恋愛戦術
本屋から宿屋に戻ってきた。
「ヴァイア、頼むからノストがいても舞い上がるな。普通にしろ。色々と協力してやるから」
宿に入る前にヴァイアに釘を刺す。下手すると以前ディアから教わったヤンデレという奴になりかねん。
「う、うん? ど、どうしてノストさんがいると、わ、私が舞い上がるのかな? か、関係ないよね?」
この期に及んで何を言っているんだろう? さっきも諦めるとかどうとか言っていただろうが。
「ヴァイアがノストに好意を持っているのは知ってる。協力してやるから、まずは落ち着け」
「フェ、フェ、フェルちゃん! な、なんで知ってるの!」
ヴァイアは私を馬鹿にしているのだろうか。そんなの見ていれば分かる。というか、分からない奴の方がおかしいだろうが。
「な、内緒だからね! だ、誰にも言っちゃだめだよ!」
そもそも誰に内緒なんだ? ノスト本人にもバレてる可能性が高いのに。
「分かった、分かった。誰にも言わないから胸倉から手を離せ。服が伸びる」
「よっしゃ! そういう事なら、俺も協力してやるぜ!」
リエルが両手を胸の前で組み、踏ん反り返った。コイツにも釘を刺さないとな。どちらかというと本物の釘を刺したい。
「お前は何もするな。何かしたら制裁を加える。とりあえず、使ってない指を教えろ」
「そんな指はねぇよ! 何する気だ!?」
「聞かない方がいい。だが、安心しろ。体には二百本近い骨がある。その一本だけだから」
「わかりました。なにもしません。止めてください」
リエルは真面目な顔で懇願してきた。よし、これでいいだろう。もう、余計なことで疲れたくないからな。
宿に入ると、ノストが待っていた。何となく違和感があったのでよく見たら、ノストは兵士の装備ではなかった。ちょっと高そうな服を着ているようだ。
しまった。領主とやらに会うなら、普段着ではまずいだろうか。
「こんにちは、フェルさん、ヴァイアさん、リエルさん」
「こんにちは。ところで、領主と会うのに今の服装だとまずいか?」
これ以外の服装だとウェイトレスの服しかない。だが、それは今着ている服以上に駄目な気がする。
「問題ありませんよ。そういう事を気にされる方ではありませんし、ちゃんと許可も頂いています」
おお、有能だな。
その後、ヴァイアがぎこちない感じで「こ、こんにちは」と頭を下げた。それに対して、ノストは笑顔で普通に頭を下げる。ヴァイア、及第点をやろう。その調子だ。慌てるなよ。
「えっと、リエルさん、で間違いないですか?」
ノストは恐る恐るといった感じで尋ねていた。どうした?
「おう、よろしくな! ローズガーデンでもいいぜ?」
「えっと、本物の方ですか?」
ノストが恐縮したように聞いていているが、本物とはどういう事だろう?
「あん? 俺の偽物がいんのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが、その、有名な方ですので」
ノストは女神教の信者じゃないのに知っているのか? でも、ファスは信者なのにリエルを見ても、なにも言わなかったけどな? 牢屋に閉じ込めるほどだし。ああ、そうか。問題児として有名なんだな。
「フェル、何で俺を憐れみの目で見るんだ?」
「ちゃんとした人生を送れよ?」
「俺は魔族に諭されるほど駄目な人生なのか?」
まあ、どうでもいいか。リエルの人生だしな。では、早速、領主とやらに会いに行こう。昼に行くんだから食事を出してくれるよな?
すぐに館に行く旨を皆に伝えると、ノストが宿を出た。どうやら先導してくれるようだ。
よし、ヴァイアとリエルに恋愛戦術というのを教えてやろう。本で読んだから大丈夫だ。自信がある。
「ヴァイア、ノストの服を褒めろ」
小声でヴァイアにアドバイスを送る。領主に会いに行くのだからそれなりの服を着ているのだろう。私としてはセンスの良し悪しがわからんが、センスのある服なんだと思う。多分。
ヴァイアが頷くと、少しノストの方に近寄って話しかけた。
「えっと、ノストさん、その服似合ってますね? いつもの恰好も素敵ですが、その服も素敵ですよ?」
これでノストのヴァイアに対する好感度がすこし上がったはずだ。まずはジャブで距離を測りつつ、ダメージを積み重ねる。隙を見せたら一気に叩く。戦いと同じだ。
「ええ、ありがとうございます。まあ、おせっかいな奴が選んでくれた服なんですけどね」
例え友人でも男が男の服を選ぶわけがない。つまり、おせっかいな奴は女だ。くそう、相手もやるな。ただのジャブにカウンターを合わせるか。
ヴァイア、距離を取れ。まずは相手の力量を探る。ここはセコンドとして助けてやろう。
「ノスト、おせっかいな奴というのは、誰なんだ?」
「二つ下の妹なんです。最近、色々と口を出すことが多くて困りますよ」
妹か。これなら大丈夫だ。直撃は避けられた。かすった程度だ。
しかし、ノストは困ると言いながらも笑っている。兄妹の仲は良いと見た。
以前読んだ恋愛小説では、妹というのは最初から最後まで関わる中ボスだ。色々と邪魔してくる。まあ、兄妹なので最終的には譲るだろうがな。それに妹を味方につけることができれば今後が楽だ。
よし、妹の情報を探りつつ、相手を褒める戦術に移ろう。兄妹の仲がいいなら、本人を褒めるよりも、妹を褒めた方がいいだろう。その方が好感度は上がりやすいはずだ。
ヴァイアにその旨を伝えると、また頷いてノストに話しかけた。
「えっと、妹さんですか。ノストさんに似て、美形でやさしい方なんでしょうね?」
いきなり容姿について言うのはどうかと思うが、やさしさも入れているから大丈夫かな? ただ、妹を褒めると同時にノストも褒めたのはいいと思う。ナイスコンビネーション。
「あ、いえ、実は義理の妹なんです。父と母は私が子供の頃に再婚しまして。妹は母の連れ子なんですよ。可愛い奴だとは思いますが、まったく似ていませんね」
妹のラスボス感が半端ない。しかし、ノストはどこぞの主人公か。恋愛小説が書ける設定だぞ。
だが、参った。もろにカウンターを食らった。ヴァイアがグロッキーだ。足が震えている。トレーニングが必要だったな。生卵をコップで飲ませるとか。
しかし、ここは相手の懐に踏み込むべきだろう。あやふやな判定待ちにするよりも、やるかやられるかの戦いだ。
「ノストは妹と結婚したりするのか?」
カウンターをまったく気にしない、渾身の右ストレート。
「は? 子供の頃にそんな約束をしたこともありましたが、ありえませんよ。妹は既に結婚していますし、子供もいます。私が姪を構い過ぎて、良く怒られていますよ」
ダウンを奪った。私の、いや、ヴァイアの勝ちだ。
「まあ、先に妹が片付いたぶん、親からも妹からも早く結婚しろとか言われるんですけどね。幼馴染とかいっぱいいるでしょ、とか言われて、家では肩身が狭いですよ」
第二ラウンドのゴングが鳴ったな。
とりあえず、領主の館に着くまで、色々な情報を集めた。簡単に言うとノストには付き合っているような女性はいない。だが、安心はできないだろう。こういう奴は大抵、難聴を患っている。都合のいい、というか悪い事を聞いていないのだ。多分、付き合ってはいないが、好意を寄せている奴が多いはずだ。ヴァイアは苦労するだろうな。
まあ、いい。恋愛とは一気に白黒をつけるのではなく、じっくりと腰を据えて取り掛かるものだ。それにノストは鈍感だから、時間はあるという事だ。しかし、他よりも一歩は抜け出しておかないとな。何か手を考えよう。
「なあ、ヴァイアが今にも死にそうなんだが?」
「激しい戦いだったからな。だが、それだけの価値はあった。既に相手の情報は手に入れている。あとはどう攻め落とすかだけだ。とりあえず、ヴァイアを治癒魔法で回復させてやってくれ」
「精神的な疲労には効かねぇよ」
使えないな。だが問題はないだろう。この後は食事をするだけだ。ヴァイアは休ませてやろう。
そうだ。もし食事ができないようなら、私が食べてやればいい。そうしよう。




