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このゲームの始まりは夏休みに入る前の日、終業式の日に起きた。
夏休みの前はやはり終業式だ。暑い体育館の中に何百人もの生徒が押し込められ、いつも決まりきったことを言う先生の話を一時間近く聞かされる。そのあとは各教室で担任教師の話を聞く。終業式の日は午前中授業はないので、先生の話が終われば何もない生徒は帰宅になる。私の学校の半分の生徒は部活動に入っているため、午後から部活に入ることになる。私も午後から部活だ。美術部に所属しているため、夏に行われる大会に向けての作品をつくっていかなければならない。この大会で三年生は引退なので、二学期から私の学年が美術部を引っ張っていくことになる。
「みーづき、お昼食べよ。」
同じクラスで同じ部活動に入っている百合だ。
「うん。教室?部室?」
「いいところ見つけたんだ~そこで食べよ!」
「はいはい。どーせサッカー部が見える場所でしょ?」
「さっすが、ささ、いこー」
そういって百合が連れてきたのは運動場と校舎の間においてあるベンチだった。
「どこがいいところなの」
「サッカー部が見えるところはいいところなの。」
「正確には谷吉が見える場所はいいところになるんでしょ」
谷吉は百合が密かに(?)思いを寄せている男子だ。
「えへへ」
という他愛ない会話をしながら、昼休みが過ぎていった。
その日の午後四時半。
夏至はとうに過ぎている為、日はどんどん短くなる一方だが真夏の真っただ中であるこの時間は陽は傾いてきているが夕方というには太陽の位置は高い。
この時間になると部活動を終わらせて帰る生徒がちらほらと見え始める。
美月たちもこの時間には片づけをすませ、家路についていた。
美月はそのまま家に帰るつもりだったが、百合がアイスが食べたいというので、寄り道をしてアイスを買って、帰り道にあるバス停のベンチに座って食べていた。学校は自転車か徒歩での登校しか認めていないので、バスは使わない。
「ん~やっぱり夏のアイスは格別だね」
「あれ~冬にも同じようなこと言ってなかった?」
「夏には夏の、冬には冬のおいしさがあるんだよ~だ」
「結局一年中アイス食べてるってことはよくわかりました」
「その通りでございます。」
二人で笑いながらアイスを頬張っていた。その間にも世間話やら、中学生らしい恋バナをしていた。
「それにしてもほんっとに暑いね。私このまま溶けちゃいそう。」
「美月、食べ終わるの速」
「百合が遅いんだよ~」
滅多に私たちの座ってるバス停にはバスが来ないようで、バス停の前を通る道も人がほとんど通っていなかった。
二人がばかばかしい話をしている時に不意に強い風が吹いた。しかし誰も気がつかないくらいの、でも紙が乱れる強い風だった。
どのくらい話していたのか、二人の座っているところに長い影が差していた。
「そろそろ帰ろっか」
百合が背伸びをしながら立ち上がった。
「うん」
私もベンチから立ち上がった。いつもならそのまますたすたと私を置いて歩いていってしまう百合だが、今日は私の後ろをただ呆然と眺めていた。
「どうしたの」
「うちらが座った時って、こんなのあったっけ?」
そういって百合が指差したのは私の真後ろである。振り返ってみるとそこには五階建てくらいの建物があった。長い影が差していたのは日が傾いたからではなく、この建物が建った、いや現れたからである。
「・・・・・・なかったはず」
二人はしばらくその建物をみたまま佇んでいた。
「…なんだか教会みたいだね。」
「そうかな……」
百合の言う通りどこか教会を思わせるたたずまいで、美月たちの正面には3メートルほどある黒々とした扉が居を構えていて、その扉の上の方には華の形をあしらったステンドガラスがある。しかし、教会のステンドガラスとは異なり暗いイメージを持たせる青や赤、緑、紫がはめ込まれていた。そのため教会というにはどこか暗い印象をうける建物になっていた。
「入ってみようよ。」
好奇心旺盛な百合が唐突に言い始めた。
「はっ、今から?明日にしようよ。」
「いいじゃん、少し部屋の中を見るだけだから」
言い出すと聞かない正確なため、仕方なく美月も付き合うことにした。
教会のような建物に近づくと遠目で見たときより、きれいな彫刻が彫られていることが分かるほど、細かな模様までもがその扉に彫ってあった。そして昔のヨーロッパを思わせるドアをノックするための金具がついていた。
百合はそれを持って軽くノックしてみるものの部屋の中から返事はかえってこない。
百合はそのまま扉を押してみた。すると鍵がかかっていないようで蝶番の擦れる音が響きながら扉は開いた。
「……」
「……」
教会のようなたたずまいだからテレビで見るような聖堂がこの奥にあるものと思っていたが、扉を開けてみると中は真っ暗で何があるのかもわからない。
私は不思議に思って、顔だけ家の中に入れて中を見渡してみたが、何かものがあるのかも分からないほど真っ暗であった。
「百合、何も見えなぃー」
振り返りながら百合に話かけようとしたとき急に背中を押された。
私はそのままあの教会に体ごと入ってしまった。体を支えようと足を出そうとしても足をつくための床がない。
驚きのあまり何も声を出すことが出来なかった。
美月はそのまま床の見えない建物の中に落ちていった。落ちていく途中わずかに入口の方を振り返った。すると両手を前に突き出した百合のシルエットが見えた。
(なんで…百合が…私を押したの……)
美月はその時の記憶を最後に意識を失った。