ヤト
姿を真似る。身体能力はそのまま。さらに能力制限なしか。だが、魔力までは真似することはできないようだ。少なくとも私ほどの魔力は持っていない。
それにしても、コイツのやりたいことが良く分からない。単純に魔族の身体が欲しかっただけか? それとも何かあるのだろうか?
「私の姿で何をするのかは知らんが、魔族は人族と友好的な関係を結ぼうとしている。人族に敵対行動をとると言うなら殺すぞ?」
「怖いですね。ですが、殺せますか? 私はこの体の身体能力を百パーセント引き出せるんですよ?」
「試してみるか?」
転移してボディブロー。だが、相手のパンチで弾かれた。初めての経験だ。ちょっとびっくりした。
「貴方の攻撃パターンは記憶から見せてもらいましたよ? 本来なら分かっていても対処できませんが、この体なら別です。ふふ、素晴らしい身体ですよ!」
褒められてはいるのだろうが、うれしくないな。さて、どうするか。こっちも制限を解除してぶちのめそうかな。私の顔でへらへらされるのもなんか嫌だし。
「フェル様、本気でやっていいかニャ?」
先程、吹っ飛ばされたヤトが怖い顔をして言ってきた。
「大丈夫か? というか、何でそんなに怒ってる?」
「ウェイトレス服を汚したニャ。万死に値するニャ」
そこは嘘でも、私を真似ているのが不快だからとか言って欲しい。というか、その服で戦うな。防御力が低いだろ。
「やれやれ、魔族の身体能力を見ましたよね? 貴方じゃ勝てませんよ? 噂通り獣人は馬鹿なんですか?」
「身体能力だけで勝てると思っている方が馬鹿ニャ。それに転移出来ないフェル様なんて雑魚ニャ」
「ちょっと待て」
え? そんな風に思われてるのか? 転移できなくても強いぞ……強いよな?
「魔族が雑魚ですか。魔族の力を知らないと見える。いいでしょう、私はドッペルゲンガーですが、魔族の力を見せてあげますよ」
「お前も獣人の力を知らないようニャ。教育してやるニャ」
そんな事よりも私が雑魚であることを否定してほしい。ここはドッペルゲンガーを応援するべきだろうか。
そんな私の考えをよそに、ゆらり、とスローモーションのようにヤトが動いた。視覚や体感時間を狂わせる陽炎とか言うスキルだったか? なぜか見てしまい、いつの間にか近寄られると言う嫌なスキルだ。
ヤトがドッペルゲンガーのそばにいた。そして、いつの間にか持っていたナイフでドッペルゲンガーを刺す。
「え?」
なぜか刺されてからドッペルゲンガーが驚いた。いつまで見てるんだ? というか、ヤトの奴、私の姿を躊躇なく刺したな。ちょっとは葛藤があったりしないのだろうか? もしかして、普段から刺したいと思ってる?
「グアアアアァ! 何を、何をしました!」
「刺しただけニャ」
そういうことを聞いたんじゃないと思うぞ? どうやって刺したのか、という問いかけだと思う。
ドッペルゲンガーは刺された場所を抑えながら、ヤトから距離をとった。ヤトはそれを追いかけなかった。まさかいたぶるつもりか? 私の姿をしているのに? ヤトとは後でちゃんと話をしよう。
「なぜ! なぜ、そんなナイフで魔族の体に傷をつけられるのですか!? ふざけないでください!」
「ふざけてるのはお前ニャ。貫通スキル付きのナイフを躱さない方が悪いニャ」
貫通スキルか。あれは防御力無視攻撃だからな。私でも痛い。確か「窮鼠噛猫」とかいうナイフだったかな? しかし、ヤトが使っていいのだろうか? 名前的に。
「あ、貴方の名はなんと言うのですか?」
「いまさら名乗りかニャ? 黒猫族のヤト、ニャ」
「ヤト、ヤト……」
どうしたのだろう? ヤトの名前を言いながらブツブツ言っている気がする。もしかして、私の記憶からヤトの情報を得ようとしているのか?
「情報を見つけましたよ! 貴方は……えっと……ウェイトレス?」
「看板娘ニャ」
ドヤ顔だ。だが、それは初耳だ。いつの間に。
「馬鹿にしてるのですか! そんなわけないでしょう! もっと別の記憶を……!」
やっぱり記憶を見ているのか。一瞬で記憶のすべてを理解するのではなく、思い出すような感じなのか?
「ま、魔王軍強襲部隊隊長……? し、漆黒のヤト……?」
「そのチューニ病な二つ名はもう捨てたニャ」
なつかしいな。ダンジョンで魔物暴走が発生した時は、他の獣人達を率いてボスの魔物に突撃していた。多くの魔物を屠っても、返り血を浴びないヤトは、どんな時でも黒猫なので、漆黒という二つ名がついた気がする。
なんだろう? ディアがちょっとそわそわしている。あれか。ブラッディニードルに近い物を感じたか。
「これは予想外ですね。ですが、貴方の情報は確認しましたよ! 今度はこちらの番です!」
ドッペルゲンガーが一瞬で間合いを詰めると、ヤトに向かってパンチを繰り出した。
だが、ヤトは難なく躱している。結構速いパンチなんだけどな。
「私の方が速いのになぜ当たらないのです!」
「フェル様と同じか、それ以上の身体能力を持っていても、使い方が駄目ニャ。攻撃が単調過ぎて読めるニャ」
そういうのを教える必要は無いと思うのだが、心を折りにいってるのかな。
「馬鹿な! この体さえあれば私は!」
「終わりニャ」
ヤトはナイフでドッペルゲンガーの胸を一閃した。何の躊躇もない。自分が切られたみたいで、なんか痛くなってきた。
切られたドッペルゲンガーは膝をついた。切られた胸を押さえてうずくまっている。
「どういう事ニャ?」
ヤトがナイフを見て首を傾げている。どうしたのだろう?
その一瞬の隙を突いて、ドッペルゲンガーは右足で、ヤトに足払いをしてきた。ヤトはバク転してそれを躱す。
ヤトとの距離が離れた瞬間に、ドッペルゲンガーが煙に包まれ、鳥に変身した。逃げる気か?
飛ぶのを警戒していたら、鳥はノスト達の方へ高速で向かった。ノスト達の前に転移して、鳥をパンチで殴る。
ノスト達を守れたのはいいが、鳥のドッペルゲンガーを殴ったせいで距離が離れすぎた。殴られた勢いを利用して、空へ逃げたようだ。
「す、すみません、フェルさん。私のせいでアイツを……」
ノストが謝ってきた。相変わらず真面目な奴だ。
「そんなことはない。逃げられたのは、パンチの力加減が良くなかったからだ。もう少し軽く殴るべきだったな。だが、安心しろ。アイツには探索魔法の印を付けてある。いつでも追える」
しかし、アイツはヤトに胸を切られて致命傷だった気がする。でも、かなり元気だった。そういえばヤトが首を傾げていたな。
「ヤト、何があった?」
「アイツの胸を切った時、血が出なかったニャ」
血が出ない? 痛みは感じていたようだが、ドッペルゲンガーってそんな魔物だったろうか? 特殊なドッペルゲンガーだから他の能力があったりするのかな?
とりあえず、これから追うか。私の姿で変な事をされたら困る。
アイツを追おうとしたら、ディアに止められた。
「フェルちゃん、まずはさっきの奴の事を調べない? 魔物事典に書いてあるかもしれないよ?」
そうだな。もしかしたら何か分かるかもしれない。有無を言わさずボコボコにしてもいいけど、情報は大事だ。
「分かった。調べるだけ調べてみよう。それとヤト」
「はいニャ」
「なんで私の姿に対して、躊躇なく刺したり切ったり出来るんだ? それに転移できなければ私が雑魚ってどういうことだ? ちょっと話そう。宿の裏に行くか?」
「そういえば、掃除中だったニャ。その話は後ニャ」
ヤトは陽炎スキルを使って逃げた。




