魔剣
さて、次はどこに行くべきか。
スライムちゃん達にお土産の石鹸を渡す必要があるのだが、今日は誰も見ていないな。畑の方にいるのだろうか?
畑の方に行こうかとも思ったが、昼食の時間が近い。また戻ってくるのは面倒だから、午前中はヴァイアの店を案内して、畑は午後に行くことにしよう。
「ヴァイアの店に行こう。案内してやる」
「そういえば、ヴァイアは店をやってるんだな。よし、行こうぜ。金は無いけどな!」
「今日の軍資金は小銅貨三枚。無駄遣いは許されない」
アンリがリエルよりも金持ちだ。だが、小銅貨三枚でヴァイアの店にあるものが買えるのだろうか? 使い捨ての石でも大銅貨からだったような気がするけど。
「たのもー」
店に入ると、ヴァイアがカウンターに座っていた。どうやら石に魔法を付与しているようだ。こちらに気付くと笑顔になった。
「いらっしゃい。みんな揃ってどうしたの?」
「いろんな場所にリエルを案内している。アンリは社会勉強だ」
「よーう、いい店じゃねぇか」
「物価の変動を見て、経済の状況を確認する」
「そうなんだ。リエルちゃんもアンリちゃんもゆっくり見てってね」
リエルはともかく、アンリが変なことを言っているんだが。慣れたものなのかヴァイアはスルーだ。
「日用品しか売ってねぇんだな?」
リエルが色々な商品を手に取りながら確認している。壊したりするなよ。
「そうだね。皆、日用品以外は村を通る商人さんから直接買うからね。だから、商人さんが売ってくれるようなものを店に置いても、埃をかぶるだけになっちゃうんだよね」
なるほど。需要が高い物しか置かないということだな。まあ、変な物を置いて売れなかったら赤字だしな。
「そろそろ商人さんが通るころだよ。ルハラからオリンに帰る商人さんが来るんじゃないかな?」
商人か。この村に随分と滞在しているが、一度も遭遇したことは無かったな。
「村の広場で商品を売買してくれるんだ。青空市とかフリーマーケットとか言ってるね」
いきなりアンリが持っている木剣を掲げた。危ないな。
「軍資金を貯めてこの木剣を買った。魔剣七難八苦。業物」
自慢してきた。だが、名前からして呪われてないか? いや、自分で名前を付けただけか?
「そういえば、アンリちゃんはそれを商人さんが来た時に買ってたね」
「魂を感じた。フェル姉ちゃんに剣を貰っても、これはこれで大事にする」
物を大事にしてくれるのか。ならミスリルの剣をあげる甲斐があるというものだ。
「そうか、ならお土産の剣も大事にしてくれると嬉しいぞ」
「大事にする。名前も決めてある」
あげる側としては一応聞いておきたい。変な名前がついていたら変更してもらおう。
「なんという名前にするんだ?」
「魔剣フェル・デレ」
「ちょっと待て」
フェルというのは私の名前だと思う。だが、デレというのは、ツンデレとかのデレだろうか?
「私の名前が入っている気がする。それにデレというのはなんだ?」
「フェル姉ちゃんの名前と、ツンデレのデレ。ディア姉ちゃんに教わった」
アイツは後で殴る。あと、腹を抱えて笑っているリエルも殴る。
「それは止めよう。もっと格好いい名前を付けた方がいい。魔剣ティラノサウルス・レックスとか」
「駄目。お土産を貰う前からずっと考えていた。渾身の命名」
ずっとと言っても三、四日程度じゃないか。だが、まあいいか。いい加減に名前を付けるだけだ。言わば自称。ユニークアイテムじゃあるまいし、本当にその名前がつくわけじゃないからな。
「わかった。だが、人のいるところで剣の名前を言うなよ。心の中だけにしてくれ」
「約束する。でも、ここぞと言う時には言う」
それは約束したことにならないだろう。それに、ここぞと言う時はどんな時なんだろう。せめて知り合いがいない時にしてほしい。
さて、特に用があって来たわけではないのだが、冷やかしだと悪い気もする。だが、何を買うべきだろうか? とくに品揃えが変わったわけでもないから、欲しい物はないのだが。
「ヴァイア、なにかお勧めはあるか? あるなら買うぞ?」
「今、新しく試しているのはこれなんだけど、タダで良いから商品のモニターをやってくれる?」
ヴァイアがホウキを出してきた。以前、ヤトが使っていた物だろうか? 重力魔法と空間魔法を使ってゴミを吸い取るホウキだったような。これのモニターはヤトがやっているのではないだろうか?
「これは空飛ぶホウキだよ。カブトムシさんを見て思い浮かんだんだ。重力遮断して、空気抵抗を無くして、念動魔法を使えば飛べるんじゃないかなと思って」
「失敗したら落ちて死ぬだろうが」
それを聞いたリエルは空を飛んだ恐怖がよみがえってきたのか、顔を引きつらせたようだ。逆にアンリはものすごく食いついて来た。
「これで空を飛べるの?」
「理論上は飛べるけど、魔力が足りないと難しいかな?」
私やヴァイアぐらいの魔力なら何とかなるかもしれないが、普通のやつには無理だろう。
「残念」
「アンリはカブトムシに乗せてもらえばいい」
「おじいちゃんが危ないから駄目だって言ってる」
「村長はいい事を言った! 人は空を飛ばない! 羽や翼がないんだから飛んじゃ駄目だ!」
リエルは否定派か。慣れればいいものだったが、確かに安全は考慮しないとな。
「そうだな。安全が確保されたら乗ってみるといい。たしかドワーフのおっさんがゴンドラを作るとか言っていたから、少し安全性が高まると思うぞ」
「ドワーフのおじさんは万能。鞘も作って貰うから、一度挨拶しに行かないと」
義理堅いな。
「アンリ、まずは飛ばない方向で考えようぜ? 危険なことはしない。それが人生で大事なことじゃねぇか?」
確かに大事だが、リエルの人生には他の大事なことが抜けている気がする。
「人生で最も大事なのはチャレンジ。それが人を大きくする」
「おいおい、アンリって五歳だよな?」
「私もたまに疑問に思う」
多分、五歳だとは思う。変な結果が出たら嫌だから魔眼で見たりはしない。
「チャレンジは大事だよね。じゃあ、とりあえずホウキはフェルちゃんに渡すね。すこし浮くぐらいなら問題ないと思うから試してみて。使ったら感想を聞かせてね」
それはそうだな。あまり高く飛ばなければいいのだ。低空飛行なら落ちても安心だ。
「わかった。後で使ってみる」
ホウキを亜空間に入れておこう。しかし、何でホウキを飛べるようにしたのだろう? もっと別のものにすればいいのに。
「ヴァイア姉ちゃん。ドワーフのおじさんが喜びそうな物ってある? 小銅貨三枚以内で」
アンリは挨拶に行くとき、お土産を持っていくのか。出来た子だな。
「それは難しいかな? 値段もそうだけど、ドワーフさんが好きなのはお酒だからね。店には置いてないんだ。ニアさんなら用意できるかもしれないけど、アンリちゃんはそんな事しなくてもいいと思うよ?」
「ニアおば……ニア姉ちゃんに聞いてみる。心付けは大事」
何で言い直した? まあ、聞く必要はないか。藪蛇という言葉もあるしな。
よし、そろそろお昼だ。宿に戻って食事にしよう。
「もう昼だから、私は宿で食事にするが、お前たちはどうするんだ?」
「今日はニアさんの料理を食べようかな」
「奢ってください。マジでお願いします」
「フェル姉ちゃん達と食べたい。家で交渉してくる」
「そうか。じゃあ、ディアも誘って皆で食べるか」
誘わないと何されるかわからんからな。それにアンリに変なことを教えた制裁を加えないと。あと、リエルにもな。




