アンリ
広間から通路に入り、それなりの距離を進んだ。
特に何もない一本道だ。従魔達にも会わなかった。もっと奥に行ったのか?
『アンリ様、空間内の案内をしますか?』
アビスの声がすると、声を聴いたアンリが周囲を見渡した。周囲には私とスライムちゃん達しかいない。
「近くにいないのに声がする?」
「自律型のダンジョンコアはそういう事が出来るみたいだな。ちょっと驚いた」
あとで開発部の奴らに教えてやろう。もしかしたら知ってるかもしれないが。
「アビスなの? じゃあ、解説をお願い」
『確認しました。解説を行います。第一フロアは迷路です。現在は生体エネルギーが少ないため直線となっています。生体エネルギーの余剰分を使用し、より複雑な迷路にする予定です』
なるほど、生体エネルギー、つまり魔力を吸収し続ければ直線だけではなく複雑に作ることができるのか。でも、それって住む場所としてはどうなのだろうか?
「このフロアに住むのは大変?」
『このフロアを住居とするのは難しいと思われます。現在、空間内にいる生命体から考慮しますと、第二フロア以降を住居にするのが良いかと思われます』
「村と住居を行き来するには、毎回ここを通るの?」
『その必要はありません。自身の生体エネルギーを使用して、到達フロアに転移が可能です。一度到達すれば、そのフロアから再開できます。一度第二フロアに到達して頂ければ、入り口と第二フロア間を転移できますので、二度目以降はその機能をお使いください』
便利だな。だが、魔力の多い奴ならともかく、少ない奴は無理じゃないだろうか? 限界まで魔力を無くすと魔物は動けなくなる。ダンジョンの入り口に倒れた魔物がいたら畑の邪魔だ。
「転移にはかなりの魔力を使うのではないか?」
『魔力の意味が不明です』
「生体エネルギーの事だ」
『確認しました。情報を更新します。質問の回答です。魔力はそれほど使用しません。フロアの特定ポイントへ転移するため、少量の魔力で実現することが可能になっています』
凄いな。ヴァイアが転移魔法で空間座標を固定しても結構な魔力を使うと言っていたが、それよりも効率化しているということだろう。
「アンリでも大丈夫?」
『アンリ様の魔力を測定中。……確認しました。申し訳ありません。アンリ様の魔力では危険です』
「残念」
『ですが、問題ありません。空間内の余剰魔力を使用して転移させます。アンリ様の魔力は使用しませんので安全です』
「そうなの?」
『はい、いつでもいらしてください』
贔屓だ。でも、アンリはマスターだから仕方ないか。私は絶対自分の魔力を使われるだろうから聞かない。
「よし、アンリ、今日は第二フロアまで行ってみよう。ダンジョンは少しずつ攻略するのが醍醐味なんだぞ?」
「フェル姉ちゃんは分かってる。一気に攻略するのは邪道。今日は第二フロアに着いたら脱出する」
アンリも分かってる。通だな。
『迷路の演出を実行しました。第二フロアへの階段付近にボスエネミーを設置しました。危険はありませんので、対処をお願いします』
「ボスエネミーって何?」
『魔力で作り出した疑似生命体です。エネミータイプはゴブリンです』
ダンゴムシが使っていた魔虫生成みたいなものか? それでゴブリンを作ったと。
「どうやら階段の近くにゴブリンがいるらしい。第二フロアに行くにはソイツを倒す必要がありそうだ」
「ゴブリン? その子は魔物じゃないの?」
「アビスが作った疑似生命体という奴だな。魔力で作ったゴーレムみたいなものだ。倒すとまたダンジョンに魔力として吸収されるだけだ。多分」
『その認識で正しいです。生物のような意思はなく、命令通りに動くだけの存在です』
アンリは持っていた魔剣を掲げた。
「分かった。そういう事なら、この剣のサビにする。初の戦闘。負けられない」
「木はサビないぞ?」
『申し訳ありません。演出として血も出ない仕様です』
私やアビスの突っ込みを、アンリは聞いてなかった。なんか鼻息荒くズンズン進んでいった。
やる気になっているアンリを見て、ふと思った。村長に怒られるかもしれない。怒られそうになったらアビスのせいにしよう。
しばらく進むと通路の行き止まり付近に何かいるのが見えた。あれがゴブリンだろうか?
近づくと結構リアルだ。だが、瞬きもしないし、微動だにしない。作り物というのが簡単にわかるな。
「フェル姉ちゃんは手をださないで。これはアンリの獲物」
それはいいのだが、このゴブリンってどれぐらいの強さなんだろう?
「アビス、このゴブリンに危険はないのか?」
『ありません。攻撃はしてきますが、攻撃力はありません。攻撃を受けても傷を負うことはないです。ただ、ボスエネミーのため、体力を多めに設定しています』
なるほど。訓練としてはいい相手なのかな。
「アンリ、聞いていたか? 攻撃をうけてもダメージがないそうだ。だが、それだと緊張感がない。攻撃は受けるか、かわすんだ。実践だったら五回ぐらい攻撃されたらアウトだぞ?」
アンリはこっちを見て頷いた。そしてスライムちゃん達のほうを向いて、そちらにも頷いた。それを見たスライムちゃん達は応援を始めた。
さて、どうなるかな?
「私の名はアンリ。先手を譲る。掛かってきて」
アンリは剣の切っ先をゴブリンに向けて名乗った。私と同じように先手を譲るタイプか。
ゴブリンが動き出して、持っているこん棒をアンリに向けて振り下ろした。
アンリはそれを紙一重で躱す。こん棒が地面に当たり、鈍い音がした。
その後もゴブリンはアンリに向かってこん棒を振り回した。だが、アンリは受けることなくこん棒を躱す。
そしてゴブリンが何度か攻撃した後に姿勢を崩した。
「【劣化・紫電一閃】」
いつの間にかアンリが剣を横薙ぎしていた。迂闊にも見えなかった。
ゴブリンが真っ二つに切れた。その剣、木製だよな? というか一撃か。しかもその剣技はなんだ? 突っ込みどころが多くて困る。
「成敗」
アンリが剣を掲げて満足そうな顔をした。スライムちゃん達は笑顔で拍手している。大喜びだ。
人族の五歳ってすごいんだな。ものすごく納得いかないけど。
「アンリ、その技はなんだ? 少し魔力を使ったよな?」
「おじいちゃんから教わった剣技。物体を切るのではなく空間を切る。でも未完成。いつかちゃんと使えるようになりたい」
まさかとは思うが、魔王様の使う次元断と同じか? それに未完成であの威力か。ミスリルの剣を使ったらもっとすごいことになりそうなんだけど。
「危なそうな技だからあまり使うなよ?」
「大丈夫。使用上の注意は守る。それに今のアンリには一日に一回しか使えない。精進が必要」
それでも十分だと思うんだが。村長はアンリに危険な技を教えたな。というか村長もできるのだろうか?
そんなことを考えていたら、スライムちゃん達が地面を指した。
二つに分かれたゴブリンが地面に溶けるように無くなり、そこに黒い石っぽい物が置かれていた。なんだろう?
『さすがはアンリ様です。あのゴブリンを一撃で倒すとは驚きました』
石を取ろうとしたら、アビスの声が周囲に響いた。
「一撃必殺。それが戦いの極意」
間違ってないな。私もそう思う。だが、五歳の思考じゃない。村長は罪深いな。
『ボスエネミーを倒しましたので、報酬を用意しました。ゴブリンの場所にあった石をお取りください』
アンリが石を拾うと、それをじっと見つめた。かすかに魔力を感じるが、一体なんだろう? 魔界でも見たことはない。
「これはなに?」
『魔力を結晶化したものです。空間内の余剰魔力で作成しました。魔力の代用が可能です。ご自由にお使いください』
魔力の結晶化って、ものすごい技術だと思うんだけど簡単に作ったな。これも開発部に連絡しておこう。
「初めての報酬。大事にする。ゴブリンを倒したから下の階に行っていい?」
『もちろんです。お進みください』
アンリは石を服のポケットに大事にしまってから、階段の方に歩き出した。
「フェル姉ちゃん、早く行こう。次の冒険が待ってる」
「落ち着け。今日は下の階に下りたらそこで終わりだ。興奮しているのは分かるが、冷静に判断できないと冒険者としては三流だぞ?」
「そうだった。初めての戦いで気分が高揚してる。精神統一して心を落ち着ける」
アンリは深呼吸をしてから目をつぶった。
この子は本当に五歳なんだろうか? 私より年上でも驚かないぞ?




