戦力差
メイドの案内で大浴場に来た。
入浴を手伝う旨の提案を受けたが断った。服を脱ぐのも体を洗うのも一人で出来る。そういうのを手伝ってもらうほうが面倒くさい気がするけど。
良く知らないが、人族の貴族って普段一人で風呂に入らないのかな。湯船につかって「あー」とか言ったり、鼻歌を歌ったりするのがいいと思うのだが。今回は大浴場だから駄目だな。諦めよう。
「フェルちゃん、リエルちゃんが起きないんだけど?」
担いできたリエルがそのままだ。
おかしいな、手加減はしたのだが。あ、今日、二回目か。仕方ない、起こしてやるか。
「いい男がいるぞ」
「どこだ!? 俺のだ!」
起きた。
「風呂に入るから早く準備しろ」
「あれ? いい男は? ぐあ、腹がいてぇ!」
「ボディにパンチを食らわしたからな。安心しろ。アザはできない。私の拳は内部を破壊するからな。治癒魔法で治すといい」
「フェルに冗談を言うのは命懸けだな!」
リエルは治癒魔法で自分の腹を治し始めた。かなり高度な術式を組んでいるように見える。自分には無理だな。
「ヴァイア、治癒魔法を使えるか?」
「出来るけど、ちょっとした傷を治せるぐらいだよ。リエルちゃんみたいには出来ないよ」
「当たりめぇだろ? 治癒魔法は術式も重要だけど、人体に詳しくねぇと効果が低いんだ。医学を学ばねぇとな」
医学か。たしかそういう本が読んだ気がする。蚊に刺された場所に、爪でばってん印を付けるとか。
「そういえば、ここ、脱衣所か? よし入ろうぜ! 一番風呂は貰った!」
「まて、コラ。それを譲るわけないだろうが」
「二人ともこういうところで暴れちゃ駄目だよ?」
ちょっと怒られた。大浴場ということでテンションが上がってしまったのかもしれない。気を付けねば。
早速、服を脱いで風呂に入る準備をする。
「リエルちゃん、その……聞きたいことがあるんだけど」
「あん? どうかしたか?」
まあ、それを見たら言いたいことはあるよな。私も朝に見てちょっと引いた。忘れたかったのだが。
「そのバタフライって感じの下着は……なに? えっと、なに?」
「質問の意味がわからねぇな。下着以外の何物でもねぇよ?」
それを下着と言えるお前の感性がすごい。それに蝶っぽいけど、リエルが穿くと蛾に見える。
「あー、なるほど。お前らの下着を見て分かった。この、お子様共が」
「表に出ろ」
「マッパで出たくねぇ。風呂に入ってからにしろよ」
仕方ない。続きは風呂を出てからだ。早く入ろう。
浴場はかなりの広さだ。
ライオンの口からかなりの勢いでお湯が出ている。湯船から溢れているのを見ると、なんかもったいない気がしてしまう。
それに結構湯気があるな。見渡せないほどじゃないが、足元とか気を付けないと。石鹸で転ぶのは人生で一度きりにしたい。
あと、リエル。色々とタオルで隠せ。丸出しだぞ。親しき中にも礼儀ありだ。親しくはないけど。
「あれ? ヴァイアは何してんだ? もしかして恥ずかしいとか?」
「リエル、ヴァイアの方はあまり見ない方がいい。目がつぶれるぞ」
「あー? 何言ってんだ? お、ヴァイア、おせぇ――ぎゃー、目がぁ!」
だから見るなと言ったのに。
「え? ど、どうしたの?」
「ヴァイア、お前は自分のスペックを理解しろ。普通の女はお前の裸を見ると発狂する。リエルは目がつぶれたかもしれん」
「何を言っているのか分からないよ?」
「簡単に言うと、戦力差が激しくて現実を認めたくない」
「どこを簡単にしたの? あと、なんでこっちを見ないのかな?」
現実はいつだって非情だからだ。だが、知らないなら耐えられる。おお、本屋の店主の気持ちがわかった気がする。
リエルがようやく落ち着いたようだ。肩で息をしている。
「あの、ヴァイアさん。いままで生意気言って、すみませんでした」
「リエルちゃん? 言い方に壁を感じるよ! あと、なんで目をつぶったまま言うのかな? ちゃんと目を開けようよ!」
「殺す気か! 金を払うからやめてくれ!」
というわけで、ヴァイアには胸にタオルを装備してもらった。潰すぐらい念入りに。湯船に入るとき以外、外すなよ。
体を洗ってから、三人で湯船に浸かった。ヴァイアだけちょっと離れて入ってもらった。
洗い場でタオルを絞って四角くたたみ、頭にのせる。そして湯船に肩まで浸かる。完璧だ。
「あー」
リエルが声を出した。私は我慢したのに。
「今日はこれから飯を食うだけか?」
「多分な。だが、領主と魔法の話をしなきゃいけないかもしれん。面倒だ」
魔法の話なら私じゃなくてヴァイアの方がいいと思う。よし、任せよう。
そうだ、あの本のことを聞いてみよう。ちょっとモヤモヤするからな。
「貰った本を読んだ。最後がちょっと困る。ヴァイアの感想はどうなんだ?」
「もう読んだんだ? 第一部だけだと、まあ、ちょっと趣味じゃないかな」
よかった。今後の付き合いに影響はでない。だが、第一部だけ、と言った。やはり第二部、第三部があるのか?
「あの本に第二部、第三部はちゃんとあるのか? リエルの話だと存在が怪しいと言っていたが」
「商人ギルドで聞いただけだから、本当かどうか分からないけど、概要は知ってるよ」
「マジか。続きがあるなら聞きてぇな。概要だけでも聞かせてくれよ」
私はどうするか。本が在るかどうかも分からないからな。その本に出合う可能性も低いだろう。ネタバレだが聞いておくか。
「私も聞きたい。あの後、どうなるんだ?」
ヴァイアの聞いた概要というのはこうだ。
第二部は、公爵令嬢の視点で話が進む。
愛していた王子と兄に騙されたと知った令嬢は、二人を追う決意をした。
なんだかんだとあって、令嬢は二人の住む場所を見つける。
追ってきたのは王子と兄の口から理由を聞きたかっただけだったが、仲睦まじく過ごす二人を見て殺意が沸いた。
令嬢はバレないように変装して兄に近づき、致死性の毒を塗ったナイフで刺した。
だが、兄は知っていたのか令嬢と同じナイフを持っていて、令嬢も刺されてしまう。
そこに王子が駆け寄ってくるところで、令嬢が意識を失い、第二部完。
「へぇ、そんな話になるのか。まあ、女は何をしても許されるからな。復讐はアリだ」
「なるほど。だが、第一部と比べて普通だな。でも、そんな状態で第三部があるのか?」
「うん、あるよ。そっちの概要もあるけど聞きたい?」
「ここで終わったらモヤモヤするじゃねぇか。聞かせてくれよ」
「私からも頼む」
「わかったよ。でも、お風呂を上がってからだね。のぼせちゃうよ」
そう言ってヴァイアは湯船から立ち上がった。
丁度、湯気が晴れていたのがまずかった。
「ぎゃー、目がぁ!」
危ない。魔眼でなければ私の目もつぶれていただろう。
だが、魔眼をもってしても精神的なダメージは受けた。もうヴァイアとは風呂に入らない。




