ハウツー
魔物達は感謝してくれているようだ。
この地下室で戦わされたり、実験されたりしていたから、いつかは死ぬしかないと絶望していたらしい。だが、リエルが傷を治してくれた上に、色々と励ましてくれたので、いままで頑張れたそうだ。
リエルに対しても、かなり感謝しているのが見て取れる。
「リエルはいい奴だったんだな。アレだな。普段、駄目な奴がちょっと良い事をすると大きく評価されるヤツ。相対性理論だったか?」
「そんな言葉は知らねぇが、馬鹿にされた気はしたぞ? まあ、それはどうでもいい。問題は、コイツ等の一部に婚約者がいることだ。なにか負けた気がする。同じ一人もんだと思っていたのに、裏切られた気分だ」
何の勝負をしているか知らないが、なんとなくリエルは誰にも勝てないんじゃないかという気はしてきた。だが、余計なことは言わないようにしよう。もう、帰りたい。
そうだ、明日には村に帰るけど、魔物達はこのままこの地下室で寝てもらおう。流石に宿に泊めることは出来ないからな。
よく考えたら、村に来たい奴らはカブトムシで運べるかな? キラービーはちょっと大きなハチだから問題ないし、シルキーやバンシーもギリギリ大丈夫か? ただ、アラクネがデカすぎる。徒歩で来てもらうか、カブトムシに往復してもらうか。
とりあえず、明日、カブトムシの意見を聞こう。
「今日はコイツ等をここに泊めてやってくれ。明日、一緒に町をでる」
「もう帰ってしまうのかね? 魔法談義をしたいのだが?」
「断る。どうしてもというなら、クロウが村に来い」
そう言うと、クロウは顎を触りながら考え込んでしまった。
「しばらく、私がいなくても大丈夫か?」
「駄目でございます。せめてこの町での騒動が片付いてからでないと」
村に来い、といったのは社交辞令だったのだが。本当に来られても困る。察してくれ。
「よし、分かった! この町での仕事が終わったら、ソドゴラ村に行こう!」
「それがよろしいかと」
まあ、いいか。魔法談義がしたいならヴァイアに代わってもらおう。私は宿に引きこもればいい。
「そっか、明日帰っちゃうんだ……」
ヴァイアがぼそりと言った。こっちはこっちで面倒だな。アドバイザーとしては、こっちにいる間にノストへ一撃入れておきたい。何かあるかな? うーん? 駄目だ。思いつかない。あとで考えよう。
「そうそう、フェル君。良ければ夕食も食べて行かないかね? ここに泊まってくれても構わんぞ? 私も話が出来るし、出来ればそうしてもらいたいのだが?」
話をするのは面倒だし、そもそも食費や宿泊費は経費で払える。あまりメリットがないな。
いや、待てよ? 思い出したが、明日帰るならドワーフのおっさんに連絡しなければいけない。宿に帰ってしまうのでは私も行くことになるが、ここに戻るならヴァイアにやらせることも出来る。おお、ナイスなアイデアを思い付いた。
「わかった。世話になろう。ただ、ノストを貸してくれないか?」
「ノスト君かね? 私の方は構わないが、ノスト君はどうだね? なにか予定があるのかね?」
「いえ、私の方は特に何もありません。このような服ですが、職務中ですので」
「問題ないようだが、ノスト君に何をさせるのだね?」
「護衛だ。明日、村に帰ることをドワーフの職人に伝えたいのだが、私は用があるのでヴァイアにお願いするつもりだ。だが、そろそろ暗くなるので、護衛をノストに頼みたい」
「え! 私? ノ、ノストさんと!?」
ヴァイアは慌てたように、私とノストを交互に見ている。首が取れるぞ。
「そうだ。頼んだぞ。明日の朝に帰るから、それまでに用意して西門に来いと伝えてくれ。無理なら無理でも構わないが、いつ頃なら大丈夫かも聞いてきてくれ」
「おー、そういう事なら俺も一緒に――ごふぅ」
超至近距離で誰にも見えない位置からボディに一撃。見えないパンチ改。リエルを黙らせた。
「どうしたリエル? なに? お腹が痛い? 食べ過ぎだ。気を付けろ」
悶絶しているリエルを放っておいてヴァイアの方を向く。
「リエルは体調がすぐれないようなので、ノストと二人で行って来てくれ」
「フェルちゃん……! 分かったよ!」
そしてヴァイアに近づき、誰にも聞こえないように小声で説明をする。
「いいか? これはチャンスだが、慌てるなよ? じっくり行くんだ。あと、道に迷った振りをして、ちょっと危なそうな道を行け。危険なところを二人で歩く、つり橋効果ってやつだ」
「う、うん」
「あと、帰って来たら、村の結婚式を見に来るように誘え。ただし、答えを貰うのは明日だ」
「え? すぐに誘っちゃ駄目なの? それに答えは明日?」
「行き帰りの間に答えを出されると困る。すぐに答えが出せる状況を作らないのが重要だ。ノストに一晩、考えてもらうんだ」
「ど、どうして?」
「男は馬鹿だ。女の些細な言葉でも、何かしらの意味を考える。そのモンモンとした考えを一晩だけでもノストに植え付けるんだ。もしかして自分に好意があるのかな、と思わせれば、初戦はこちらの勝ちだ。いいか? 誘うことが目的ではない。相手に意識させるのが目的なんだ」
そんなことがハウツー本に書いてあった。多分、大丈夫。
「フェ、フェル先生……!」
「やめろ。まあ、色々言ったがな、全部計算で動いても楽しくはないだろう。わずかな時間だが、何も考えずに楽しんで来ても問題はない。変に暴走しなければ大丈夫だ。頑張れよ」
ヴァイアと固い握手を交わした。その後、ヴァイアとノストは一緒に地下牢を出て行った。
偉そうに言ったが、ノストだからな。イケメンだし、妹がいるから異性には慣れているだろう。女性の言葉に揺れ動くと言うことはないかもしれん。だが、やらないよりはやった方がいい。アリの穴から堤が壊れることもあるんだ。少しずつでもダメージを与えておかないとな。
さて、食事には早いか。部屋を借りて、貰った本を読もう。なんとなく気になるからな。
「食事の時間まで宿泊する部屋にいる。案内してくれ」
「はい、ご案内いたします。ところで、リエル様はどういたしますか?」
「私が担いでいこう」
リエルを肩に担いで歩き出した。
案内された部屋は一人部屋だった。私が真ん中で、左右にヴァイアとリエルの部屋が配置された。
とりあえず、唸っているリエルをベッドに放り出しておいた。
自分の部屋に戻り、今日貰った本を亜空間から取り出す。
よし、アイツ等が受け付けなかったという最後がどういう展開なのか読んでみよう。
読み終わると、こんな話だった。
とある国の王子と公爵令嬢が婚約していたが、王子から一方的に婚約を破棄した。
それに対して、公爵家の嫡男である男が激怒。国が内戦状態になる。
だが、この内戦は意図的なもので、婚約破棄自体が王子と公爵家嫡男、そして公爵令嬢が立てた計画だった。
王子と公爵家嫡男が戦うことで、王家に対する不穏分子をあぶり出す計画だ。そして計画通りに不穏分子を見つけ、それを一掃した。
だが、不穏分子を一掃することが目的だったとはいえ、多くの犠牲を出したことに違いはない。
その責任を取るために、自らの継承権を捨てて国を去っていく。
というところで、第一部完となっていた。
なるほど。人族のことは良く分からないが、そういう話もあるのだろう。
だが、この最後は……? うーん?
考えていたらいきなり扉が開いた。
「フェル! テメェ、腹に穴が開くかと思ったじゃねぇか! 治癒魔法が無かったらやばかったぞ!」
「お前が余計なことをしそうだったから止めたまでだ」
「目の前で男と女がイチャついたら、邪魔するもんだろ? それに恋人が出来そうな奴らも許せねぇ」
意図的に邪魔しようしたのか。なんて奴だ。あと、そんなことに同意を求めるな。
「人の恋路を邪魔する奴は、スレイプニルに蹴られて死ぬぞ?」
「蹴られても耐えて見せるぜ?」
「蹴られるようなことをするな、と言ってるんだ」
まあ、どうでもいいや。そうだ、本の事を聞いてみよう。
「貰った本を読み終わった。それで聞きたいのだが」
「おう、何でも聞いてくれ」
「なんで最後に国を一緒に去るのが、王子と公爵家嫡男なんだ? 公爵令嬢はどうなった?」
最後に王子と嫡男が手を取り合って見つめ合い、逃げるように去って行く描写だったのだが。
「あ? いや、だからそういう話なんだよ。三人の計画と思わせておいて公爵令嬢も騙した。真の目的は、不穏分子の一掃ではなく、二人での逃避行。言わせんなよ、恥ずかしい」
この本を亜空間の奥に封印しようと思った。




