黒歴史
村長の家で話が終わったので宿に戻ってきた。
リエルと爺さんは一度教会に行くそうだ。二人とは宿の前で別れた。
両開きの扉を開けて宿に入る。食堂では多くの村人が食事していた。私に気付くと、おかえりと言ってくれた。なんというか、帰ってきた、という気分になるな。
早速、ニアに食材を一通り渡した。以前、雑談中に食材を保存する魔道具を持っている、と聞いたことがあるので、そこで保管してくれとお願いした。
「ずいぶん、色々と買って来たね? 本当に結婚式の料理に使っていいのかい?」
「ああ、皆へのお土産だと思ってくれればいい」
私も食べるけどな。
「あいよ。じゃあ、腕によりをかけて料理を作ってやるから、楽しみにしていてくれよ」
結婚式は興味ないが、料理は楽しみだ。
「そうだ、この魚はすぐに料理してもらってもいいか? 夕食として食べてみたい」
「わかったよ。ちょっと時間が掛かるのは勘弁しなよ」
よし、その間にディアの話を聞いてやるか。面倒だけど。
「フェルちゃん、聞いてる!? それでね、その時、私はこう言ってやったんだよ! 『我が領域へ足を踏み入れるとはな!』って!」
「ああ、そう」
ディアは吹っ切れたように異端審問官をやっていた頃のことを語っている。なんだか興奮している感じだ。
どうやらディアは子供のころから女神教に洗脳されていて、異端審問官として育てられたらしい。そして異端審問官であることを隠すために、冒険者ギルドの職員に就職したそうだ。そして一年前、この村にいる爺さんの監視にやって来ていたとのこと。
ところが、爺さんが女神像の洗脳魔法を防いでいたため、ディアの洗脳も一ヶ月ほどで解けてしまったらしい。これまでも女神教に対して何となく変だなと思うことがあったようなので、女神教とは即座に決別したそうだ。
辞めることを女神教に伝えたわけではないので所属したままかもしれないが、戻る気はまったくないそうだ。そして、貴重な青春時代を異端審問官の訓練で終わってしまったことに対して復讐したいらしい。
子供のころから洗脳されていたのに良く解けたな。まあ、怠け者だから、真面目に仕事しているのがおかしいと思っていたのかな。確かに復讐する権利はあると思うが、理由は変えた方がいいと思う。
そして今、その頃の武勇伝を語っている。
「それでね、それでね! 最後は『私に刺せないものは無い』って、格好良く決めたんだよ!」
うざさのキレが増したな。隠し事が無くなって色々とリミッターが外れたか。
「少し落ち着け。ブラッディニードル」
「そのコードネームは私の黒歴史だからやめてください」
冷静になってくれたようだ。コードネーム以外も黒歴史だと思うのだが、ディアの中では違うのだろうか。
「ところで、リエルと会ったのはいつ頃なんだ?」
「三年前かな? ほら、ローズガーデンのことを依頼票で確認した時に、異端審問に掛けられたってあったでしょ?」
確かにそんなことを依頼票で見た気がする。
「あの時、リエルちゃんを連行したのが私なんだよ。その後、なぜか聖女になったから、そのまま護衛もしていたんだよね。一年ぐらいだったかな?」
「なんで依頼票を見た時に気付かなかったんだ?」
「似たような事をたくさんしていたからね。名前も偽名だし、リエルちゃんの経歴なんて知らないから、同一人物だとは思わないよ。ましてや聖女が来ると思わないじゃない?」
それもそうか。知り合いの経歴なんてよほどのことが無い限り知らないよな。私のことも何をやっていたかなんて知らないだろうしな。
「そういえば、何でリエルを追い返そうとしたんだ?」
「バレるのが怖かったんだよね。元とは言え、異端審問官なんて変な事してるイメージがあるから村から追い出されたら嫌だなーって」
まあ、わからんでもないかな。私もこの村から追い出されたら傷つく。
「でも、気にしすぎだったみたいだね。村長も司祭様も洗脳されていたなら仕方ないって言ってくれたし」
そりゃ、魔族を受け入れるぐらいなんだから、異端審問官の一人や二人は余裕だろう。
「村の人達も『猫耳の同志に悪いヤツはいない』『女性の審問官を紹介して』『特に興味ない』と言ってくれたからね。……あれ? もしかして私のことってどうでもいいのかな?」
「気にしすぎだ」
「まあ、いいんだけどね。それにしてもカミングアウト出来たのはフェルちゃんのおかげだよ。皆への隠し事が無くなったから気分爽快だね。フェルちゃん、ありがとう」
「礼なんかいらん。食事が遅くなるから、それっぽいこと言って、白状させただけだし」
「色々と台無しだよ! 空気読んで!」
そんなことは知らん。
「まあ、もういいよ。ところで、ヴァイアちゃんなんだけど……」
同じテーブルにいるヴァイアを二人で見た。
「……えへへ」
定期的に笑っている。一分に一回ぐらいの割合で。忌憚ない言葉で言うとキモイ。
「ヴァイアちゃん、どうしたの?」
「色々あってな」
ディアになら話してもいいとは思うのだが、内緒にしてくれ、と言われているしな。
そうだ、思い出した。ノストに連絡しないといけなかった。カブトムシを使うかどうか確認しないと。
「ノストに連絡を取りたいのだが」
「ノストさん? なんでまた?」
「ノストはしばらくこの村に滞在することになっていてな。明日にでも向こうを出発するそうだ。その移動手段にカブトムシを使うかどうか確認しておきたい」
「そうなんだ。じゃあ、ギルドの念話用魔道具を使うよ。持ち出しは出来ないからギルドまで来て」
「私も行く」
いきなりヴァイアが割り込んできた。
「あ、ヴァイアちゃん、復活した?」
「うん。早くノストさんに連絡しよう」
「ヴァイアちゃん、服を引っ張らないで。なんだかすごくアクティブなんだけど?」
「色々あってな」
私の口からはあまり言いたくない。
三人で冒険者ギルドまでやってきた。ここも久々な気がする。相変わらず掲示板にはなにもない。
ディアが水晶玉の魔道具を取り出すと、魔力を流して念話を開始した。
「ちょっと待ってね。今、向こうの冒険者ギルドにノストさんを呼んでもらってるから。……ヴァイアちゃん、近いってば」
ヴァイアは水晶玉に近づいてジッと見てる。
「フェルさん、そちらにいらっしゃいますか?」
水晶玉からノストの声が聞こえた。どうやらノストと念話が繋がっているようだ。
「こんばんは、ヴァイアです」
話そうとしたら、ヴァイアに水晶玉を奪われた。
「こんばんは、ヴァイアさん。ソドゴラ村へは問題なく着けたようですね?」
「はい、無事に着きました。ノストさんのおかげです」
いや、ノストは何もしてないぞ? やばいな、ヴァイアはすこし暴走している。ここは小声でアドバイスしないと。
「ヴァイア、落ち着け。用件を済ませてからだ。用件を済まさずに雑談する女は嫌われるぞ」
ヴァイアはすぐに水晶玉を渡してくれた。なんというか、心配になるな。ヴァイアの将来が。
「フェルだ。取り急ぎ確認したい。カブトムシを使うか?」
「あ、はい、お願いします。一日で着くなら是非ともお願いします」
「わかった。今日と同じ時間にカブトムシを向かわせる。準備して待っていてくれ」
「わかりました」
とりあえず、こっちの用件は終わった。どうしようかな? ヴァイアに水晶玉を渡すのは、なんとなく良くない気がするが。
「明日着いても、お祭りには間に合いますか?」
ノストから質問された。一応、リエルを連れてきたから結婚式はやれるはずだ。でも、いつ頃だろう? 明日じゃないよな?
「結婚式をするなら、いつ頃になるんだ?」
「前回の時はやると決まってから二、三日かかったよ。ノストさんも参加するんだ? 明日来るなら間に合うと思うけど?」
「だ、そうだ。明日なら問題ないぞ」
「わかりました。では、ヴァイアさん。楽しみにしていますので」
「は、はい! わ、私も楽しみにしてます!」
その言葉を最後に念話は切れたようだ。
「あの、ヴァイアちゃん、水晶玉返して。ね、ちょっと。返し、返して! 壊したら私が怒られるから!」
もうノスト専用の念話魔道具作った方がいいんじゃないだろうか。でも、ヴァイアならすごいの作りそうだ。うん、提案しないでおこう。




