取材
時間を無駄にしたという訳ではない。そういうのも一定の知名度を得ているのは知っている。
だが、これはない。
もっとわかりやすいタイトルにしろ。もしくは注意書きが必要だ。初見での回避は不可能だ。
「こういう本だと知っていたのか?」
「読んだ事があるからな。最初に読んだときは知らなかったけどよ」
「リエルの感想を聞いてもいいか?」
「ありえん。いい男なら俺と結ばれるべき」
「微妙な感想だが、よかった。今後の付き合いに支障がでるところだった」
一応、ヴァイアにも聞いてみよう。大丈夫だとは思うが、変な事を言ったら今後の付き合いを考えなくては。
「この本は第一部だったが、第二部や第三部があるのか?」
「あるって噂だな。俺は見たことねぇけど」
ヴァイアが知っている風なことを言っていたな。あまり知りたくないが、念のため確認しておきたい。こう、もやっとする。
「ただ、続きがあるっていう噂はちょっと怪しくてな。一番売れてる恋愛小説だから、噂が先行しているだけの可能性があんだよ。最後に第一部完とは書いてあるから、構想はあったけど、本はない、とかも言われてるし」
耳がおかしくなったのだろうか? 一番売れている恋愛小説だと聞こえた。嘘だろ。
「人族はこれを恋愛小説というのか?」
「それ以外のジャンルがねぇんだよ。それにタイトルだけなら間違いなく恋愛小説だ」
まあ、そうなんだろうが、何か納得がいかない。特に一番売れているという事に納得いかん。
いいだろう。ならば私が一番売れる恋愛小説を書いてやる。こんなものが一番売れているなんて、本好きとして認めん。
だが、恋愛か。乙女ではあるが、そういうことには疎い。なにか題材が必要だ。
「なんで俺を見てから、ため息をついたんだ?」
リエルは駄目だ。コイツを題材にして恋愛小説を書いても売れなさそうだ。それに恋愛小説ではなく狩猟小説になると思う。
となると……。
「フェルちゃん! ただいま! 作戦通り対応できたよ!」
扉を開けてヴァイアが飛び込んできた。そう、夏の虫のように。
「よし、詳しく聞かせろ」
「それはいいけど、なんでメモ帳を取り出すの?」
取材だ。
「なるほど。大体わかった。だが、イベントが多すぎないか?」
聞いた話では、職人街に行くときに悪漢に襲われて、工房では倒れてきた金属板から庇ってもらい、帰りにノストの妹に遭遇して、最後はお嬢様系幼馴染に手袋を投げられた、らしい。
「悪漢は何人だった?」
「二人だよ」
「五人にしよう」
「フェルちゃん?」
演出だ。これはドキュメンタリーやノンフィクションじゃない。エンターテイメントだ。誇張は大事。
「倒れてきた金属板の素材はなんだ? あと、何枚倒れてきた?」
「鉄製で一枚だよ」
「オリハルコン製で三枚だな」
「話をちゃんと聞いてくれてる?」
「当然だ。だが、演出は劇的な方がいい」
ヴァイアがものすごく不思議そうな顔をした。はてなマークが浮かんでいるのが分かる。安心しろ、超ロマンスにしてやる。
「ノストの妹はどうだった?」
「うん。美人さんだったよ。娘さんと一緒だった。ちょっと話したらウィンクして頑張ってって言われたよ」
「妹はラスボスだな。最初は仲良く接してきて、最後に裏切る。娘も同様だな。あまり仲良くすると絶望がデカいぞ?」
「フェルちゃん、人族の言葉を話して?」
劇的な展開が無いと、読者に飽きられるからな。そうだ、ラスボスは二回ぐらい変身しよう。娘は一回。
「お嬢様系幼馴染は、どんなだった?」
「なにか大きな商会の一人娘さんらしいよ。でも、十歳ぐらいでノストさんからは子供扱いだったような気がするね。手袋は返したよ」
「ライバルキャラだな。髪型は縦ロールだ。そうだ、一度、河原で殴り合って、本音をぶつけ合ってくれ。友情が芽生えて、最後の最後で助けてくれるからな。もしくは身代わりになってくれる」
「フェルちゃん、耳掃除をしてくれる? 詰まってるみたいだから」
「なんだいきなり? なんで私がヴァイアの耳掃除をするんだ? 他人の耳を掃除するなんて怖いだろうが」
「フェルちゃん自身の耳だよ。良く聞こえていないみたいだから」
いや、良く聞こえている。それに自分の耳掃除も怖い。右はともかく、左が怖い。
まあいい。とりあえず情報を貰った。これを上手くまとめていこう。
それにヴァイアの恋愛は始まったばかりだ。まだまだイベントが多くあるだろう。今後も定期的に取材しないとな。
「ヴァイア、これからも頑張ろう。だから色々聞かせてくれ」
「頼りにはしてるけど、純粋な応援以外が含まれてない?」
応援はしている。だが、色々と波風が立ってほしいとも思ってる。台風レベルで。その方が面白いからな。
「お? 話は終わったか? 上手くいきそうな話は聞きたくないぜ? 俺が結婚するまで、お前らは独身を貫けよ?」
お前は重要キャラと見せかけたモブキャラにしよう。もしくは、かませ。
「ところでドワーフのおっさんは、明日出発できるのか?」
「うん、大丈夫だって。空間魔法を付与した袋をたくさん貸したから、明日までに準備できるって言ってたよ」
「工房そのものはどうするんだ?」
「元々賃貸なんだって。契約の解除もすぐ出来るから問題ないって言ってたよ」
そういうことなら明日一緒に村へ行けるな。面倒なことが無くてよかった。
とりあえず、することは無くなったな。後は食事をして日記を書いて寝るだけだ。だが、食事まで時間がある。なにをしようかと考えていたら、扉をノックする音が聞こえた。
「フェル様、いらっしゃいますか?」
「いるぞ。鍵は開いてるから、勝手に入ってくれ」
そう言うと、執事が部屋に入ってきた。ちょっと不用心だったろうか? まあ、問題ないか。
「ヴァイア様もリエル様もいらっしゃいましたか。これは手間が省けました」
「私達に用事か?」
「大浴場の準備が整っております。食事まで時間がありますので、よろしければお使いください」
大浴場か。デカい風呂だな。ちょっと入りたい。
「わかった。使わせてもらう。早速案内してもらえるか?」
「畏まりました。では、メイドに案内させますので、しばらくお待ちください。その間に準備をお願いします」
そう言うと執事は左手の人差し指をこめかみに当てて何度か頷いた。念話をしているのだろう。
「では、すぐにメイドが参りますので」
執事は一礼してから部屋を出て行った。
「私は入るが、お前たちはどうする?」
「おう、俺も入るぜ」
「私も入るよ」
それじゃ、皆で入るか。
大浴場は魔界で入った時以来だ。楽しみだな。そういえば、魔界ではマナーにうるさくないけど、人界はどうなんだろう。
「泳いだりしたら駄目なんだよな?」
「クロールはアウト、平泳ぎはセーフ」
「リエルちゃん、嘘ついちゃ駄目だよ? どっちも駄目だからね?」
リエルに見えないパンチ改を放った。




