魔物会議
「ニア姉ちゃん。小銅貨三枚でお酒を買える?」
食後の余韻を楽しんでいたら、アンリがそんなことを言い出した。ドワーフのおっさんに持っていくお土産か。
「子供のうちからお酒なんて駄目だよ? アンタ達、変なことを教えたんじゃないだろうね?」
濡れ衣だ。変なことを教えているのはディアだけだ。
「お酒は二十歳になってから、だから飲まない。欲しいのはドワーフおじさんへのお土産。鞘を作って貰うから」
「そういうことかい。でも、さすがにお酒は小銅貨三枚じゃ買えないね」
「残念。でも、手ぶらで行くのは気が引ける」
しっかりしたお子さんだ。村長の教育だろうか。
「アンリちゃん。私も腕輪を作って貰うんだ。私もお金を出すから一緒に買おうか?」
そういえば、ヴァイアもミスリルの腕輪を作って貰う予定だったか。
「いいの?」
「もちろん。アンリちゃんのお土産に便乗させてもらうだけだからね!」
いいお姉ちゃんだな。
「俺もメイスを作って貰う予定だったな。だが、金がない。俺は気持ちだけで」
駄目なお姉ちゃんだ。
「私は針を作って貰うけど、それはフェルちゃんのお土産だからね。フェルちゃん、よろしくね?」
駄目なお姉ちゃん、その二。
私は余ったミスリルをくれてやる立場だから、そういうのは不要なんだが。だが、気持ちよく仕事をしてもらうためにもお土産は必要か。それに金はある。
「ニア、ドワーフが好きそうな酒は置いてあるか? 私が金を出すから売ってくれ。アンリ、ヴァイアとの共同購入だ」
「そうかい? それなら、『ドワーフ殺し』だね。大銀貨一枚だよ」
「いや、亡き者にしてどうする。お土産だぞ?」
「そういう名前なだけで、そんな効果はないよ。ドワーフが死んでしまうほど、アルコール度数が高いという意味さ。他にも『ドラゴン殺し』とか、『不死鳥』とかあるけど、お勧めはしないね」
よくわからないが、ニアが勧めるなら間違いないだろう。買いだ。
「わかった。『ドワーフ殺し』を売ってくれ。ドワーフのおっさんに渡す」
「まいどあり」
ニアが厨房に入って行った。お酒を持ってきてくれるのだろう。
「フェル姉ちゃん、これを受け取って」
アンリが小銅貨三枚を渡してきた。
「いや、それはいい。アンリの心意気に打たれた。全額私が払おう。それはいざという時のために取っておけ。もちろんヴァイアもいいぞ」
「フェル姉ちゃんが恰好良く見える……!」
「いままでどう見えていたのか言ってみろ。怒らないから」
アンリは答えてくれなかった。
お酒を買って宿を出る。ディアとヴァイアはギルドと店にそれぞれ帰っていった。
「よし、次は畑に行こう」
「正直なところ、畑を案内されても困るんだが、暇だから行ってやるぜ」
「今日は会合を開く日。そろそろ時間だから早く行った方がいい」
会合? そんなものがあるのか。初めて知った。というか、畑でやるのか?
とりあえず、三人で畑に向かった。
畑では村の奴らが畑仕事をしていた。会合があると聞いたが、特にそれらしき事はしていないようだが。
「フェルちゃんにアンリちゃんじゃないか。えーと、もう一人はシスターのリエルちゃんだったかな?」
「おう、昨日から世話になってるぜ。よろしくな! 怪我したら教会に来いよ。治してやっから。その代わり、教会に寄付してくれ」
治療院みたいなことをするのか? タダで寄付を募るよりはマシだな。
「はは、そうなのかい? じゃあ、その時は頼むよ」
そのまま畑仕事に戻ろうとしている。会合は無いのだろうか?
「会合があると聞いたのだが?」
「会合? そんなものは無いけどね?」
不思議に思ってアンリを見ると、逆に不思議そうな顔をされた。
「フェル姉ちゃん、会合はあっち」
アンリが指でさした方を見ると、小屋の前で魔物達が座っていた。そうか。あっちの事か。
「そういえば、たまに魔物達が集まって何かやってるね」
「邪魔したな。向こうに行ってみる」
早速、借りている北側の畑に行ってみよう。嫌な予感がする。
小屋の前に着いた。
どうやら、オークとカブトムシ以外の魔物がすべて集まっているようだ。なぜかドワーフのおっさんもいた。
「何をしているんだ?」
「なぜか連行された。儂は魔物ではないのじゃが?」
「まあ、新参者だから連れてこられたのかもな。だが、それは後だ。ちょっと問題が発生している」
会合はいいだろう。魔物同士の交流も必要だ。新しい魔物達も居るから挨拶も必要だろう。
だが、納得できないことがある。
なんでスライムちゃんが四匹いるのだろうか?
「魔物がこれだけいると壮観だな! でも、なんでフェルはそんな難しい顔してるんだ? 従魔なんだろ?」
「ちょっと黙っていてくれ」
心を落ち着ける時間がほしい。
どんな答えが返って来ても受け入れるだけの度量を見せないと。
よし、大丈夫だ。ジョゼフィーヌに聞いてみよう。
「なぜ、スライムちゃんが四匹いる?」
なぜか、ものすごい不思議な顔をされて、「増えました」という回答をくれた。しかし、その後に何も続かない。
最初に結果を伝える。間違いではない。だが、過程は大事だ。むしろ今回はそこが重要。
「どうやって増えた?」
さらに不思議な顔をされて、「頑張りました」という回答をくれた。
何をどう頑張ったのか。これは聞いてはいけないのだろう。世の中には魔法で説明できないことがたくさんある。そのうちの一つなのだ。聞くのは諦めよう。
増えたスライムちゃんが一歩前に出て来て挨拶してきた。アンリに。ついでに私にも。
話を聞いてみると、名前はマリーと言うらしい。いきなりのネームド。何をどうやったら進化するのだろう。これが頑張った成果なのだろうか。他にも色々聞いてみると、仕事は財務管理だそうだ。言葉は分かるが、何を言っているのかよく分からない。
顔合わせが終わったので、これから会合を始めるようだ。
ジョゼフィーヌが木箱を持ってきた。アンリが木箱の上に乗ると宣言した。
「第三回魔物会議を始める」
拍手が起きた。もう三回目なのか。
「なあ、なんでアンリが仕切ってるんだ?」
「アンリがボスなんだ。私より偉いらしい。アンリをいじめたりしたら、この村では生きていけないぞ」
「マジかよ」
というわけで会合が始まった。
まずは、新しく来た魔物達が挨拶した。ドワーフ、シルキー、バンシーがそれぞれ、得意なことを説明していった。それらをベースとした仕事をするらしい。
最後にキラービーが立ち上がり自己紹介をした。そして「ハチミツを作りたいので花が欲しい」と言った。
私がなぜかと聞いてみると「ハチミツを作るのには花の蜜が必要なんです」という回答をくれた。
「なんだ。じゃあ、ハチミツじゃなくて、ハナミツじゃないか」
そう言った直後、キラービーに、ものすごい詰め寄られた。
キラービーに「あれはハチミツなんです! 原料は花の蜜ですが、蜂が集めるからハチミツなんです!」と涙ながらに訴えられた。プライドがあるようだ。従魔契約が無かったら刺されていたかもしれない。
思ったことを言っただけなのに、傷つけてしまったようだ。言動には気を付けないとな。
「花の蜜なら、ヒマワリかアルラウネからもらえばいいんじゃないか?」
今度はヒマワリとアルラウネが下を向いて震えだした。どうした?
どうやらセクハラになるらしい。羞恥で震えていたようだ。花に蜜を貰うのはセクハラになるなんて、そんな花界のルールは知らん。
だが、謝罪はしよう。禍根を残すわけにはいかない。
そして、この会合に出て分かったことがある。私は発言しない方がいい。黙ってみていよう。
最後に住居についての話になった。さすがに小屋だけでは厳しいらしい。シルキーやバンシーのような人型でも宿に泊まるにはお金の問題があるので、新しい住居を作ることになった。
「魔物と言えばダンジョン。ダンジョンは作れない?」
アンリの提案に周囲から感嘆の声が上がる。
ジョゼフィーヌが「ダンジョンコアがあれば簡単に作れます」と言って、私を見てきた。他の魔物達も私を見る。
ダンジョンコアを用意しろという事だろうか? 確かに魔界には未使用のダンジョンコアがある。だが、この村にダンジョンの入り口を作って良いのだろうか?
「村長に聞いてからだ。村長の許可が無ければ駄目だぞ。待て、全員で行こうとするんじゃない。それは脅しに近い行為だ」
ぞろぞろと魔物達が村長の家に行きそうだったので引き留める。
「アンリ、ここはボスとして村長と交渉してくれ」
面倒だからアンリに任せよう。多分、村長も許可は出すまい。
「任された。この魔剣を使う時が来た」
「暴力に訴えるなよ? それは最後の手段だ」
こうして、第三回魔物会議は終了した。




