次のステップ
「へぇ、そんなことがあったのかい」
「なんだか色々と疲れた。だが、問題はほとんど解決したからな。もう結婚式までのんびりするつもりだ」
朝食が終わったので食後の休憩をしながら、ニアに昨日や今朝のことについて説明した。
なんだか最近働き過ぎだ。魔王様の事ならともかく、あまり関係ないことまで色々やっている。休暇を取ろう。ディアの言っていた夢のシステムを使うのだ。お金は増えないけど、リーンの町で報奨金やらなにやらをもらったので問題ないしな。
「そうかい、ゆっくりしていきな。あー、出来ればその子の問題も何とかしてやっておくれよ?」
その子、とやらを見る。ヴァイアだ。椅子に座り朝食を見つめ、微動だにしない。とても怖い。
「正直なところ、こういうのは私の専門外なんだが」
「専門の子なんていないよ」
そう言って、ニアは厨房のほうに行ってしまった。丸投げされた。村長といい、ニアといい、丸投げする奴が多いな。
どうすればいいのだろうか。ここはひとつ世間話で場を和ませよう。
「ヴァイア、朝食を食べないなら目玉焼きを貰ってもいいか? ちなみに私はトマトソース派だ」
反応がない。聞こえていないのだろうか。
「今朝、サソリの夢を見たんだが、リエルがけしかけてきたから殴った」
サソリ、という単語にビクッとなった。聞こえてはいるようだ。
「気持ちは分かるが起きたことを嘆いても仕方ない。これから挽回すればいいだろう? それにノストの感触は良かったらしいぞ。あ、下着の事じゃなくて、責任的な話でだが」
ヴァイアがぼそぼそと何かを言ったような気がする。
「すまん、良く聞こえない。なんだって?」
「どうせノストさんは私の事を痴女かなにかだと思ったに違いないよ。あんな下着を穿いてるなんて変態さんだよね。もう、夜の蝶になるしかないかな。フェルちゃん、たまには会いに来てね。サービスするから」
「なに言ってんだお前は?」
ヴァイアの妄想が悪い方向に広がっている。重症だ。
これを何とかするのは無理じゃないか。少なくとも私の手におえる感じじゃないんだが。
「よー、おはようさん。フェル、飯奢ってくれ。あれ、なんだよヴァイア。飯食わねぇの? じゃあ、貰うぜ?」
リエルがいきなりやって来て、私の狙っていた目玉焼きを食べた。なにしやがる。
「んだよ、トマトソースか。目玉焼きにはショウユだろ? ところでどうしたんだ? 暗いじゃねぇか?」
こいつは敵だ。だが、そんな事よりもヴァイアの事だ。
「昨日の顛末をしっているだろう? ヴァイアは傷心中だ」
「おいおい、作戦成功だったじゃねぇか? どこに傷つく要素があんだよ?」
「フェルちゃん、たまには面会に来てね」
「いいか、ヴァイア。落ち着いてナイフを離せ。それは目玉焼き用だ。人を刺すものじゃない」
魔法じゃなくてナイフを使うところに本気度を感じる。一応、止めておこう。
「まあ、聞けって。いいか、あの行為で相手の気を引いたわけだ。そうなれば、次のステップに移らないとな!」
「次のステップなんかあるのか?」
「その話、くわしく」
ヴァイアが食いついた。ワラにもすがるという奴か。リエルの用意するワラだから、どうせそのまま溺れるぞ?
「次のステップは、『釣り野伏』だ」
「なに言ってんだお前は?」
釣り野伏って、どこかの戦闘民族が使う戦術じゃないのか。伏兵がなんかするアレ。そんなことが本に書いてあった気がする。
「ちゃんと説明してやるって。いいか? 相手の気を引いたら、今度は相手から追わせるようにするんだ。押しの一辺倒じゃ何の意味もねぇ。ここいらで引くんだよ」
押して駄目なら引いてみろ、という奴だな。わからんでもない、か?
「でも、昨日の件でノストさんには引かれてないかな?」
「大丈夫だって。アイツはいい男だ。いわゆる紳士だな。女性に対して引く、という事はねぇよ」
そんな話をしていたら、丁度、二階からノストと兵士達が降りて来た。
「皆さん、おはようございます」
挨拶を交わした後、ノストはヴァイアに向かって小声で話してきた。
「ヴァイアさん、昨日の件、申し訳ありませんでした。すぐに目を逸らせばよかったのですが」
そういうこと言うかな? 見ていないとか、忘れたとか言うのが優しさだと思うが。
「あ、え、その、すみません。みっともない物を……」
「い、いえ、その、目を離せなくなってしまいました。その、恥ずかしい限りですが」
そりゃ、スコーピオンを見たら目は離せない。目を逸らしたらやられる。
「は、はい、その、すみません……」
二人して顔を真っ赤にしている。なんだこれ? 結婚男達と同じような空間が展開されたぞ。そして、兵士達とリエルから舌打ちが聞こえた。
「と、すみません。今日も見回りをしますので、これで失礼します」
ノスト達は一礼して宿を出て行った。兵士達が死んだ魚のような目をしていたのが気になる。不幸な事故とか起きなければいいけど。
「気にいらねぇけど、まあ悪い感触じゃ無かったろ? 気にいらねぇけど」
何で二回言った。そんなにヴァイアとノストが上手くいきそうなのが気にいらないのか。アドバイスをしているのに気にいらないとはどういうことだろう。
「そ、そうだね。お、思っていたよりも平気そうだったね」
「そうだろ? ここで釣り野伏だ。相手に追わせるために、お前の方から話しかけたり、二人きりになったりするなよ?」
「だ、駄目なの?」
「駄目だ。恥ずかしくて顔が合わせられない、ぐらいの距離感で丁度いい。そうすれば、向こうからガンガン来るから」
「そ、そうなのかな?」
「そして、ガンガン来たところを俺達が邪魔する。恥ずかしいから逃げるという形でしばらく距離をとれ」
私もやるのか。これが伏兵役なのか。
「ど、どうして?」
「まず、ヴァイアがノストを気にしてる、という話をお前がいないところでするんだよ」
リエルがヴァイアのサラダを食べた。授業料だろうか。
「いいか? 好意っていうのはな、自分が相手に言うよりも、他の奴から好意がありそう、という情報が伝わった方が効果的なんだよ。それを俺らがやるわけだな。しかもなかなか二人きりで話せないという事情が、より相手を意識させるという罠になってんだよ。ノストに俺たちが話をするまでは雑貨屋で大人しくしてろよ?」
よく分からないが、実践派のリエルを信じるしかないな。しかし、罠か。さすが捕食者。
「安心しろ。すべては俺の掌の上だ」
「リ、リエル先生……!」
なんだかヴァイアは目を潤ませて感動している。止めた方がいいような気もするんだが、まあいいか。どんな結果になっても小説のネタとして拾ってやる。
「じゃあな、教会を掃除する時間だ」
そう言って、リエルは得意げな顔をしながら帰って行った。
「さすが聖女様だね! 昨日はもう駄目だと思っていたけど、元気出て来たよ!」
聖女は関係ないと思うけどな。まあ、元気にはなったならそれでいい。これでこの問題も解決だ。
「よーし、朝食を食べて今日も頑張るよ! ……あれ? 私の朝食は?」
「全部リエルが食ったぞ。気づかなかったのか?」
なんかヴァイアの朝食代を払わされた。解せぬ。




