ダンジョン
昼食後、二人はゾンビのような足取りで宿を出て行った。私の言葉は心にクリティカルヒットしたようだ。二人とも見た目は悪くないんだから、もう少し性格を良くすればモテると思うんだがな。
まあ、それはいいや。本人たちのやる気しだいだしな。そうだ、連れていく従魔を考えてなかった。誰を連れて行こうか? まずはヤトに声をかけるか。
ヤトはウェイトレスの仕事が忙しいから無理と言った。それ以上に私と二人きりになりたくない様子が見て取れた。私を雑魚呼ばわりした件に関して黙秘を貫いているし、ほとぼりが冷めるまで私とは行動しないだろう。仕方がないので、村の防衛に関してだけ頼んだ。
スライムちゃんに同行を頼むと引き受けてくれた。ただ、昨日から今日にかけて亜空間から出さなかったから、ちょっとご立腹だ。今度は亜空間に入れないでくれと頼まれた。
私の足についてこれるか聞いてみると、「余裕です」と返された。余裕なのか。なら、本気出す。
村長にドッペルゲンガーを追う事を説明して村を後にした。目指すは印をつけたドッペルゲンガーだ。
数時間かけて、村とリーンの途中にある野営場所に着いた。ドッペルゲンガーはさらに東だな。
だが、まずスライムちゃん達に聞く事がある。移動の際に乗っていたホウキを誰から貰ったのか聞くと「ヴァイア様から貰いました」という回答をくれた。お前達もヴァイアを様付けか。誰の従魔なのか心配になってくる。
ヴァイアは空飛ぶホウキの使用感をスライムちゃん達に聞くつもりなのか。何の参考になるのかまったくわからん。それに一本のホウキに幼女のスライムが四体乗っていると、かなりシュールなのでやめてほしいのだが。
そんな話をしていると、スライムちゃん達が一斉にある方向へ顔を向けた。首が変な方向に曲がるから怖い。いつか、ブリッジしながら階段を下りたりしそうだ。
なにかを見つけたのかと思ったら、高速で何かが移動してくるのが分かった。ドッペルゲンガーではないようだが何だろう?
念のため、戦闘になってもいいように構えておこう。殺気がないから大丈夫だとは思うが。
密集する木の間から出てきたのはアラクネだった。風呂敷を背負って、木の間を器用に走ってきたようだ。
私に気付くと、笑顔で頭を下げてきた。その後、アラクネはスライムちゃん達と数秒間だけ目が合う。アラクネが頭を下げた。一瞬で格付けが終わったようだ。
「村に行く途中だったか?」
「そうですクモ」
何だ、その語尾? というか人族の言葉を話したか?
「人族の言葉を喋れるのか?」
「人族と交流するために勉強していたクモ」
努力家だな。だが語尾がおかしい。
「住処に寄って、お宝を取ってきたから遅くなったクモ」
背中の風呂敷を見せながらそんなことを言ってきた。
「お宝ってなんだ?」
「人族の服だクモ。服作りの参考にしたクモ」
そういえば、アラクネは人の服を奪っていたとかディアが言っていた気がする。なら、今後はそういう事はしないように釘を刺しておこう。
「人族から服を奪うようなアウトローな真似はもうするな。魔族は現在、人族と信頼関係を結ぼうとしている。私の従魔ならそれに従ってもらうぞ」
アラクネは一礼して真面目な顔をした。
「もちろんクモ。今後は人族の村で服の研究ができるのでもうしないクモ」
話が早くて助かる。この件はこれで終わりだ。次はドッペルゲンガーの事を聞いてみるか。
「住処にドッペルゲンガー達がいなかったか? 以前、住処を奪ったんだろ?」
「いましたクモ。隠していたお宝を回収するのに邪魔だったので、蹴散らしたクモ」
蹴散らしたのか。だが、私を噛んだドッペルゲンガーは強かったはずだ。アラクネが蹴散らせるとは思えない。となると、その時はまだ着いていなかったのだろう。
「私はあるドッペルゲンガーを追っている。これから向かうつもりだが、お前はどうする? 一緒に来るか?」
「村で服を作る仕事をしますクモ」
一点の曇りもない強い意志を秘めた眼差し。それはいいのだが、従魔として色々間違っているのではないだろうか。だが、スライムちゃん達も力強く頷いている。なんというアウェー。まず、主人の身を守ろうとかいう気持ちになってほしい。
仕方ないか。いままでやりたいことをやれなかったわけだしな。
「分かった。村の場所は分かるな? この道沿いに行けば見つかるはずだ。村に着いたら冒険者ギルドのディアを訪ねろ。服の件ならそいつが詳しいはずだ」
「分かりましたクモ」
アラクネは一礼すると、片手を振りながら走って行った。とても速い。一瞬で見えなくなった。そんなに服を作りたいのか。
よし、こっちはドッペルゲンガーを追うか。
反応の近くまでやってきた。もう、夕方だ。今日の夜には村に帰れるだろうか。最悪、野宿だな。
生体反応が多いので遠くから窺ってみると、ドッペルゲンガーらしき奴らが、倒れていたり、クモの糸でぐるぐる巻きにされたりしていた。アラクネが蹴散らした跡だろうか? 誰も死んではいないようだが、酷いことになっている。
さらによく見ると、その惨状の中央に私を噛んだドッペルゲンガーがいた。
「アラクネの奴が暴れたようですね。まあ、もう、どうでもいい事ですが」
独り言を言った後に歩き出した。どこに行く気だろう? いや、どうでもいいか。まずはぶん殴ろう。話はそれからだ。
ドッペルゲンガーの前に躍り出る。スライムちゃん達も一緒だ。スライムちゃん達は四人でポーズを取っていた。ジョゼフィーヌが真ん中で左右にエリザベートとシャルロット。ジョゼフィーヌの前にマリーがいる。皆で両手を上下左右に伸ばしていた。私はそんなポーズはしない。
「すぐに追ってこなかったので、見逃してくれたのかと思っていましたよ」
「私の姿に変身できる奴を放置するわけないだろう? しかし、随分と余裕だな?」
殴るために一歩踏み出す。だが、ドッペルゲンガーは片手を開いて前に突きだしてきた。
「まあ、待ってください。こっちにも色々と事情がありましてね。やることが終わりましたら謝罪でも何でもしますので、少しでかまいませんから、待ってくれませんか?」
待つ必要があるだろうか? だが、よく考えたら魔眼で情報を見ておきたいし、何をするのか気になるな。
「いいだろう。何をする気かしらないが、待ってやる。手早く済ませろ。その後に殴る」
「ええ、構いませんよ」
ドッペルゲンガーは歩き出した。とりあえず、着いていく。よし、まずは魔眼で見てみよう。
呪いが掛かっているのは確認できた。パラサイトピルバグがドッペルゲンガーを操っているのは間違いないようだ。
このままもっと詳細な情報を見るか? うーん? やめよう。頭痛は無いほうがいいから、もう少し待つか。
ドッペルゲンガーが歩いてきた場所はダンジョンの入り口だった。ディアの言っていた認定されていないダンジョンだろうか?
「ここに何かあるのか?」
「ええ、ここに用がありましてね」
ドッペルゲンガーはそう言うと、入り口からダンジョンに入って行った。仕方ない、私も行くか。
ダンジョンの中は光球が自動展開されていた。もしかして、このダンジョンはダンジョンコアで作られているのか? 魔界にあるのと同じだ。
「昔、魔族と戦ったことがあるのですよ」
行き止まりで、そんなことを言ってきた。なんだいきなり? 魔族と戦ったことがある? それって……。
「昔から魔族を使役したいと思っていましてね。人族を追っていた魔族に背後から襲い掛かりました」
使役する、か。その記憶はパラサイトピルバグのものだな。
「魔族は人族を追うことを優先したかったようでしてね、しつこい私をある場所に閉じ込めてしまったのですよ」
ある場所に閉じ込めた。それがここという事か。
「原理は分かりませんが、調べた限りですと魔族の手じゃないと反応しないようでしてね……」
なるほど、理解した。魔神城や世界樹にあった手形のマークと同じ物がここにあるんだな?
壁にある手形へドッペルゲンガーが移動した。いつの間にか私の姿になっている。なんだか笑いをこらえきれない、という感じになった。私の姿ではやめてほしい。
「ようやく、この扉を開けられますよ!」
私の姿をした状態で手形に手をかざすと、鈍い音を立てながら壁がスライドした。
その奥から大量のダンゴムシが溢れてきた。うん、キモイ。




