約束
とりあえずパンを二つ買った。余計な出費だ。
「フェル、この料理、トマトがかぶってるな。サラダの上に乗ってるトマトは貰っていいか?」
「いいわけないだろう。パンを二つ食っておいて、さらにたかる気か?」
「フグを解毒してやったろ? パンは正当な報酬だ」
「だから殴るのは勘弁してやったんだ。感謝しろ」
ニアが厨房から出て来てパンを渡してくれた。早速食べよう。ベーコンエッグが冷めてしまう。
ベーコンエッグの黄身を潰すかどうか迷っていると、リエルが座りながらニアを見上げていた。
「えーと、ニアだっけ? 昨日食った料理は絶品だったぜ! あれだけのものは聖都でも食ったこと無かったと断言できるぞ」
「そいつはありがとうよ。うちは基本的に西側の料理だから、口に合うか心配だったんだがね」
「全く問題ねぇよ。昔、どっかの国王が連れてきた料理人よりも遥かに美味かったぜ」
ニアはかなり喜んでいるように見える。自信はあるだろうが、やはり褒められるとうれしいのだろう。
「あまり口に出して言わないが、私も美味いと思っているぞ」
「フェルちゃんは顔に出るから分かってるよ」
以心伝心というやつだろうか。違うか。フェイスコンタクト? なんか違うな。まあいいや。そうだ、お土産の件を伝えておこう。
「ニア、お土産があるのだが、まだ出来ていない。もう少し待ってくれ」
「お土産が出来ていないって、どういうことだい?」
「昨日、ドワーフを連れてきただろう? あいつにニアの包丁を作ってもらうつもりだ」
「そうなのかい? そりゃありがたいが、高いんじゃないのかい? 無理しなくていいんだよ?」
ミスリルはタダで手に入れたものだ。鍛冶の手数料は作成後に余ったミスリルを渡すことで相殺した。元手は掛かっていないから、実質無料だな。
「問題ない。世話になっている礼だ」
「なんだか悪いね。ありがとうよ」
「礼はいらない。これからも美味い料理を作ってくれ」
「そいつは任せな。じゃあ、アタシは仕事に戻るよ。ゆっくりしていきな」
ニアは厨房に戻って行った。これから料理の仕込みをするのだろう。昼と夜の料理が楽しみだが、結婚式の料理も楽しみだ。多分、豪勢なものなのだろう。待ち遠しいな。
だが、今は未来の料理よりも、目の前の料理だ。
さっそく食べようとすると、リエルがパントマイムをしていた。
「フェル! テーブルに結界を張りやがったな! 料理が取れねぇだろ!」
「そのための結界だ」
そう何度も取られるわけにはいかん。
相変わらずの美味さだ。黄身が二つもあったし、今日はいい日になるだろう。
よし、お土産を渡しつつ、村を回ってみるか。仕事も探さないといけないからな。
「なあなあ、今日は何をするんだ? 暇なら村を案内してくれよ」
「爺さんに頼め。それにシスターの仕事はどうした?」
「今日は休みにした。爺さんに頼もうとは思ったんだが、なんか張り切っているから邪魔したくねぇんだよ」
教会の仕事って休みがあるのか? なんとなく年中無休の気がするけど。それに爺さんの邪魔をしないのはいいが、私の邪魔してるのはいいのか? まあ、村を回るつもりだったから、そのついでに案内してやるか。
「一応、今日は村を回るつもりだったから、勝手についてくるのは問題ないぞ」
「そうこなくっちゃな!」
食器を片づけてから二人で宿を出た。まずは村長の家だな。
村長の家に来た。まずはアンリにお土産を渡さないと。ちゃんと渡さないと、後で何をされるか分からん不気味さがある。
「たのもー」
家の中に入ると村長がいた。どうやらお茶を飲んでいたようだ。あれは熱いやつだ。魔眼を使わなくても分かる。
「おや、フェルさんにリエルさん。どうされました?」
「アンリに用があって来た」
「村を案内してもらってんだ。俺はついでだな」
「そうでしたか。おーい、アンリ。フェルさんが来ているぞ」
少し待つと、部屋の奥にある扉が開き、アンリが出てきた。
「フェル姉ちゃん、おかえりなさい。アンリは大人しくしていた。約束は守ったと胸を張って言える。フェル姉ちゃんは約束を守れる大人?」
それはお土産の催促か? まあ、そのつもりで来たのだから問題はないのだが。
「私だって約束は守る」
そう言って、亜空間からミスリルの剣を取り出した。
「おお」
めずらしい。アンリが目を見開いて驚いている。それに嬉しそうだ。
それはいいのだが、取り出してみて問題があることに気付いた。鞘がない。しまった。剣を奪う時に鞘も持ってくるべきだった。
「このままでは渡せないな」
アンリは露骨に嫌そうな顔になった。
「大人はいつもそう。欲しい物を直前で取り上げて、いう事を聞かせる交渉に入る。足元を見る大人には絶対に負けない」
村長の方を見ると苦笑いをしていた。よくやる手なんだろう。アンリは荒んでいるな。
「落ち着け。そうじゃない。この剣はもうお前のものだ。だが、見ての通り鞘がない。そこでだが、昨日、ドワーフがこの村に来たことを知っているか? そいつにアンリ用の鞘を作ってもらおう。むき出しだと危ないからな。それともアンリ用に剣をカスタマイズしてもらうか? ちょっと剣のサイズが大きいからな」
そういうと、アンリが勢いよく足にしがみついて来た。痛いのだが。
「フェル姉ちゃんはずるい。そうやってアンリの心を弄ぶ。白旗を上げるしかない」
なんだかよく分からないが、勝手に降参してくれたようだ。私の勝ちだが、何の勝負だったのだろう?
「フェルさん、よろしいのですか? ミスリルの剣なんて高額なものでしょう? それに子供に持たせる物ではないと思いますが」
村長が心配なのも分かるが、アンリなら大丈夫だろう。
「値段に関しては心配しなくていい。アンリ、これを使って危ない事はしないと約束できるか?」
それを聞いたアンリは大きく頷いた。
「約束する。いざという時にしか剣は抜かない。ピーマンを出されたときはちょっと考える」
ピーマンが食事に出ると、いざという時に近いのか?
「そうか。村長、そういう事だからアンリから取り上げるなよ」
「致し方ありませんな。分かりました。アンリが約束を守る以上、私も取り上げたりしません」
とりあえず、これでいいだろう。ドワーフのおっさんに会ったら話をつけよう。
よし、次は冒険者ギルドに行くか。と、思ったら、アンリがリエルを見上げているな。どうしたのだろう?
「私はアンリ。お姉ちゃんは誰?」
「おう、俺はリエル。教会でシスターやってんだ。よろしくな!」
リエルはアンリの頭を撫でた。そういうのを見ると、まともそうに見えるから不思議だ。
「リエル姉ちゃん。アンリの部下にしてあげようか?」
「格好いいお兄ちゃんとかいるか? 紹介してくれるなら部下になってもいいが?」
子供相手に何言ってんだ?
「お兄ちゃん?」
「アンリは一人っ子のはずだ。兄弟を見たことはない。それに子供相手にそういうこと言うな。お前みたいになったらどうする」
「聖女になったら、家族に喜ばれるだろうが!」
「聖女の方じゃない。捕食者の方だ」
「アンリは一人っ子です。兄弟はおりませんぞ」
村長が強い口調で言ってきた。ちょっと慌てた感じもするが、どうしたのだろう?
「そりゃ残念。じゃあ、部下の件は無しだな。だが、友達ならなってやってもいいぜ?」
「分かった。リエル姉ちゃんは友達。困ったことがあったら、助けてあげる」
「じゃあ、女神教に寄付してくれないか。金が無くて困ってんだよ」
子供に寄付を頼むな。なんというかリエルは教育に悪いな。とっとと連れて行こう。




