物々交換
そんなわけでヤトがニアの代わりに料理を作ることになった。だが、問題がある。
「ヤトが料理を作るのはいいが、給仕の仕事をする奴がいないんじゃないか?」
話を振っておいてあれだが、もしかして私にやれとか言うのだろうか? 頭を下げるなら考えてやらんことも無い。久々に私の給仕が炸裂するぞ。
「ああ、それならシルキーちゃんに頼むから問題ないぞ。昨日も給仕の仕事を頑張ってくれていたしな」
それはそれでちょっと悔しいな。もうちょっと頼ってほしかったが。
「なんでフェルは悔しそうなんだ? もしかしてウェイトレスをしたかったのか? 無理だろ?」
リエルがそんなことを言い出した。無知というのは怖いな。
「言っておくが、私はヤトがここへ来る前にウェイトレスをしていた。私がヤトの先輩という事だぞ?」
「なんで今はやってないんだ?」
なんとなく、リストラとは言いたくない。プライドに関わる。
「色々と事情があってな」
「ああ、リストラか」
なんでわかる。言葉を濁したのに。
「はぁ、俺も早く聖女をリストラされてぇ」
「どうでもいいんだが、働くあてはあるのか? 聖女を辞めたら収入が無くなるんじゃないのか?」
そもそも聖女に給金が出るのか知らないけど。
「収入が無くなっても遊んで暮らすだけの金はあんだよ。硬貨がないだけで、カードに預金してあるからな」
「聖女って儲かるのか?」
「それなりにもらってたな。ほとんど使えなかったから貯まる一方だったぜ。そうだ、聖女を辞める前に硬貨に換えておかねぇとな。口座を凍結されたらまずい」
「いや、お前、聖都から脱走してるだろ? 逃走資金にさせないように、すでに硬貨に換えられないようにしてあるんじゃないか? 私が女神教ならするけどな」
リエルが止まった。そして滝のように汗をかきだした。かなり怖いんだが。
「お、俺の金はどうなるんだ?」
「聖都に戻るまで凍結するとかじゃないのか? 戻らずに聖女を辞めたら徴収されそうだが」
どうやらリエルはそこまで考えていなかったようだ。朝のヤトのようにアワアワしている。
「そうだ! 一度、聖都に戻って硬貨に変えてから辞めればいいんだよ!」
「戻ってから辞められるのか?」
「聖都までさらいに来てくれ。むしろ滅ぼしてくれていい」
「冒険者ギルドに頼め。大金貨百枚だ。前払いな」
「くそ! 金はあんのに!」
「あるのか。聖女って儲かるんだな」
その後、リエルは女神教の爺さんと相談する、といって出て行った。ロンも広場のステージを解体する準備があると言って外に出て行ってしまった。ヤトは厨房だし、ここには私しかいない。
よし、今日の予定を考えよう。
まず、魔王様にいつ呼ばれてもいいように準備しておかないと。そのためにはドワーフのおっさんに話を聞かないと駄目か。大坑道ってどんなところなんだろう。魔王様は大坑道の情報が冒険者に公開されるとかおっしゃっていたな。ディアにも聞いた方がいいのかもしれない。
次はエルフたちか。お土産を渡したいし、物々交換もしたい。宿に泊まっているようだから待っていれば食堂に来るかな。そうだ、総務部の奴が宝石を持ってくるはずだからついでに交換してもらおう。もう一日ぐらい泊まってもらっても大丈夫かな?
そんなことを考えていたら、エルフたちがやってきた。
「よー、フェル、おはようさん」
「おはよう。昨日はお疲れ様。良く寝れたか?」
「良く寝れたよ。いやー、昨日は美味い料理を食べて騒いだだけだったな。村で結婚式を挙げる時はいつでも呼んでくれ。必ず来るから」
「そういえば、お前たちの演奏は良かった。賑やかしに丁度いい」
「マジで? 惚れた?」
「それはない。惚れた、で思い出したが、リエルはどうだった? 話をしたんだろ?」
リエルの方は女好きが駄目だと言っていたが。でも、それはミトルだけじゃなかろうか。他の二人も似たようなものなのかな?
「あー、うん。なんつーか、ラミアに睨まれたカエル? こう、気を抜いたら食われる、って感じでかなり神経をすり減らしたよ。俺達は結構女慣れしているんだが、勝てそうになかった。見た目はすげぇいいんだけど、こう、もっとおしとやかな方がいーかな……。改めて考えると、エルフの女性っていいよな……」
エルフの女性二人が照れくさそうにしている。それにしても、リエルはなにか変なスキルや称号を持っているのだろうか。威圧とか食物連鎖の頂点とか。
「そうか、リエルの方もピンとこなかったというニュアンスだった。今回は縁がなかったな」
リエルがピンとくる男なんていないと思う。そのせいか、孤児院を建てるとか言ってるしな。出来れば阻止したい。
「お待ちどうさまですニャ!」
気合の入ったヤトがエルフ達の朝食を持ってきた。私が食べたものを同じ献立だ。エルフたちは宿泊費や食費が無料だから、ヤトが作るという事前説明はないようだな。さて、ヤトの料理にどういう評価を出すだろう。
「おー、ヤトちゃん、ありがとう。んじゃ、いただきまーす」
ヤトは厨房に戻ったが、顔を半分だけ出してこちらを見ている。反応が見たいのか。
「味はどうだ?」
「うめーよ? ちょっと量が足りない気はするけど、女性には丁度いいんじゃねーか?」
女性のエルフたちは頷きながら食べている。なるほど、量が女性向けという事か。
食事を終えると「ごちそうさま」と言ってからくつろぎだした。ここでネタバレだな。
「それは全部ヤトが作ったんだ。金を出しても食いたいと思うか?」
「マジか。いや、美味かったぜ。金を出してもいいとは思ったな」
ほかのエルフも頷いている。なるほど、問題なしか。
ふと、厨房の方を見るとヤトが安堵した顔だった。心配だったのか。だが、これで証明されただろう。
「実はいつも料理を作っているニアが風邪で寝込んでいてな。今日は代わりにヤトが作ることになったんだ」
「なんだ、そーなのか。ヤトちゃんの手作りなら希少価値が出るから問題ねーよ」
エルフの男二人も頷く。猫耳すごいな。
それはともかく、ヤトの事が認められたみたいでうれしい。よし、お土産をくれてやろう。
「話は変わるが、この間、東の町に行ったからお土産を買ってきた。エルフの村で振る舞ってくれ」
亜空間から蜂蜜酒を取り出す。一つしかないが、一人一杯ぐらい飲めると思う。
「蜂蜜酒だ。ワインじゃないが酒だし、ベースは蜂蜜だから誰かは飲めるだろ」
私は酒を飲まないのでよくわからない。だが、蜂蜜だから女エルフに喜ばれるかもしれない。
「おー、これをくれんのか。飲んだことはねーけど、みんな喜ぶぜ。でも、お土産で貰っていいのか? 物々交換でもいいんだぞ?」
「気分がいいからそれはお土産として渡す。他の物は交換してもらうぞ」
「わかった。ありがたく貰っとくよ」
ミトルが酒の入った瓶を取ろうとしたら女性エルフが邪魔した。そして、もう一人の女性エルフがこちらに礼をしてから亜空間にしまう。どうやら、村の女エルフたちだけで飲むらしい。
「蜂蜜は人気だな。実は結構買ってきた。リンゴと交換してくれ」
テーブルに蜂蜜の入った瓶を三十本近く置く。全部ではない。一応、自分で食べる分も残しておかないとな。
女エルフたちは大喜びだ。喜んでくれるなら何より。買ってきた甲斐があるというものだ。
「あと、デザインがいいかどうかは分からないが髪飾りを買ってきた。これもリンゴと交換してくれ」
女エルフの目つきが怖い。リエルと同じ捕食者の目だ。
「おいおい、リンゴが足りねぇよ」
「ツケでもいいぞ。次に来た時に足りない分を渡してくれればいい。それにまだある。センスがないから適当に置いてあったものを見繕った」
木彫りの熊を数体、テーブルの上に置く。目を塞いだり、口を塞いだり、耳を塞いだりする熊だ。なんとなく熊じゃないと思うが気のせいだろう。
「お……おお……」
なんだか男エルフたちが震えている。感動しているようだが、どこに感動する要素があるんだ?
「こ、これ、交換してくれるのか……?」
「もちろんだ。どれだけのリンゴに変わるか分からないから、そっちで決めてくれていいぞ」
「これ、エルフの村に持ち帰ったら争奪戦が起きるぞ? しかも三体で一セットな気がする。やべー、長老達が独占しそーだな。正直なところ、価値がわからねーよ」
「なら持ち帰って判断してくれ。オークションにかけてくれてもいいぞ。一番リンゴを出してくれた奴に渡す」
「わかった。じゃあ、預からせてもらうよ。これを持ち帰れば、村が盛り上がるぜ!」
「そうか、正直、良さが分からんからなんとも言えんが」
「フェルは駄目だな。俺なら家宝にする」
さっぱりわからん。もしかして、私はセンスがないのではなくマイナスなのか……?
そうだ、宝石の事も話しておかないと。
「お前達、もう一泊できるか? 今日、魔界から魔族が宝石を持ってくる予定なんだか、夜になりそう――」
「泊まります」
私の説明を遮って、女エルフが答えた。もう一人の女エルフも深く頷く。えーと? ミトルの方を見ると苦笑している。
「あー、うん。一泊ぐらいへーきだ。でも、宝石と交換できるようなリンゴはもうないし、どれくらいに換算するべきかわからねーぞ?」
「木彫りの熊とかと同じように、一度持ち帰って判断してくれ。リンゴが多くなりそうなら、分割でいいぞ。新鮮な物を定期的に貰うほうがこっちとしてはありがたいからな」
「なんだか、随分と俺達を信用してるんだな? 持ったまま逃げるかもしれねーぞ?」
「その時はエルフの村に行ってリンゴを奪うつもりだ。木ごと持っていく」
ミトルは大笑いだが、他の四人は苦笑いをしている。
「そうだな! フェルならそれが出来るもんな! 信頼を裏切らないようにするから、木をもっていかないでくれよ?」
「お前ら次第だから安心しろ」
というわけで取引が成立した。よし、亜空間はリンゴがいっぱいだ。これなら朝昼晩食べられる。
「さて、じゃあ、俺らはどーするかな? 取引が終わったら帰る予定だったから予定が空いちまった」
「暇ならダンジョンに行くか? 村の畑の方に作ったぞ?」
魔力が高い奴がダンジョンに入ると、ダンジョンが吸収できる魔力も増えるからな。ダンジョン運営側としてはありがたい。そうだ、ヴァイアにもあとで入ってもらおう。ノルマは一日一潜だな。
「ダンジョンを作ったって冗談か? もしかして、フェルも風邪をひいてるのか?」
「風邪をひいたら死ぬだろうが」
「それも冗談か?」
エルフたちも風邪は熱が出て喉が痛いだけなのだろうか。うらやましい。
「わかった。案内してやるから一緒に来い」
未完成だがアビスに頼めばそれなりに遊べるだろう。




