぱいだと断られた。お腹いっぱいでもリンゴは食えるけどな。
結構眠っていたのか随分と意識がはっきりしてきた。睡眠不足はやっぱり駄目だな。これからは早めに寝よう。
「あ、あの、魔族のフェル様ですか?」
お弁当を食べていたら、背後から急に話しかけられた。探索魔法を展開してなかったから気付かなかった。
「そうだ。もしかしてリーンの町の兵士か? 私のカードを持って逃げた奴」
兵士らしい男は苦笑いをしながら頭をかいた。
「覚えていてくれましたか。いや、あの時は申し訳なかったです。パニックになってしまいまして」
「気にしないでいい。当然の行為だと思う」
「そう言ってもらえると助かります。えっと、今日はリーンの町にご用ですか?」
ちょうどいい。ドワーフの村までの道を聞いてみよう。
「ドワーフの村に行こうとしているんだが、この町で道を聞こうと思っていた。どう行けばいいか知っているか?」
「それでしたら、町の東門から出ている道に沿って東に行けば着きますよ。ドワーフの村というよりは、その周囲に人族達が集まって別の町の様になっていますがね」
周囲に人族の町があるのか。ドワーフ用の家具だと寝泊まりも大変だから人族の町に泊まるべきだな。そうだ、どれぐらいで着くか聞かないと。
「どれぐらいの距離だ?」
「馬に乗って朝出れば夕方には着きますね。その、カブトムシに乗って空を飛ぶとどれ位なのかは分かりませんが」
今は三時ぐらいか。流石にカブトムシでもキツイか?
カブトムシの方を見ると「本気を出せば夜には着きます」と言ってきた。本気を出すのか。
魔王様にも今日行くと伝えているからな。早く着くことに越したことはない。いいだろう、その挑戦を受ける。本気でやってくれと頼んだ。
「情報提供、助かった。ありがとう」
「え? あ、はい。どういたしまして」
何だか驚いた顔をしているがどうしたのだろう? まあいいか。早速出発だ。
「あ、あの!」
兵士に呼び止められた。なんだ?
「えっと、領主様から町に御触れがありまして、フェル様は人族と友好的な関係を結ぼうとされているから必要以上に怖がる必要はない、とのことでした」
クロウの事か。一応感謝するべきかな。でも、それが何なのだろう?
「この町の住人はフェル様に感謝していますし、領主様の御触れがあるので、何かすることはありません。ですが、ドワーフの村にいる人族は別です。領主様の庇護下の町ですが、もしかすると魔族という理由で襲われるかもしれません」
「そうか。だが、襲ってきたなら返り討ちにするつもりだ。友好的とは言っても舐められるわけにはいかないからな」
「それはもちろんです。ただ、今はドワーフの村に冒険者たちが集まってきています。ご存知かもしれませんが魔物暴走が発生していまして、冒険者の中にはアダマンタイト級の冒険者がいるかもしれないと同僚が言っていました。その、なんと言いますか、気を付けて頂きたい、と思いまして」
もしかして、心配してくれているのだろうか。なんだかむずがゆいな。
「忠告に感謝しよう。アダマンタイト級の冒険者がどれくらい強いのか知らんが警戒はしておく。ああ、それと私に敬称はいらん。フェルでいい。それも御触れに加えるようにクロウに言っておいてくれ」
「え? は、はい! わかりました。では、お気をつけて!」
兵士は町の方に戻って行った。一度振り返り、こちらに手を振った。一応、こっちも手を上げておく。
少しは魔王様の指示通り、人族と友好的な関係を築けているだろうか。すこしだけ手ごたえを感じるが、まだまだなんだろうな。
まあいい。今はドワーフの村へ行くことが優先だ。早速荷台に乗って命綱を改めて付ける。
「よし、行ってくれ」
私に本気とやらを見せてみるがいい。
止めとけばよかった。ものすごく気持ち悪い。
森じゃないから低空飛行で飛んだのが駄目だったと思う。景色が流れるのが早くて少し目が回った。暗くなってからはそれが無くなったけど、かなり揺れた。森ではないが木が多いし、村に向かっていると思われる人族たちも躱していたから右に左に大変だった。
だが、そのおかげで着いたのは夜中というよりは宵の口だ。
カブトムシは私を下ろすと、「頑張って帰ります」と言い帰って行った。料金は帰りのときでいいそうだ。出来れば無料にしてもらいたい。
町の入り口付近に降ろされたわけだが、入り口にいる兵士二人に凝視されている。まさか入れないとかはないよな。
入り口の周囲を見ると丸太の壁と言えばいいのだろうか。それが町をぐるりと囲んでいるようだ。リーンと違って石製の壁じゃないんだな。
壁を眺めていても仕方ない。近づこう。
「町に入りたい。これがギルドカードだ」
「あ、ああ。まず本人確認のために魔力を流してくれ」
カードに魔力を流して青く光るのを見せる。そしてカードを渡した。頼むから持っていかないでくれよ。
「か、確認した。カブトムシに乗る魔族フェル……様か。領主様から聞いている。入ってくれて構わない」
カードを返された。よかった。だが、カブトムシに乗る魔族ってなんだ。とても嫌だ。
「では入らせてもらう。この町での注意点はあるか?」
「と、とくにはない。だが、今は冒険者が多くてな。その、騒動は起こさないでくれ」
「わかった。こちらから仕掛けることはない。だが、何かされれば正当防衛で反撃するぞ」
「そ、そうだな。その時は周りに被害が出ない形でお願いする」
なるほど。巻き込まれたりするのが嫌なだけか。相手だけを速やかにぶちのめせばいいんだな。
「わかった。考慮する。聞きたいのだが、魔族でも泊まれそうな宿はあるか?」
話しかけた方の兵士は考え込んでしまった。普段詰所とかにいるから宿に宿泊することは無いのかな?
「そうだ、それなら不死鳥亭と言う宿がいいと思う。ドワーフが人族相手に宿をやっている。人族の魔族に対する感情はそれぞれだが、ドワーフなら偏見はないと思う。その、すまないとは思うが」
「いや、いい情報だ。助かった」
リーンにいた雑貨屋の婆さんみたいに恨みがある奴は多いかもしれん。その点、ドワーフなら問題ないだろう。
兵士に宿の場所を聞いて、その場所に向かった。
夜だからかほとんど人には会わない。それに暗いから角が見えないのかな。私を見ても特に反応がない。注目を集めたくないから丁度よかった。
教えられた場所は町のはずれの方だった。看板には不死鳥亭とあるが、繁盛していないのだろうか。とてもボロい。
まあいい。ずっと住むわけではない。長くても一週間程度だろう。
「たのもー」
建物に入ると、カウンターにドワーフが座っているのが見えた。村にいるドワーフのおっさんと顔の区別がつかないのだが。
「おう、いらっしゃい。泊まりかね? 酒かね? 泊りなら小銀貨二枚。酒なら小銀貨一枚だぞ?」
泊まりか食事じゃないのか。なんで酒を聞くんだ。ドワーフならそれが常識なのか?
「なんじゃ、その頭の角は? 魔族の真似事か?」
ドワーフが私の頭を見てそんなことを言いやがった。
「真似じゃない。魔族だ」
「お、おお? もしかしてリーンの町に現れた魔族か?」
「そうだ」
ドワーフの目が見開いてから笑顔になった。
「おお、聞いとるよ! で、儂の宿の何の用じゃ?」
「泊まりだ。ちなみに食事は出るのか?」
「なんじゃ、宿泊か。食事なら宿泊費小銀貨二枚で込み込みじゃ。朝と夜だけじゃがな」
「わかった。なら五日分頼む。大銀貨一枚だな?」
またドワーフの目が見開いた。そしてまた笑顔になる。驚いたり、笑ったり表情が豊かなドワーフだな。
「これは大口のお客さんじゃな! なら精一杯もてなそうじゃないか!」
そうしてくれ。
部屋に案内されると、それなりの部屋だった。狭い感じはするけど十分だな。浴室も付いてるし、ベッドもある。人族のサイズだし何も問題はないな。
シャワーを浴びてベッドに腰かけていると扉がノックされた。
「食事を持ってきたぞ。扉を開けてくれ」
本来は食堂で食べるらしいが、時間が遅いので部屋に持っていくと言っていた。いいタイミングだ。
「すまん。助かる」
「おう、食器は明日の朝にでも持ってきてくれ! じゃあ、よく寝ろよ!」
「ああ、おやすみ」
なんだかテンションが高いな。あんな風にテンションが高い奴はいつでも楽しそうだな。
よし、食事にするか。夕食はパンとシチューか。ちょっと足りないけど、リンゴを食べるから問題はない。毎日食べてもいいぐらい補充したからな。
パンにシチューを付ける。まずはダイレクト。基本の技こそ至高だ。サイクロンは危ないから封印。
「いただきます」
……まずい。繁盛しない訳だ。




